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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【そして火蓋は切って落とされる】




 時間は、数秒ほど前のことになる。

「……ふふ、本当にグラキエス様は厄介事に恵まれた方だ」
 ロアからのテレパシーに、エルデネストは喉を震わせて笑った。
 講義を受けるグラキエスのために、外へ茶葉を買い求めていたエルデネストと、講義が終わるまで、と別行動していたフレンディスが合流したのは、そんな騒動が起こった直前のことだ。
 ロアから受け取った状況とグラキエスの狙いとを、フレンディスへと説明して、今度は自分達の状況をロアのほうへと送って返す横で、状況を把握したフレンディスは思いつめたように眉を寄せていた。
「……(私が傍にいなかったが為に二人だけでなく皆様方を危険に晒す事態にしてしまうとは……何とか現状を打開せねばなりませぬ)」
 自責の念に、フレンディスがぐっと拳を握り締めた、その時だ。一発の銃声が鳴り響いたのに、二人はばっと表情を変えた。
「……状況が変わったようですね」
 エルデネストが呟いた次の瞬間、あわただしくなった室内から飛び出してきたのは、アルテミスだ。ヒールを受けながらその腕に担がれているのがハデスだと二人が把握した時には、その姿はあっという間に遠ざかっていたが、足跡のようにてんてんと落ちているのが血だと気付いた瞬間、弾かれたようにフレンディスが動こうとした、が。
(フレンディスさんはそのまま隠れてて)
 それを予期したいたように、テレパシーを送ってきたのはベルクと共に講義を受けていたジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)だ。飛び出しかけた足を止めたフレンディスに、ジブリールは続ける。
(オレからテレパシー送れるのはフレンディスさんだけなんだ。今後動ける人が減るのは最悪な事態を招くかもしれないよね?)
 ここは任せて、と告げるそのテレパシーに、教室の外でフレンディスは、逸りそうになる気持ちを抑えながら「今は機を待ちましょう」と言うエルデネストの言葉に頷くと、にじっと室内を窺うのに努めたのだった。



 そして――その、室内。
 テレパシーを終えたジブリールは、二つの陣営に分かれるような形になった両者の中心へと、堂々と正面からピュグマリオンの方へと歩を進めた。
「あのさオレでよければ誘拐されてもいいよ。あまり女の子を巻き込むのは感心しないし」
 そう言うと、帝国へ興味があることや、自分なら、所謂、誘拐されたとなれば世論に取りざたされやすい存在、という点は満たされていると思うけど、と続けると「子供だけ行かせられるか」と保護者然として近づくベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)と共にもう一歩を踏み出して、ジブリールは目を細めた。
「……でも拷問や殺されるのはゴメンだから、お兄さんがそういうの好きなら前言撤回で応戦するけど……どうかな?」
 探るような目線を向けられたピュグマリオンは、くつくつと喉を笑わせて「残念ですが」とあっさり言った。
「もっとも理不尽な脅威が「死」である以上――生命の保証は致しかねます」
「じゃあ……交渉決裂、ってわけだね」
 両者の間で、一触即発の空気が漂う。その時だ。

「言いだしっぺがどうして遅刻するですかぁーッ!」

 唐突に空気を割って、一同の耳に飛びこんだのは、フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)の怒鳴り声だった。
「ディディさん――ディミトリアスのことらしい――の講義を受けに来た……はずだったですぅ!」
「寝坊したんだよ悪かったな!」
 それに続いて新風 燕馬(にいかぜ・えんま)の逆切れに等しい叫び声が返る。一同が一瞬何事かとその声の方へと視線を向けた、まさにその時だ。がらっと音を立てて扉が開いた。
「すいません電車が脱線事故で遅刻しまし――た?」
 いっそ爽快なほどあからさまな言い訳を口にしながら、教室内へと飛び込んできた燕馬は、目の前に広がる予想外の状況に目を瞬かせた。
 遺跡で会った、調査団の団長が少女達を、ディミトリアスが契約者をそれぞれ庇うように立って黒ローブの連中と対峙している――そして、嗅ぎなれた血の匂いに、この尖りに尖った空気だ。その状況、気配に、燕馬はすぐに事態を悟って身構えた。
「つまりローブ着てる方は、警察に突き出すべきなんだな?」
 とっさに燕馬の指が、携帯の録音機能を入れた、その瞬間。張り詰め、脹らみきっていた空気が弾けた。
「……あ、こら!」
 なぶらの静止も効かず、それを敏感に感じ取った瑠璃が「サポート宜しくなのだ!」と言うが早いか机の上へと飛び乗ると、高らかに「来るのだ! 超合金DXソウクウオー! 蒼空合体っっ!!!」と声を上げて、応じた鳥形ギフトが変形するのを待って、瑠璃はびしっとポーズを決める。
「蒼き空に舞い降りた、正義のヒーロー木之本瑠璃! イルミンスールの平和を乱す悪漢共は、この吾輩が成敗するのだっ!!」
 様になった口上とポーズの上に、スポットライトが見えた気がしたが、それは錯覚だろう、多分。
「……絶対自分が暴れたいだけだよな」
 ぼやいたものの、もう遅い。瑠璃はポーズを決めるや否や机を蹴ると、そのまま小柄な女目掛けて一気に飛び込んだのだ。
「えぇい、全く、尻をぬぐうこっちの身にもなれって言うの」
 殆ど自棄ぎみになぶらも飛び出そうとしたが、不意にその頭上へ影がかかった。
 瑠璃の破天荒ぶりに注意が逸れていた間に、接近した大柄の男のが、拳を振り上げていたのだ。咄嗟に身を翻そうとしたが、振り下ろされるのが一呼吸、早い。が、直撃を覚悟したなぶらの前に、割って入ったのは歌菜だ。硬い篭手と槍がぶつかって、重たい音が両者の間に響く。
「つれないですね。誘拐して下さいって、こちらから誘っているのに、無視ですか?」
 その声に男の口元が笑い、続けて振りかぶられる二撃目は、クナイの魔剣ディルヴィングが受け止める。その間になぶらが、会釈をして瑠璃の元へ向かうのを横目で見送り、二人は男へ向かって構えを直した。
「そちらがそのつもりなら――全力でお相手させていただきましょう」


 そうして前衛型の激突が始まる中、臨戦態勢に入った望は、念のためと言う様子でノートへひそひそと声をかけた。
「お嬢様、状況把握出来てます?」
「わかってますわよ」
 その問いに、ひゅ、と早速投げられてきたナイフを弾きながら、ノートは自信満々に言った。
「彼らを倒して、何を企てているのか詰問するんでしょう?」
 ああやっぱり、と。吐き出しかけた言葉を望は飲み込む。疑われずに誘拐されて、相手の情報を収集する、などと、教えたら教えたで、すっとぼけたり出来ないだろうパートナーの性格を鑑みるに、このまま勘違いしてる方が疑われずにすむか、と思考を切り替えて「ええ、そんな感じです」と望はにこりと笑うと、内職で作っていた札を取り出してひらひらと多少わざとらしい仕草で、振って見せた。
「書き損じも確認出来てませんから、暴走して味方を巻き込まないといいんですが」

 そうして――教室内は、思惑入り乱れる戦場と化したのだった。



 ドガッ、ゴンッ、と腹に来るような音が教室内に響く。
 クナイと歌菜が、大柄の男が放つ重たい一撃をかわし、あるいは正面から受けとめることでその場に縫い付けている間、なぶらが駆け寄った時には、瑠璃とローブの女との激突は、既に始まっていた。
 両者ともスピードタイプだ。連なった爆竹が爆ぜてるような連続する衝突音が続き、瑠璃の空中での速度優位を、女の方は机などの障害物を遮蔽代わりに打ち消し、互いに教室の中を駆け巡る。燕馬が魔銃ヘルハウンドで女の影を撃ったが、それよりも女の動きが一瞬早く、また小柄さは死角に潜り込みやすいため、狙いが定まりにくいのだ。だが、女の方もそうやって常に狙われていることや、油断すればなぶらの一撃が瑠璃の攻撃の隙間に滑り込んでくるのに、決定的な踏み込みが出来ずにいるようだ。

 そうして、前衛が膠着気味になれば当然、状況を動かそうとするのは遊撃手だ。
 影の動くようにふっと視界から消えた小柄な男に「リリさん!」と、その動きを目で追って北都が声を上げるのに、実は飛び起きたばかりのリリは「人形遊びなら、リリも得意なのだよっ!」と壁を背にしながら杖を掲げた。 
「黒薔薇の魔導師、リリ・スノーウォーカーの名において命じる。来たれ! ロードニオン・ヒュパスピスタイ(薔薇の盾騎士団)よッ!」
 その声に応じて現れたのは、全身を白銀の鎧で覆った騎士達だ。狭い教室の中へと召還された騎士達は、リリまで――実は後ろへ下がっていた他の契約者も巻き込んでいたとか――身動きが取れなくなる程ぎちぎちと折り重なり、接近した小柄な男を数で押しつぶした、かに思えた。が、次の瞬間。ぼうっと炎の聖霊が突如として飛んできたナイフを弾き飛ばした。それが消えるのと入れ替わるように、小柄の男はいつの間にかリリのすぐ傍まで接近してきていた。自身の呼び出した騎士達のおかげで、他の契約者も助けに入れなくなってしまっているのだ。
「ま、待て待て、待つのだよ!」
 そのままにじり寄ってくる男に、リリは慌てたような素振りをしたが、遅かった。次の瞬間には男はリリの鳩尾に一撃を入れて気絶させると当時、騎士団の頭上を蹴るようにして、ピュグマリオンの元へ戻ろうとした、が。
「行かせないですぅ!」
 そこへ襲い掛かったのは、フィーアの咆哮だ。音の衝撃がビリビリと空気を震わせたが、一歩早く男の方が消え行く騎士団を壁代わりにして抜け切ると、リリの体をピュグマリオンの傍へ置いて再びその姿を晦まそうとした、が。北都の目が追いかけたその先へ、続けて今度はリカインの咆哮が襲い掛かった。遠慮も何も無いリカインの声に再び空気が震えてぎしりと教室が軋んだ音を立てる。が、細かく動き回ることで影響から逃れようとしているのか、まだ捕らえられない男の気配に軽い苛立ちを覚えたのか、リカインとフィーアは顔を見合わせて、にっこり笑った。
「ここにいる契約者はみんなベテランだし、多分きっと大丈夫のはずよね」
「ですぅ」
 そんな不穏なやりとりが行われた、次の瞬間。リカインの咆哮は教室中を圧さんばかりに響き渡り、フィーアのハーモニックレインがそれに追従した。リカインのしているヘッドドレスの効果のおかげで、威力が増しているのが、その場に居合わせた者の不幸だろうか。小柄な男が壁に押し付けられるようにし、二重の音の攻撃に足掻いている。ちなみに契約者達の被害と、何より教室の被害が今のところちょっと苦しい、で収まっているのは、人知れずディミトリアスが頑張っているからである。
 ともかく、その教室中へ響く歌声を危険と判断してか、細身の男のワイヤーが、ひゅう、と空を切って二人へと向かった、が。
「させるわけが無いでしょう?」
 と、一声と共に火を噴いたのはルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)の銃だ。二丁拳銃の張る弾幕が接近するワイヤーの精度を鈍らせると、その先端が更に追撃しようと動くのを、北都の弓と望の銃が牽制する。
「教導団員として、一般生徒を誘拐させるわけにはいきませんからね」
 勿論、クローディスからのテレパシーがある種任務に近いものであることは判っているが、自ら覚悟の無い者を誘拐させるわけには行かない、とそんな決意の元でルースは引き金を引く。あちらが留学生を名乗っている以上、積極的な攻撃には踏み切らないでいるが、
「最悪、捕獲して拷問でもして吐かせればいいんです」
「……それが効く相手なら、かな」
 呟かれた言葉に、難しい顔をしたのは北都だ。首を傾げるルースだったが、質疑応答をしている余裕は今は無かった。弾幕である程度防げてはいるが、相手のワイヤーは一度放たれると自在に動いて、巧みに射線から外れながらルース達ではなく前衛のクナイやリカイン達を狙って動くのだ。となれば、防ぐよりも発射させる前に止める必要があり、結果、ルース達は細かな牽制を入れざるを得なくなる。
(問題は弾数、ですね……)
 流石に防戦一方では、飛び道具は弾が切れてしまえば役に立たなくなる。軽い焦りが過ぎった中、その足元をすり抜けるようにして、細身の男へ向かう影があった。ガルムで夏季の不調を立て直したグラキエスの放ったスカーだ。懐に潜り込まれて、一瞬男の反応が鈍ったところへ、ルースの銃がその関節を狙撃し、追い討ちのようにグラキエスのトリニティ・ブラストが襲い掛かった、が。その三つの属性魔法が着弾する前に、立ち塞がるように割り込んだのは大柄な男だ。炎がその体を包み、氷と雷が更にその体に襲い掛かったが、ダメージはあるらしいものの、その両足は崩れることなく立っている。グラキエスが僅かに顔色を変えた中、続いてマークの放ったポイズンアローがその腕に突き刺さったが、同じく反応は鈍く、サイコメトリでフードのめくり上げられた下に見えた、強面の顔にも、苦痛を感じている気配は無い。
「やっぱり……アンデッドか」
 その姿に、北都が眉を寄せ、観察して判った事――彼らがアンデッドであること、そしてそのローブがアンデッドの弱点である炎熱や光輝の耐性を持っていることをクローディスを通じて契約者達へ告げる。
(狙うなら関節だ。痛みを感じなくても、体の機能が失われれば、攻撃は出来なくなるはずだ)
 もしくは、その耐性を上回るほどの攻撃をすることだが、流石にこの狭い教室の中でバハムートを召還すれば、騎士団の二の前か、とグラキエスは苦く眉を寄せる。
(このままでは、埒が明かないな……)
 今の所、一名が脱落した以外で契約者達に大きな怪我も無いが、それは相手にしても同じことだ。激しい激突は続いているものの、お互いに決定打が出てこない。

 そんな、どちらが優位とも言えないまま、刻一刻と時間は過ぎていくのだった。