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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【両国の絆】第一話「誘拐」

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【VS ブリアレオス――観察】


(情報を確認しましょう)

 前線が激闘の只中にあった頃、牡丹・ラスダー(ぼたん・らすだー)はブリアレオスを観察しながら目を細めた。
 資料によれば、現在暴走中のイコン「ブリアレオス」は、荒野の王ヴァジラにしか動かせない代物だ。そのイコンが入り口で暴れているのは、最初は篭城しているヴァジラが脱出しようとしているのかと考えたが、監獄の中へは行こうとせず、その暴力は外向き、つまり侵入者の防衛に向けられているように見て取れる。だが、監獄は篭城できる施設ではないし、ブリアレオスがいかに強力なイコンであるからといえ、帝国相手にいつまでも状況を維持できるとは思えない。
 更には、現時点で何の誘拐に対する要求がない時点で、これが誘拐事件であるという前提がそもそも怪しい、とラスダーは考えた。そもそも、移送中で拘束されていたはずのヴァジラが、どのような手段で留学生を鹵獲できたのかはなはだ疑問である。
 それならば、ブリアレオスが暴れているのは侵入だけではなく別の目的もある、と容易に想像がつく。
(ヴァジラさん以外の者が操り、その罪をヴァジラさんに被せるという線が濃厚ですね)
 他の契約者も言っていたが、ヴァジラがドージェ細胞から作られたということから、そのクローン体がいて、それが操っているという可能性も高いように思われる。
(動いているのは新帝セルウスさん……もしかして、ヴァジラさんとセルウスさんを接触させることでテロリストに関与しているとし、皇帝位の剥奪を狙っている、とか?)
 様々な可能性が芽吹いては、その確証のなさに消えていく。

 そうして推論を纏めていくラスダーと同じように、ブリアレオスを観察し、それを仲間たちへ伝える傍ら、自身の推論の前に眉をひそめていたのは高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)だ。
「ああも乱暴な暴れ方してるようじゃ、そう長時間は持ちそうもないわね」
 そうは言いながらも、その表情は優れない。
「…………とは言え、そこまで悠長にもしていられない、か」
 このままブリアレオスのエネルギー切れ、あるいは操ってる側の力が切れるを待っている間に、別の意味で時間切れになってしまう可能性がある。真相を究明する前に、この事件の「現在の認識」が表沙汰になる危険性があるためだ。そうなれば、エリュシオン側は誘拐犯ヴァジラを討伐し、シャンバラ人留学生の安全を確保することで、両国間の摩擦を最小限に抑えるために動かざるを得なくなる。
「…………けど、」
 彼女が危惧してるのもまた、今回の事件に含まれている別の可能性だ。未だに情報は秘されているが、皇帝セルウスが直々に出、教導団団長に話を通して契約者が動く。帝国にとっては、シャンバラの者に領内で好き勝手をされるのは面白くないだろうが、セルウスがこちら側である以上帝国はその意志で動かざるを得ない。
(つまり、問題は――むしろヴァジラを無事に助けた場合ね)
 細女は更に眉を寄せながら、一人ため息を吐き出した。
 皇帝自ら、シャンバラの契約者を引き連れて監獄に攻め込み、テロ犯であるヴァジラを救出する。例え今回の誘拐事件が解決したとしても、これでは反セルウス派が付け込むには絶好の隙を残すことになるのではないか。果たしてこのまま状況を進めてしまって大丈夫なのだろうか、と一抹の不安が胸から去らない。その理由のひとつに、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)の影が、そこに見え隠れしていることがある。
(この状況……アイツが好むが混沌じゃない。なんかこう……どこかでアイツが絡んでそうな嫌な予感が……)
 そんな細女の横顔を、じっと覗き込んだのはラブ・リトル(らぶ・りとる)だ。
「……ねぇ、鈿女。何その「めんどくさい事件に関わったかな〜」って感じの顔?」
 ずばりと言い当てられて細女は一瞬瞬いたが「なんでもないわ」と首を振った。十六凪との関係は複雑すぎて説明のしがたいものであったからだが、話し辛い何かがあると感じ取ったのだろう。じいっとその顔を眺めたラブは「ふーん……ま、いっか」、と肩を竦めた。
 それきり関心を失ったラブに少し笑って、細女はその視線を前線へ戻す。セルウスは皇帝とは言えまだ少年だ。子供が助けてという言葉に応えるのは大人の役目だ。
 切り替えて戻した視線の先、ブリアレオスの頭上の更に上ではソイル・アクラマティック(そいる・あくらまてぃっく)がその身体をナノマシンの霧へと変えて戦況を眺めていた。
「人型はしてるし、あの両目がアイセンサーになってるみたいだけど、どうもそれだけじゃないな」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の対イコン銃がセンサーを狙って攻撃を仕掛けているが、ブリアレオスの方はそれを積極的に避けている様子はないし、目視だけで行動しているのであれば、これだけの人数を相手に対応しきるのは難しい筈だ。正面のみの横並びの目は、人間と同じで視界範囲は狭い。それをカバーするだけの何かがあるはずだ、と推測し、それを探していたのだ、が。
「っと、わ……! 気付かれた?」
 不意にブリアレオスがその視線をこちらへ向けたのだ。自分以外何もない空間だ、明らかにこちらを認識している、と確信して、結局は飛翔して接近するルカルカの方へ視線が戻ったことで事なきを得たソイルは息をついた。
「ってことは熱か? そうなると目に見えるセンサー潰してもあんまり意味はなさそうだな……」
「なら、対イコンのセオリー通り、関節狙うのがベストってとこか」
 そんなソイルの報告に、信の回復を受けながらハイコドが応じる。
「つっても、内部破壊は効かないようだしな……ちまちまやるしかないか」
「そうね。これで頭でも取れてくれたらいいんだけど」
 ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)は頷き、冗談めかしながら対イコン用爆弾弓を掲げた。先程から、頭を狙う者達と連携して攻撃を仕掛けてはいるものの、そこが弱点かどうかはわからないが、少なくとも重要な部分のひとつには違いないようで、ブリアレオスも警戒しているのだろう。上空で頭を狙っている者達もいるため、一気に爆撃といかないこともあって、なかなか決定打は与えられていない状態が続いている。ルカルカに至っては先程の一撃のおかげで、最優先でブリアレオスが排除にかかっている様子だ。
「まあでも、やるだけやるしかないわよね……あなたも、気をつけて」
 そんなニーナの言葉に頷き、ハイコドは再び仲間たちと共に前線へ戻るのだった。