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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

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第三十一章:ああ、しゃらくさい

 さて、分校内では一気に騒動が加速されつつあったが、ここらで敷地の外にシーンを切り替えよう。
「くくく……、始まりましたね。潰しあってくれるといいですよ」
 その頃、特命教師の真王寺写楽斎は、分校から少し離れた茂みの中に潜み、内部の騒ぎを双眼鏡から覗いていた。
 彼は、地下教室に閉じ込められていたが、看守として扉の前を守っていたお面モヒカンを不意打ちで襲撃し、ひそかにすり替わっていたのだ。お面モヒカンはいずれもそれなりに腕も立つが、写楽斎とて英雄クラスであり一人でも十分に強いのだ。お面をつけているため、顔を隠すには都合がいい。彼は、何かに役に立つだろうと作ってあったダミーのお面を顔につけ、他の決闘委員会のメンバーにまぎれて外に出た後は、研究施設の近くの地下道を通ってまんまと脱出することに成功していたのだ。
 今頃、彼が元いた地下の部屋では、瀕死状態のお面モヒカンが転がっているのが発見されてみなが驚いている頃だろう。だがもう遅い。彼らが追ってくる頃には、写楽斎はどこかへ逃げ去っているのだ。
 分校のイベントで他校の契約者たちに邪魔されて計画をつぶされてしまったが、またほとぼりが冷めた頃に戻ってくればいいのだ。身を潜め、英気を養い体勢を立て直して出直すとしよう。もちろん、残された他の特命教師たちは見捨てていく。例え写楽斎を逃しても、特命教師たちに詰め腹を切らせれば他校の契約者たちも事件解決としてそれなりに納得して帰っていくだろう。いわば身代わりである。
「さらばです、分校の生徒たち。私はまた戻ってきます」
 茂みにカムフラージュした写楽斎は、匍匐前進でずりずりと分校を後にする。十分離れたところで、彼は起爆装置を押し人工衛星を爆破させればいい。そのままフェードアウトしてお話は終わりだ。
「くくく……」
 と……。
「あの……、どうしたのですか? お体の具合が悪いのですか?」
 不意に、写楽斎に声をかけてくる人物がいた。
「な、何者ですか!?」
 写楽斎は、ぎょっとして顔を上げた。ここまで誰にも気づかれていないのに、どうして彼の居場所がわかったのだろう。
「そんなところで寝ていると風邪を引きますよ。治癒いたしますから、元気を出してください」
 純粋な好意に満ちた表情で写楽斎を見つめていたのは、蒼学からやってきた月見里 迦耶(やまなし・かや)だった。
 本来なら、彼女は今回の事件のことを何も知らず、何の関わりもないはずであった。【荒野の孤児院】に向かっていただけだ。だが、世間知らずで方向感覚の鈍い迦耶は、道に迷ってしまい当てもなく歩き回っていたところ、偶然分校の近くへとたどり着いていたのだった。
 分校では、各所で爆発が起こり人も集まってきている。謎の機器類も、運び出され始めていた。誰かが何かを知っているかもしれないと近づいた迦耶は、カサカサと匍匐前進で去っていこうとしているスキンヘッドの男を見つけて声をかけてみたのだった。
「お構いなく。では」
 写楽斎は迦耶を無視することに決めたようだった。今は逃げることが先決だ。
 さすがに匍匐前進はキツかったので、写楽斎は立ち上がると、何事もなかったように歩き始める。いきなり走り出すとさすがに訝しがられる。どこかに散歩にでも出かける足取りで迦耶の視界から消えようとしていた。
「すいません。ここがどこで、どう行ったら知っている場所に行けるのでしょうか……?」
 写楽斎が悪党であることを知らない迦耶は回り込んで聞いてきた。なんか、道とか普通に教えてくれそうな人に見えたのだ。
「……」
 写楽斎は、無言で別の方向を指差した。そして、また歩き始める。
 ここで、「ヒャッハー! オレは悪党だ! 覚悟しろ小娘!」などと高らかに名乗りを上げて襲い掛かかるほど、彼は短絡的思考ではなかった。だからこそ、パラ実で生き残ってこれたのだ。
「ありがとうございます。お気をつけて」
 迦耶は道を教えてもらった(?)お礼を述べてから、写楽斎がでたらめに指差した方向へ、てこてこと歩いていった。
「……」
 ふっ、と息を漏らして少女を見送る写楽斎。自分の存在に気づかれなくて良かった。もう会うこともないだろう。写楽斎が迦耶のことなどすぐに忘れて再び歩み始める。
 いや待て。写楽斎は立ち止まった。やはり殺っておこう。いつどこで彼の情報が漏れるかわからない。あの娘も聞かれたら答えるだろう。怪しい男が向こうへ去って行った、と。
(……くくく、死ね!)
 相手は後ろを向いており無警戒だ。その隙に写楽斎は懐から機晶石を埋め込んだ特製拳銃を抜く。スキルも使えば一撃で終わりだ……。
「えっ!?」
 不意に、殺気を感じた迦耶は振り返って硬直した。写楽斎は、彼女に狙いをつけている。人間の悪意に慣れていない彼女は、とっさに防御姿勢を取ることができなかった。それどころか、悪い人がいたらその人物のためにも説得をしようというくらいの善良で優しい少女なのだ。
 だが、パラ実にはそんな思いやりが通用しない本当の悪がいる。説得するどころか声すらとどかない容赦ない冷徹さがあった。写楽斎は、無表情で引き金を引いた。
「……っ!」
 迦耶は、思わずぎゅっと目を閉じた。スキルの発動が間に合わない。
 だが、銃声は響いたものの弾は彼女に命中しなかった。弾道は逸れ別の場所へと命中していた。
「くっ……!?」
 逆にうめき声をあげたのは、写楽斎だった。彼は、迦耶の背後を見ている。その表情は驚愕と怒りに満ち溢れていた。
「あなた、どうしてここへ? 分校の事情には興味がなかったはずではありませんか?」
 問う写楽斎に対し、ふっと鼻で笑う声。
「そのとおりだ。最早お前には興味すらない。オレは知人と結んだとある契約でここに呼び出されただけだ。下がっているがいい」
 聞き覚えのある声に、迦耶は振り返る。そして、自分の背後に立つ男の姿に驚きの声を上げた。
「ハデスさん!?」
「フハハハハ! その通り! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」
 分校の敷地外の荒野に現れたのは、あのドクター・ハデス(どくたー・はです)だった。
 彼は、【ハカセ】に呼ばれ分校内の地下教室の施設を借り、反逆を企む天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)と戦う準備をしていたのだが、決戦の前に意外な人物から誘いかけがあって校外へ出てきていた。
 その契約が何なのかはすぐにわかるとして、ハデスは荒野で銃を向ける写楽斎と迦耶の姿に気づいてこちらにやってきたのだ。
【メンタルアサルト】のスキルを使えば、銃の弾丸を外すことくらい容易いことだった。悪の幹部ゆえよく狙われる自分のために装備してきたスキルだったが、まさか少女を助けるために使うことになろうとはちょっぴり心外な様子。
「戦おうとしないほうがいいぞ、真王寺写楽斎。俺は今、内輪の事情でいささか気が立っている。先日のように物分りよく立ち去ったりはしない」
「それはご愁傷様……」
 事情を察した写楽斎が含み笑いを浮かべた。分校の施設に十六凪を招き入れたのは彼なのだ。その目論見は当たり、十六凪はずいぶんと引っ掻き回してくれているらしい。それで、ハデスの登場というわけなのだ。
「助けてくれてありがとうございます。やはり、ハデスさんは優しい人なんですね」
 まさかこんなところで出会えるとは思わなかった迦耶は感激の口調で礼を述べる。彼女は、以前の事件でハデスに出会っており、その人柄を覚えていたのだ。彼女は、ハデスが悪の秘密結社の幹部であることを知らなかった。素敵なお兄さんを見る目つきだ。
「月見里迦耶、悪いが俺はお前にも興味はない。助けたのは、写楽斎が気に食わなかったからだけだ。自身の無事を確かめたら、速やかに帰宅するといい」
「はい、それで十分です。私は孤児院に向かっていて迷っただけですので、まだ帰りませんけれども」
 迦耶は、ハデスの邪魔にならないよう場所を移動した。写楽斎からも距離をとりながらも、何とかできないか、とちらちらと視線を遣る。
 そうして待つことしばし。
「忙しいところを呼び出して悪かったな。【雷龍の紋章】の同士よ。少々力を貸して欲しいことができてな」
 荒野に現れたのはシャンバラ教導団少佐のトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だった。
 教導団の軍人が、どうしてこの時期にこんな荒野へ来たのかというと、コミュニティである【雷龍の紋章】のリーダーでもあるからだ。
 トマスは、ハデスの妹的存在であるパートナーが【雷龍の紋章】に入会していることを知っている。ついでに、だまくらかしてハデスにも入隊宣誓書にサインをさせてあった……ということらしい。そのよしみで、といえば強引だがそれくらいの縁を作ってでも協力して欲しかったのだ。
「よろしく、ハデスくん。【雷龍の紋章】は、君を歓迎するよ」
「そのような契約は無効だ。俺はオリュンポスと契約し、オリュンポスのためにしか働かない」
 ハデスは、きっぱりと断った。
「そうおっしゃらずに。ご高名のハデス先生のお話を少し拝聴させていただくだけでよろしいのですよ」
 同行していたトマスのパートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は、菓子折りを差し出しながら愛嬌のある笑みをたたえて言った。今日の彼はなんだか妙に腰が低い。他人に物を頼むときの態度をわかっているのだ。
「ハデス先生には、何のご不便もお手間もおかけいたしません。今回の事件の情報を我々に分けていただけるだけでありがたいのですよ」
 なにとぞよろしくお願いいたします、と子敬は神妙にお願いした。トマスも、その傍らで是非、と頭を下げる。
「見返りは?」
 ハデスは聞いた。彼にとって、見返りなど何も求めていないが断るための口実だ。
「パラミタ大陸の平和、ということでいかがでしょうか?」
 子敬はそつなく答える。
「ハデス先生が世界制服される際にも、パラミタ大陸は美しいままがお望みでしょう。今回のお願いは、そのためのものでもあります」
「確かに。上手いことを言うではないか」
 ハデスは、仕方がないなと苦笑を浮かべた。
「妹が世話になっている以上、無碍にはできないな。ただ、私にとって有用な情報とお前たちにとって有用な情報は違うのではないか? その判別をするのは面倒だ」
「情報を流しっぱなしにしていただければ、選別は私たちが行いますのでご心配は無用です」
 子敬が言うと、ハデスは含みを持たせて答えた。
「『乙ちゃんねる』だ」
「はい? といいますと、あの巨大掲示板サイトの?」
 噂を聞いたことくらいはある子敬は、それが何を意味するのかと尋ねた。
「まもなく、通信が途絶える。宇宙間で、あるいは地上と宇宙で、連絡が取れなくなるだろう。犯人の目星はついている。彼の仕業だ」
 ハデスはオリュンポスの内紛のことは言わなかったが、子敬は察したようだった。
「大変なことでございますな」
「通信が取れなくなった時、唯一『乙ちゃんねる』だけは生き残らせる。そこでは通信だけではなく、さまざまな情報が流れるだろう。それを拾う、という形でよければ」
 ハデスは、トマスたちに積極的に情報を流すつもりはないが、乙ちゃんねる上に有用な情報を書き込むつもりだ。それを読めばいい、と言った。
「しかし、なぜまた乙ちゃんねるを?」
「パラミタの縮図だから、じゃないのか?」
 ハデスは笑って言った。
「いずれにしろ、気の早い連中はもう宇宙へと飛び立っている。お前たちも急がないと間に合わないぞ」
 ハデスは、トマスたちと情報交換をすることを約束してから、早く行けと催促する。
「パラ実のモヒカンたちでも宇宙へ行くんだ。お前たち軍人が恥をかくなよ」
「手厳しいんだな」
 トマスは苦笑する。
「ありがとう。必ず役に立たせてもらうよ」
「安心しろ。お前たちには、このドクター・ハデスがついている。俺を信じていれば間違いは起こらない」
 不遜に聞こえるセリフも、ハデスが言うと頷けてしまうから不思議だ。
「では」
 トマスはハデスと握手を交わすと、きびすを交わして去っていった。
「くくく……、まあ、頑張ることだ」
 ハデスは言った。
 写楽斎は、いつの間にかいなくなっていた。さすがに、セリフが終わるまで待っているほど間抜けではない。ここで逃したのは残念だが、それは元々ハデスの仕事ではない。他の契約者たちが何とかするだろう。
 そのまま去っていこうとするハデスの後から迦耶がついてくる。
「ハデスさん。私……」
「少女よ。このまま振り返らずに帰るがいい。これから我々は戦うことになる」
「え?」
「まあ、つまらん内輪もめだ」
「そんな……。そんな、どうして喧嘩をしているのですか?」
 彼らはオリュンポスと真オリュンポスに二分して、勢力を争っている。事情を知った迦耶は寂しそうに尋ね返す。仲良くしていて欲しかった。
「悪だからだ」
 ハデスはにやりと笑って答えた。
「そんなことないと思います。私は、ハデスさんは優しい人だと思います。でも……」
「このまま帰るがいい。さもないとお前は悪に汚れることになる」
 ハデスはもう一度警告を発して、去っていく。
 迦耶は迷う。ハデスの口調が冗談でないことを告げていた。世間知らずな彼女が知らない世界が、今目の前に現れようとしている。
「悪でもいいと思います。それが真実なら……」
 迦耶はオリュンポスを追うことにした。