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願いを還す星祭

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願いを還す星祭

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星の祭 夜のはじめごろ〜夜遅く 「願いを還す星祭」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 外縁 夜のはじめ頃

「え、えー!」
 エリオット・グライアスの言葉にメリエル・ウェインレイドは驚きを隠せず声を上げる。
「じゃ、じゃあ、もし、壊しちゃったら――」
「全く想像がつきません。もしかしたら、何も起きないかもしれませんし――」
「――とんでもないことになるかもしれない」
「エリザベート様と一緒にそちらに向かっています。メリエルはこのことをエントランスで闘っている人間に伝えてください。一人でも多く――」
「わかったよ! 頑張ってみる」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 中央 夜のはじめ頃

「ラピス! 七夕を守りきるよ!」
「うん! るるちゃん」
 立川るるの言葉にラピス・ラズリが力強く応える。ブレイズ・カーマイクルの放つ攻撃魔法は悉く相殺される。禁猟区――実力では上を行く筈のブレイズでも守護天使の特殊能力を切り崩すのは簡単ではない。相手が完全に防御に集中していれば尚更だ。
「くそっ! しつこいな!」
 ブレイズが忌々しく吐き捨てる。
「だがな――ロージー!」
 ブレイズが声を上げるとロージーがるるに狙いを定める。
「るるちゃん!」
 ロージーの視線に気付いたラピスがロージーの前に立ち塞がる。気をそらしたラピスをブレイズの火術が襲う。
「ラピス!」
 ラピスは咄嗟に受け止めるが――無防備なラピスの背中をロージーが強襲しるるとラピスを引き離す。
「ブレイズ! よくやった!」
「くそっ! るるちゃん!」
「貴方邪魔」
 ラピスの前にロージーが立ち塞がる
「疲れただろう。そろそろ休むといい」
 ブレイズが両手に魔力を集中させる。
「どうしてこんな酷いことするの!」
「貴様こそ! 何故、僕の邪魔をする!」
 ブレイズの叫びと共に魔力が解放される。瞬間、雷の帯が蛇行しながらるるに迫り――。
「るるはお星様が好きなの――」
 光の中でるるは囁くように――だが強く想いを言葉にする。
「だから?」
 雷術を相殺しようと堪え続けるが――それでもるるはじりじりと後ろへ押されていく。
「7月7日はるるのお誕生日なの――」
 るるの両腕が光に侵食されていく――それでもるるは両足を堪える。
「だからどうしたぁ!?」
 ブレイズが叫び雷の蛇は一回り太く成長する。
「七夕は特別なの! 織姫さんと彦星さんにとっても、るるにとっても――絶対に負けないんだから!」
 一瞬、強い光が辺りを包み――そして消えた。



 抉れた地面からは白い煙が上がっている。
そこに立っているものはいない。
「ふん、馬鹿な奴だ」
「るるちゃん!」
 叫ぶラピスをロージーが吹き飛ばす。
「――隙だらけ」
「る、るるちゃん――」
 ラピスが這い蹲り手を伸ばすが何も――掴めない。
「ロージー、こいつらはもういい。あの忌々しい竹を――」
 ――だが、掴む者はいた。
「るるちゃん!」
「何ぃ!?」
 驚愕するブレイズを無数の火球が襲う。
「くっ! 誰だ!」
 るるに寄り添うように織機 誠が立っていた。
「不運の蠍座! 推参! 四露夜苦!」
「貴様! さっきまで――」
 そう――誠はさっきまでのりのりで攻撃魔法をばら撒き破壊の限りを尽くしていた。
「ふっ、演技ですよ」
「あ、あれが、演技だとぉ!? ば、馬鹿な! ありえん! ありえんぞ!」
「――これ以上はさせませんよ」
「どいつも、こいつも――下らん! 何故だぁ!」
「私の名前は織機 誠――機を織ると書いて織機です。織姫様の味方をするのに他に理由が必要ですか?」
「馬鹿め! 愚かな貴様等をこの僕が救ってやろうというのだ! 邪魔をするなぁ!」
 ロージーの機晶石が淡く輝きブレイズの身体に再び魔力を満たす。
「くっ、まだこんな力が!」
 誠が身構える。
「もうやめよう! 七夕に喧嘩なんかやめようよ! 皆で楽しもうよ」
「クックク! ――おめでたいな。お前にはそこで正気を失ってる奴が見えないのか!?」
「で、でも、楽しそうに笑ってるから大丈夫かなって――」
「大丈夫? そんな保証がどこにある?」
「竹を壊しても彼らが元に戻れるとは限りませんよ!」 
「その通りだ――」
 誠の言葉にブレイズは頷く。
「だが――これ以上、犠牲者が増える事はない! 100を救うために10を捨てる! そういう判断をする人間も必要なのだ!」
「そ、そんなのダメだよ!」
「ならば、まず――お前があそこにいる愚か者共を救ってみせろ!」
 ブレイズが放った火球にるるが吹き飛ばされる。
「きゃあ!」
「てめぇ! 最後までやるしかなさそうだなぁ!」
 キレた誠がブレイズを睨みつける。
「待って――」
 るるがよろよろと立ち上がり、誠を止める。
「わかったよ――うん、るる、やってみるよ」
 るるはブレイズに優しく微笑む。
「なっ!」
 ブレイズは自分の心臓が抉られるような痛みを覚えた。
「楽しい夢もいいけど――それだけじゃダメだよね!」
 るるは囁くように呟く。だが、その言葉は力強い。
「――目を覚まして!」
 るるは叫ぶ。
「痛いことも、辛いことも、悔しいことも――自分を信じて乗り越えようよ!」
 叫び続ける。
「そうすれば――きっと願いは叶う!」
 力の限り叫ぶ。
「それは夢じゃない!」

 ――空気が震えた。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 上空 魔法の竹 3合目 夜のはじめ頃

「もう、諦めたらどうどす!」
「あんたこそ!」
 愛沢 ミサの火術を有栖川 喬華が相殺する。
またしても短冊には届かない。
「くそっ! もう一発――」
「やめときよし! お互い高度の維持もままなりまへん。――墜ちますえ」
「――そうね。魔法はやめましょう」
 ミサが懐からライターを取り出す。
「なっ、あんさん! まさか――」
 喬華の顔色が変わる。
「そうよ! こいつで――」
「煙草はあきまへん!」
「ちげぇよ! なんでだよ! 意味わかんねぇよ!」
「煙草は絶対にあきまへん! わいのおとっつぁんの知り合いの部下のお友達が――」
「吸わねぇよ! 私は歌のために喉を大切にしてるんだ!」
「ほぅ、あんさん歌を歌われるんどすかぁ」
 喬華は一転――いやらしく微笑む。
「そ、そうだよ! 何か文句あんのかよ!」
 ミサは恥ずかしそうだ。
「ほな、歌ってみておくれやす」
「や、やだよ! なんでだよ!」
「やっぱり嘘どすか」
「嘘じゃねぇよ! くっそー! むかつく!」

 ――風が吹いた。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 上空 魔法の竹 8合目 夜のはじめ頃

 サラス・エクス・マシーナが新宮 こころのランスをはじく。
「どうした!? おぬしの覚悟はその程度か!」
 御厨 縁がサラスを援護しながら叫ぶ。
「くっ!」
 二人を相手に善戦するがこころは既に限界だった。重いランスを握り締めながら長時間の空中戦――痺れた腕からは握力が完全に失われつつある。精神力もそこをつきそうだ。
「それでも、負けられない!」
 こころは最後の力を振り絞り一気に高度を上げる。
「うおおおおおおお!」
 ランスを下に構え急降下。
狙いは――。
「サラス!」
 縁が声を上げる
「うん!」
 サラスが応える。
 狙いは縁でもなくサラスでもなく――魔法の竹。こころの全ての力を込めた一撃だった。
「なっ!」
「サラスも負けられない」
 サラスがカルスノウトの剣先をランスの先端に合わせ――圧されながらも受け止める。
「――見事じゃ!」
 縁のメイスがこころの側頭部に決まる。
「守らないと――皆を助けないと――」
 こころは薄れゆく意識の中で呟く。
「そういえば、名前を聞いていなかったな。 わらわは御厨 縁」
「サラス・エクス・マシーナだよ!」
「ボクは――新宮 こころ」
 意識を失ったこころはそれでもランスを放さなかった。

 ――鈴の音が響いた。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 中央 夜のはじめ頃

「引いてください。そろそろ限界でしょう?」
「あら、そんなことはありませんわ」
 フィル・アルジェントは気丈に言葉を返すが――両腕はもう限界だった。
「解りました――これでお終いにしましょう」
 天瀬 悠斗が腰を一層に落とし――地面を蹴る。体重を乗せたランスの一撃。フィルはコンバットナイフとアサルトカービンで挟むようにランスを地面に抑えつけ、なんとか防ぎ切る。
しかし――衝撃にアサルトカービンが暴発する。
「しまった!」
 フィルが祈るように目を瞑る。
「成程、そういうことでしたか――」
 悠斗のガントレットが暴発した弾を止めていた。
「撃てなかった――いや、撃たなかったのですね。周りにいる方のことを考えて――」
 悠斗はランスを引き、深く跪く。
「私の負けです。――見事です。百合園女学院のお嬢さん」
「フィル・アルジェントですわ。蒼空学園の人、貴方も中々でしたわ」

 ――光が射した。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 魔法の竹周縁 夜のはじめ頃

「ルミナ! 大丈夫ですか?」
「人の心配とは余裕ですね!」
 ルミナ・ヴァルキリーはユウ・ルクセンベールの存在を背中に感じ、心を鎮める。
「イルミンスールの生徒は退屈しないんでしょうね」
「蒼空学園も慌しいのは変わりありません」
「そうですねぇ――なんだか恋しくなってきました」
「ああ、二人で帰ろう」
 ルミナが故郷に想いを馳せる。カルスノウトを握る手が微かに緩む。
「――ルミナ! 避けろ」
「えっ!?」
 氷の矢がルミナに迫っていた。カルスノウトを握りなおすが――間に合わない。
「ルミナ!」
 ユウがルミナを突き飛ばす。
「ユウ!」
 ユウの胸に氷の矢が直撃する。
「そ、そんな、うあ、ああ……」
 ルミナがよたよたと立ち上がる。
「なんで、こんな――」
 歩みよるルミナの顔は絶望そのものだった。ユウの胸には氷の矢が――助からない。幾多の戦場を駆け抜けたルミナには解る。解ってしまう。
 だが――ユウの指先は運命に抗うように微かに動き、ルミナの手を握った。
「ユウ! ユウ! だ、大丈夫なのか!」
「ええ、大丈夫です」
 氷の矢の残骸が脆く崩れ落ちる。

『ルミナが倒れないよう 彼女の盾でいられるように ユウ・ルクセンベール』
『再び生きている今が 永遠であるように ルミナ・ヴァルキリー』

 ――短冊が願いを還す。

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス上空 魔法の竹 天頂 夜のはじめ頃

「どうした! 悪の超人!」
 クロセル・ラインツァートが魔法の竹の天頂に陣取っているため春告 晶と永倉 七海は汀の短冊に近づけない。
「なんて、うっとおしい奴だ!」
「馬鹿……だけ……ど……強……い」
 晶の魔法も七海のランスも悉く弾かれる。ヒーローは伊達ではないらしい。
「最高に悔しいけど――叶わない!」
「ふははは! 悪は正義には絶対敵わないのですよ!」
「ど……う……しよ……?」
 晶と七海には打つ手がない。
「くそっ!」
 七海は悔しさに奥歯を噛み締めた。その時――誰かの声が響いた。
「待たせたのぉ!」
「何者です!」
 クロセルがポーズを決めながら身構える。
「ツインターボの魔女! 上連雀 香! 推参なのじゃ!」
 2本の箒にしがみついた香がとんでもない速度で急上昇してくる。
 そして――。
「――ちょっ!」
「ぶつ……かる……」
「なっ、どくのじゃ! ツインターボは直線番町なのじゃあああああああ!」
 ――晶と七海を巻き込んで盛大にクラッシュした。



「――虚しい戦いだった」
 穏やかな風に髪を揺らしながらクロセルは呟く。
「さて――」
 クロセルは黒い短冊と黄色い短冊――託された2葉の短冊を取り出す。
「私に願いを託した少女達よ――今こそ約束を果たそう」
 そして、もう1葉――青い短冊。
「私のささやかな願いも聞き届けておくれ――」
 クロセルが3枚の短冊を結びつける。

『エリザベート校長と友達になりたい&体育の成績がガンガン上がって、人を活かす剣の達人(黄麒麟)になりたいな あーる華野 筐子』

『エリザベート校長と友達になりたい&音楽の才能を磨いて、人を癒し守る(防御・黒玄武)達人になりたいですわ アイリス・ウォーカー』

『研究中の演出魔法において、もっと凄い演出効果を持つ魔法を閃きますように クロセル・ラインツァート』

 そして――。
――エリザベート・ワルプルギスの白い短冊。
――紅汀の赤い短冊。
 魔法の竹の天頂で5色の短冊が風に躍る。

「――願いよ星に還れ」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス上空 魔法の竹 2合目 夜のはじめ頃

「おぉう!」
「ぐぇ!」
 魔法の竹の枝にぶつかりながら錐揉み状態で重力加速を続けていたあーる華野 筐子とアイリス・ウォーカーの墜落がようやく止まる。二人は魔法の竹の枝を支点に腰に巻いた命綱で互いの体重を支えあいふらふらと揺れ続ける。
 ――奇妙な果実。
 縛り首の木を連想させるが――指先や爪先がぴくぴくと動いている。気を失ってはいるが幸いなことになんとか生きているのだろう。

 そして――。



 ――エントランスは聖域と化していた。
静謐な空間。誰もが息を呑み、立ち尽くすことしかできない。その美しさに、その荘厳さに、涙するものさえいた。

 ――魔法の竹が黄金色に輝いていた。

 風に揺れる度に鮮やかな鈴の音のような葉音がエントランスに響き渡る。
「ふん、やっとか――」
 竹の周囲で人々が正気を取り戻していく。
「まだ、やりますか?」
 織 機誠がブレイズ・カーマイクルに問いかける。
「僕は無駄なことはしないんだ。愚か者共が助かったのならばそれでいい。――ロージー引くぞ!」
「わかった」
 ロージー・テレジアはラピス・ラズリに何事もなかったように手を伸ばし助け起こす。
 背を向け立ち去ろうとするブレイズにるるが声をかける。
「あの、手加減してくれてたよね? 雷を抑えた時、私の両手痛くなかった。どうして――」
「――手加減? 僕がそんなことをするものか、勝手な思い込みだ」

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 中央 夜

「あら、私?」
 ターラ・ラプティスが我に返る。
「タ、ターラ! 正気に戻ったのかい?」
 ジェイク・コールソンが嬉しそうな笑顔を浮かべて問いかける。
「なぁんだ、やっぱり夢かぁ。――凄く素敵な夢だったのに」
「ど、どこが素敵だったんだろう? 怒ってばかりいたけど――」
「ところで、ジェイク――」
「なんだいターラ?」
 ターラが怖いくらい優しく微笑む。
「――どこ触ってんのよ!」
 ジェイクの頬に三枚目の紅葉が押される。ターラの見事な平手打ちに周囲に居た生徒達は歓声と拍手を送った。



 深見 ミキは黄金色に輝く魔法の竹を見上げて感嘆の溜息をついた。
「――何があったのでしょうか。凄いでございます」
 シャーロット・マウザーがふらふらとミキに近づいてくる。
「うぅ、お腹が空きすぎて、眩い光がみえますわぁ――」
 シャーロットはミキの前で立ち止まる。
「ふふ、良い匂いはこれですわねぇ」
 ミキの両手は大きなスープ鍋を掴んでいた。納得のいく料理ができたので、自分以外の吸血鬼にも味見をしてもらおうと、人が集まっているだろうエントランスに持ってきたのだ。
「貴女様は吸血鬼でございますね」
「そうですわぁ。もう渇いて渇いて――」
 ミキの料理の匂いを追って寄ってきたシャーロットにミキは語り始める。
「実は私、偏食に悩んでいるのでございます」
 ミキはシャーロットにスプーンを渡し――。
「吸血以外で美味しいと感じる食事はできないものかと、常々悩んでいたのでございます」
 ――鍋の蓋を開ける。
「今回、幸運なことに魔法の竹のお力を拝借することができたのでございます」
 鍋の中には真紅の冷製スープが入っていた。
「まぁ、なんて美味しそうな色なのかしら!」
「完成したレシピでつくりあげたこのスープはまことに感動的な味わいだと夢の中の私は――」
「い、いいから――飲ませて、飲ませてください!」
「どうぞでございます」
「いただきますわ――」
「いかがでございますしょうか?」
「――す、素晴らしいですわ! 血の味がします!」
 シャーロットは止まらない。凄い勢いでスープを飲み続ける。
「えっ、ちっ、血の味でございますか!?」
「ええ! これは革命ですわ! 完璧に血の味を再現しております」
 ミキはスープを指で掬い舐めてみる。それは、完璧なまでに血の味だった。
「そ、そんなぁ」
 項垂れるミキの横でシャーロットは幸せそうにスープを飲み続ける。



「お、おう! セトどうしたのじゃ!」
 エレミア・ファフニールは自分を抱きしめる羽瀬川 セトに驚き問いかける。
「ミア! 元に戻ったんですね――良かった」
「どうしたんじゃセト! ぼろぼろではないか! 誰にやられたのじゃ!」
 セトはミアが覚えてないことに安堵し微笑むと立ち上がる。
「秘密です」
「だ、大丈夫なのか?」
「ええ」
 セトは全身の痛みを堪えながら気丈に振舞う。
「それより見てください」
「な、なんじゃ!? 輝いておる! なんと美しい」
「本番はこれからのようですよ。一緒に楽しみましょう」
 セトはミアの手を強く握った。



「――綺麗」
 アスティニア・ローストラッテは光輝く魔法の竹をぼうっと見上げていた。両手には結べなかった短冊が握り締められている。
「もう、無茶しないでよ」
 如月陽平が声をかける。制服はところどころ焦げているが怪我はないようだ。
「うるさい。年下の癖に――」
 アリスティアも反省しているのか、強くは言い返さない。
「ん、その短冊飾らないの?」
 陽平がアリスティアの短冊に気付いて尋ねる。
「あ、う、飾りたいんだけど――」
 アリスティアの事情にようやく気付いた陽平は手を叩く。
「じゃあ、僕が結んであげるよ」
 陽平はアリスティアの手を取って駆け出す。
「あ、ありがとう」
 アリスティアは照れくさそうにお礼を言う。
「でも、そうか短冊が結べなくて――ぷっ、くっ、あはっはっ」
 陽平は思わず吹き出す。
「わ、笑うんじゃないわよ!」
「ご、ごめん、でも、可愛くて――くっ、あははははは」
 ツボに入ったらしい。もう止まらない。
「――お兄ちゃん!」
 アリスティアはわなわなと肩を震わせる。
「くっ、ふふっ――ん、なんだい?」
 陽平はアリスティアの殺気に気付かない。
「這い蹲れええええええ!」
「ぎゃああああ!」

『背が伸びますように アスティニア・ローストラッテ』

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス上空 魔法の竹 天頂 夜遅く

「真言! 見て!」
 魔法の竹を登り続けていたユーリエンテ・レヴィが沢渡 真言に声をかける。
「あそこがゴールみたいですね――もう一息です。頑張りましょう」
「ルミナちゃん! もう少しだよ! 頑張ろう!」
 ユーリは少し下にいる宝月 ルミナに天頂が見えたことを伝える。
「うん! 頑張る!」
 ルミナは微笑み答えるが明らかに消耗が激しい。
「ルミナ、少し休みましょう?」
 リオ・ソレイユはかなり心配そうだ。
「ううん、頑張るよ!」
「――解りました。行きましょう!」
 リオは自分とルミナを繋ぐ命綱を確認する。
その瞬間だった――。
「――ルミナ!」
 ルミナが足を踏み外し落下する。リオは命綱を腕に巻きつけルミナを支える。
「くっ!」
 衝撃と共にリオの腕が締め付けられる。
「真言! ルミナちゃんが!」
「ユーリはここでじっとしていて下さい。私が助けに行きます。絶対に動いてはいけませんよ」
「うん、解った。真言、ルミナちゃんを助けてあげて」
「ええ、任せてください」
 ルミナは命綱が伸びきった時の衝撃で気を失ったようだ。微動だにしない。
「くそっ! 絶対に放さないぞ!」
 リオは腕の痛みに耐えながらルミナを支える。
「リオさん! 少し我慢してください」
 真言は輪をつくったロープを投げてリオを捕まえると、そのまま枝に引き寄せた。リオが枝にしがみつくと真言がルミナを引き上げる。
「有難うございます」
「困った時はお互い様です」
「――真言!」
「ルミナちゃんは大丈夫です」
 ユーリの声に真言が上を見上げた瞬間――強い風が吹いた。
「ユーリ!」
 ユーリの捕まる枝が激しく揺れる。
 真言の叫びが虚しく響き――ユーリは宙に投げ出される。
 真言もリオも動けかった。
 何もできない。
 その光景を見ていることしか――。
 ユーリがゆっくりと落ちて――。
 ――マントのように羽織った制服が空を駆けた。
「大丈夫ですか? 少年」
 クロセル・ラインツァートが伸ばした腕がユーリを力強く支えていた。



「ついたね」
「ええ、やりました」
 ユーリと真言は寄り添いお互いの存在を確かめる。
「リオ、ごめんね。痛かったよね」
 リオの背中でルミナが呟く。
「目が覚めたんですね。大丈夫です。大した事はありません。ルミナが無事で私は嬉しいです」
 リオは優しく微笑む。
「さぁ、短冊を飾ろうよ!」
 ユーリの元気の良い声にルミナが頷く。

『おいしいものをいっぱい食べられますように ユーリエンテ・レヴィ』
『ふたりでながいき、できますように 宝月ルミナ』
『皆さんにささやかな幸せが訪れますように 沢渡 真言』
『ルミナが幸せでありますように リオ・ソレイユ』

――世界樹イルミンスール下層 イルミンスール魔法学校 エントランス 中央 夜遅く

 黄金色に輝く光の粒子が鈴の音のような葉擦れの音に合わせて揺れ躍っている。

「司! きっとまだ間に合います」
 グレッグ・マーセラスが姫神 司の手を引いて走り出す。
「待て司! 短冊を書き直すから! 書き直させてくれ!」

『手に馴染む剣がほしい 姫神司』
『司の願い事が叶いますように グレッグ・マーセラス』



「どうやら私の出る幕はなさそうですぅ」
 エリザベート・ワルプルギスが溜息をつく。
「走って損したですぅ」
 エリザベートはどうやら暴れている生徒をお仕置きしたかったらしい。
「そんなことないです」
 光り輝く魔法の竹をうっとりと見つめながらソア・ウェンポリスがぽつりと漏らす。
「た、確かにな」
 ソアの隣にいた緋桜ケイが頷く。
「綺麗ですね」
「ええ――」
 メイベル・ポーターの言葉に紅汀が応える。
セシリア・ライトは後ろ手にモーニングスターを握り汀の後頭部を密かに狙っている。
 エリザベートに詰め寄り喚きちらし雰囲気を台無しにされては敵わない――という心配からだが、汀もしっかりと魅せられているので、その心配はなさそうだ。
「これは本当に一面どころじゃないわね」
 御影 葵がシャッターを切って呟く。ファインダーの隅には件の段ボールが写っており、後日、葵の狙いを裏切る形で写真は話題になるのだが――今はどうでもいいだろう。

――世界樹イルミンスール中層 イルミンスール魔法学校 展望台 夜遅く

「うーん、よく寝ました」
 誰も居ない校長室で目を覚ました関貫 円は夜風に当たろうと展望台に足を運んでいた。
 展望台へと続く階段を登りきった瞬間――円は息をすることさえも忘れた。
 ――自分はまだ眠っているのではないか?
 ――夢をみているのではないか?
 穏やかな夜風が立ち尽くす円の髪を優しく撫でる。黄金の粒子が揺られるように星空に昇っていく。

 誰もが幻想的な光景に目を――心を奪われていた。

 魔法の竹が光となり空に還っていく。
短冊に乗せた願いと共に――。