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リアクション
クラゲ・サメ後半戦
(推力なし、係維策もない、浮遊機雷と考えて良さそうだな)
護衛艇の上から水風船爆弾を眺め、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が抱いた感想はそれだった。
と――。
「サメが数匹、クラゲの方へ戻っています! 確認できたのは五つ――!」
金住 健勝(かなずみ・けんしょう)の声が上がる。
クレアはそちらの方へと視界を巡らせて薄く舌を打った。遠く、海面に見えた幾つかの大きな影。
「まずいな……あちらの血の匂いに気付いたか」
クラゲ退治にはまだ時間が掛かりそうだったし、確認してきたそれまでの様子からすれば、これからまた怪我人が出るだろう事は容易に予測が出来た。
「教官に報せて、ボートを先行させてもらった方が良いかもしれませんね」
クレアのパートナーであるハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が言う。
金住とクレアは彼の方へと振り返り、頷き、それぞれが準備のために駆け出した。
◇
背中に走る衝撃。
ユウとルミナの死角を突いた毒手が、ユウの背を斬り叩いていた。
背から伸び漂う血を海中に引き伸ばしながら、ユウは身を翻しながら槍を振り出した。しかし、その動きに妙な負荷を感じる。
槍の振り出しが一つ遅れて、槍先を逃れた毒手が、再び、ユウの身体を斬り付けた。
(――何か、動きが――)
噛んだ口元から零れた泡。
とにかく、槍先を返して己を更に攻撃しようとしなる毒手へと突き出そうとする、が。
その腕が動かない。
いや、動かないのは腕だけじゃない。身体全体がユウの意思とは裏腹に一つとして動かずに、ただ、毒手が斬り付けて来るのを待っている。
サン、と一閃が走り、ユウの手前まで伸びていた毒手が力無くふらりと海中に漂う。
そうして、毒手を裂いたルミナがユウの腕を取って、クラゲから離れるように彼の身体を引いた。
自らの魔法によって回復した命がクラゲの毒手を打ち払って作り上げた隙間を縫って、桜は槍を突き出した。
クラゲの肉に突き刺さった槍の感触、すぐにクラゲの表面を蹴って、その勢いで槍を引き抜きながらクラゲから距離を取る。
しかし。
「――クゥッ!?」
海中から突き出されてきた毒手の嵐に飲み込まれてしまう。
命の悲鳴が、乱雑に鳴り騒ぐ水音と己のスーツの裂ける音との間に聞こえた。
桜を取り囲んだ毒手をメイスで叩き払って、命は桜の手を引き、そこから引き摺りだした。
「撤退しましょう、桜ちゃん!」
もう、彼女を治療する力は命には残されていなかった。その声に厳しさが混じる。
「でも……」
桜の眉が痛みを堪えるのと悔しさとで強く顰められた。
命は、桜の表情にほんの一瞬だけ心揺らいだが、軽く頭を振るようにしてから、桜を掴んだまま、その場から離脱するために水を蹴った。
「カルフェッ! サメが来てる!!」
リンファールの声に、カルフェイドは桜達を援護する射撃の合間を縫って、視線を彼女が指し示した方へと走らせた。
確かに、遠くに何匹かのサメのものと思われる影がある。
カルフェイドはそれを確認すると共に、更に周囲へと素早く視線を走らせた。
隣でリンファールが悲鳴に似た声を上げる。
「ねえ、あれってユウさん達の方に向かってる――!?」
「リンファール。俺達はこのまま御国達の援護を続ける」
カルフェイドはリンファールへと静かに言い渡しながら、桜達を狙う毒手に向かって引き金を引いた。
「――ふえ?」
リンファールが一瞬呆気に取られた声を洩らし。
「でも、このままじゃユウさん達が!」
「爆弾を迂回して、ボートが来ている。おそらく、護衛艇でサメの接近に気付いた連中が居たんだろう」
カルフェイドは淡々と言いながら、銃撃を続け。
「なら、ルクセンベール達はそちらに任せられる」
「え? え?」
リンファールは、カルフェイドの言葉を確かめるようにきょろきょろと視線を巡らせ、一艘のボートを発見する。
「ほんとだ」
「安心したか? そうしたら、リンファールはクラゲを彼女達から引き離してやってくれ」
「――分かった!」
カルフェイドの言葉を受けて、リンファールが光条兵器を構えながら泳いで行く。
クレアの放った弾丸がサメの身体を正確に捉えて、海水交じりの血飛沫が爆ぜた。
そして、ユウを担いで泳ぐルミナの周りに、サメ達を牽制する金住の弾丸が海面に叩き込まれていく。
「自分が援護します! 今の内に!」
「――すまない、恩に着る!」
まだ遠いルミナから返る礼の声が微かに聞こえた。
クレアはサメを狙い撃ちながら。
「ハンス」
パートナーの名を呼んだ。
「分かってますよ」
ハンスが微笑みながら応えて、筋力増強スーツを起動した。今回の訓練では飛ぶ事を禁じられている。
そして、特殊ナイフを片手に海へと飛び込んでいく。
金住とクレアの銃撃によって警戒を強くしたサメ達は、ルミナの周りを弄るように円を描いて泳いでいた。
その中のサメが円からルミナ達の方へと突出しようとするたびに、金住とクレアがそいつに弾丸を叩き込む。
ハンスがルミナ達の傍に寄るまではそれを繰り返さなければいけない。
ジリジリと続く緊張感の中。
「これは……何かに似ているな」
ぽつ、とクレアが洩らした。
金住は暑さと緊張感の中で、滲んだ汗が頬を伝うのを感じながら、銃を構えたままクレアへと問いを返す。
「何でしょうか……?」
「この感じは……」
クレアが何かを思い出そうとするような口ぶりで呟き。
それとほぼ同時に二人の銃声が重なる。
放たれた弾丸に叩かれて、サメの巨躯が悔しげに円の群れへと引き返していく。
そこで、金住は気付いた。
「ワニやモグラを叩くアレでしょうか?」
「――それだ」
そう言ったクレアの声は、どことなくスッキリとしていた。
「お待たせ致しました」
身体能力を強化されたハンスがサメ達の隙間を縫ってルミナの元へと辿り着く。
そして、その場でユウの毒と傷とを癒す。
「助かります……ん?」
ユウが艶やかな微笑みをハンスへと向けてから、身体を動かそうとしたが……彼の身体は動かなかった。
「スーツが壊れてしまっているようですね」
ハンスは、目を細めながら周囲の状況へと視線を巡らし。
「わたくしがユウ様をお預かりします。ルミナ様は、道を……」
言いながら、ハンスはルミナからユウの身体を受け取り、彼を担いだ。
「了解した」
ルミナが頷き、身軽になった身体で剣を構える。
そして、ハンスはクレアの方へと手を振って合図を向けた。
「ジーナ。ここで良い」
言われてジーナは、ざぶっと動きを止めた。
樹はジーナから離した手を銃に添え、銃口の向かう先へと静かに目を細めた。
それきり一言も無い。
静かになる。
聞こえていたのは、己に当たって小さく跳ねる近くの波音と、遠くで仲間達が闘う音。
空を行く一羽の海鳥の影が、二人の上を走っていく。
樹が構える銃口の先。ボロボロのクラゲはおそらく逃げ出そうとしている。
それを留めているのは、カルフェイドとリンファールの銃撃、それから、水中のイレブンだ。
そして。
樹の銃声が鳴った。
弾丸は風を混ぜ切って、空と海の間を行き、クラゲの身体にバックリと開いた傷口の奥へと滑り込み――
クラゲの最後のともし火を掻き消した。
◇
何度目か。
ゴッドリープは、筋力増強スーツを起動してサメ達の間をすり抜けた。
安全圏まで抜けたら、すぐさまスーツのスイッチを落とす。
(……もう、だいぶ使ったな……)
頭の中で数えていた使用時間に、今の分を足して、ゴッドリープは心中で溜め息を付いた。
スーツの使用は囲まれた時だけにしようと思っていた。
しかし、ほとんど一人でサメを引き付けているようなもので、フォローも無い。ほぼスーツを使いっぱなしに近い状態が続いてしまっていた。
それでも出来る限り節約してきたが。
正直、もうそろそろ限界だった。
腕や足の筋肉はキリキリと痛み出してもうかなりの時間が経っているし、心臓の方も妙なリズムを打ち始めている。
なにより。
孤独だった。
広大な海の中を一人で大勢のサメに追い回されている。
(海は、広いな……それから、暗くて、深い)
当たり前の事を、今こうして初めて知ったような気になる。
そんな、どこか神聖な気持ちをなんかしら覚える。
が、数分後にはそんな気持ちなど全部吹っ飛んでいた。
仲間達がクラゲを倒し、そこから離れていくのが見えたので、そちらの方に向かったのだが――水風船爆弾が集っている近くの海に、何故かかなりの数のサメが集まっていたのだ。
ゴッドリープが、その群れを回避しようとコースを変えた所で、そちら側からもサメ数匹が迫ってきているのが見えた。
その頬はピンクに染まっていた。すぐに、己がかなり危険な状況に置かれていると分かる。
サメがこちらへと近づいてくる。スピードは速い。当然、自分が誘導していたサメ達もスピードを変えずに己を追ってきている。
迷っている暇は無かった。そうなれば、逆に気も落着く。
己のやれる事が、スゥと頭の中にイメージされて。
ゴッドリープは筋力増強スーツを起動し、新たに向かってきたサメの方へと強く水を蹴った。
牙を剥いたサメの口元ギリギリを過ぎ去って、その時に見えた凶悪な様相の巨大な口に背筋が冷える。
筋肉が強烈な疲労感を訴えてくる。限界は近い。
それから、彼は数匹の噛み付きを避けて、抜けたところでナイフを抜いた。
身を翻して、こちらの方へと鼻先を巡らせて迫ったサメの、その巨大な鼻先にナイフの柄を叩き込む。
と、自分の後方で強烈な水音が鳴った。
振り返ると、己の背後すぐ傍まで迫っていたサメを水中銃の銛が貫いているのが見えた。
それから、離れたところに小さな水音が鳴って、海面にペットボトルが浮いた。
ボトルの中に、何か赤いものが入っているのが見える。
次いで、海面を流れる銃撃音。ペットボトルが弾けて赤い液体が海水に滲んでいく。
視線を巡らせる。ボートの船底を見つける。
(――助かった――)
ゴッドリープは残りの体力を振り絞って、そちらの方へと水を掻いた。
海面に顔を出す。
そして、ゴッドリープが見たのは、ボートの上に仁王立ちする引き締まった身体と、黒いブーメランパンツだった。
「ありがとう、ござい、ます……助かり、ました」
筋力増強スーツを利用したフリーレに、ボートへと一気に引き上げられたゴッドリープが息も切れ切れに礼を言う。
「よく頑張ったじゃねぇか」
ゴッドリープの頭を軽く叩いて、グスタフが笑う。
「怪我はねぇか?」
問われて、ゴッドリープは「なんとか」と頷く。
そして、水中銃を置いたアリーセがゴッドリープのスーツを早速、弄り始めた。
「酷使してくれましたねぇ」
楽しそうな彼女の手が身体のあちこちに触れるのを居心地悪そうにしながら、ゴッドリープは顔をサメの漂う海の方へと巡らせた。
「……結局、爆弾の所まで誘導し切れなかった」
ゴッドリープの表情が軽く顰められる。
「いや、後は――」
陽一がアサルトカービンを片手に水風船爆弾の方を見やった。
ゴッドリープの横で、フリーレも陽一と同じ方向へと視線を向けた。
「彼女の出番だな」
◇
水風船爆弾が集っている細い隙間を、筋力増強スーツを使ったルカルカがスイスイと抜けていく。
遠目に眺めた時も綺麗だと思ったけれど、海中の中に漂う水風船爆弾は海の青さの中につるりと光っていて、神秘的な綺麗さを持っていた。
(見せてあげたいなぁ)
頭にパートナーの顔がよぎる。
ともあれ、彼女の目的は水風船の観察ではない。
手に持っていた大きな袋から、次々と袋を取り出しては、その端を千切って穴を開け、水風船爆弾が集う方へと置いていく。
袋の中には、魚の血と内臓が詰めてあった。
それを幾つも置いたら、さっさとその場を離れてしまう。
ザァと離れた所の海面に顔を出して、周囲をきょろきょろ確認する。
仲間達は皆、その場を離れている。遠くで手を振ったリンファールの方に手を振り返しておく。
それから、ルカルカは頷いた。
「安全よーし」
ザブン、と海中に潜り込んで水風船爆弾の方を見やる。
何匹ものサメがうぞうぞと爆弾の隙間を縫って奥へと泳いでいくのが見えた。
再び、海上へと帰る。
「っぷは。サメよーし」
そして、彼女は光条兵器を構え、それを持つ腕を水風船爆弾の方へと伸ばした。
「あんっ。胸がきっつーい」
彼女の大きな胸が突っ張ったスーツの中で押し潰されて、上がる悩ましげな声。
と同時に撃ち出された光の矢が、潮風を貫いて、海上に覗く水風船爆弾へと吸い込まれていく。
一つ割れて。
パン、と空気と海水とに渡る衝撃。
次の瞬間には、スパパパパパパパパパパパパパパパパーーーンッッッッ!!! と、連鎖の衝撃が積み重なって。
海上に、サメの血肉交じりの巨大な水飛沫が咲いた。
間を置いて、周囲にザァと降り注いだ海水の雨。
それが青空に輝く太陽の光を受けて、大きな虹を作り上げていた。
ルカルカはそれを仰ぎ見て、
「綺麗だねぇ」
楽しげに笑った。
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