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リアクション
クラゲ・サメ前半戦
海中に滑り込んだ陽の光の中を、サメ達が巨躯をしなやかに巡らせて泳いでいるのが見えた。
その光景はいっそ雄大で、そのサメ達の持つ凶暴性や高い戦闘能力を知らなければ、あるいはこんな状況でさえ無ければ感動を覚える事が出来たかもしれない。
ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は、心中でひっそりと溜め息を付いた。
彼は唯一の正式なサメ囮役として、既に一群れのサメに追われて全力で逃げていた。
そのまま、目の前にあったもう一つのサメの群れの中を突っ切っていく。
群れの中から何匹かのサメの気を引く事に成功し、引き寄せているサメの数が増える。
(最後まで逃げ切れるかな……? 早めにリタイアした方が――いや)
群れを成して自分を喰らおうと迫るサメ達はとても怖かった。
でも、それ以上に。
(リタイアして帰った時に怒られる方がもっと怖い、か)
ザン、と強く水を掻きながら、彼はパートナーの顔を思い浮かべていた。
◇
カルフェイド・リディスター(かるふぇいど・りでぃすたー)ら海月バスターズの射手達は海上へ姿を現したクラゲへと、一定方向からの集中射撃を行っていた。
狙いは、クラゲが吐き出す水風船爆弾を一箇所に纏める事。
カルフェイドのパートナーのリンファール・アレイス(りんふぁーる・あれいす)が光条兵器の銃剣で、林田 樹(はやしだ・いつき)がパートナーのジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)に掴まりながらアサルトカービンで、それぞれ射撃を行っていく。
そうして、こちらの狙い通りにクラゲがポポポポっと水風船爆弾を吐き出す。
海中と空中へ。
空中に弧を描くように吐き出された巨大な水風船が、太陽の光を浴びて、煌めきながら射手達に降り注いでくる。
「来るぞ、ジーナ」
「了解ですぅ、林田様ー!」
樹の合図でジーナが水を掻いて案全域へと進み出す。
ジーナに掴まりながら、樹は射撃の手を休める事無く、クラゲへとプレッシャーを与え続けていく。
「でも林田様。水風船爆弾って、何だかキラキラして素敵ですねぇ」
ジーナが水を掻いて樹を引っ張りながら、楽しげな、少しはしゃいだような声で言ってくる。
樹は軽く片眉を顰めつつ、ちらっと海面へ着水する水風船爆弾の方を見遣り、それから、少し眉根を寄せ……
「わからん」
言い切って、自分が行っている銃撃の方へと意識を戻した。
「素敵なんですったら素敵なんですぅー」
キャッキャと何やらジーナが楽しそうに首を振る。
樹は小さく嘆息し。
「次、来るぞ」
つん、と銃のグリップ尻でジーナの後頭部を軽く突っついた。
「はーい」
返事は軽かったが、彼女はしっかりと樹を安全圏へと引っ張って行く。
着水した水風船爆弾を横に逃れ、カルフェイドは再び銃口をクラゲの方へと構え直す。
「もう少し、だな」
海面に漂う水風船の頭を一瞥し、呟く。
「リンファール」
「はいっ」
カルフェイドの合図に合わせてリンファールが光条兵器の銃剣を構えた。
そして、カルフェイドの射撃と共に光の弾丸を撃ち出していく。
「クラゲは倒す、水風船爆弾は集める、両方やんなくっちゃあならないのが『海月バスターズ』のつらいところだな」
海面に顔を覗かせたイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)は射撃を行う仲間達から、水風船爆弾を吐き出すクラゲへと視線を巡らせた。
ユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)とパートナーのルミナ・ヴァルキリー(るみな・う゛ぁるきりー)、そして、御国 桜(みくに・さくら)とパートナーの白雪 命(しらゆき・みこと)がクラゲへと距離を詰めていくのが見える。
イレブンはクラゲの挙動を観察するように目を細めた。
「近づいてみると想像以上の大きさですね」
ユウの言葉に隣でルミナが剣を抜きながら頷く。
「確かに、手強そうな相手だ」
ユウは彼女の方へと視線を巡らせ、小首を傾げた。
「大丈夫ですか? ルミナ」
彼の問い掛けにルミナの視線が返る。
彼女はユウの方へと剣を掲げ、口元に微笑を浮かべた。
「我が剣はどのような過酷な試練をも切り裂いてみせよう」
言って、彼女は剣を払い、水中へと身を滑らせていく。
海中を先行したルミナの影を見送りながら、ユウは目を細め。
「天の月のご加護がありますように」
静かに零して、彼女の後を追った。
海水を裂いて。
桜へと振り出されたクラゲの毒手を、命のメイスが打ち弾く。
命は手元に掛かった衝撃に歯を擦り合わせて耐え、次に襲い来る毒手の方へと視線を走らせた。
「桜ちゃんッ!」
二手目の毒手を更になんとか叩き止めながら、水中銃を構えたパートナーの名を呼ぶ。
「行けぇ!!」
桜が水中銃の引き金を引いて。
海面に鋭く飛沫を上げながら海中へと銛が撃ち出されていく。
それは幾重もの波紋を描きながらクラゲの表面を引っ掻いて、海の深い彼方へと消えていく。
桜は用済みになった水中銃を放棄し、ランスへと持ち替えた。
「命姉ッ、一度離れよう!」
「ええ――ッ、桜ちゃん危ない!!」
「――え!?」
伸ばされたのは命の手。
それが桜の腕を掴んで、命の胸元へと桜の身体を思い切り引き寄せる。
そして、
「ク、ゥッ!!」
桜を抱いた命の身体が強く震えた。そのまま、二度、三度。
命の腕の中で、ぐっと顔を巡らせた桜の視界に移ったのは、命を叩き裂いて海中へ帰っていったクラゲの毒手だった。
「命姉ッ!!」
「大丈夫? 桜ちゃん」
命が弱々しく微笑する。
彼女のスーツは裂かれ、そこからは血が流れ出ていた。
桜に触れている手の先が僅かに痙攣している。おそらく、彼女の身体にはクラゲの毒が回り始めている。
桜は、強く唇を結び、ランスを握り直しながら命の腕の中を抜け出す。
「私がカヴァーするよ! 命姉は早く魔法で治療を!!」
「はい――でも、無理は、しないでくださいね? 桜ちゃん」
二人を狙うクラゲの毒手が空中でしなる。
海中。
忙しく揺れる海面が、差し込む光をまばらに乱していた。
騒ぐ光を剣の表に返して、ルミナの切っ先が迫る毒手を薙ぎ払う。
海中に散った毒手の欠片を掻き混ぜながら、筋力増強スーツを起動したユウが水を蹴ってクラゲ本体へと突撃していく。
そして、彼は更にバーストダッシュを発動した。
瞬間に起きたのは、ほとんど爆発だった。
ドン、と重たい衝撃を海中に渡らせて、槍を構えたユウの身体が海水を真っ直ぐに貫き――その切っ先がクラゲの本体を深く突き刺した。
ゼリー状の肉片を撒き散らしながら、ユウの身体はそのまま海面を破って、空へと飛び上がっていく。
空中に身を翻し、槍先を払いながらユウは肺に久しぶりの酸素を送り込んだ。
見下ろした視界の端で、桜と命がカルフェイドとリンファールの援護を受けながらクラゲから距離を取っていくのが見える。
その風景の端で、ユウを狙って海上に次々と突き出されてくる毒手。
ユウは、ヒゥと気を一閃して槍を構え直し、目を細めた。
十分に水風船爆弾を揃え、樹とジーナはクラゲ退治へと移行していた。
ジーナはアサルトカービンでクラゲ本体へと十分な攻撃が行える距離を保ちながらクラゲの周りを周回していく。
樹の銃撃を追って伸びた幾本もの毒手をイレブンが斬り散らす。
イレブンは筋力増強スーツを起動し、樹達とクラゲとの間で、彼女らを狙うクラゲの毒手を相手にしていた。
(普段なら――)
巡らせた視線の先、更に樹達を追って猛スピードで海中を裂いていく毒手の切っ先。
(間に合わないだろう……だが)
イレブンは強く水を蹴り出す。
掛かる抵抗を突っ切って、毒手達の前へと到達する。
その格好で剣を振り出す構えに入る。海面に対して斜めの格好で、重力を妙な方向に感じる。
加えて言えば、いつものように踏み込む足場など無い。
が、強化された身体能力がそれらの不安定さを全て帳消しにするという事をイレブンは先程知っていた。
迫る毒手に対して、剣を振り出す。
まるで、そこに地面が存在するかのように足裏が海水を擦り、その音が刃の斬音と混じって海中を通った。
(大したものだな)
もう一つ確かめるように刃を振り払ってから、イレブンは海中に無残に散らかるクラゲの毒手の中を抜けて、一度呼吸を取るべく海上へと水を蹴った。
頭上の海面を鳴らして、ユウが海中へと返って来る。
寸間を置き、水音が立て続けに鳴る。
何本もの毒手が細い音と共にユウを追っていく。
その毒手を誘うように深く潜り行くユウがルミナへと視線を送る。
ルミナは口端に笑みを刻みながら頷き、筋力増強スーツを起動した。
そして、彼女はバーストダッシュによる衝撃を海中に叩き付け、クラゲ本体へと突貫していく。
振り出した剣に掛かる手応え。
クラゲに刃を刺した格好のルミナの視界に映る景色が海中から海面を経て海上へと変わっていく。
それに合わせて、深く食い込んだ刃がクラゲの肉に斬り筋を高速で描いていった。
ルミナはクラゲの軟い感触を強く踏み込んで、剣をクラゲから引き抜いた。
そして、振り返りながら肺に残っていた空気を短く吐く。
代わりの空気を深く吸い込みながら、ルミナはクラゲの頭の上を駆け。
タンと跳んで海中へと身を返した。
海水に滑り込み、毒手を相手に立ち回っているユウの方へと向かう。
槍で毒手を捌いていた彼がこちらの方を見上げ、水を蹴った。
彼の元へ向かってこちらも海中を進む。
伸ばした手がユウの頬を掠めて、彼の首の後ろに触れる。
そこへ手を絡めて、彼の口元に寄せた己の唇。
重ね――新鮮な空気を彼へと送る。
僅かに零れて鳴った気泡が耳を掠めた。
◇
海面に浮かぶ大きな水風船達がゆらゆらと光を返している。
その奥では、でっぷりとしたクラゲが傍目にはのんびり漂っているように見えた。もちろん、絶賛戦闘中なのだが。
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は護衛船の傍の海からその光景を眺め、はぁー、と楽しそうな溜め息を洩らしていた。
「貴様は戦いに参加せんで良いのか?」
声が上から降ってくる。
見上げると酒杜 陽一(さかもり・よういち)のパートナーであるフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が護衛船の端から、ぐったりと腕と顔とを投げ出した格好でルカルカを見下ろしてきていた。
「うん! ルカルカの出番はまだ先だからねっ」
ルカルカは、フリーレとは対照的な満面の笑みを浮かべて、手に持っていた大きな袋を掲げて見せた。
「……?」
遠目からは、そこに何が入っているのか分からず、フリーレは首を傾げる。
ルカルカは、にへへーっと笑みを傾けてから、ふと、思い出したように瞬きをしてフリーレの方を見詰めた。
「フリーレは、なんでそんなに……ぐにゃぐにゃ子ちゃんなの?」
「私だけではないぞ」
言って、フリーレは腕を引っ込め、ずるりと護衛船の奥から陽一を引きずり出して見せた。
彼もまた、ぐったりとしており、護衛船の端に顔と腕を垂れた。
ルカルカに気付いた陽一が、ひょろひょろっと片手を上げてくる。
「こんにちわ……ルカルカさん」
ルカルカはハロハロと手を振って応え。
「二人とも、日射病?」
小首を傾げた。
「いや、確かに、暑さの所為もあるが……」
と、陽一が顔を上げてサンサンと降り注ぐ太陽を見上げる。
「血が足らぬせいで頭がぼうっとしておるのだ……うぎゅ〜……だるい……吐きそう……」
フリーレが、呪詛のようにとろとろと言葉を吐き出す。
ルカルカは、はて、と更に首を傾げる。
「血ぃ?」
「これだ」
陽一がごそっと取り出して、手先にぶら下げて見せたのはペットボトルだった。
揺らされて、中の赤い液体がたぷんっと揺れる。
「万が一の救出の時に使おうと思ってな」
「なるほどねぇ」
フリーレが陽一の方へと恨みがましい目を向ける。
「それで二人とも、こうグッタリしておっては本末転倒というものではないか……だから、採血量をもっと減らせと云うたのにまったくもー!」
フリーレの目尻が吊り上がり、すぐに下がった。
「う〜興奮したら益々くらくらしてきた……――ひゃ!?」
はふ、と溜め息を落とすフリーレの顔にぺしゃっと冷たいものが掛かる。
口元に滑ったそれは、しょっぱい。
「元気出してー!」
無邪気に笑うルカルカが掌一杯の海水をフリーレと陽一に投げ出してくる。
フリーレと陽一は海水に濡れたお互いの顔を見合わせて、それから、小さく笑った。
と、ルカルカは遠くからこちらの方へと泳いでくる影を見つけた。
よくよく見てみれば、何やらそれなりの数のサメを引き連れている。
「うーん?」
首を傾げる。
サメを爆弾の傍に引き込むにしては、まだタイミングが早い。
「ありゃァ、単純に追われてんじゃねぇか?」
護衛艇の上からそちらの方を見ていたアリーセのパートナーの久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が護衛艇の縁の方へと寄った。
「……みたいですね?」
その隣でアリーセが顔を覗かせながら言う。
何かしらデータ打ちでもしていたのか髪の毛をピンで留めている。
「あの装備からすると、今回の作戦の従事者では無いようですけど」
確かに、浜で黒いブーメランパンツ姿の男を見た覚えは無い。
グスタフは軽く息を洩らした。
「助けるか」
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