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風邪ひきカンナ様

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風邪ひきカンナ様

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chapter2 主のいない校長室 

 同時刻。お見舞い第一陣が保健室で環菜の世話をしている頃、校長室では環菜のパートナー、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)が仕事に追われていた。
「今日は休む暇がなさそうですね……しかし、環菜さんが戻ってきた時に業務が滞っていることのないよう、わたくしにできることはやっておきませんと」
 と、その時。校長室をノックする音が聞こえた。持っていた書類を置き、ドアを開けたルミーナの前に現れたのは、本郷 翔(ほんごう・かける)五明 漆(ごみょう・うるし)、そして風森 巽(かぜもり・たつみ)に、巽のパートナーで剣の花嫁のティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)だった。巽の後ろには、百合園女学院の制服を着た女の子とそのパートナーもいた。メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)と剣の花嫁セシリア・ライト(せしりあ・らいと)だ。
「あら、どうしました? 依頼を受けに来られたのですか?」
 翔が一歩前に出て、軽く否定をしてから頭を下げた。
「ひとりでお仕事をされているルミーナ様のお力になりたいと思い、お手伝いをしに参りました」
 その所作は見事に執事の仕草そのもので、外見と年齢に見合わぬ毅然とした翔の態度に、ルミーナは一瞬目を丸くした。
「いえいえ、生徒さんたちに手伝わせるなど、そのようなことは……」
 真面目なルミーナは仕事を自分ひとりで片付けるつもりだったため、生徒が手伝いに来るなどまったく想定外の出来事であった。
「私はルミーナ様の、そしてこの蒼空学園のお役に立ちたいのです」
 戸惑いの表情を見せたまま、ルミーナは横にいた5人に目を向け尋ねた。
「まさか、そちらの方々も……?」
「もちろん、我らも同じです。少しでもルミーナさんのお力になれればと。それに、普段できない仕事に関わっていくことで、勉強にもなるのではないかと思いまして」
「なんだかんだでボクたち、カンナ様には色々助けてもらったりしてるもんね〜。困った時はお互い様だよ!」
 ポニーテールを揺らしながら、ティアが元気そうに巽の言葉に続く。
「私たちは蒼空の生徒ではないですけど、この学校にお邪魔していたらたまたま巽さんから事情をお聞きして、私たちもお手伝いしたいなあ、って思ったんです〜」
「ヴァイシャリーのお菓子とかも持ってきたんだよね、メイベル」
 のんびりした口調のメイベルと、対照的にハキハキした口調のセシリア。
「わらわは最初御神楽校長のお見舞いに行こうと思ったんじゃが、おそらく大勢の生徒がすでに行ってるじゃろうからな。ひとりで大変であろうレバレッジの手伝いをすることにしたんじゃ」
 蒼空学園やレバレッジともっと関わってみたいしの、と付け加えて漆が言う。ルミーナは少し考え込んでいたが、目の前にいる6人の真剣な目を見て、申し訳なさそうに言った。
「本当に……よろしいのですか?」
 その言葉を待っていたかのように、翔が深々と頭を下げる。
「もちろんでございます、ルミーナ様」
 ティアが「もちろんでございます〜!」と翔の真似をしてぺこっとお辞儀をすると、巽にメイベル、セシリア、漆たちも笑顔で首を縦に振った。
「……ありがとうございます」
お辞儀を返すルミーナ。では……と振り返ったルミーナの後を、6人がついていく。
本来ならば他校の生徒が校長室に入り、しかも職務を手伝うなどということはないはずなのだが、蒼空の生徒である巽の友人らしいので大丈夫だろうと、どことなくそんな雰囲気で特に誰も何も言わなかった。それに胸が大きくかわいいメイベルと、純白のドレスをまとっている綺麗なセシリアはもはやそれだけで正義だった。いつの時代、どんな場所でも、かわいいと綺麗は正義なのだ。男だって女だって、綺麗なおねえさんは好きである。なお、胸の大きさでは漆も負けず劣らずのものを持っていた。艶やかな黒髪とたれ目も相まってか、そこはかとないセクシーさを醸し出しており、「たれ目の女性はなんか色っぽい説」はここパラミタでも実証されようとしていた。言うまでもなく、胸が大きいこともまた一部の人間にとっては正義なのである。

 そして、そんな麗しい女性たちの匂いを嗅ぎ付け、校長室にやってきたひとりの男がいた。彼は鈴木 周(すずき・しゅう)。以前、蒼空学園新歓の時期に、ある女の子が立てた友達100人計画のどさくさに紛れてところ構わずナンパをしていた少年だ。周は勢いよくドアを開け、言い放った。
「おーい、俺にも何か手伝わせてくれ! 力になるぜ!」
 校長室にいた一同は瞬間びくっとしたものの、元気でハキハキとしている周を快く受け入れた。そう、彼は、前回の失敗から学んでいたのだ。口説くことばかりに集中していては、女の子はついて来ない。真剣に作業に取り組んでいるその横顔にこそ、女の子は食いつくのではないか。それを考えての、今回の行動だった。周は概ね正しい。誤算があるとすれば……。
時刻は10時30分。まだ、エリザベートが環菜の発熱を知る前のことだった。

 保健室。ルミナとリオ、ユイン、そして九郎が退室し、新たな見舞い客が訪れていた。リネン・エルフト(りねん・えるふと)とパートナーで剣の花嫁のユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)、それとレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)の3人だ。レイディスが見舞い品の果物を台に置き、環菜の元へ歩み寄る。
「早く風邪を治したいんなら、無理に動こうなんて思わないで、素直に横になってるのが1番だぜ? カンナ」
「……校長を呼び捨てにするなんて、随分勇気があるのね」
 環菜に皮肉られたレイディスは両手を軽く上げ、「悪かった、悪かったよカンナ様」と言いそのまま数歩後ずさった。一方、リネンは一通り辺りを見回すと、窓のところで視線を止めた。
「? どうかしたんですかぁ、リネン?」
 ユーベルが尋ねると、リネンはぼそっと呟いた。
「……窓が、開いてる……。私の役目は監視……脱走の可能性がある箇所は封鎖しないと……」
「脱走ってリネン、いくらなんでも……って思いましたけど、環菜校長の場合用心しすぎるということはありませんものね! よしっ、封鎖いたしましょう!」
 窓へと向かうリネンとユーベル。しかしその前に立ちはだかったのは、レイディスだった。
「おいおい、窓はしっかり開けて換気しなきゃ駄目だろ?」
 いつの間にか剣を構え、すっかり臨戦態勢である。
「……2対1で、勝てると思ってるの……?」
 リネンも近くにあった果物ナイフを手に取り、ユーベルと陣形をとる。
「看病する気がないなら、こっから出て行きな……いてっ」
 その場にいた見舞い客全員から、こっちのセリフだよ! と突っ込まれるレイディス。リネンとユーベルも、エドワードたちになだめられる。
「ほら、あなたたちも。少しはカンナ様のことを考えましょうか」
「けど……監視という任務をこなさなきゃ……」
「こんなに生徒たちがいるんですから、皆で見守りましょう? どうです?」
 黙ったまま、小さく頷くリネン。それを見たユーベルがぽんと手を叩いて言った。
「そうだ、あたし、買い出しに行ってきましょうか! お見舞いの方々にも、お飲み物とかが必要でしょう?」
 返事を聞かず、そのまま部屋を出て行くユーベル。
「ユーベル……たしか、そんなにお金持ってなかった……」
 彼女の姿は、もう見えなくなっていた。

 片や校長室。翔、巽、ティア、メイベル、セシリア、漆、周の7人はルミーナの仕事を黙々と手伝っていた。機密事項や環菜でなければできないオンライントレードなどの作業には手をつけず、7人が主にやっていたのは書類の印刷や整理、備品の補充などだった。そこに、三度ノックの音が響く。ドアの向こうにいたのは、ガーデァ・チョコチップ(がーでぁ・ちょこちっぷ)佐々木 真彦(ささき・まさひこ)高津 雅彦(たかつ・まさひこ)、雅彦のパートナーで剣の花嫁のリー・カイファ(りー・かいふぁ)の4人だった。話を聞くと、4人もルミーナを手伝いに来たらしい。いつの間にか総勢11人の大所帯となった校長室に、ルミーナは喜悦と困惑の感情を混じらせていた。そんなルミーナをよそに、周はやたらと大量の赤ペンを補充しようとしていた。注文書を見たルミーナが驚く。
「しゅ、周さん!? なぜこんなに大量の赤ペンを……?」
「え、だってほら、俺とデートする時カレンダーとか手帳にハートマーク書きこむだろ? いっぱい補充しておかないと、ルミーナさん、あなたのハートがかすれちゃうぜ!」
 周は概ね正しかったが、誤算があるとすれば、それは自分の性格である。周は自身が思うよりも遥かに女好きで、女性の前では仕事など二の次三の次だった。
「は、はぁ……ええと、周さん、赤ペンはまだストックがあるので、補充しなくても大丈夫ですよ」
 そして単純に、周はモテなかった。完璧にスルーされる周だったが、ルミーナはあしらったというよりも、素で返したというだけであった。
 ルミーナはちらっと時計を見る。針は11時30分を指していた。
「皆さん、少し早いですけれど、お昼にしましょうか?」
 作業をしている生徒たちの方を向いて、ルミーナが言う。
「私たちはまだお手伝いを始めてからそれほど経っていないので、ルミーナ様はどうぞお先に休憩なさってください」
 少しでも早く仕事を片付け、ルミーナが動けるようにしようという翔の気遣いだったが、ルミーナはそれを断った。
「皆さん本当によく手伝ってくれていますから、そんなに根を詰めなくても充分片付けられるペースですよ」
 それに、と付け加えて、
「せっかくこんなに多くの方が集まってくださったのですから、皆さんでご飯を食べましょう?」
 翔が「では、お言葉に甘えて……」と立ち上がったのをきっかけに、他の生徒たちも皆背筋を伸ばしたり、声を上げたりし始めた。
「やったー、昼飯だ昼飯!」
「さすがルミーナさん、分かってる!」
「よっ、電波の天使!」
 喜ぶ生徒たちの顔を見て微笑むルミーナ。最後の掛け声で一瞬ぴくっと笑顔が固まったが、幸か不幸か、その瞬間の表情を見た生徒はいなかった。

校長室のテーブルを囲むように、輪をつくったルミーナと生徒たち。ルミーナが改めてお礼を言う。
「皆さん、本当なら環菜さんのお見舞いに行きたかったでしょうに、わざわざこちらのお手伝いに来ていただいて、ありがとうございます」
 頭を下げるルミーナに、ガーデァが言う。
「ううん、お礼なんかしなくていいんですよ、ルーちゃん」
 その場にいた何人かは頭の中に別な人物が思い浮かんだが、雰囲気を察して誰も何も言わなかった。
「ほんとは1番カンナちゃんのところに行きたいのって、ルーちゃんだと思うから。だから、そのためにボクたちができることをただしているだけなんですよ?」
「……ガーデァさん、ありがとうございます」
「あはは、だから、そんなにお礼なんてしなくていいんですよ? それより、早くカンナちゃんのところに行けるといいですね……あ、そうだ!」
 突然何かを思い出し、懐から手紙を取り出すガーデァ。
「これ、もしよかったら、後でルーちゃんがカンナちゃんのところに行った時に、渡してもらえますか?」
「はい、環菜さんに必ずお渡ししますね」
 にっこりと笑って、ルミーナは手紙を受け取った。
「我らも、手紙を書いてくればよかったですね、ティア……ティア?」
 巽に話しかけられたティアは、ぼーっと空中を見つめていた。
「うう、見たことない文字とか数字がいっぱいで、ボク、何が何だかさっぱりだったよぅ……」
「ははは、じゃあ、午後は掃除やお茶汲みを担当しましょうか。それはそうと、ルミーナさん」
「はい? 何でしょうか?」
「せっかくの機会ですから聞いてみたいんですが……御神楽校長は普段どのような感じなのですか?」
 ルミーナは少し考えた後、
「そうですねえ……おそらく、皆さんが普段見ている環菜さんとそれほど変わりはないと思いますよ?」
「へえ、そうなんですか……あ、では、我らへの依頼についても聞きたいんですが、どういった依頼が我らのところへ来る仕組みになっているんでしょうか?」
「それはですね、ゲームマスターという方々がシナリオやサンプルアクションを考えて……あ、違います何でもありません! 今のは違うんです! 依頼ですよね! 依頼は蒼空学園の生徒たちが心身共に成長してくれるようなものをご紹介しているんですよ! 本当ですよ!」
 珍しく慌てふためいて取り乱すルミーナ。巽は何だかこれ以上深く聞いてはいけない気がして、質問を止めた。
「う〜ん、今の話は私も興味があったので詳しく聞いてみたかったですねえ」
 雅彦が、眉間にシワを寄せながら言う。
「雅彦、また眉間にシワ寄ってるぞ!」
 パートナーのリーに突っ込まれ、すいません、機嫌が悪いとかじゃないんです、と申し訳なさそうにする雅彦。
「雅彦はその顔のせいで、人生の5割は損してるからなあ」
 リーは、メイベルとセシリアが持ってきてくれたヴァイシャリー限定のお茶菓子をふたりと一緒に用意しながら、雅彦をいじっていた。ヴァイシャリーのお菓子は全員に好評で、ふたりは皆に喜んでもらえたことを喜んだ。翔も紅茶を用意し、百合園かと見紛うような優雅な雰囲気を演出する。
そんな甘い雰囲気にマッチしない外見の男性がひとり、熱心にメモをとっていた。体重100キロを超える真彦だ。彼はその巨漢からは想像できないマメさと穏やかさを持っていた。メモにはびっしりと午前中教わった仕事のことが書いてあり、事実彼の仕事ぶりは丁寧そのものだった。メモを横から覗いた漆が口を出す。
「おぉ〜、おぬし見かけによらず几帳面じゃのぉ」
「いえそんな、こうしないと仕事をきちんとこなせないだけですよ」
 謙遜してみせる真彦。
「わらわは途中で面倒になって休み休みやっていたというのに、見上げた男じゃのぅ」
 その会話を周は「これが女を落とすということか」と見当違いなことを思いながら聞いていたが、その耳は急に異なる声を拾い始めた。
「あっ……んっ、やだ、声が出ちゃう……あっ、そこっ」
 それは、紛れもなくルミーナの声だった。執事である翔が、何かお役に立てることはありませんかとルミーナに聞いたところ、肩を揉んでほしいというリクエストがあったためそれに応えたのだった。全神経を耳に集中させていた周だったが、彼はその時閃いてしまった。
 俺も肩とか揉めばいいじゃん、と。
 善は急げとばかりに、メイベルとセシリアに話しかける周。
「百合園のかわいいお嬢さんたち、蒼空式マッサージなんてどうだい?」
「あ、結構です」
「すいませぇん」
「……あれ?」
 おかしいな、と首を傾げる周に、巨漢真彦が話しかける。
「あ、ちょうど私肩凝ってたんで、よかったらやってもらえますか?」
「お、おう……」
 保健室行った方よかったのかなあ、と軽く後悔しながら、周は真彦の肩を揉み続ける。
 時計の針は12時を回っていた。そしてその時、ひとりの女の子が校長室に向かっていた。