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水を掘りに行こうよ! ミミズと俺らのメモリィ

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水を掘りに行こうよ! ミミズと俺らのメモリィ

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会議は踊る その1 暗闇から這い寄るもの

 見る者の心を奪うようなオレンジ色の夕陽が砂漠の地平線を染め上げる。陽炎によって揺らめく地平線は、あたかも燃え上がっているかのようだ。
 水採掘のためのベースキャンプ設置のために停止したトラックのコンテナの中には、食料、水、医薬品などがパズルのように積み重ねられている。
「おぉい!? 世界の終わりみたいだなァ」
 会議に使うためのボトルサンプルを確認に来たよれよれネクタイ氏の目の前にはモヒカンの男、南 鮪(みなみ・まぐろ)が立っている。
「なにをしているんです?」
「俺も水のアイデア持ってるぜ!」
 鮪が傷だらけの手に持ったペットボトルをよれよれネクタイ氏に突き出してみせた。
 油性ペンで乱雑に書かれている文字は、よれよれネクタイ氏には『鮪氷』と読める。
「まぐろこおり――ですか? ミネラルウォーターの名前としては」
「鮪水だァ!」
 鮪は力むあまり『水』と『氷』を書き違えてしまったらしい。
「あ、ボトルキャップにモヒカンが張ってありますねぇ」
「俺のモヒカンがモチーフだァ!?」
「ははぁ……」
 よれよれネクタイ氏は何度も頷く。
「それはそうと、ここは部外者立ち入り禁止の場所ですよ?」
「パラ実生をそんなルールで縛ることはできないぜ!」
「じゃあ、会議に参加してみますか? わたしの権限でねじ込めますよ?」
 よれよれネクタイ氏はぼんやりとした笑みを浮かべる。
「ただし、大変ですよ? みんなネクタイをきっちり締めて、煮詰まったようなコーヒーを飲みながら座ったまま延々と話し合いを続けるんです……面白そうでしょう?」
「急に寒くなって来やがったなァ!? ちょっとコンビニ行ってくるぜ? オォイ!」
 鮪は叫ぶと、よれよれネクタイ氏を突き飛ばすようにしてその場から去っていった。
「どうしたの?」
 会議の準備を手伝っているオーラム・ゴルト(おーらむ・ごると)がコンテナをのぞき込む。小柄な彼女は、背伸びしてようやくコンテナの中に視線が届く。
「なんだかモヒカンのおじさんがすごい勢いで走っていったよ?」
「あはは、きみから見たら確かにおじさんかも知れないねぇ」
 よれよれネクタイ氏は頭を掻きながら鮪の残していった『鮪氷』をオーラムに差し出してみた。
「これ、どう思います?」
「? ……んと、かわいいねぇ!」
「え――ほんとうに?」
 無邪気な笑顔を浮かべるオーラムを、よれよれネクタイ氏は驚愕に目を見開いて見つめるのだった。

 ベースキャンプの設営は、学生達も駆りだされての作業になった。
 今夜はベースキャンプで夜を明かし、明日の日の出とともに採掘現場に向かう。
 事前に心配されていた蛮族と、大ミミズは影すら現さない。
 大テントの中には、パイプ椅子が並べられている。正面には大きめのホワイトボードが置かれている。スペースの関係で、机の類は一つもない。
 ミネラルウォーターについてさまざまな意見を交わしあうための会場には、学生達が集っている。
「それでは、えー、ミネラルウォーターサミットを開始します。」
 よれよれネクタイ氏は、マイク片手にホワイトボードの前に立っている。ちなみに、マイクの電源は入っていない。雰囲気作りのためだ。
 音井 博季(おとい・ひろき)が早速手を挙げる。
「お、それではどうぞ」
「この砂漠にいるは巨大ミミズがいるということで、ミミズが巨大になるほど栄養が豊富な水という売り文句はどうでしょう? 健康にいいことをアピールすれば売れると思うんです」
「そうですねぇ……ミネラルウォーターのイメージはトリハロメタンがないとか、健康によさそう、とかですから、いいかもしれませんね」
 よれよれネクタイ氏はホワイトボードに『栄養!』を書き込む。
「ハイハイ! 私の案を聞いてほしいぜ!」
 パイプ椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がったのはミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)だ。
「パラミタ産のミネラルウォーターってだけじゃ弱いんだぜ。そこで私は機晶姫がドリルで掘り当てたっていうところをアピールしたネーミングを考えてきたんだぜ!」
 ミューレリアが抱え込んでいたスケッチブックを広げて居並ぶ皆の前に突きつける。
 そこにはこう書かれている。『ドリドリ☆パラミタウォーター』。
「CMで機晶姫のアニメ流すのはどうかな? キャラデザも考えてきたんだぜ!」
 ミューレリアがスケッチブックをめくる。
「ぎゃー!!!!!!!!! モグ」
 至近距離でスケッチブックを見ていたモグ三が悲鳴をあげる。スケッチブックには、極彩色で名状しがたきものが描き込まれている。
「これはヒロインのどりるん☆ちゃんで……」
「早く……早くそのスケッチブックを閉じるモグ!」
「え〜、せっかく考えてきたのに」
 ミューレリアは不承不承スケッチブックを閉じるとパイプ椅子に腰を下ろす。ミューレリアのマイナス方向の絵画の才能は、何かモグ三のトラウマを刺激するものを描き出してしまったらしい。
「ちょ、ちょっと休憩しましょうか……」
 よれよれネクタイ氏は汗を拭いながらミネラルウォーターサミットの一時中断を宣言した。

 大テントから抜け出したモグ三に、サルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)が話しかける。
「モグ三、あんたに言っておきたいことがある」
 もう夜だというのに、相変わらずサングラスをかけたままのモグ三は首を傾げる。サルバトーレは無言で数枚の書類を渡す。
「モグは今回のプロジェクトのマスコット的癒し存在モグ? 難しいことはわからないモグ〜」
 サルバトーレがモグ三に手渡したのは、水を採掘する砂漠の所有権がパラミタ・トレーディング社にあることを証明する書類だ。
「つまりそういうことだ……売り上げの10パーセントを要求する」
「うーん。最終的に蒼空学園の代表殿に決済待つことになるモグが……代表殿の情報網は、ペーパーカンパニーだろうがきみのところまでたどり着いてがんじがらめにされるモグ……きみはこれから先すべてをお金と引き替えにする気はあるモグ」
 サルバトーレは無言でモグ三を見つめる。
「きみは部下を持つ人間モグ? 自分のやろうとしたことの危険性に気付いていたから、会議の場ではなく、よれよれネクタイではなくモグに話したモグ」
 モグ三の目はサングラスに隠されて見ることはできない。
 砂漠の銀色の月だけが、二人の男を照らしていた。
「副長〜、サミット再会しますよー」
 よれよれネクタイ氏の緊張感のない声が砂漠に響いた。