シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

ドラゴン・モスキート大発生!

リアクション公開中!

ドラゴン・モスキート大発生!

リアクション


第二章 パーティ会場はアチラでございます


 冬に水仕事をすると、手が荒れる。人それぞれ、荒れ具合は違うと思うが。
 ましてや、深夜に水仕事をすると、ニベアを塗る時間もない。

 ここ蒼空学園の冬の風は、強烈に冷たい風であった。生徒たちの体力は、その風によって急激に消耗され、めまいを起こす者や、ボウフラが茶柱に見え始める者まで出始めた。
 それでも、寒さに耐えながら、黙々とボウフラを掬うキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)のような男もいた。
「コレも運命……我は作業を遂行する……」

 緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が、みんなにパワーブレスをかけて力持ちにするものの、すぐに北風が洗い流してしまう。
「あ……あの……透乃ちゃん、やっちゃん、みんなが苦しんでる……」
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が、ブラックコートを脱いで陽子に近付き、
「大丈夫か? しっかりしろ! おまえらしくない」
「陽子ちゃん……わたし、もう我慢できない。現場監督に休憩を要請するんだから」
「そうだ。そうしようぜ。あっちには夜食チームが多勢いるはずだ。何も飲まず食わずで作業する必要ないだろ」
「よ〜し、やっちゃうよ〜!」

 ついに霧雨 透乃と、霧雨 泰宏が、みんなの心を代弁し始めた。
「リーダー! 少し休憩しようぜ」
「やっちゃんの言うとおりだもん! 休憩しないと、みんな死んじゃうから!」

 何もしていないのに、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)も同調した。
「いいねぇ休憩。俺、休憩大好き! 勿論何もしなくても休憩できるんだろ? しよーぜ。休憩!」

「せやな。ちょっと早いけど、夜食にせーへんか?」
 雪華が、亜夢に聞く。
 亜夢は、少しハニかんでから、
「パーティ会場はアチラでございます!」


 デデーン!


 そこは、校舎と校舎の間にある狭い道。
 赤ちょうちんがズラッと並び、その下に夜店が並んでいる。夜店には、活気溢れる声が飛び交い、道端で酔いつぶれる環奈校長の姿も見える。
「お酒って、やっぱ、外で飲むのがいいのぉ」
 ちなみにお酒は、環奈校長の持ち込みらしいが。

 道の所々には、ストーブとイスが置いてあり、好きな物を選んでそこで食べられるようになっていた。

「では、みなさん、疲れた方から順番に30分に休憩です!!」

 それでは、ここ蒼空学園、屋台村の代表的なお店の紹介。
「夜ごはんでっせー!」


 1件目!
 まずは、ゲー・オルコット(げー・おるこっと)と、藤波 竜乃(ふじなみ・たつの)の肉団子スープ店から。
「パラミタ伝統のドラゴニュート料理『肉団子スープ』はいかがぁ?」
「寒いときはコレ! オルコットは食べないの? 美味しいよ」
「いいんだよ、俺は……」
「食べなよ。美味しいんだから」
「いいって、言ってるだろ! 俺は、ボウフラ掬いに行ってきまーす!」
 オルコットは、竜乃の肉団子攻撃からそそくさと逃げだしたのだった。
 行列です。ここは、行列が出来てます。美味しいんでしょうね。あったまるんでしょうね。すると、
「俺、すでに2回も食べてます」
 笑って、阿童がピースする。アーク・トライガン(あーく・とらいがん)が、阿童の後を追って来て、
「阿童、大丈夫かよ、理子ちゃんに食べすぎだって言われるぜ」
「へーきだよ。所で、この肉団子のレシピ教えてくれよ」
「ヒ・ミ・ツ。教えたら商売あがったりでしょ」
 そう言って、笑う竜乃であった。

 2件目!
 万願・ミュラホーク(まんがん・みゅらほーく)が店主を務める、『パン屋【猫華】』。クレイスラ クラウンディッヒ(くれいすら・くらうんでぃっひ)は、副店長だ。
「何? 猫華のパンを知らない? 教えてやるから食え」
『婿」と書いたバンダナを巻いた万願・ミュラホークは、強引な営業をしていた。それをフォローするかのように、
「すっごく美味しいんですよ。腹持ちもいいから夜食にピッタリです! ぜひ食べて行ってくださいね」
『嫁』と書いたエプロンを下げた副店長のクラウンディッヒは、他の店に負けじと宣伝活動に力を入れていた。
 ここのオススメは、何と言ってもメロンパンだろう。料理はプロ級の腕前を持つ万願・ミュラホークが作るメロンパンは、外はサクッ! 中はフワッ! 極上の砂糖をふりかけた近年まれに見るメロンパン! 勿論、他のパンも絶品です。

 すると、
「俺、4個目、いただきまーす」
 阿童が、また食べに来ていた。
「あれ? このパン、硬いぞ」
「一人3個までだって言っただろ。お仕置きだ。アスファルトを混ぜた」
「そ、そんな……」
 阿童の歯が欠けてしまったのは言うまでもない。


 さらには、薔薇の学舎から出店。神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)のおにぎりと豚汁のお店。
 スタンダードな夜食はいつの世でも好評。お店の周囲を偵察していたレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が、調理中の翡翠に向かって、
「すげーよ。大行列になってるぞ! 俺の分の豚汁、残るのか?」
「少し、黙っててくれませんか? おにぎりは、愛ですから。優しく、丁寧に……時に力強く、壊れないように握らないと」
 一生懸命、おにぎりを握る翡翠であった。
「鮭、梅、おかかの定番おにぎりに、あったかーい豚汁ですよ! みなさんどうですか!」
「レイス、悪いけど、池の方、見に行ってもらえませんか?」
「……そんな事言うなよ。運ぶの手伝うから」
 レイスが、おにぎりや豚汁を運ぶのを手伝い始めた。

「なんだよ。ギャンブル出来る店は出てねーのかよ……まいったな。それが目当てで、わざわざ出てきたのによ」
 夜店通りをキョロキョロしながら歩き、少し落胆する神名 祐太(かみな・ゆうた)だった。


「疲れた身体をマッサージでほぐしませんか? ニベアや、オロナイン軟膏も用意されてますよ〜」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)のマッサージは、身体も心もほぐしてくれると大評判で、酔っ払った環奈校長まで来る始末だった。
「ちょっとすまんの……」
 グラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)が、アリアの店を訪れた。
「この年になって、まさか一晩中、網でボウフラを掬うとは思わんかったわい」
「大丈夫? おじいさん、すごくこってるわよ。アリアがほぐしてあげるわ」
「おぉ……若いのに、お上手、お上手……」
 至福の表情を浮かべるアインシュベルトだった。アリアも、そんなアインシュベルトを見て、嬉しくなって余計に愛を込めてマッサージを続けた。
「さて、そろそろ休憩も終わりだな」
「おじいさん、頑張ってね」
 アリアは、心を込めてナーシングを施した。
「おお……力がみなぎっていくようだ」
 アインシュベルトは、元気にボウフラの待つ池に向かっていった。
「ありがとう……アリア・セレスティ」

 コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)は、池で作業して濡れた洋服を乾かす洗濯・乾燥店を始めていた。
ここは、唯一の室内という事で、寒さに凍えている者たちの暖を取る場所にもなり、大変重宝されていた。
「だって、レッサードラゴンが来たら怖いんだもん」
「お前もリレー方式で網を使いボウフラを掻い出す組だろ?」
 様子を見に来た天城 一輝(あまぎ・いっき)は、コレットに聞いた。
「コレだって一応、参加してるんです! もう休憩終わりでしょ?」
 コレットは、再び室内に戻っていった。
 

 みんなは、それぞれ思い思いの店でリラックスし、再び作業に入って行った。
 肉団子スープとアリアのマッサージは休憩時間を過ぎてもなお大好評で、何度も通い詰める者が現れた。そのたびに、
「誰! そこでサボってるのは! アッチ手伝いなさい!」
 亜夢は、何度もこの台詞を言う事になった。
 

 一方、イルミンスール魔法学校の生物部員、七尾 蒼也(ななお・そうや)の所に、譲葉 大和(ゆずりは・やまと)と、さっきまで焼却場で光を照らし誘導していた鷹野 栗(たかの・まろん)が集まっていた。彼らは、ボウフラを餌にレッサードラゴンを呼ぼうというのである。
 七尾は、大和が持ってきたボウフラを使って、空飛ぶ箒を使って何度か試みていたが一向にドラゴンの来る気配は無かった。鷹野 栗が、
「私は、このドラゴンモスキートを食べる生物がいるなら、焼却炉で殺してしまうよりもドラゴンに食べて貰う方が手っ取り早いと思うんです」
「部長、俺たちはその意見、賛成です」
「しかし、なかなか姿を現さないな。ドラゴンは」
「ホントにドラゴンの好物なのかな」
「蒼也きゅん、まろん部長、もう一回しましょう。俺はドラゴンの餌付けにチャレンジしたい」
 七尾 蒼也は、
「もし、ドラゴンが襲って来たら、部長、俺が守りますから」
 そう言って、七尾 蒼也は再び凍らせたボウフラを持って、空飛ぶ箒で上空に上がって行った。
 大和が、鷹野 栗に、
「ところで、肉団子スープはもう食べたのか? マロン部長」
「まだです、わたしは」
「ぜぇったい。食べるべきだ。断言する」
「そんなに美味しいんですか?」
「スープが絶妙のコクと香りを……」
 肉団子スープの話で盛り上がる二人だった。


 月詠 司(つくよみ・つかさ)は、最初、みんなと一緒にボウフラを掬っていたが、みんなの目を盗み、こっそりボウフラを持ち込んだビーカーで採取し、試験管に移していた。目的は、珍しい生物のサンプルを収集しておくに越した事はないと考えたからだった。試験管に入ったボウフラを、自慢げに眺め、
「よし、こんなもんでしょ。そろそろ、帰るか……見つからないうちに……」
「誰? こんなところにビーカーを置きっぱなしにしているのは?」
 亜夢が、月詠の忘れたビーカーを発見した。
「しまった!」
 ビーカーを焼却場に捨てた筈だったが、どうやら一個忘れていたようだ。
「いったいどうして? 他の道具を使っちゃダメですよ!」
「いや、ボウフラのサンプルを取ろうなんて、考えてませんよ!」
「司くん、そんな事しちゃダメでしょ!? ボウフラは全部駆除するのよ」
「はい……すいません」
 素直に試験管を亜夢に渡す司だったが、
「まだ試験管もビーカーもあるんだよね。……絶対諦めませんから」
と、心の中で決意を固めていた。

 こうして、それぞれ思い思いの休憩を取った者たちは、再びやる気を取り戻し、ボウフラ駆除の作業に戻っていった。
作業は一見、順調に進んでいるように見えたが……。