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リアクション
第4章
センター街は今日も賑わっているが、葛葉 明(くずのは・めい)にとってはいつもの喧騒と違うのを感じていた。
彼女はセンター街の美白ギャルとしての地位を確立しつつあったが、何も美白ギャルだからというだけでその存在を知らしめているのではなく、センター街を綺麗にしてくれるという点でも有名だった。
彼女は治安が乱れるとゴミも増えるということを体感していた。
さて、最近はどうだろう。
空き缶を拾ってゴミ袋に入れながら、彼女は思った。
明らかにゴミの量が減っている。
ゴミの量に辟易し、いっそ自分ひとりでセンター街のチンピラどもを一掃してやろうかと思っていたのに。
どこかつまらなさを感じつつ、今朝も明はゴミを拾うのであった。
羽高 魅世瑠(はだか・みせる)とアルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)、フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)とラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)はティッシュ配りに専念していた。
ティッシュには女の子がコスプレしてお客を接待するお店の宣伝がされている。
最初四人はこのお店に入店したが、コンビニの賞味期限の切れた廃品が捨てられる時間になるとそろってどこかへ消えてしまうので早速首になったのだが、どうしても金が必要なので何かさせてくれとせがんだところ、このティッシュ配りに配属が決まったのだった。
普段は野生児のような生活を送っていてもかまわない彼女たちがこうもお金に執着を見せるのにはわけがあった。
「もうわたくし、面倒でいやになってしまいましたわ」
アルダトが早速音を上げた。
それは彼女に根性がないという話ではなく、単純に身長が小さすぎてティッシュを人の手に渡すことが困難というだけのことである。
「何を言ってるんだい、さっさと今日のノルマ分配らないと、またバイト代を減らされちまうよ」
フローレンスは身にまとったポンチョを忌々しげにさばきながら、ちょうど通りかかった禿た親父にティッシュを押し付けた。
「早くギャルになってみたいだろ? そうとなったらなんとしても金を稼いであのトーテンポールみたいな頭にしなけりゃいけないんだ」
魅世瑠は一瞬瞳を潤ませ、どこか遠くを見た。
あの憧れのトーテンポールヘアー……。
つかの間思いにふけった後我に返り、他の三人を叱咤激励する。その拍子に無造作にはおったポンチョから白く美しい肌がのぞく。
「アリアたすけないー?」
たくましいギャルにぶつかられよろけながらラズは健気に言い募った。
「お前、それどころじゃないんだよ、今は。そんな小娘のことなんか忘れちまいな」
ラズは小首をかしげてしばらく考えたようだが、やがて素直に頷いた。
「ティッシュいらないー?」
「うん、その調子だ!」
彼女たちの道のりは果てしなく遠い……。
盛って盛って盛りまくった髪型の少女たちの人だかりがセンター街の一角にできていた。
その人だかりの中心にいたのは霧雨 透乃(きりさめ・とうの)と緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)である。
人の輪の中心で、透乃はその見事な肉体を軽やかに弾ませ、くるっと一回転して見せたかと思うと、片手で逆立ちし、優雅に体をしならせて立ち上がった。
陽子は透乃よりは控えめではあったが、軽い身のこなしで透乃の体を寸でのところでよけて体を地面に倒したかと思うと背中の筋力だけで立ち上がって優雅な礼をした。
その不思議ながらも華麗な身のこなしに、ギャル達はため息をついたかと思うと拍手喝采、歓声も尽きない。
「透乃ちゃんの軽身功を見て、みんな楽しそうですわ」
「陽子ちゃんのしなやかな動きに感動してるんじゃん?」
背中合わせにポーズを決めながら二人は囁いた。
「ずいぶんと集まったね、そろそろ聞いてみよっか?」
「ええ、そうですわね」
透乃は集まったギャル達に微笑んで見せながら、声を張り上げた。
「私たち、人探しをしてるんだ、アリア・バローザっていうお嬢様なんだけど、知らない?」
ギャル達はざわめき、互いに話し始めた。
全員が全員いっせいにテンション高めに話し始めるものだから、個々の言葉を聞き取ることも困難だ。
「あ、あの……どなたか代表で話をしていただけると……」
陽子の控えめな声が彼女たちの耳に入るはずもなかった。
「ん〜でもなんか、あげはあげはって聞こえるんだけど」
「そうですわね……」
透乃は一番近くにいた染めたと明らかにわかるてかてかの金髪の少女に声をかけた。
「あげはって?」
「ん? ああ、【神守杉あげは(かみもりすぎ・あげは)】ね」
「ああ、あいつはうちらのカリスマだよー」
「だよねー、あいつちょーすごいもんねー、センター街のことなんでも知ってるしぃ」
「なんていうの、髪とか、ちょーマネしたいし」
聞き取れたのはそこまでで、後はまたさえずりの渦に巻き込まれて個々の声の聞き取りが不可能になってしまった。
「かみもりすぎあげは……という人を探せばいいみたいですね」
若干疲れたような表情で陽子がつぶやいた。
九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )は空京のセンター街に来るのははじめてであったが、携帯の最新モデルはここにくれば一通り見ることができると聞いてやってきたのだった。
彼女のフードにはマネット・エェル( ・ )と九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が入っており、顔だけ出してぼんやりと見慣れぬ風景に見とれていた。
九弓の身長では、行き交うギャル達よりはるか低く、そのフードに入っているマネットと九鳥にしてももっと見えないのだから、彼女たちの探索は非常に時間がかかった。
行き交う人々の足の間から垣間見えた携帯ショップに入るも、希望の小さい携帯は入荷待ちだという。
他の店にならあるかもしれないと聞いたが、またあの人ごみの中で携帯ショップを探して歩くのも面倒な気がした。
道の端によって、九弓は途方にくれて立ち尽くした。
BGMはマネットの暢気なポップスである。
歌詞はどうもめちゃくちゃだが、メロディはなかなかよい。
そういえば、さっきまでこの周辺でかかっていたような気がする。
九鳥は一度フードの奥にもぐって、マネットの歌を子守唄に転寝し始めた。
が、ふと起きてフードから顔をのぞかせた。
「この強烈な香水……」
見ると、ギャルの集団が目の前を通り過ぎるところだった。
ギャルの一部が九弓に気づいた。
「なんかちょーかわいい」
「道に迷ってんの?」
「ママは?」
口々にしゃべられて、九弓は眉をひそめた。
「そうですわ、彼女たちに携帯のお店紹介してもらえば楽ですわよ、きっと☆」
マネットが九弓に囁く。
「うん、そうだよね……あの、おねぇさんたち!」
「なになに?」
「あたし、携帯がほしくて探し回ってるんだけど、あんまりここわからなくて」
「ママじゃなくて携帯探してるんだーそっか、子供なのにすごいねー」
「最近の子供って進んでるよねー」
「ねー」
「じゃあ、つれてってあげるよー」
ギャル達は、その長い爪で九弓を傷つけぬように、意外に優しく手を掴んだ。
子供っぽい笑みを彼女たちに見せながら、九弓はこのギャル集団とは別のギャル集団を道の向こう側に見つけた。
彼女たちの中に、ギャルっぽくない少女がいるのを見つける。
「気づいた? あれが例のアリアみたいね」
「うん……なんか、拍子抜けだね」
「そう?」
「だって、幸せそうに見えるもん」
マネットもやっとそちらに気づいた。
「うんうん、きっとハッピー☆」
マネットは再び先ほどのポップスを口ずさみ始めた。
橘 恭司(たちばな・きょうじ)はなんとはなくセンター街を放浪していた。なにかセンター街の外れのほうで起こったような気配を感じたが、それははるか遠くのほうであったし、たとえそれが自分が請け負っている任務に関連することであったとしても、場所的に遠すぎるのでそこは人に任せることにした。
つまり、彼は単純に食い歩きに専念したかったのである。
とりあえず入り口付近の牛丼屋に始まって片っ端から店に入って飲み食いする予定だったが、意外に似通ったものが多いことに気づいて、片っ端からというのも時間と胃袋容量の無駄だという結論に至った。
だがしかし、右も左もわからぬこの地域である。
「……人に聞くか」
ちょうど目の前を集団で通り過ぎようとするギャル集団に声をかけようとしたが、その異様な風体にちょっと恐れをなしてしまった。
が、そのギャル集団の中に一人浮いている少女がいることに気づいた。考えるより先に体が動き、その少女に近づいて声をかけていた。
「あの……ナンパではないんですが、ちょっとお聞きしてもいいですか」
「えっ……」
少女は必要以上に慌てふためいたが、恭司をじっと見つめてもなんら態度を変えようとしない彼に安心したようだ。
「はい、何か?」
「この辺で一番うまいお店を教えてくれませんか」
「そういわれても……人それぞれですからなんとも……」
「じゃあ、お勧めのお店でもいいです」
「あら、それでしたら、ほら、あなたのすぐ後ろにある喫茶店」
赤いチェックの軒がかわいらしい、いかにも少女ちっくな、このセンター街においては異色な喫茶店があった。
「とてもかわいらしくておいしいお店ですわ」
少女は恭司に微笑んだ。
その優しいやわらかい微笑みに見覚えがあるような気がしたが、喫茶店から流れてくる甘い香りに気をとられてしまった。
「ホットケーキをお勧めします」
少女は小さくお辞儀をして、やや前に行ってしまったギャル集団に追いつくべく走っていってしまった。
恭司はわくわくしながら喫茶店に足を踏み入れ、やわらかい色合いのドライフラワーがポイントポイントで飾られ、懐かしいような雰囲気にさせてくれるインテリアに感心した。
華美ではない、ほっとさせてくれるような雰囲気のウェイトレスが絵本のようなメニューを広げる。
そのとき、特に何が目に入ったからというわけでもないが、先ほどの少女が誰であったかを思い出したのだった。
「ホットケーキをよろしく」
ろくにメニューも見ずにそう伝えた。
赤城 仁(あかぎ・じん)は自身はほとんどいつもと同じ格好でセンター街にきた。
しかし、彼の後に続く三人はまるでセンター街の住民のようだった。
その白い肌をファンデーションを塗りたくることで小麦色にして黒髪に即席のメッシュを入れ、ぎりぎりの丈のスカートを着たナタリー・クレメント(なたりー・くれめんと)に、淡いピンクが基調の可愛らしい服装で、やはり塗りたくってガングロ、髪は盛るだけ盛ってソフトクリームのようにしながらさらにメッシュを入れた玉白 茸(たましろ・きの)、黒いややぴったりとしたセーターにニーハイソックス、いつもの短髪を覆い隠すような白金髪のロングウィッグというプチセレブ系なエリオ・エルドラド(えりお・えるどらど)である。
「……この格好、本当に必要でしたか!?」
肩をぷるぷる震わせながら、ナタリーは必死に怒りを抑えようとしていた。ついでにスカートのすそも押さえていたが。
「ウッヒョー、めちゃくちゃ面白いじゃねぇか、この格好! 笑うだけで何かがポロポロ顔からはがれるぜ!!」
茸は粉を顔からだけではなく高く積みあがった髪からも振りまきながら浮かれている。
「……ねぇ、そこのあなた。人を探しているんだけど、そういう場合ってどこにいったらいいのかな?」
なかなかさまになっているエリオだが、その口調に仁を含め他の三人が目をぱちくりさせている。
「そっか、プリクラね、わかったわ、ありがとう……て、おい、なんだその目は」
仁が我に返って、しかし顔はニヤニヤしたままだ。
「いいね、俺、嫌いじゃないな」
「僕は許さないぞ、後で覚えておけよ、仁」
不穏な空気も気にせず、茸はプリクラに突撃した。他の三人も一部解せないというような表情を浮かべて後に続く。
「おー記念に写真撮ろうぜ、写真!」
茸が勢いよく一台のプリクラの幕をめくると……
「てぇめ〜!なに人の家に無断で入ってきてんだ!」
茶碗に箸を持って出てきたのは仏滅 サンダー明彦(ぶつめつ・さんだーあきひこ)である。
白塗り悪魔メイクにヘビメタ衣装の彼は現在家がなく、深夜までやっている空京のプリクラを寝床に転々としていたのである。
茸の撒き散らす粉に一瞬むせながらも、健気にも続けた。
「不法侵入だぞ! 普段なら訴えるところだが、今日はそこで俺様のデスメタルを聞けば許してやる、20曲ノンストップメドレーだぜぇ!!」
べべべべべ…! 響き渡るエレキギター!激いヘッドバンキング!
そこはもうライブ会場、熱気あふれる観客たちの悲鳴が聞こえる……!!
「ありゃ? ありゃりゃ?」
そこには誰もいなかった。
プリクラの幕内に、きらきらと粉だけが舞い散る……。
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