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リアクション
第5章
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)とその友達の遠鳴 真希(とおなり・まき)はいち早くバローザ邸に押しかけて、何とかかんとかバローザを説き伏せて連れ出していた。
歩はアリアを単純に連れ戻したとしても、根本的な解決にはならないと思っていた。
「どうですかバローザさん、ここにアリアさん、いるかもしれませんよ」
そこは空京のセンター街であった。
その喧騒と、行き交う人々を目の当たりにして、バローザは戸惑っていた。
実は歩に話を持ちかけられたとき、なんとしても断固として行かないと言い張っていたのだ。
だが、歩と真希の必死な説得につい折れてしまったのだ。
「バローザ家バローザ家って、おじさんが大切なのはアリアさんなのっ!? それともバローザ家に娘がいればそれでいいのっ!? お願いだから、本当のアリアさんを見てあげて、何かがあって後悔してもおそいんだからね!」
真希の涙ながらの言葉にはバローザも強くは言い返せない。
「バローザさんだって、若いときあったでしょう? 奥様と遊びに行ったことあるでしょう、ああいう若い子が集まる町に。そこに、もうバローザさんが忘れてしまって、でもアリアさんが魅力に思う何かがあるかもしれないじゃないですか!」
歩のこの言葉が決定打となって、つい了解してしまったのである。
バローザが若い頃に集まった町はもっと洗練されていたような気がした。
彼は自然、今は亡き妻との思い出に思いをはせる。
「あー、これかっこいい、きっとバローザさんに似合いますよ!」
紳士服を取り扱う店につれてこられてから数十分。
あまり服装にこだわりのないバローザは、来店して五分で飽きてしまったものだが、歩と真希がずいぶん熱心に服を見て回るものだから、自分は店内の椅子に腰掛けて待っていた。
遠くから様子を伺っていると、自分の洋服を選ぶことに夢中になっているというよりは、二人で選んでいるということに夢中になっているようだ。
「ほらほら、着てみてくださいよ」
どのくらいたっただろうか、やがて歩に手を引かれて服を渡され、試着室に押し込まれる。
バローザは渋々着込んだ。
ふと試着室の鏡に映る自分を見る。
いつしか相当老け込んでしまった自分がいたが、その服装は今までにない自分を演出してくれていることに気づいた。
「この帽子がポイント! 今までの堅苦しい雰囲気がなくなって、いい感じ! きっとアリアさんだって見直すわ」
バローザは娘よりもまだ若いであろう歩をみやった。
「そして、言ってあげてね、愛してるって」
真希の期待のこもった潤んだ瞳がさらにバローザを追い詰めたのだった。
バローザが屋敷に戻ると、メイドや執事たちがなにやら揉めている。
「どうかしたのか?」
バローザが近づくと、中央からなにやら妙な格好の男がメイドたちを掻き分けて出てきた。
「サンタのおっさんがバローザさんか」
日下部 社(くさかべ・やしろ)である。
「なに? サン……タ??」
バローザが眉をひそめて、社を頭から足までじろじろと見る。
言っていることも格好も理解できないのだ。
「ああ、サンタのおっさん、あんた、娘さんとうまくいってないって聞いてるけど、ほんまか?」
「……あんたには関係のないことじゃないか」
「いやいや、聞き捨てならないなぁ、俺は世の中の親子という親子、みんな仲良くしてもらいたいと日々願っているんや」
仰々しく頷くと、頭の被り物の触覚のようなものがブラブラと揺れる。
「それでや、俺が作戦考えたった」
バローザに指を突きつける。
「その名も……『親父ギャグ大作戦』!」
辺りが一瞬静まり返った。
社は気にしない。
「親子が仲良くするには、冗談の一つや二つ言えるようでないとあかん。そこでだ。これや。日頃の感謝もこめて……」
社は咳払いをすると、改まって姿勢を正した。
彼のきぐるみの大きな尻の部分がゆれる。
「蟻が父さん…ありがとうさん…ありがとさん♪」
その言葉はあまりの静けさに、屋敷じゅうに余韻を残して響き渡った。
それでも社は気にしない。
「このきぐるみを着てそう言えば、親子の仲なんかちょちょいのちょいや! ほな、これ貸したるから、そのヤクザみたいな格好はやめて、さっさと着替えたらええんや」
巨大な蟻のコスプレをした社にずずいと押し寄られ、バローザは後ずさった。
その時、扉が開き、数人が入ってきた。
「バローザさん、私たちのお話を聞いてください」
橘 舞(たちばな・まい)が上品な物腰でバローザに歩み寄った。
「親子で喧嘩をしても本当に無駄だと思うんです。お願いです、アリアさんに息抜きの時間を与えてあげてください」
ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)も続ける。
「そうよ、毎日毎日稽古漬けじゃあ、いやになっても仕方がないわ。少しぐらい稽古を減らしたからって、彼女の人生においてはどうってことないと思うの。それとも、それぐらいのことでバローザ家の格が下がるほど、安っぽい家柄なのかしら」
「ブリジットちゃん……!」
舞は慌ててパートナーの口を押さえて、代わりに言い募る。
「私も……アリアさんと同じ境遇だったのでわかるんです。それだけではきっと心が折れてしまうと思うんです。稽古事以外の、人との繋がりとか、そういうことだってとても重要なんです」
バローザは、二人を冷ややかな目で見やった。
「私だって、意地悪でアリアに稽古事をさせているわけではない。あの子のことを思ってのことだ」
「……あの子のことを思ってというより、亡くなったおぬしの奥さんに対する気持ちからですわね」
閉ざしていた瞳を開いて、セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)は言った。
「わてがヴァイシャリー知識で解析したところ、そう出ますわ」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、セツカに、よくやったというような視線を送って言った。
「アリアちゃんと向き合ったほうがいいですよ、バローザおじちゃん」
バローザを見上げながらも真摯な眼差しで続ける。
「アリアちゃんは、バローザおじちゃんが自分を通り越して、もっと向こうを見ながら接していることに気づいて傷ついちゃったのかも」
バローザははっとしたが、表情をますます曇らせた。
「あんたたちに何がわかるんだ、人の心にずけずけと土足で入り込みおって」
説得組は一瞬黙りこくったが、高務 野々(たかつかさ・のの)は諦めなかった。
「私もアリアさんと同じようにお稽古事の日々でした。いわゆる花嫁修業ってものですね。料理に掃除に洗濯と、華も茶もできるようになりましたし、あの日々は本当に辛かったですけど、でも今になって見れば、あのような環境においてくださった両親には感謝しています」
バローザは何度もうなずいた。
「そうだ、しばらくたたないと、親の気持ちは子供にはわからないのだ」
「でも、何事も根の詰めすぎは宜しくありません。私も無理がたたって身体を壊してしまい……今ではこうしてメイドをしております」
バローザは息をのみ、不安そうな面持ちになる。
野々は一瞬にやりとしたが、それは本当に一瞬であった。
「ええ、地方とはいえ没落もしていない旧家である私が好き好んでメイドをやる道理などありません。老婆心で申し上げますが、アリアさんへの負担を、減らしてみませんか?今回は家出で済みましたが。身体を壊しては、もう戻れないのですよ?……本当に」
バローザは渋い表情になって黙り込んでしまった。
八雲 緑(やくも・るえ)も、なんとなくこのバローザの気持ちがかたくなになっているのを感じてはいたが、ここはひとつ自分で当たってみないと納得ができないと、バローザに言葉をかけた。
「たとえ親であっても、押し付けられ、抑えられることがどんなに辛いことか。あなたも想像してみるべきだ」
彼はそう告げて、虚実を結ぶ! と掛け声をかけた。
バローザの脳裏に、稽古事に終われて顔色を悪くしたアリアを浮かばせ、その後に、センター街で生き生きと働くアリアの姿を描いて見せた。どれも、バローザの記憶を利用しての幻覚だったが、効果はてきめんだったようで、みるみるバローザの表情が暗くなっていく。
「彼女は解放を願っている」
緑は言い聞かせるようにバローザに伝えた。
彼はふと理子のことを思い出した。
アリアを探して犯罪集団へ突撃した理子ならば、アリアと直接話をして、もっと生き生きとした幻覚をバローザに見せることができただろうに。
バローザが沈黙に陥ってしまったのをみて、緑はため息をついた。
こうなると、犯罪集団のほうに向かった理子の行方のほうが気になった。
六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)は周りの硬い空気を破っていった。
「私は、稽古事の有効性について疑問があります」
バローザはすでにうつろな表情である。
「今までに行われてきた稽古でこの男女平等社会において必ずしも生き残れるとは限らないです」
鼎は切々と語った。
「「一般人の友達」の有用性が何よりも重要だと思います。それをアリアさんは自ら悟って家を出て行き、一般人の多そうなセンター街に向かったのでしょう」
鼎はバローザの顔を覗き込んだ。
「時代は進んでいるのですよ、思考は時代とともに変化させていかねば」
「そうです、時代は進んでいるのです!」
月詠 司(つくよみ・つかさ)も続けた。
「私も執事に家に生まれた者、家柄や伝統がどの程度大切かは存じております」
司は上品にメガネをおしあげた。「ですが、敢えて言わせて頂きます。ヒトの価値は家で決まるモノにあらず、その者が何を思い、何を成して来たかで決まるものなり。心の在り処なき場所に、誰が寄り付きましょうか?」
バローザの眉毛がぴくりと上がった。「もし、分かっていらっしゃるのでしたら、せめて、話を聞いて上げるくらいはしてあげたらどうですか?」 司は問いかけたが、バローザは言い返さない。
「あぁ、其れと失礼ながら、余り外面ばかり気にかけていると、逆に底が知れてしまいますよ?」 バローザは顔を上げてきっと司をにらみつけた。
「おっと、少し調子に乗りすぎましたかな?此れは失礼…。」」
沈黙のなか、一同は顔を見合わせて、バローザの言葉を待った。
その時、また扉が勢いよく開き、ヴェルチェが飛び込んできた。
息を切らしながら、彼女は一同を見渡し、バローザを見つけるなり進み出た。
「あなたがバローザさんね」
バローザは怪訝そうな視線をヴェルチェに向ける。
「あなたたちのやり取りは申し訳ないけど扉の向こうで聞かせていただいたわ」
ヴェルチェはおもむろにバローザに指を突きつけた。
「あなたが変わらない限り、たとえアリアちゃんが連れ戻されたとしても、家出以上に悪い事態になるわよ。彼女は家出によって成長した。あなたはずっと変わらない、あなたとアリアちゃんの関係はよりいっそう悪くなるだけだわ」
バローザは突きつけられた指を掴んで声を荒立たせた。
「あんたたちに何がわかるんだ、何度も言おう、私たちの何がわかるというんだ!?」
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