シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

【GWSP】静香様のお見合い♪

リアクション公開中!

【GWSP】静香様のお見合い♪

リアクション

 玲とイングリッドに手をひかれて走ってきたセシルを見て、鋭峰は安堵の息を吐いた。
「黙って居なくならないでくれ、心臓に悪い」
「それは申し訳ない。興味深い話に誘われたりしていてね。今日は妙にモテるよ」
 セシルはそう言ってから、部屋を見回す。
「静香嬢はまだ来ていないようだね」
「遅いな」
「構わないよ、僕が彼女を待たせずに済んだ」
「それでも少し、遅い」
 鋭峰が時計を見た。それから部屋の出入り口の襖を。
 襖が開く気配はまだ、ない。


*...***...*


 一方その頃、静香はというと。
「どうしよう……」
 困惑に満ちた声を、着替え用としてあてがわれた部屋で漏らしていた。
「どうかなさいましたの?」
 部屋の外で待機していたジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)が、その呟きを聞いて声をかける。
「それが――」
 静香は手に持っていたお見合い用の和服に目を落した。
 切られた跡が、みっともなく目立っている。人為的な切り傷だった。
「服が、だめになってしまっていて」
「……まあ、想定の範囲内ですわね。入ってよろしいかしら?」
「うん」
 返事とともに、ジュリエットが入ってくる。傍らには岸辺 湖畔(きしべ・こはん)が控えていた。
「静香さん、お化粧ポーチとかは無事?」
 部屋に入ってきた湖畔にそう問いかけられて、初めてポーチの存在を思い出した。探すが、見当たらない。
「うん、まあいいんだけどね。衣装とお化粧をどうにかしちゃえばお見合いを壊せるなんて、甘い考えの人が居ても」
 静香の返事を待たなくとも、湖畔はすぐに察してそう呟いた。
「え、っと。どういう?」
「このお見合いが成功してほしくない人はわりと居るみたいでね?」
「衣装を引き裂いて化粧道具も破棄してしまえば失敗すると踏んだのでしょう」
 ジュリエットは言いながら静香の衣装に手を伸ばす。「この程度」小さく呟いて、直し始める。
「あれ、ジュリエットも直せたんだ」
「なんですかその言い草は。機工士のはしくれが衣装の手直しもできなくてどうします」
「いや、できない人のほうが多いと思う。ボクも手伝うよ」
 そうして二人がかりの作業は瞬く間に終わり、化粧も湖畔の手によって施された。「うん、完璧」と湖畔が満足げに微笑み、ジュリエットが湖畔を見直したように見たり、こっちを見て感嘆の息を吐いたりしたのできっと上出来なのだろう。
 だから、上手くいってしまっても困るんだけど――と、内心呟くのと同時に、
「ジュスティーヌと一緒にフトドキモノ相手の情報撹乱してやったじゃん!」
 襖が開かれてアンドレ・マッセナ(あんどれ・まっせな)が元気よく報告してきた。
「ふう……ダンボールをつけていなかったら、危ない所でしたわ……」
 アンドレの後ろには、疲労の色を見せながらもなにかをやり遂げたような清々しい笑みを浮かべたジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)が立っていて。
 ふたりは静香を見るなり、
「美人じゃん!」
「美人さんですわ〜♪」
 楽しそうな声を上げた。
「桜井校長の本気! じゃん! いいじゃんいいじゃん!」
「うふふ、これなら素敵な結果になりそうですね」
 嬉しそうに楽しそうに言うふたりだから、こっちまでつられて笑顔になってしまった。
 けれど、もうなんとでもなーれ、とも思えた。
「……よし。うん、僕行ってくるよ」
「うん、静香さんいい笑顔だよ!」
「ラズィーヤ様が喜ぶような結末を迎えてくださいましね」
「……えー」


*...***...*


 会場付近に、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)は配置されていた。
「男の娘校長がお見合いね……面白いことになりそうだけど、俺たちは関われそうにないかな」
「面白い面白くないは関係ない。団長のご命令に従うのみだ」
 エルザルドの呟きに、雲雀が表情を変えぬままはっきりきっぱりと言い放つ。そんな雲雀を見て、エルザルドの表情が意地の悪い笑みに歪んだ。
「どう思う?」
「何がだ」
「お見合い」
「団長が独り身であることが解せないくらいだな。興味ない」
「雲雀がお見合いするとしたらどうする?」
「な!?」
 問い掛けに雲雀の表情が変わる。
 真っ赤になって、落ち着きなく足を動かして、それから止めた。平静を装っているらしい。しかし落ち着かなかったらしく、自らを落ち着けるために「あたしは」と心情を吐露しはじめた。
「あ、あたしは、その。話蹴ったりはしない……って言うか、お見合いになるとかありえないからっ! けっ、結婚とか……そんなあたしには……っ!! そりゃ、好き、だけど、好きだけど今のあたしじゃ釣り合わないっていうか、今はただ頼られるような存在になれたら充分って言うか……」
「へえ、誰と?」
「はぁ!? 団長とじゃ――」
「誰も『団長と』なんて言ってないよ。雲雀は素直で可愛いね……って、銃口向けるのは勘弁してくれないかな」
「ハメやがったな?」
「頼むよ。銃下げて?」
「何か言い残すことはあるか?」
「……雲雀はお見合いなんてしなくても、今のままの雲雀で十分だよ。団長のために毎日一生懸命で、それで十分なんじゃないの」
「……けっ。かっこつけやがって」
「本音だけどねぇ」
「うるさい黙れ。真面目に警備するんだからな!」
「そうだね、そろそろ始まる頃だろうしね」


*...***...*


 いつ乱入してやろうか、とロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)は考えていた。しかし乱入するには、歩や葵、陽菜をはじめとした百合園の生徒の警備をかいくぐらなければならないし、鋭峰やジェイダスも止めるだろうと予測できる。
「むぅ……せっかく男の娘嫌いをどうにかできると思いましたのに」
 桜井静香が男性とお見合い。
 これなら男の娘嫌いのロザリィヌが涙をのむことなく、晴れて、公式に、すべてまるーくおさまると思って。
 だからお見合いの席に同席して、無理矢理にでもくっつけてしまおうかと思ったけれど、道のりは長そうである。
 そもそも、乱入の機会はあったのだ。お互いに遅刻をして、お互いに遅くなって、その時どうとでもできそうだったのに。
 不意に、セシルのことが気になった。
 一目惚れなどではなくて。
「……どうも綺麗すぎるのですわ」
 セシルの美貌を思い出し、ロザリィヌは呟く。
 万が一セシルが女であろうものなら、即座に造反してやろうと新たな決意を胸に秘め、ロザリィヌはお見合い会場をキッと見据えた。その時どこかで喧騒が聞こえ、身構える。音は遠い。大方どこかの学校の生徒の妨害だろう。しかしそれによって警備の目はそちらに向かったかもしれない。
 突入するなら、そう、今!
 そう思って駆け出そうとしたロザリィヌの横を、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が駆け抜けていった。
「……な、」
 出遅れた。その間に距離は開いていく。カレンの走り去った道を、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が「偽乳……」と呟きながら歩いていくのも見送った。
 結局何が言えたかといえば、
「なんですの?」
 至極もっともな疑問符。


*...***...*


 カレンはお見合い会場まで走った。ジュレールを置き去りに、警備の生徒の目をかいくぐることなく全力で。
 メイド服を着てお手伝いさんとして紛れ込んだまではよかったが、なぜか警備に回されて、なぜか見合い会場から遠く離れた場所に配置されてしまった。おそらくラズィーヤあたりに気付かれたのだろう。
「でも、負けないよー?」
 丁度良くどこかで乱入騒ぎが起こって、それに乗じて駆け抜けた。目指すは見合いの部屋。
 襖をすっぱーん、と音を立て勢いよく開けた。
「桜井校長っ! ボクというものがありながらお見合いだなんて……!!」
 そして、お見合い乱入時の定番セリフを吐く。
 静香もセシルも、「な」など、「え」などと、困惑した顔で困惑した声を上げていた。
――よし、ここで嫉妬心全開アボミネーションをぶつければ引くはず……!
「させませんっ!」
 発動させようとした瞬間、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が割って入ってきた。威嚇されて嫉妬心が揺らぐ。その隙をしっかり見抜かれて、部屋から引きずり出された。
「桜井校長、セシルさん。お騒がせいたしました」
 小夜子が丁寧に一礼し、部屋を出ていく。
 その脇をジュレールがするりと縫って入り、
「カレンが迷惑をかけたようだな」
 こちらも一礼した。セシルが「いやいや」と微笑むのを見て、「ふむ」とジュレールは細い顎に指を当てる。
「いまさらであろうな、これを渡すのは」
「?」
「なんでもないぞ。それでは若人達よ、このひと時を楽しんでくれ」
 懐に入ったそれを渡すことなく、ジュレールは入ってきたときと同じように、静かにするりするりと部屋を出ていく。
 部屋の外では、カレンが小夜子に叱られていた。正座までしている。
「……我はどういう反応をすればよいのだろうな」
「あなたもこちらへ。心得違いの不埒者にはお説教ですよ」
 見据えられてそう言われれば、素直に従うほかないか、と。
 ジュレールは大人しくカレンの横に座るのだった。


*...***...*


 三人の出入りが行われた部屋に、新たな訪問者が一人。
 下座に正座し、割って入ってきたお詫びにと手土産を渡した神代 明日香(かみしろ・あすか)が、
「セシルさんに質問があるのですぅ」
 普段よりも割増し真剣な声で、セシルに問いかけた。
「どうぞ」
「ではお言葉に甘えましてぇ……静香校長は素敵な方だと思いますかぁ?」
「え!?」
 質問に戸惑った声を上げたのは静香だった。
「思います」
「な!?」
 返答に対しても同じように戸惑った声を上げる。
「これからも会ってみたいと、思いますかぁ?」
「思います」
「え、ちょ、あのっ??」
「では〜。どうして静香校長に興味を持ったのですかぁ?」
「僕に似ていたから」
 その返答は予想外だった。思わず明日香は目をぱちくりさせる。
 静香も予想外だったらしく、大きな目をさらに大きくして、セシルと明日香を交互に見ていた。
 明日香は静香を一度見て、またセシルを見た。真っ直ぐな目をしている。ああ、大丈夫だ。そう思った。
「回答ありがとうございましたぁ。それじゃぁ、わたしはこのへんでおいとましますぅ」
 頭を下げて、微笑んで。部屋を出ていく。
 最後まで静香は疑問符を浮かべていた。