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機械達の逃避行

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機械達の逃避行

リアクション



1.暴走と逃走と闘争

 轟音。
 広がる自然と商店の間の、空京にある広場。
 普段人々の明るい声が響くその場所は、恐慌状態と化していた。
 叫び逃げる人々。そのすぐ後に、小さなロボットが蛇行しながら走ってくる。
 後ろに、同じ動きをしながら赤い瞳を光らせ、煙を上げる機晶姫。
 背中に背負った六連ミサイルポッドが唸り、左手に装着された火炎放射機が火を噴く。
 爆発のため、整えられた芝生には大穴があき、噴き出す炎は植え込みの花や木々を焼きつくしていく……。
「わーっはっはっ!」
 破壊に伴う音をかき消すような、高らかな笑い声が響いた。爆風でマントと赤いマフラーがたなびく。
 マフラー以下、一糸まとわぬ姿で仁王立ちし、変熊 仮面(へんくま・かめん)が暴走する機械達の前に姿を現した。
「俺様が来たからには貴様達の暴虐非道もこれまでだ!」
 黒い巨大な影の上で腰に手を当て、赤い羽根の仮面を光らせ、ビシッとバッサイーンと白雪を指す。
「行け、イオマンテ!」
 声を張り上げる変熊仮面。声に応じるように、足音が近付く。
 ズウゥゥゥン……、ズウゥゥゥン……。
 高層ビルの隙間から、青い眼をギラリと光らせた黒い影が出現。
 鋭い牙を光らせ、大きな口を開けて唸る。
「木を無差別に切り倒すやて? そんな奴は森の熊さんイオマンテ様が許さんのじゃー!!」
 それは巨大な熊……巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)。18メートルもある全身で怒りを表現する。
 そして蛇行しながら近付いてくる、小さなロボットに走り寄る。
「さぁ! みなさん今のうちに避難を!」
 逃げ惑う人々に向けて、変熊仮面が手を振り、避難を促す。
 人々は感謝の視線を向けかけ……一目散に逃げ出した。
「変態だ!」
「キャーッ!」
「見るんじゃない、逃げろ!」
 その様子に、変熊仮面が首を傾げた。
「…え、もしかして俺様が非難されてる?」
 そんなパートナーを傍らに、巨熊イオマンテが鋭い爪を繰り出し、バッサイーンに襲いかかる。
「覚悟せい!」
 しかし、バッサイーンは予測していたかのように、くるりと進行方向を変え、その爪先は空しく空を切る。
「っ、次はお前じゃ!」
 叫んだ巨熊イオマンテが牙を光らせ白雪を見る。しかし白雪の放ったミサイルが熊の腹に炸裂。さらに火炎放射機の炎が唸り、黒い毛に燃え移った。
「ストップ温暖化ーっ!」
 大きな火達磨となった熊が、倒れてもがく。何事もなかったように、機械達は去っていく。
「おのれ、白雪……!」
 変熊仮面が、もがくパートナーを背に白雪を追って駆けだした。

 立ち並ぶ商店を背に、広場の方を向いて楽しげに歩く佐々良 縁(ささら・よすが)
 そのやや後ろを、蚕養 縹(こがい・はなだ)が紙袋やビニール袋を提げてついていく。
 そんな二人の少し前を、小さなロボットとボブカットの機晶姫が風のように去っていく。
 火炎放射機と六連ミサイルポッドが物騒な音を響かせる。
「なんか見覚えある子達だねぇ」
 佐々良縁が呟くように言う。蚕養縹は、こくりと頷いた。
 と、バタバタと足音が聞こえてきた。
「二人共、待つんだ!」
 息を切らし、辛そうに喘ぎながらも必死で機械達を追うのは、白衣を着た養護教諭の起木保。そのまま通り過ぎていく。
「……まった妙なことに巻き込まれたらめんど……あねさあん?!」
 ため息をつく蚕養縹の横から、新たな風が巻き起こる。佐々良縁が起木保の背を追いかけていったのだ。
「ああ、行っちまったぁい……仕方ねぇなあ」
 蚕養縹が深くため息をついて、手近な木陰に荷物を預けた。

 紅茶専門店の出入り口から広場を見た緋桜 ケイ(ひおう・けい)は黒い瞳を瞬かせた。
「……あれって、保先生じゃないか?」
「そのようだな」
 鬼一 法眼(きいち・ほうげん)が頷く。
「誰か……二人を止めてくれー!」
 起木保の叫びに、続いて出てきたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)を振り返る。
「なんだか大変そうです。お手伝いしましょう、ベア」
「俺達も行くぜ!」
 こうして【またお手伝いします!】のメンバーも起木保の後を追った。
 四人が白衣の背中を追うと、一足先に追いついた佐々良縁が起木保に呼びかけていた。
「起木先生〜大丈夫……じゃないですよねぇ、どしました?」
 佐々良縁がのんびりと問いかけると、起木保は荒い息をなんとか飲み込んだ。
「保先生、俺達にも詳しい話を聞かせてくれないか?」
「協力させてください」
 緋桜ケイとソア・ウェンボリスも加わる。二人のパートナーも追いついた。
「ありがとう。実は……」
 もう一度息を飲んで胸を抑え、起木保はなんとか息を落ち着けた。
「散歩をしていたら突然、二人が駆け出したんだ。バッサイーンはちょこまか動き回るし、白雪は火炎放射機や六連ミサイルポッドを乱射するし……僕にも、何がなんだか……」
 深く息をつく養護教諭の顔には、疲労の色が浮かんでいる。
「二人が暴走する心当たりは、ありますかねぇ?」
 佐々良縁の問いかけに、起木保は大きく首を横に振った。
「バッサイーンも白雪も、先生の直球すぎるネーミングに嫌気が差してグレちまったんじゃねーのか?」
 雪国ベアはそう言って、ニッと笑った。
「……なんつってな!」
「ベア……おまえさんの冗談は、いつも笑えんぞ」
 鬼一法眼が苦笑する。
「……でも、先生と一緒にいれば、毎日退屈しないですみそうだよな」
 緋桜ケイも曖昧に笑った。ソア・ウェンボリスが息をつく。
「もう、ベアもケイも、真剣に考えてくださいっ。先生、白雪さんに変わったことや気になる点はありませんでしたか?」
 考え込む起木保に、ソア・ウェンボリスが優しく微笑みかける。
「最近だけじゃなく、契約してからのことでも、なんでもいいです。何かありませんか?」
「そうだな……うーん、僕のところに来てからも寝ていることが多かったからな……目覚めたばかりで、本調子じゃなかったのかもしれないが」
 質問に答えるというよりは、独り言を言うように起木保は続ける。
「ああ、そういえば、白雪はあの服を一度も脱いだことがないな。新しく服を買った方がいいのか聞いたが、必要ないと言われた」
 そう言った起木保の顔が、曇る。
「それでも何か買った方がいいかと、散歩がてら空京に来たらこうなってしまったわけだけどな……」
 暗い表情になる起木保。ソア・ウェンボリスがその雰囲気を一掃するようにポンと手を叩いた。
「あ、そういえば白雪さんって、白が名字で雪が名前なんですよね。それじゃあ、これからは雪さんって呼びますねっ」
「あ、ああ」
「よし、とにかく二人を追いかけるか」
「何か思い出したことがあったら、また言ってくださいね」
 そう言って緋桜ケイとソア・ウェンボリス、鬼一法眼と雪国ベアが先を行く。
「あ、そだ。荷物になるかもですが一応、どぞ」
 白雪を見据えつつ、佐々良縁がハンドガンを取り出し、起木保の手に握らせた。
「これは……?」
「丸腰は危険ですよー。貸すんで危ない時には使ってくださいねぇ」
「わかった」
 起木保が了承したその時、白雪が放ったミサイルが飛んできた。
「あぶねえ!」
 蚕養縹が声を上げる。真に合わないと思ったその時、【氷術】がミサイルの弾頭に放たれ、凍った弾頭が【奈落の鉄鎖】によって引きずりおろされた。
 衝撃に散る石礫を、蚕養縹が十手で弾いた。