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リアクション
4.
「30人分集めて、一体何をするの?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に尋ねられ、ヤチェルは答えた。
「それをこれから、モモちゃんに聞きに行くの」
セレンフィリティは納得した。
「ふぅん? それなら、あたしも一緒に行くわ。面白そうだし、協力してあげる」
相棒の興味津々な様子にセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は心配になる。面白そうだなんて、相手に失礼だ。
「ありがとう」
と、ヤチェルは言うと、再び歩き始めた。
モモ・サイキは罪悪感からその場を離れられずにいた。
ヤチェルさんは良い人だから、きっと本気で女の子を集めて戻ってくるはずだ。勝手に別の場所へ動いてしまったら、ヤチェルさんの気持ちを踏みにじることになる。そんなこと、出来ない――。
「お前か、モモ・サイキってのは」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこには見知らぬ人たちがいた。叶月とエルザルド、雲雀に由宇の四人である。
「は、はい。えっと、あなたたちは?」
モモが首を傾げると、叶月は苛立ちをあらわにして言った。
「松田ヤチェルのパートナー、由良叶月だ!」
「ああ、カナ君さんですね! お話、よく伺ってます」
モモの反応に叶月は苦笑いをする。ヤチェルと接触していることが、これでよーく分かった。
「あいつに何をさせようとしてるんだ?」
と、叶月はモモへ詰め寄る。
「何って?」
「とぼけんな! 血を集めてどうすんだって聞いてんだよ!」
剣幕に圧されてびくっとするモモ。
「叶月、落ち着いて」
と、いきり立つ叶月を宥めながら、エルザルドが前へ出る。
「女の子の血、30人分欲しいんだってね?」
「え、ああ、はい」
「30人なんて、多すぎじゃないですか? 一体、何をするつもりなんです?」
と、由宇も問う。ようやく質問の意味を理解したモモは答えた。
「私のパートナーが、血を絵の具にして使いたいって言うんです。だから、それにはたくさんの血が必要で」
「じゃあ、女の子限定というのは何故でありますか?」
雲雀の問いにモモは恥ずかしそうに答えを返す。
「女の子の血は神聖だって思い込んでいるんです、彼」
何だか妙なことに巻き込まれたものだ。血を使って絵を描くなんて、それも神聖だと思い込んでいる女の子の血で。
「あと、ヤチェルさんに言いそびれちゃったことがあるんです」
「は?」
と、叶月は再び眉間にしわを寄せる。
闇龍を描くといっても、掠香はその姿を近くで見たことがない。それがどういったものであるか、本当はよく分かっていないのだ。
それでも今、こうして人々を賑わせる存在であるならば――描きたい。
「闇龍とは、珍しい題材ですね」
と、神楽坂翡翠(かぐらざか・ひすい)は言った。
「でも、考えれば考えるほど、闇龍がどんなものであるか分からなくなっちゃってさ」
掠香はすっかり落ち込んでいた。正悟にはあんなことを言ってしまったけれど、今にして思うと、冷静に考える良いチャンスだった。
「そうですね……自分はあまり接近しなかったのですが、闇が濃く、すごい威圧感がありました」
「威圧感、かぁ」
翡翠の言葉を受け止め、考える。絵でそれを表現するのはなかなかに難しい。要から学んだ技術を生かせれば良いのだが……うーん。
「想像と実物では違うものね。他にも、見たことある人に聞いたらどう?」
と、フォルトゥーナ・アルタディス(ふぉる・あるたでぃす)も言う。
「そうだな。やっぱ、そうさせてもらおうかなぁ」
とはいえ、もうじき夕刻だ。今日の作業はそろそろ終わりにして、明日からまた話を聞くことにしようか。
「それにしても、血を使いたいだなんて、また思い切ったわね?」
と、フォルトゥーナはスケッチブックをぱらりとめくる。
「闇龍は汚れてるっていうからさ、神聖なる女の子の血で描いた方がギャップもあって、良いと思うんだ」
「ギャップ、ですか」
「そうね、面白いものが出来あがりそう」
フォルトゥーナは興味ありげにしているが、翡翠は何かが引っかかって頷けない。確かに女性のイメージは神聖でも良いと思うけれど。
「まぁ、あとは自分の直感で一気に仕上げたらどうですか? その方が良いものになりますよ、きっと」
「出来あがったらあたしも見に行くわ。ここでも有名になれると良いわね」
にっこり微笑む二人に、掠香の心は癒された。
楽しみにしてくれる人が、応援してくれる人がいる。ここまで来たからには、やはり完成させなければならないのだ。
翡翠たちが帰っていくと、間もなくしてまた来客があった。
「ちゅーっす!」
夕方にも関わらずハイテンションなジョゼット・オールビー(じょぜっと・おーるびー)だ。
「三上センセ、あたし、ジョゼット・オールビーって言いますっ!」
「えっと、何の用かな?」
「アトリエを拝見しに来ました!」
掠香は戸惑ったが、見ると彼女の手にはスケッチブックが握られている。絵描きの卵なら、自分みたいな画家に憧れたっておかしくはない。
ジョゼットを中へ入れると、掠香は未だに雑用をこなしている加夜へ声をかけた。
「加夜ちゃん、今日はもう帰っていいよ」
「はい、分かりました」
と、奥の部屋から返事が返って来る。「今台所のお掃除してるんで、これが終わったら帰りますね」
「ところでセンセ、何で血がいるの?」
「え?」
ジョゼットはアトリエの中を歩き回りながら、掠香へ顔を向ける。
「血って酸化鉄だから、すぐに劣化しちゃうんじゃね?」
「ああ、そういうことか。大丈夫、今回はそれも狙いの一つなんだ」
と、掠香は言う。
「黒くなる血だからこそ、闇龍を描くのにぴったりなんだよ」
ジョゼットは感心すると、にっこり笑った。
「ねぇ、センセ! 闇龍の絵が上手く描けたら、あたしにセンセの絵描かせてよ」
「え、オレの?」
「そう。あたし、人の幸せな瞬間を描くのが夢なんだ。ちょっと、照れくさいけどね」
と、ジョゼット。
掠香は誰かに描かれるなんて久しぶりだと思いながら、頷いた。
「ああ、いいよ」
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