リアクション
8.
翌日から、掠香はキャンバスへ向かい始めた。赤い鮮血が黒くなる前に、キャンバスへそれを乗せていく。
何度も書き直した下書きを元に、そしてみんなから聞いた闇龍に対する思いをイメージしながら、線を描く。
そして闇を描く。真っ白なキャンバスを染めるように、少女たちの好意を無駄にしないように。
自分の目に見えているものを、描く。
今しか見えないあの存在を、描く――。
「持ってきてやったぞ、おかゆじゃ」
と、ミアはベッドへ寝ているレキへ声をかける。
「おかゆは、ふーふーして、あーんするんだよ」
レキはそう言ってミアにおかゆを食べさせてもらえるのを楽しみに待つ。
「ふん、調子に乗るでない」
言いながらもミアは、持ってきたおかゆをスプーンですくい、ふーふーと息を吹きかけた。
レキが口を開け、そこへスプーンを運ぶミア。
「うん、おいしい」
高熱を出しているからって、ずっと家で寝ているのも暇だ。それにほら、若い内は無茶をするもんだって言うし。
そう考えたミルディアは、いつものように授業へ出ていた。
様子を心配した友人へミルディアは言う。
「大丈夫! ちょっとふらふらするし、熱はあるけど、うつるもんじゃないし、じゅぎょうはもともときいてない、からぁ……?」
熱のおかげで頭がちゃんと回らないミルディアは、一時間も経たない内に早退させられることになる。
無茶と無謀は、似ているようで違うのだ。
ヤチェルが目を覚ますと、叶月が脇に座って雑誌を読んでいた。
「あれ、カナ君……大学は?」
と、寝返りを打つヤチェル。叶月は顔を上げると言った。
「サボりだ。里也がお前にって」
写真の束を差し出す叶月。ヤチェルはそれを受け取ると、少しだけ元気になる。
それはモモに血を吸われている少女たちの様子を写したものだった。
「本当に、撮ってたのね。でもこれ……」
「盗撮だな」
一体どこに潜んでいたのか、いかにも隠し撮りという感じである。
「さすが、里也ちゃん」
きっと、あの日あの場所にいた誰もが、里也の存在には気付かなかっただろう。
だが、最後の一枚はモモが一人で写っている写真だった。視線の先には彼氏がいるのか、とても良い笑顔である。
ヤチェルは少し複雑な気持ちになりながらも、微笑んだ。
掠香は筆を置いた。
「出来た」
その様子を見に来ていた加夜と豊実、ジョゼットらが彼を見る。
「お疲れ様です、掠香さん」
「よし、さっそく見させてもらおうか」
「センセ、こっち向いて! 次はあたしの番だよ!」
そういえばそんな約束もあった、と掠香はジョゼットへ振り向く。
加夜と豊実は出来あがったばかりの作品へ歩み寄ると、見上げた。
黒々としたものが画面の下方を埋めているが、そこから上へと描かれた線は真っ直ぐに白へと伸びている。
「闇龍の先には、きっと美しい世界が広がってると思うんだよね」
と、掠香は言った。
「美しい世界……」
それはキャンバスという白の世界。何にも染まらない世界へと続くのは、少女たちの神聖なる想い。それは少女たちだけではなく、きっと誰もが一度は願うであろうこと。
「素晴らしい今に出会えますように」
掠香は画面を囲うように細い線を描いていた。
それはよく見ると文字だということが分かり、誰かの名前であることが分かる。そう、制作に関わってくれた者たちの名前である。
掠香の作品は初めに蒼空学園で披露されることになった。
売り物というよりは、三上掠香の名前を、ここパラミタの地にも広めるための作品である。
「オレのホームページに住所とか載せたのってさ、お前だよな?」
「あ、はい。掠香さんが困っている様子でしたので、協力者の募集もかけたんです」
「……なぁ、モモ」
「はい?」
「お前ってほんと、なんつーか、ダメな奴だよな」
「ごめんなさい……やっぱり、迷惑でしたか?」
「別に。まぁ、お前がいてくれて良かったとは思うけどな」
「掠香さん……」
「意外と便利だし」
「便利、ですか?」
「だってほら、お前の髪の毛、すげー良い筆になったし」
お疲れ様でした。
今回はまさにコメディなアクションが多く、とても楽しかったです。
ありがとうございました。
意外なことに、掠香さんに人気が集まってびっくりしました。
掠香さんもびっくりしてたと思います(笑)
今回はなるべく丁寧にアクションを読みながら、書かせていただきました。
なので、細かいところまで読んで下さるとありがたいです。読み飛ばしちゃダメだよ!
ちなみに、血=絵の具についてですが、昔も今も実際にやってる人はいるようです。
やっぱり血に惹かれる人は多いんでしょうね。
かく言う自分も、血が好きすぎて血のりを作ったことがあります。何気に最近の話。
すごく簡単に作れます。場合によっては買うより安く済むし。
というわけで、実はスプラッタも好きだったりします。あとホラーもね。