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チェシャネコの葬儀屋 ~大切なものをなくした方へ~

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第七章 葬送曲 2

 次第に遠く流れていく船を、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は姿勢を崩すことなく微動だにせず見送っていた。
 これだけ自分の手を染めておきながら、このような場所に参加しても「それは偽善だ」とののしられるかもしれない。これからも誰かの大切な人を奪い続けて生きていく。それは、他でもない自分自身で選んできた道なのだから。
 それでも、ピンと背筋を伸ばして故人を想い、みなの想いがちゃんと流れていくところをこの目で見ていたかった。生者の尊さも、死者への敬意も忘れないために。これからも、自分が自身に胸を張って生き抜くためにも。
 敬礼。


 見送る人よ どうか忘れないで
 関わりあった多くの記憶を


 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は静かに船を見送っていた。
 自分の罪が許されるとは思わない。また、許されてはいけない、とも思う。救えなかった生命への冥福を祈りながら、彩蓮は自分が過去に行った非道な行いを思い出していた。
「一人でも、多くの生命を救いたい」
 この信念に揺らぎはない。そのためにも立ち止まらず進むしかない。
 けれど、一人でも多くの生命を救う行為は、全ての人の生命を救うことにはならない。時として、残酷な決断をしなければならない時もある。
「……っ」
 救えなかった人々の顔を、今も覚えている。年を重ねるごとに増えていき、それが恐ろしくもあった。
「いつの日か……」
「なんだ?」
 デュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)は返事をすることでちゃんと聞いていることを示しながら、彼女の続きを促した。
「いつの日か、私の心が壊れて、誰も救えなくなったら……。その時は、デュランダルさん。あなたの剣で私を裁いてください。そうすることでしか、私はあの人たちに償えない、ですから」
 ――より多くの生命を救うために、私がこの手で『殺した』人たちに……
「…………。
 彩蓮が望むのなら、そうしよう。そうすることでしか彩蓮が救われないと言うのなら……、
 その時は、私が彩蓮を裁く」
 できることなら生命のやりとりとは無縁な平凡な生活を送ってほしいものだが、彩蓮は聞かないだろうな。
 この場で生きていくためには、彼女はあまりに誠実で優しすぎる。
 デュランダルは心のうちは伏せたままで、彼女が望むままに約束した。ほっとした顔で笑いかけてくる彼女に、ひどく胸騒ぎを覚えながら。

 人の想いというのは、どうも難しい。
 セルマ・アリス(せるま・ありす)は小さくなっていく精霊船を思い思いに見送る人々を眺めながら、眉をひそめた。大切な人の死に想いを馳せたことがない身としては、ここに来ることでそれがどういうものなのか少しでも実感できたらと思ったのだが、どうにも、余計にわからなくなった気がする。
 パートナーのミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)は、セルマの表情をみてふと不安にとらわれる。
 ミリィはセルマのことを大切に想っているし、いつか本当に結婚できたらいいという風にも考えている。けれど、普段の彼の様子からは、もし仮にミリィが居なくなったとしても彼が悲しむ姿なんて想像できなかったのだ。
「ルーマ」
 ミリィが愛称を呼ぶと、セルマは何の気なく彼女を見つめた。
「ルーマはワタシが居なくなったら泣いちゃうかな?」
 それは、冷や水をかけられるような質問だった。想像すると、心臓のあたりがぞくりと泡立つような感覚がする。
 人の想いというのは、どうもよくわからない。
 本当はとうにそれがどういうものなのか知っていることにも気づかずに、セルマは戸惑った。
 ミリィの声は真剣だった。だからセルマもちゃかしたりせず、それが彼女への答えとして相応しかったのかはわからないけれど、自分の本心に沿って伝えた。
「そうならないように守るから、心配するなよ」
と。


 見送る人よ どうか忘れないで
 この人が生きていた証を


 ネージュが歌いきるころ、精霊船は遥かかなたまで流れて行っていた。その姿はおぼろげに、チラチラと霞み、また現れるを繰り返し、やがて完全に見えなくなる。
「届くといいですね……」
 千歳 四季(ちとせ・しき)の言葉に、
「うん……そうだね」
綾瀬 悠里(あやせ・ゆうり)はいまだ船の消えた方角を見つめながら、小さく頷いた。