百合園女学院

リアクション

　調理室では蒼空学園の新入生加能シズル達、軽食を担当する者も準備に勤しんでいた。
「シズル様、サンドイッチできました」
　秋葉　つかさ（あきば・つかさ）が、ラップに包んでバスケットに入れたサンドイッチをシズルに見せた。
「上手いのね……趣味からは考えられないというか」
　シズルはつかさのメイドとしての働きに感心はするものの、つかさには少し警戒しているようだった。
　先日蒼空学園で行われたスタンプラリーの時に、つかさは勧誘に失敗してしまったのだ。
「そちらのカラアゲの方も代わります。火傷をされたら大変ですから」
　菜箸を手に、つかさは揚げ物の手伝いに移る。
「下ごしらえ終わりました。次は何をいたしましょうか？」
　本郷　翔（ほんごう・かける）が尋ねる。彼は無駄な軋轢を生まぬ為と考え、念のために女装をしてきている。
　少年とは思えないほど、慣れた手つきで調理を手伝っていた。
「ええと……」
　早く名乗り出たという理由で、リーダーを任されているシズルだけれど、勝手が違うことから上手く進めることができず、時々迷ってしまう。
「では、パックにレタスを敷かせていただきます。紙布巾の用意などもしておいた方がよさそうですね」
　そんな時、翔は自ら動き、それとなく意見も出してシズルをサポートしていくのだった。
「そうね。任せるわ」
「あちっ」
　突然の大きな声に、シズル達は振り向く。
「うわー、熱かった」
　火傷しかけた指をなめているのは、棗　絃弥（なつめ・げんや）だった。
　出来立ての鶏のから揚げをツマミ食いしようとしたのだ。
「っと」
　視線が自分に注がれていることに気付き、絃弥はクールな顔を崩してへらへら笑みを浮かべる。
「いやー、一口くらいならバレないと思ったんだけどな〜。ははははっ」
「もー、皆の分もちゃんとあるってば」
「超出来立ての方がやっぱ美味いし。腹も減ってたからな」
　絃弥の言葉に、シズルは全くしょうがないわねーと言いながら、割り箸の入った袋を渡す。
「お弁当１つ１つに、割り箸をつけていってね。食べたら駄目よ？」
「わかってるって〜！　匂いで我慢匂いだけで我慢」
　自分に言い聞かせ、鳴り響く腹にも言い聞かせながら、絃弥は弁当に割り箸をつけていく。
「それにしても、この学園女ばかりだよな！」
「女子高なんだから、当たり前でしょ」
「そっかそっかー」
　シズルとそんな会話をしながら、やっぱり絃弥はそおっと手を伸ばして、テーブルの上の果物を狙う。
　ぺしん
　しかし直前でシズルに見付かって、手を叩かれてしまった。
「蓋を閉めさせていただきます」
　そしてすぐに翔が果物が入ったパックの蓋を閉める。
「それが終わったら、こっちの洗い物お願いね。……後で煮物の味見お願いするから」
　くすりとシズルは絃弥に笑みを見せる。
「りょ〜かい」
　絃弥は味見を楽しみに、急いで作業を進めていく。
「……きゃっ」
　シズルが小さく悲鳴を上げる。
　突如、水道の栓が外れて水が噴き出したのだ。
　つかさが押さえつけながら、栓をはめなおしていく。
「すみません、緩んでいたみたいで……」
　ずぶぬれになりながら、上目遣いでつかさはシズルに目を向ける。
「ああっ、服借りれるかしら……」
　シズルも全身びしょ濡れになってしまった。
　下着が透けてしまっており、隠すためにシズルは胸の前で腕を組む。
（こんな姿はしたないのに……何故かしら……ドキドキする）
　つかさの視線を受けて、シズルはそんなことを考えていた。
「浴衣貸し出してくれるようだぜ？（もぐもぐ）」
　その隙に、絃弥は素早く手を伸ばし、水滴のかかったから揚げをゲットし、口に入れることに成功していた。
「もう……」
「や、ちょっととはいえ、濡れちまったからな」
「ま、そうね」
　シズルは苦笑にも似た笑みを浮かべた。
「シズル様はお着替えを。お風邪を召しては大変です。こちらはお任せ下さい」
　翔はどこからか雑巾とモップを用意し、水を拭き取っていく。
「ありがとう。すぐ戻るわ！」
　シズルは着替えるために調理室から出て行く。
「では、仕上げを行いましょう」
　つかさはぬれた姿のまま、作業を続けていく。
「よし、煮物を十分味見してパックに詰めるぞ〜」
　絃弥は今は花より団子な状態だった。お腹がグーグー鳴り続けていたから。

　屋上には、机や椅子が運び込まれ、テント、屋台等の設置が急がれていた。
「よいしょっと」
　赤色の騎士服のような魔道衣を着用したフレデリカ・レヴィ（ふれでりか・れう゛い）が、サイコキネシスで運び込んだ長テーブルをテントの中に下ろした。彼女が纏っている魔道衣は、代々実家に伝わる服だ。
「こんなカンジで大丈夫かな……？　偉い人達の席だよね、ここ」
　イルミンスールの新入生、メガネ男子、フィリポことフィリップ・ベレッタは、少し不安気な表情で椅子を並べていく。
「偉い人といっても、ほとんどが私達と同じ学生だし」
　フレデリカは一緒に椅子を並べ始めながら、フィリップに笑みを向ける。
「そうだね」
　フィリップも僅かな笑みを見せた。
「ここに、スイカと氷置かせていただきますね」
　フィル・アルジェント（ふぃる・あるじぇんと）が大きな荷物を持って現れた。
　フィリップとフレデリカは「はい」と返事をする。
　返事を受けて、フィルはテントの一角に氷の入った入れ物やスイカを下ろした後、２人に管理を任せて再び調理室へ材料を取りに下りていく。
「……ねぇ、フィリップ君って兄弟いたりする？」
　一緒に仕事をしながら、フレデリカはふと聞いてみた。
「え？　うん、姉妹がいるよ……」
「あ、そうなんだ。……妹のこと、どう思ってる？」
「お姉ちゃんにも妹にも、わがままを言われて振り回されてたけど……それでも血の繋がった姉妹だし、妹は可愛いよ」
　フィリップは柔らかな笑みを見せる。
「そっか……うん、そっか。妹がいる兄の気持ってどんな感じなのか知りたかったんだ。ありがと」
　フレデリカはちょっと切なげな笑みを見せた。
　彼女は行方不明の兄を探しにパラミタに来たのだ。
「兄の気持がわかれば、私の兄さんを見つける手掛かりにもなるかなって思って……」
　そして、フレデリカはどこか遠くを見た後、自分を気遣うような目を向けているフィリップに視線を戻した。
「えへへ。湿っぽい話しちゃってごめんね。今後どうなるかわからないけれど、こんな穏やかな日が続けばいいよね」
　その言葉に、フィリップは微笑みを浮かべて首を縦に振った。
「フィリップ君は夢とかやりたい事あったりするの？」
　雑巾でテーブルを拭きながらフレデリカは尋ねる。
「僕は……名前を上げることかな」
　フィリップは、名前をあげて父親を見返したいと思っていた。
　その為に、何をすればいいのかは、まだ分かっていないけれど。
「そっか、頑張ろうね」
「うん」
　フレデリカとフィリップは作業を続けながら微笑み合った。
　会場には少しずつ、客の姿も見え始めていた。

「転校生の橘美咲です！　今日は私の為にこんな素敵な花火大会を用意してくれて有難う！！」
　校門からとっても元気な声が響いてい来る。
　百合園の新入生橘　美咲（たちばな・みさき）だ。
「まるで甲子園の春夏連覇を成し遂げた球児たちを迎え入れるかのような盛大なお出迎えっぷり！」
「元気な方ですわね。よろしくお願いいたします」
　同じく百合園の新入生である泉美緒が、微笑みながら地図と扇子を美咲に手渡す。
「ありがとう〜ありがとう〜♪」
　受け取った後、美咲は美緒の手を握り締めて、ぶんぶん振り、美緒と共に受付を担当する人達に手を大きく振って、笑顔を振りまきながら屋上へと向っていく。
「……百合園の新入生歓迎会あるか？」
　熾月瑛菜から招待状を受け取って訪れたカスパー・サンドロヴィッチ（かすぱー・さんどろう゛ぃっち）が、戸惑いながら受付で尋ねる。
「いやそういうわけじゃないんだ。俺もイル……あ、ううん、私は百合園生ですけれど、様々な学校の方々との交流が目的の会でもありますので」
　美緒と共に受付を担当している緋桜　ケイ（ひおう・けい）が、美咲にちょっと圧倒されながら微笑する。
　ケイもとある理由により百合園に転校してきたばかりだ。
「よかったぁ。楽しませてもらうよ〜」
　同じく瑛菜から招待状を貰った小夏　亮（こなつ・りょう）も可愛い女の子達に目をつけながら、受付で扇子と地図を受け取る。
「新入生にはサービスするよっ！」
　校舎へ続く庭に、ネージュ・フロゥ（ねーじゅ・ふろう）は焼鳥屋の屋台を出していた。
　身長がとっても低いので、踏み台の上に立って焼鳥を焼いている。
「いただくある」
「俺も俺も〜」
　カスパーと亮が屋台に近づく。
「行きつけのお店『焼鳥屋台こおろぎ』の味を再現したんだよ！　タレと、岩塩使用の塩焼き、あとカレー焼きもメニューに加えてみたの」
　ケースの中にはもも、むね、皮、ささみ、軟骨、豚カルビと並んでいる。
「ん〜、ワタシはささみをいただくある」
「うーん、いい匂いだねぇ。俺はももと皮をもらおうかな〜。あ、塩焼きで」
「了解！　ちょっと待ってね」
　ネージュは焼いていた焼鳥に、タレにつけていく。
　その間、カスパーと亮は敷地内を見回して場所の確認をしていく。
　屋上へは校舎の階段を使って上るようだ。
　看板やロープが張られており、分かりやすい案内板もある。
「警備してくれてる人もいるから大丈夫だと思うけど、迷わないようにね。結構広いから」
　百合園生のネージュはそう言った後、出来上がった焼鳥を２人に渡していく。
「美味そうある」
「サンキュ、可愛いお嬢ちゃん！」
　カスパーと亮は礼を言い、手を振って屋台を後にする。
「新入生じゃないけど、僕も貰っていいかな？」
　続いて緊張した面持ちの男性――四条　輪廻（しじょう・りんね）が近づいてくる。
「うん、何にする？」
「それじゃ……ももとむねと軟骨で」
「ももとむねと軟骨ね」
　復唱して、ネージュや焼鳥にタレをつけていく。
「はい、どうぞ！」
「あ、ありがとう」
　出来上がった焼鳥を受け取ると、輪廻は頭を下げ人が良さそうに微笑んで、屋上の方へと向っていった。
「じゃんじゃん焼くから寄っていってねー！」
　ネージュは校門に訪れる人々に明るく声をかけていき、人々が集まっていく。

「はいこれ、追加分。こっちで休憩しながら一緒に折ろう」
　美緒の手伝いをしていた如月　正悟（きさらぎ・しょうご）が、コピーした地図を持って、校舎から戻ってくる。
「ありがとうございます」
「今日も暑いなー。夜になったら少しは涼しくなりそうだけど」
　隅に腰掛けて一緒に、地図を２つに折りながら正悟は美緒と他愛無い話をしていく。
　そして微笑み合いながら、正悟は美緒に「よければ友人にならないか？」と、問いかけてみる。
「ええ、他校の方ともお知り合いになれて嬉しいですわ」
　美緒は嬉しそうにそう答えた。
「よし、それじゃ差し入れ」
　正悟はドコゾで購入してきた丼を紙袋から取り出して、美緒の前に置いた。
「………………………………………」
　その蓋が乗せられた丼は、ゴボゴボと生き物が入っているかのように動いている。
　蓋の隙間からは緑色のウゾウゾした物体が見えている。
「見た目はともかく味はおいしい……らしいよ」
　絶句している美緒に正悟はそう言った。
　友人になろうという相手にプレゼントするようなものではなかったのかも……。などと正悟は美緒の反応を見ながら、思っていく。
「珍しい料理ですのね。パラミタ人はこういった料理を好むのでしょうか……」
　しばらくして美緒は不思議そうな顔でその『デローン丼』を受け取ったのだった。
　ちょっと興味があるようだけれど、嬉しそうではなかった。