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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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 挨拶を終えて戻ってきた静香に、セレスティアーナは受け取った箱を差し出した。
「誕生日おめでとう!」
「えっ!?」
 静香は驚きの表情を浮かべる。
「あ、そういえばもうすぐ誕生日だ。今年も忘れそうに……でも何で知ってるの?」
「誰にも言わないのだ!」
「う、うん?」
 誇らしげに言うセレスティアーナの様子に首をかしげながら、静香は箱を開けてみる。
 中には、バースデーケーキが入っていた。
「お祝いするのだ!」
 誕生日おめでとうとワンフレーズだけ歌を歌うセレスティアーナに、静香は照れ笑いを浮かべる。
「そうなのか。おめでとう!」
 陣や、周りに居た人々も、静香におめでとうと言葉を贈っていく。
「あ、ありがとう。でも今は僕が招待する側、皆を楽しませる側だからっ。ケーキは帰ってから戴くね」
 静香は困惑と嬉しさが混じり合った顔をしていた。
「セレスティアーナ様がご用意されたわけではありませんわよね? どなたが……」
 不審物を静香達に食べさせるわけにはいかないため、鈴子が少し困った顔を見せる。
「大丈夫。信用できる人物からだ」
 すぐにテントの前で警護についていた優子が軽く振り返って、そう言った。
「終わってからお祝いするのだ!」
「うん、ありがとう」
 セレスティアーナの言葉に、静香は微笑みを見せた。
 贈り主の姿は、もう屋上にはなかった。

 花火開始が近づき、運営用の席に百合園生や役員達が集まっていく。
「まだまだいろいろとありそうですけどひとまず一段落はしたようですし、今日ぐらいはのんびり花火を楽しみたいですわねぇ」
 椅子に腰掛けて神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)が息をついた。
「ええ」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)のパートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)がラズィーヤの元に、アイスコーヒーを運びながらそう答えた。
「ヴァイシャリーの花火大会、今年はどうなることかと思っていましたけど、開催されるようでよかったですわ」
 グラスをラズィーヤの前に置いて、イルマは微笑みを浮かべる。
「これもラズィーヤ様のおかげですわね。ヴァイシャリーの民も、感謝していると思いますわ」
「皆様のご協力があってこそですわ」
 ラズィーヤはグラスを手にとって微笑み返す
「イルマさんも配り終えたら、観賞楽しんでね」
 静香がイルマにそう声をかける。
「いえ、私はメイドですから……。ラズィーヤ様のおそばで、身の回りのお世話をさせていただければ、それで十分ですわ」
「んー。それが楽しいのなら、無理にとは言わないけれど」
 静香の言葉に、イルマは首を縦に振る。
「今年は色々あって、ラズィーヤ様もお疲れでしょう。今夜ぐらいは、打ち上げられる花火を観賞して、日頃の疲れを癒していただければと思いますわ」
「お気遣い感謝いたしますわ。では、わたくしのサポートの為に、隣に座っていてくださいませね?」
 ラズィーヤの返答に、イルマの心に喜びの感情が広がり、思わず頭を下げる。
「身に余る光栄ですわ」
「メイド達も、警備の人達も楽しめるといいな……。学校も立場も違うけれど、きっと仲良く楽しめる。国も安定して平和な状態が続くといいね」
「そうですね」
 静香と鈴子が微笑み合った。
「まあ、程々に安定さえしていて、気に入らないことを押しつけられさえしなければ、どの国でも別によいのですけど……どうせならやはりいい国にいたいですわねぇ」
 エレンはそんな言葉を発し、
「私はシャンバラに永住するつもりですわよ。できれば将来は百合園の教師になりたいと考えていますけど……教員資格とか短大のほうでも取れるようにして教員育成しませんこと?」
 ラズィーヤ達、百合園の要人に目を向けた。
「相応の年齢で、能力もあるようでしたら教員になっていただいても構いませんわ。ですが、能力のある百合園生には宮廷に入って色々と学んで欲しいものですわね」
 エレンの問いにラズィーヤは微笑みながらそう答えた。それが百合園女学院を設立した大きな理由の一つだから。
「では、百合園の短大を卒業した後、宮廷で数年学んで教職に就くのが最短で最良のルートかもしれませんわね」
「そうかもしれませんわね」
 エレンとラズィーヤも微笑み合う。

〇     〇     〇


 夜が訪れ、辺りは闇に包まれる。
 屋上にはライトが設置されており、昼間と変わらないほど明るかった。
 花火が始まったら照明は幾分落とされる予定だ。
「かわったうただね?」
「ちきゅーのにほんのうたらしいよ」
「あたしもうたいたーい。あがっていい?」
 子供達が集まっているのは屋上の一角に設置された小さなステージだ。
「夏の〜夜空に〜響ぃく〜♪」
 ステージ上では現在瓜生 コウ(うりゅう・こう)が機材のテストを兼ねて、歌を歌っている。
 藍色の浴衣姿の彼女が歌っているのは、演歌だ。
「ねえ、これなあに? なんでこんなにとがってるの?」
「あたまになにつけてるのー。ねー、とってみて!」
「あぶないよ、あぶないよー。かおとかにあたったらいたいよー?」
 コウを手伝っている王 大鋸(わん・だーじゅ)の周りにも子供達が集まっている。
 彼の服装をコスプレだと思っているらしい。
「これはなァ。てめぇらを食べに来る悪い虫が寄ってこないようにつけてるんだ」
 子供達の相手にも随分なれたこともあり、大鋸は一切怒ることはなく笑顔だった。
「よーし、調子いいぞ。次は誰が歌う?」
 コウがテストを終えて、採点機能つきのハンディカラオケを子供達に差し出す。
「みんなでかいじゅーどどぉんのうたうたう!」
「うたおうぜ、うたおうぜ〜」
「わたしはまほーつかいのおうたがいいっ」
「おんなのこのうたはつぎね」
「さいしょはおとこのこたちのかいじゅーのうたね!」
 子供達で順番を決めてステージに立っていく。
「えっと……ぼく、うたよくわかんない……」
「それじゃ、こっちで少し練習しようか」
 コウは皆と歌いたいのに入り込めずにいる子供を招き寄せて、子供達の歌を一緒に聞きながら客席で手拍子をして歌を教えていくのだった。
 子供達の可愛らしい歌声に、学生の招待客も足を止めていく。

 まだ花火は始まっていないが、運河の方を見下ろしている人達から歓声が上がっていく。
「皆さん、屋上からおっこちないで下さいねー!」
 皆の視線の先には、レッサーワイバーンに乗った女性の姿があった。
「クゥアイン、お客さんが沢山見てくださっていますよ」
 女性――鷹野 栗(たかの・まろん)はレッサーワイバーンにそう話しかける。
 花火が始まるまでの間、集まった客達にショーを見せようと栗は光の精霊で辺りを照らしながら、飛竜を飛ばせているのだ。
「あまり人には近づきすぎないようにしてくださいね。びっくりさせてしまいますから」
 街の方へ向おうとする飛竜にそう言って、運河の方へと誘導する。
「ゴンドラや船も驚かせないように……あの辺りなら、自由に飛べそうですね」
 そう栗が誘導すると、飛竜はスピードを上げて、水面ぎりぎりを飛行する。
 水しぶきが空へ舞い、光の精霊の光を受けて、キラキラと輝いた。
 そしてまた、屋上から歓声や応援の声が響いてくる。
 続いて、くるくると旋回しながら上昇していく。空へ溶け込むように上へ上へと。
 それからまた、急降下し、百合園女学院に急接近、あわや突撃かというところで、方向を変える。
「わー、凄いな〜!」
 屋上から見ていた美咲が拍手を贈る。
 拍手や手を振ってくる客に、片手を大きく振って、栗は応えるのだった。

 学生達が提供するステージやショーなどを楽しみながら、今日始めて百合園に訪れた転入生の美咲は、ようやく運営用のテントへとたどり着く。
「転校生の橘美咲です。よろしくお願いします!」
 満面の笑顔で、静香やラズィーヤ、集まっている百合園生達に挨拶をする。
「よろしく。楽しい夜になるといいね」
「よろしくお願いいたします」
 静香と鈴子がそう答え、百合園生達も美咲に挨拶をしていく。
 ……その中で。
 よろしくという言葉は発したけれど、唯一笑顔を浮かべなかった人物――神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に、美咲はにこにこ歩み寄る。
 そして、手を伸ばして……。
「ぐに〜っと」
 頬を引っ張って、笑顔を作り出す。
 即座に、美咲の手は優子に払いのけられる。
「な、ななななにやってんの!? その人は駄目だよ」
 美咲の行いに驚いたのは桜井静香だった。
「ごめんなさい、副団長。転入生だそうだし、許してください」
 も代わりに謝っている。
 なんだかそれなりの立場な人なんだと美咲は理解はできたけれど、特に気にはせず「笑いなよ」と、優子に声をかける。
「でないと皆が笑えない。楽しい時間なのに」
「元気な転入生だな。よろしく」
 もう一度挨拶をして、優子は軽く笑みを見せた。
 それからすぐに、彼女は警備へと戻る。
「皆さんが笑っていられるように、警備についているんですよ。ちょっと理由がありまして……今は彼女に接客までは求めないで下さい」
 白百合団、団長の桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)が美咲にそう言った。

 皆から少し離れて、テントの側で警備をしている優子に、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が近づく。
 彼もまた、会場を盛り上げるために光る箒で空を飛んで、イルミネーションを描いて皆を楽しませていた。
「一人では手が足りない。白百合団の副団長として、盛り上げようとは思うだろ?」
 ヴァルは一緒に乗って客を楽しませようと、優子を誘う。
 しかし彼女は首を横に振った。
「火や高いことが怖いとか言うまいに」
 挑発気味に言ってみるが、やはり優子は首を横に振った。
「怖くはない。だが、そういった乗り物? には乗ったことがない。無様な姿は見せられないだろ、副団長として」
 言って、僅かに笑みを見せる。
「そうか。それなら見てくれるだけでいい」
 ヴァルは再び街の方へと飛んでいく。
 屋上より低く飛び、夜の街に光を振りまいていく。
 花火を待っている街の人々も、ヴァルが放つ光に目を向けていった。

 ……そうして、皆を楽しませた後、ヴァルは優子の下に戻った。
「見たか……街を」
 言葉には出さないが、ヴァルは優子にヴァイシャリーの人々が住まう街を見せたかった。人々が灯している明かりを。人が存在する証の光を。
 優子とアレナが守った灯火を。
 夜景を見つめる優子は無言だった。
「一緒に飛ぶか? 涙を見せても月しか見ていない。声も花火が消してくれるだろう」
 だから、きちんと泣いて悲しみを受け入れろ、と続けられた言葉に、優子はやはり首を横に振った。
「悲しくはない。ただ、迷いはある。いや……迷いとも少し違う。混乱、しているんだ。すべきことが多すぎて」
 言った後、優子は苦笑した。
「百合園の生徒達を守る白百合団の副団長……それが今の私の立場だが、百合園だけ、とはもう言っていられない。アレナのパートナーとしても」
 すっと、街に目を向けた後、優子はヴァルに強い不敵な目を見せた。
「もうすぐ花火が始まる。キミも楽しんでいってくれ」