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その正義を討て

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その正義を討て
その正義を討て その正義を討て その正義を討て

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第3章


 その頃の高峰 結和。
「はー……はー……はー……。ようやく、いなくなったようですね……。ところで、ここはどこなんでしょう。このままではお友達に会うどころか家にも帰れません、困りましたね」
「よお、困ってんのかお嬢ちゃん?」
「だからどうしているんですかー!!」
 正義マスクには『正義センサー』が付いているため、困った人を自動的に察知してくれるのだ!!
「そんな機能いらない〜! 誰か助けて〜!!」

 それはそれとして。火事現場であるアパートは木造の三階建て、古い建物のようで良く燃える。消防や警察に連絡は行っているものの、何しろブレイズが各地で事故を起こしたせいで交通は大渋滞、消防車が来られる状況ではない。
 こうなると周囲に火が移らないうちに建物自体を壊して鎮火する、という昔ながらの方法をせめて取るしかないが、人力の作業では思うように進まない。それに、まだ中に人がいる可能性がある場合、この方法は使えない。
 その火事現場を眺める人だかりの中に、クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)はいた。その隣にはパートナーの駿河 北斗(するが・ほくと)の姿。
「ダメね。美しくないわ」
「そういう問題かよ」
「そういう問題よ! 見てよあれ、どうやら発火装置か何かで火を着けたみたいだけど、火勢が弱いわ。ガスが出るのは不完全燃焼なのよ……」
 ぶつぶつ言いながらも、もじもじと身をよじるクリムリッテ。
「……ねえ、北斗ぉ」
「何だよ。……しかしよく燃えてるな、逃げ遅れた奴とかいなけりゃいいけど……」
「あの、私、いいわよね……だって随分……その……してないし……」
 どうも様子がおかしいと隣を見ると、頬を赤らめてうつむき加減のクリムリッテ。北斗はもう悪い予感しかしない。
 聞きたくもないがパートナーの義務として聞かざるを得なかった。
「……何を」

ほ・う・か
 漢字で書くと放火である。

 北斗が突っ込むより早く、クリムリッテは駆け出していた。
「ダメ! もう我慢できないわ! だってあんなのもう放っておけない! 放っておけないものー!!」
「ちょ! 待てクリム、何だよその対抗心! ワケ分かんねーよ!! あーもう洒落になんねーっ!!」
 クリムリッテを追って走り出す北斗。その途中で若い女性達が声を上げているのを聞いた。

「誰か助けてー! 私達の子供がまだ中にー!!」

「!!」
 咄嗟に、火事現場でバケツリレーをしている中からバケツをひとつ奪い取ると、北斗は自らその水を被り、アパートへと走っていった。
「クリムは後回しだ! まずはガキ共を優先しないと!」


                              ☆


「さーて。これからどうすっかな」
 エルザ・クェルプ(えるざ・くぇるぷ)は一人呟いた。
 場所はすでに燃え盛るアパートの中。
 パートナーをちょっとばかり怒らせてしまったエルザ、説教はゴメンだとばかりに逃げ出して街をぶらついていたはいいが、偶然火事に出くわしてしまったのである。
 好奇心むき出しにしてヤジ馬をしていたが、子供が中にいると聞かされては黙っていられなかった。
 いの一番に火事現場に飛び込み、1階の部屋に残されていた子供を玄関から外に放り出したはいいが、他の子供を探しに更に2階に上がったら階段が崩落してしまったではないか。
「飛び込んだ、までは良かったんだけどなあ……」
 パートナーがいれば魔法で何とかなったかもしれないが、と自らの行ない悔いるも、それも既に遅い話だ。
 そもそもパートナーを怒らせなければ良かったという話であり、言い出せばキリはない。
「まあいい、いざとなったら2階からダイブだ」
 とりあえず他の子供を探し始めるエルザだった。


                              ☆


「分かりました、この私に任せて下さい」
 若い美人妻に見栄を切ったのは、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)。火事現場の前を通ったら美しい新妻が助けを求めていたので、これは助けないわけにはいかないと、事情を聞いたところだ。
 何と彼女の子供が火事のアパートに取り残されているというではないか。
 敢然と炎に向っていくエッツェル。
 彼は過去、深遠なる領域に踏み入りすぎて魂を穢されていた。それにより人間よりは不死に近い身体を手に入れたことになるのだが、あえて言えばその身体はアンデッドに近い。
 当然、その肉体は炎に弱いのだ。
「ふはははは! 燃え盛る炎などで、私の行く手を阻むことはできません!!」
 だが、エッツェルは水もかぶらずに堂々と炎の中を突進して行った。当然、服に火がついて火傷を負うのだが、リジェネレーションで回復しつつ着き進むエッツェルである。
 まったく、無茶な話もあったものだ。

 一方、それを見ていた月谷 要(つきたに・かなめ)は、もう少しだけ準備がいい。
「シュバルツパンツァー!」
 最近使っていなかったパワードスーツを装着すると、普段の昼行灯姿はどこへやらと、やたらと凛々しい声を出す。
「オレは子供たちを助けつつ先に入った救助者たちのサポートをする! みんなはここで待機して、出てきた人達の救護を頼む!」
 協力はしたいが、あの炎の中に飛び込むだけの力はないという一般市民はたくさんいる。そんな人達をまとめた要は、自らは炎の中に突入しようとしていた。
 ちらりと見上げると、少し離れた場所で騒ぎの声が聞こえる、ブレイズだ。また向いの銀行には今まさに強盗が入っているという。どちらも気にはなるが、要はまず人命を優先すべきだと考えたのだ。
「ゆくぞ、シュバルツパンツァー、出撃!!」
 要はアルティマ・トゥーレと氷術を駆使して炎の勢いを弱めつつ、火事現場へと突入していった。


                              ☆


 すでに何度か現場に突入し、子供の救出にも成功しているのが無限 大吾(むげん・だいご)だ。彼は殺気感知の応用で子供の気配を感じ、まずは1階部分から効率よく子供たちを救出していた。
「お願いします!」
 抱えてきた子供を渡して、再び水を被る大吾。
「ところで、あと何人くらい子供がいるんだ? これまでにも結構助けたと思うんだけど……」
 確かに大吾が助けた子供も、エルザが逃がした子供も合わせると全部でもう10人以上。現在まだ救助に向かっている人間がいることを考えると、いったいこのアパートには何人の子供が逃げ遅れているというのか?
「実は……」
 母親の一人が、言いにくそうに切り出した。
「1階では町内の子供会が、2階では子供たちを集めて宿題を教えていた個人塾が、3階ではお誕生日のパーティでクラス全員を呼んでいたところだったんです!!」
「何だってー!!」
 思わず驚きの声を上げる大吾。それでは、まだここのいる子供たちは全体の三分の一にも満たないということなのか。
「く……どうすれば」
 その時、上空から声がした。

「話は聞きました! 諦めてはいけません!!」
 近場の建物の屋上から登場したタキシード姿の女性が、掛け声と共に大吾の前に飛び降りた。
「あなたは!?」
「私は、愛と情熱のダークヒーロー! 月光蝶仮面!!」
 マントを羽織り、蝶をかたどったマスクを着けた女性。その正体は鬼崎 朔(きざき・さく)。可愛い子供の未来を守るダークヒーローとしては、放っておける局面ではない。
「仮に何人いたとしても、助けてみせる!」
 そう言って、懐から取りだされたのは『正義マスク』だった。
「それは?」
「さっき拾ったんです。どうやら、あちこちにばらまかれているようですね。コレを使って、子供たちを助けます!!」

 とは言え、実は朔はこのマスクを使うことは乗り気ではない。かつて正義を信じ、強い憧れを抱き、そして正義そのものに裏切られた彼女にとって、正義の名のつく力を自らが行使することには抵抗があったのだ。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。自らの月光蝶の仮面の上に正義マスクを合わせると、それは蝶の周りを縁取るように重なり、ひとつになった。力がみなぎるのを感じる。
「あの光景を……二度と繰り返させるものか!! 氷牙剣!!」
 正義マスクの力でアルティマ・トゥーレを全身に纏った朔。これにより炎の勢いをかなり相殺できる。
 大吾と共に、いまだ激しく燃え盛るアパートに突入する朔だった。


                              ☆


「なあなあ、なんか『正義マスク』ってのが派手に暴れてるらしいぜ! カッコいーよなー!」
 無邪気な声を上げるのは黄 健勇(ほぁん・じぇんよん)。その話し相手はアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)蓮見 朱里(はすみ・しゅり)だ。
 アインと朱里はパートナー同士であるが、恋人同士でもある。そこに健勇ともう一人の子供を事実上の養子に迎えて四人家族、という状態になっていたので、二人はすでに恋人というよりは夫婦という位置付けだ。
 健勇は二人を父ちゃん、母ちゃんと呼ぶし、二人もそれに違和感を感じていない。今日も三人で仲良く街に買い物に来ていたところだ。
「やっぱこう、悪いヤツをバーンとやっつけたりすんのかな!」
 正義マスクの噂を楽しむ健勇だが、アインはいまひとつ浮かない顔をしている。
「ん? どうした父ちゃん? 腹でも痛いのか?」
「……いや、何でもない」
 軽く微笑んで返事をするアインだが、内心どうしたものかと思案していた。彼自身は、正義に必要なのは必ずしも力や称賛などではないと思っている。しかしそれをどう言えば健勇に伝えられるか自信がないのだ。
「……」
 朱里は、アインが内心何を考えているかは分かっているものの、同様に上手い言葉を見つけられない。何しろ健勇はまだ子供だし、難しい言葉を並べたところで意味はないだろう。
 だが、その思考は中断されることになる。偶然目撃してしまった火事現場の出現によって。

「朱里、僕も行ってくる!」
「……うん、行ってらっしゃい、気をつけて!」
 中に子供が取り残されていると聞いては、アインがそう言うのは朱里には分かりきったことだった。もともと正義を重んじる彼、止めることなどできはしない。それに養子とは言え自らも子供を持つ身、助けたいと思うのはアインと同じだ。
「救出された子供たちの救護を頼む!」
 言い残して現場に突入しようとするアインを、朱里はその手を取って止めた。
「待って! ……これを」
 自分のファイアーリングをアインの指にはめる。これで多少は炎に強くなるだろう。火事の中では気休め程度かもしれないが、無いよりはいいと、せめてもの朱里の気遣いだ。
「……ありがとう。必ず帰る!!」
 駆け出すアインの背中を見送り、朱里は傍らの健勇に声を掛けた。
「健勇、あなたも行きなさい」
「え、いいのか!?」
 瞳をキラキラさせながら聞き返す健勇、実はさっきからアインと一緒に行きたくてウズウズしていたのだ。
「いいわ、でも気をつけて。あなたの身軽な動きがきっと、子供たちを助けるのに役立つわ……父さんを、助けてあげて」
「わかった! 行って来るぜ!!」
 アインの後を追い火事現場へと駆け込んで行く健勇。それを心配そうに、しかし強い瞳で見送る朱里であった。