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イルミンスール湯煙旅情

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イルミンスール湯煙旅情
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10:00 調査隊の出発

「午後からお客様が来るわ、皆、準備を……」
 来客に向けて忙しなく指示を飛ばす縁……とそこへ……
「女将、お客様です」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)が来客を知らせる。
「え、もう? ずいぶん早いわね」
「それがその……なんと言うべきか……」
 何か問題でも起きたのだろうか、朔夜の歯切れが悪い。
「どうかしたの? 予定より早く着いたとはいえ、待たせるのは悪いわ、私が出迎えます」
 どこか不安そうな朔夜を連れ旅館の入り口まで行くと、遠巻きに人だかりが出来ていた。
「もう、皆、緊張して応対が出来ないのかしら」
 とは言え新人バイトにはよくあること、こうゆう時は下手に説明するよりも、こうすればいいという見本を示すと良い。
 そう思って縁が近づくと……
「あ、ゆかりん、大変です、ヤクザっぽい人達が……」
「きっと地上げ屋ですよ、どうしよう」
「じ、地上げ屋?」
 それは予想外だった。
 いくらこの旅館が寂れたといっても、こんな辺鄙な所が地上げの対象になるとは思えないのだが。
「あ、こっちに来ます」
 鋭い目つきで周りの人間を睨みながら、縁の方へ男が近づいてくる。
 従業員一同に緊張が走った、中には戦う為に武器の用意を始める者までいる……だが……
「久しぶりだな、女将さん」
「あ、エヴァルトさん、いらっしゃいませ」
 そう言ってエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)にお辞儀をする縁、あまりにも普通の接客態度。
「お、女将?」
「彼はうちの常連さんよ、それを地上げ屋だなんて、お客さんに失礼じゃない」
「す、すいません、旅館がこんな状態だったから皆てっきり……」
 慌てて謝罪する朔夜だが、彼の人相を見たら地上げ屋と間違ってもしょうがない。
「謝るのは私じゃないでしょ、ごめんなさい、皆まだ新人だから色々わからないのよ」
 代わりに頭を下げる縁。
「もう慣れっこだ、気にしないでくれ……それより女将さん、温泉が涸れたって聞いたんだが、本当なのか?」
「え、ええ……せっかく来てくれたのに、ごめんなさい……」
「いや、いいんだ、その為に俺達が集まったんだからな……皆、こっちに来てくれ」
 エヴァルトに呼ばれ、外に屯っていた地上げ屋、もとい温泉を愛する有志達が縁の元へ駆けつける。
「え?その為に集まった?」
 と、イマイチ状況が飲み込めずにいる縁に、つかつかと詰め寄るのは……縁と同年代だろうか……
 黒髪の少女リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)だ。
「温泉が出ないなんて、そんな温泉旅館は認めませんわ、わたくし達が温泉を直して差し上げます」
 得意げにずびしっ! と縁に人差し指を突きつけ……
「いたっ」
 突き刺さった。……額を押さえうずくまる縁。
「あ……」
 そのポーズのまま固まるリリィ。
「うぅ……い、いきなり何するのよ……」
 恨めしそうにリリィを見上げる縁。涙目だ。
「そ、その……えーと」
 固まっているリリィに周りから冷ややかな視線が突き刺さる……これはいたたまれない。
「げ、源泉はあちらですわね? カセイノさん、いきますわよ」
 旅館の裏手の方へ走っていく……後ろで頭を抱えているのはパートナーのカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)だ。
「はぁ……すまねぇな女将さん、あいつも悪気があったわけじゃないんだ」
 赤くなった額をさする縁に謝罪する。
「ええまぁ……いいけれど、いったい何なの? 温泉を直すとか言ってたような……」
「詳しい説明は他の奴に頼む、俺はあの馬鹿をなんとかしないと……」
 ……見るとリリィは温泉を辿って岩山を登ろうとしていた。
「おーい、無理すんなって」
 擬似翼を広げてリリィの元へ飛んでいくカセイノ。
「これくらい、修行と思えば丁度いいですわ」
 強がるリリィだったが、カセイノの垂らしたロープにつかまり命綱にする……とりあえずは大丈夫そうだ。

 まだ混乱している縁を落ち着かせるように、イルミンスールの教師である音井 博季(おとい・ひろき)が話しかける。
「縁さん、涸れてしまった温泉ですが、まだ原因の調査が出来ていないと聞きました」
「あ、はい、調べようとはしたんですけど……」
「その調査を私達に任せていただけませんか? 直せるかどうかはわかりませんが、原因くらいは調べられると思います」
「え、でもあの岩山を越えていくのは危な……あ……」
 そこで先程のカセイノを思い出す……たしかに岩山は足場が悪く危険だが、空を飛べるのならさほど問題にならない。
「どうやらわかったようですね、このあたりの地図があったらお願いします」
「はい!」 
 縁が地図を取りに行っている間に、調査隊の面々は準備を整える。
 中でもスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は余念が無い。万一遭難した時用に携帯食料を配って廻る。
「ま、余計な荷物になるかも知れないけどな……ってそれを言ったら空を飛べない俺自身がお荷物か……」
「そんなことないですよ〜、空を飛ぶ魔法よりもスレヴィさんの知識の方がよっぽど役に立ちます」
 空を飛べないスレヴィの為に神代 明日香(かみしろ・あすか)が魔法でサポートにつく。
 移動と探査の二人三脚、現地に着くまでは明日香の、現地に着いてからはスレヴィの出番だ。

「ごめんなさい、お待たせしました」
 縁が人数分コピーした地図を配って廻る。
「ありがとう、必ず温泉を復活させるから期待して待っててね」
 地図を受け取ったカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が箒に跨る。
「変身!」
 の掛け声と共にエヴァルトがパワードスーツ姿になる。
 周りを見ると翼で、魔法で、飛行艇で、ワイバーンで……各々が様々な手段で飛び立っていく。
「皆さんお気をつけて」
 地上には手を振って見送る縁……と、地図を手になにやら話し込んでいる二人……西尾 桜子(にしお・さくらこ)久世 沙幸(くぜ・さゆき)だ。
「このあたりが怪しいと思うんだけど、桜子はどう思う?」
「そうですね……そちらの方向で良いと思います」
 何か決まったらしく、赤ペンで地図に書き込んでいる。
「あの……お二人は一緒に行かないんですか?」
 地図に夢中で置いていかれたのなら大変だ、そう思い縁が声をかける。
「え? あー、私達なら大丈夫、大丈夫」
「私達は別行動ですので、ご心配には及びません」
「別行動?」
 訝しがる縁に対して、沙幸は得意げに笑みを浮かべる。
「私達が何をするつもりか気になる? 気になる? ふっふっふ……でも教えてあげなーい」
 そう言って箒に跨る沙幸……どうやら出発するようだ。
「……」
 続いて桜子が後ろに……どうやら二人乗りをするつもりのようだが……
「ほら、桜子、早く乗って」
「……どうしても乗らないと……ダメ?」
 桜子の様子がおかしい……体が震え、額には汗がにじんでいる……
「どこか具合が悪いんじゃ……大丈夫ですか?」
「いえ、大丈夫です」
 心配して縁が声をかけると桜子は慌てて箒に跨る。
「もー、桜子ってば遅いよ、しっかり捕まって」
 と沙幸に言われるまでもなく、桜子は腕を回し沙幸にしがみつく。
「本当に大丈夫?」
 体の震えが一向に収まらない桜子の様子を縁が心配そうに見守る中、二人を乗せた箒は舞い上が……
「い、嫌ぁ!! たかいたかいたかい! こわいこわいこーわーいー!」
 突然、桜子が暴れだした。
 ――桜子は高所恐怖症だったのだ――
「ちょっと、桜子! 落ち着いて、このままじゃ落ちちゃう」
 箒を操る沙幸が必死にバランスを取る。
 だが彼女のその言葉は恐慌状態の桜子をさらに怯えさせるだけだった。
「落ちる?! やだやだやだやだ!」
「だから落ち着いてってば、きゃっ!」
 腰に回していた桜子の手がずれ、沙幸の胸を掴む形になってしまった。
「ちょっとやだ、桜子、変なトコロ触らないでよ!」
 と言っても、この状態で手を離したら桜子が落ちてしまいかねない。
 桜子をなだめる為にも高度を落とし、低空をヘロヘロと飛んでいくしかないようだ。
「ホラ桜子、もう大丈夫だから、ね?」
「こわいよぅ……」
 桜子がもち直すまで、まだしばらく掛かりそうだった。