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リアクション
木々が折り重なる森では、小道がある比較的明るい部分と獣道をかき分けて進む木漏れ日すら差し込まない暗い部分とがある。新入生が駆け出すより先に薄暗い森へと足を踏み入れいた匡壱は、残っている大きな罠は無いかと念入りに調べているようだ。
自業自得とは言え、こんな姿を見られたら他校生だけでなく腕試しをしたかった新入生にも誤解されてしまう。人の気配を感じ、一先ず物陰から様子を見ることにした。
「おいエールヴァント。本当に女の子は来るんだろうな?」
「来るんじゃないかな? 女の子って果物とか好きそうだし、森には恐くて来られないって子には喜ばれるかもね」
共学校との合同イベントだから足を運んだと言っても過言ではないアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)は、周囲で女の子が果物に手が届かず困っていたりしないか注意深く辺りを見渡しながらエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)の後を付いていく。突然飛び出す虫や爬虫類を怖がっているかもしれないし、逆に負けん気が強く魔物退治をしているかもしれない。
(どちらにせよ、折角可愛い女の子たちが同じ場所にいるんだ。お近づきにならないでどうする!)
「何か言った?」
ノートパソコンを覗き込んでいたエールヴァントは、アルフの心の叫びが聞こえずとも彼の女好きの酷さはよく知っているので、考えていることなど容易に察しが付く。けれども今は、植物辞典と見比べて新しい知識を入れるほうが楽しいし、女の子が近くにいない今は放って置いても安心だ。
「――きゃあっ!?」
摘んだ野いちごたちを落とさないように、腕の中ばかりを見て足下が見えてなかったミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が盛大に転ぶ。しかし、そんなチャンスを狙っていたアルフは素早く彼女の側へ駆けつけ、傾く上体を支えた。
「大丈夫か? 女の子が1人でこんな所に来るなんて危ないぜ」
「大丈夫じゃないです〜っ! ミーナのイチゴさん、みんな飛んでっちゃいましたー……」
格好良くキメたつもりでも、見せられたのは上目遣いの潤んだ瞳。それはそれで美味しいのだが、嫌われてしまっては元も子もない。しかし、獣道を切り開いてきたこの場所では小さな探し物は困難だ。
「こんにちは、お嬢さん。この果物なら食べ頃みたいだけど、どうかな?」
やりとりが聞こえていたエールヴァントが、安全な物であると検索し終わった画面を見てにっこりと微笑む。『甲賀薬師の書』を持っていなかったミーナは、すっかりエールヴァントに懐きお兄様と呼び始め、さらには「真田先輩のため!」と何やら思い人の名を口にするのでアルフは面白くない。
「仕方無い、持ち帰った先での出逢いを期待するか……」
そうして手にした果物は、なかなか枝から離れない。ナイフなどを持ち合わせてなかったアルフはナンパに失敗したこともあって、半ば意地になってその果物を引っ張り続けた。
――カチッ
明らかに不自然な機械音。手にした果物の状態を確認するより早く、周辺の木から小石が雨のように降ってきた。角が丸められており、そう痛いと感じるほど勢いがついてないものの地味に痛い。別の木から様子を見ていた影月 銀(かげつき・しろがね)は、その小石を飛ばしている装置の1つをクナイで向きを変えた。
「やったね銀! 石の飛ぶ向きが変わったから、なんとかみんな他の場所へ逃げ出せたみたいだよ」
銀の隣で見守っていたミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)は、改めて銀の姿を見て心配そうに苦笑してしまう。黒装束に身を包み、人前に姿を現すことなく手助けをするのは、先輩だからというより忍者そのもの。葦原明倫館に通う生徒としてではなく、銀にとってはこれが当たり前なのだが、ミシェルは新入生が「本物の忍者がいる!」と騒ぎ出さないかと考えてしまっているようだ。
「新入生の皆には、先輩からの『愛』をプレゼントしないとね! さっきの子たちと合流して、手当してこなくっちゃ」
「……『愛』とは何なのだろうな」
小さくガッツポーズをとりやる気満々だったミシェルの動きを銀の一言が封じる。どこか遠くを見ている目線は、自分と似ているという幼なじみを思い出しているのだろうか。
「何なのか、っていうのは上手く言えないけど……銀が投げたクナイもね、愛の1つだと思うよ」
今はまだ、何かあったら面倒だとか責任感から守ってあげたのかもしれないけれど。それでも他人に無関心な銀が興味を持って助けようとした気持ちはそう呼んで良い気がする。しっくりこない顔で3人が逃げていったほうへ視線を向ける銀に説明するには、まだ傷が癒えていないのかもしれない。ミシェルは多くを語らず、銀の側で笑うのだった。
悲鳴を聞きつけた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が駆けつける頃には人影もなく、散乱する果物と小石に眉をひそめた。
(特に魔力を帯びていたような感じはしないな……精霊の悪戯でもなさそうだ)
じっと状況を分析する呼雪の邪魔をしないようヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は森林浴が出来そうなスペースはないかとピクニックバスケットを片手に探してみるが、奥地にあたるここでは少し暗すぎるかもしれない。
「ねーえー、さっきの明るい所まで戻ろうよ。ここはここで、2人きりっぽいけどさ」
ぎゅっと腕に絡みついても、呼雪は生返事すら返さない。1本の木を見上げて考え込んでしまっている。
「呼雪ってば聞いてる?」
「ああ……何かが引っかかっているらしい。少し様子を見てくるから待っていろ」 木の話は聞いていても、自分の話は聞いていない。そんな態度にヘルが頬を膨らます前に呼雪はさっさと木に登ってしまおうと背を向ける。
「だーめ! 他の奴には触らせないんだから」
「他の奴って……木じゃないか」
「木でもなんでも、呼雪が話して心配してさ。ぎゅーってするのは僕だけなんだから!」
頑なに譲らないと訴える瞳は、まだ自分が新入生の頃を思い出しているのかもしれない。
「情報を集めるためには言葉も交わすし仲間は心配するものだ、無茶は言うなよ」
「じゃあこうやって抱き締めるのは? ねえ、笑ってないで答えてよっ」
否定していないというのが最大の答え。そう心で呟いていることなど、きっとヘルは気付かないのかもしれない。
薬草図鑑に載っていたという怪しげな茸を求めて森を散策していた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は、見渡す限りに広がる緑をかき分けるように進む。全長1.5mはあろうかという巨大茸、おまけにショッキングピンクであれば目立つはず。共に探す真田 幸村(さなだ・ゆきむら)も、懸命に探してくれているようなのだが一向に見つかる気配がない。
「菌糸の触手を伸ばして人間を襲うとか書いてあったし、誰も被害にあってなきゃいいんだが……」
それでも、目撃情報があるのなら知りたい。氷藍は近くを通ったレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)へ声をかけた。
「こんな茸を見てねぇか? ぱふぱふ茸って言うらしいんだけどよ、触感はナマコみたいなヌルプニュとかって」
「……茸?」
ぺらりと目の前に出されたのは、なんと言って良いものか。ショッキングピンクで表面がぬるぬるしているからか妙なテカリがあり、傘もその液体だか菌糸だかの重さでやや垂れ下がっている。一見するとピンク色した卑猥な物にしか見えない。顔を赤くしてかたまったレリウス越しに紙を覗き込んだハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、純情なレリウスには刺激が強かったのかもしれないと彼の目を塞いだ。
「それが茸だって? 食えるのかよ」
「薬の材料となるらしいが、聞いたこともないか?」
疑いの眼差しを向けるレリウスに、幸村は自分が眉唾だと思ったのは正常な思考だったと安堵する。氷藍の頭が冴えるよう協力出来ればと思っていたが、これでは彼の謎発言っぷりを世に知らしめるだけである。
「いやー、拙者もこういった物は初めて見るので、どなたか薬に精通している方がいればと協力者を求めていだでござるよ」
「なにか探し物でござるか?」
突如現れた佐保に一同は振り返る。ハイラルはなんとかレリウスが楽しく食材探しが出来るよう、佐保に協力を求めた。
「ああ、こっちの人は薬を。オレらはこのイベントにのっかって食材探しだ」
「薬? その手にしてあるのは御輿の写真ではないでござるか。薬になるとは聞いたことはないでござるよ」
この怪しげな物体がなんであるか、佐保は知っているという。しかしそれは藍氷の求めていた答えではなく、茸どころか食用でも無い様子。せっかく体調を以前のように戻せると思ったのに、また1から情報を集めなければならない。
「……戦況が変われば、立て直せばいい。そこで手詰まりではないでしょう?」
そう口にしながら、レリウスは周囲の安全を確認する。まるで自分自身に言い聞かせているようにも感じて、じっとしていられないのかもしれない。
「おうっ! 腹が減ってはなんとやらって言うんだろ? おまえらんトコの新入生が度肝を抜くくらい、まずは食料でも集めようぜ!」
新しい交流はパートナーに新しい刺激があるかもしれない。ハイラルと幸村は考えていることが似ているからか意気投合し、必然的に薬を追い求めていた氷藍も軍人モードが抜けきらず真面目に歩いて来たレリウスも同行するしかない。目的がバラバラだった4人がなんとなく結託する様子を眺め、佐保は男同士の友情が芽生えるかも知れないと、水を差さないうちに姿を消すのだった。
匡壱らと新入生たちを見守ろうと思っていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だが、今日の匡壱は普段以上に真剣な眼差しで周囲を警戒しているのを見て、ハイナに報告を入れるべきかと様子を伺っていた。
(これだけ他校生が多ければ、気遣いとしては理解出来ますが……新入生の力試しとしては如何な物か)
これはハイナの望んだ結果なのか、匡壱の独断であるのかは唯斗にはわからない。ひとまず手土産になりそうな果物でも物色し、待たせてあるパートナーたちはどう過ごしているのかと思いを馳せる。
のどかな草原、爽やかな風。ハイナと楽しく過ごしていればと願うには――唯斗がハイナの下僕である以上、難しかったのかもしれない。
「こんなに良い香りをさせておいて、食べる物が無いとはどういうことでありんす!?」
ジェイダスと歓談していたはずのハイナは、漂ってくる香りに負けて辺りを見回した。料理の腕に自信のあるエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が、材料の到着まで手持ちの調味料と手近にあったハーブで白身魚や野菜に合いそうなドレッシング、どんな肉がきても対応出来るのではとエメの提案で酸味の効いたソース。デザートには果物のコンポートでもとシロップまで煮詰めてみて、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)や周囲にいる面々と味見をしていたのだ。
「これ! その美味しそうな物を、早くわっちらにも振る舞わぬか!」
「ソースしかないと言っておるだろう。材料を新入生に取りに行かせたのは、おぬしではないのか?」
「唯斗兄さんたちが、早く持って来てくれれば良いのですけど……」
到着するのが昼時ならば、今日の昼食は遅くなることぐらい誰もが覚悟していただろう。もしかしたら、個々にお弁当をこっそりと持って来ている人もいるかもしれない。けれども、我慢する気でいたのと美味しそうな香りに我慢が出来るかどうかは別問題で、ハイナは何度目かのお茶のお代わりをし空腹を紛らわすことにした。
「しかし、こうも風にのって香りが運ばれてくれば気になるのも必然か。誰か余興は無いのか?」
ジェイダスの無理難題に、休憩所を利用していた生徒は顔を見合わせる。けれどもプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は、小さな石のようなものを持って、ジェイダスたちの前に現れた。
「では、こういうのはいかがでしょう。4人で試合をするもののようですし、手合わせ頂けませんか?」
にっこりとプラチナムが微笑んで見せたのは麻雀の牌。料理があまり得意でない彼女は、1人草原に出るでもなく雀卓の準備をし始めた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が気になり、簡単にルールを教わっていたようだ。後ろでは転校してきて間もないのか、校長に麻雀を勧めることになってしまった泰輔が、少し恐縮したように話へ加わった。
「黙々とするだけやのうて、同じ卓を囲んだ仲間っちゅーか……勝ち負けよりも話を弾ませることが出来ればと思って持ってきとったんですけど」
賭け事に使われるそれは、あまり良いイメージを持たれていないのかもしれないが、平和主義者の泰輔にとってそれだけの物ではない。お金も大好きだが、今回の目的は違うのだと主張する彼に小さな笑いがおき、空腹を紛らわすために卓を囲むこととなった。