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四季の彩り・ぷち~海と砂とカナヅチと~

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四季の彩り・ぷち~海と砂とカナヅチと~
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リアクション

 
 
「問題は無さそうですが、帰ってからもメンテナンスは必要でしょうね」
 スカサハを交えた機晶姫3人娘は、ビーチパラソルの下で一応身体のチェックをしていた。アクアは何故か工具を持ってきているし、海水はただの水ではなく塩水なので錆びないかどうかとかの簡単な点検だ。
「それにしても、海は機晶姫にとって意外と厄介なものなのですね……」
 そして彼女達の前では、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)がビーチボールを膨らませていた。ボールがパンパンになったところで栓をし、気合いたっぷりに立ち上がる。
「折角海に来たのです。遊ばなければ損ですわ! ビーチバレーをいたしますわよ!」
 そうして、ノートは伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)に向かって言った。山海経は、胸に『さんがいきょ』というゼッケンをつけたスクール水着姿だ。
「山海経! チームを組んで望をコテンパンにしてやりますわよ!」
 前日まで海行きを教えなかったのを、まだ忘れていないようだ。
「ビーチバレー、ですか?」
 アクアは工具を持ったまま、気が進まなそうに眉を顰める。このまま、機晶姫の仕組みについて話しながら作業を続けていたい気分らしい。しかしまあ、ここは海であるからして。
「なぁに、何も考えずに遊び倒す事も時には必要じゃよ、アクア」
 気軽な調子で、山海経はアクアに話しかけた。ビーチボールを持って先にコートに歩いていっているノートを目で追って肩を竦める。
「まぁ、ノートほど考えなしになったら、終わりじゃがの」

 望とアクア、ノートと山海経が、ビーチバレー用のネットを挟んで対峙する。
 ノートは無駄に仁王立ちで、望に向かって宣戦布告した。
「日頃から色々と溜まった鬱憤を晴らしてあげますわ、望!」
 前言撤回である。今回だけではなく、何だか色々と忘れていないようだ。続けて、彼女はアクアにもびしっと指を突きつける。
「あーなーたーも! 何かとわたくしへのぞんざいな態度、改めさせてやりますわ!」
「ぞんざい……ですか? そもそも、ぞんざいにした覚えすらないのですが……」
「……な……なんという……!」
 思ったままを口にした、という感じのアクアにノートはヒートアップした。擬音で現したら『むきーーーっ!』あたりが適切かもしれない。
「その物言い、後悔させてさしあげますわ! さぁ、勝負です! 山海経!」
 背後に炎がメラメラと見えそうな勢いで振り向かれ、山海経はやれやれと溜息を吐いた。
「まぁ、海もアクアと遊ぶのもいいんじゃがの? 何故にそなたと組まねばならんのじゃ……」
 そう言いつつ、ビーチボールを構える。まあ、やるからには勝つつもりでいくが。
「では、いくぞ……そーれっ!」
 山海経の打ったサーブが、ぽーん、と弓なりに空を舞った。

「勝負ありましたね、お嬢様」
「ま、負けましたわ……!!」
 結果、膝と掌を砂につけた体勢で、ノートは悔しがるはめになった。割とボロ負けである。
「ふむ……やはり運動は少々苦手だのう」
 山海経はそう悔しそうな顔もせずにビーチパラソルの下に戻っていく。望も彼女に続き、コートを出た。荷物番でもするつもりなのだろう。
「終わり……ですか」
 ノートの他にコートに残っているのはアクアだけで、彼女も特に勝利の喜びとかは感じないままに試合の場を後にする。ビーチバレーは初めてだしバレーの知識自体も以前にテレビで見た程度でルールは殆ど知らない。だが、見よう見まねでボールを打っていたら勝ってしまった、という感じだ。
 割と長く日差しを浴びていたし、シロップ無しのカキ氷でも買って機体を冷やそうかと海の家に向かう。しかし、そこでアクアは――
 海という舞台に甚だそぐわない格好をした人物を前にして、足を止めた。

「おや、お久しぶりですねアクアさん」
「貴方は……」
 その男は、全身を黒いローブで覆ってフードを目深に被っていた。
 夏の海。皆が半裸で浜を歩く中で、肌を全く晒していない姿は異質そのものだ。怪しさ爆発であったが、本人は特に気にしていないらしい。
 だが、お久しぶりですねと言われるだけあって、アクアは彼の『声』に覚えがあった。
「あなたのエッツェルですよ」
 しかして、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は彼女にそう挨拶した。白い帯に包まれた口元が、微笑みを形作る。
「…………」
 アクアは眉一つ動かさぬまま、他人が聞いたら誤解するような彼の発言に冷静に対応した。
「私は、貴方を我が物にした覚えはありませんが」
「おや、そうでしたか?」
 おどけたように肩を竦める。ローブは前みごろすら閉じられていて、首から下がどうなっているかは不明(アンノーン?)としか言いようがない。暑苦しいことこの上ないが、アクアはそれについては言及しなかった。エッツェルが、所謂アンデッドの類であることを知っているからだ。彼にとって、自然現象など瑣末なことなのだろう。
「貴方は……、見ない間に色々あったようですね」
 何があった、とは訊かない。単純に興味が無かったというのもあるが、他人の事情は他人の事情。全く別の場所で動いている事柄に関わるつもりは毛頭無い。
「……ええ。あなたも」
 エッツェルは一歩、彼女へと近付いた。姿は変貌しても、行動や纏う雰囲気は変わらない。
「ずいぶんと可愛らしくなりましたね……口説かずにはいられませんよ?」
「…………」
 その軽口に、アクアは少し下がって彼をねめつけた。下から、少し上目遣いに。
「海に何の用です? その姿ではやることもないでしょう」
「それはもちろん、ナンパに来たのです」
「……………………」
 アクアの沈黙が2倍になった。
 ちなみに彼にナンパされた女子は、セクハラされたような気分になってげんなりして海を後にするものが多い。言葉のチョイスにも問題があるらしい。海の家からしてみればなんという営業妨害だ。
「……では、今のもナンパですか? どうせ、似たようなことを他の異性にも言っているのでしょう」
「可愛い人にしか言いません。可愛いは正義ですから」
「…………!」
 にっこりとした笑みを向けられ、アクアは今度こそ動揺を表に現した。エッツェルは歩き出し、何も言えなくなった彼女にすれ違いざま囁きかける。
「あなたの掴んだ未来は光に溢れていそうですね……、お幸せに」
「……?」
 その声色から何か真面目なものを感じ取り、アクアは振り向いた。
 しかし、その先では――
 ナンパに興じるエッツェルの黒い背中しか見えなかった。

 そして、海でローブに身を包む者がここにも1人。
 シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)は、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)と一緒に波打ち際に立っていた。偶には思う存分食べて、飲んで動くのも悪くない、と思って海に来ていた。それ自体は普通である。
「さて、少し摘んで来るとするかの」
 そう言って、手記は海の中へ進んでいく。
「行ってらっしゃい」
 海に来て海に入るのは普通だし、同行者がそれを見送るのも普通である。
 あれ? でも、ローブのまま……? ローブのまま入るんですかお客さん……?
 その時。
 突如として手記のローブから大量の黒い触手が飛び出した。触手はそれぞれに絡まりあい、瞬く間に巨大な魔物の姿となる。
 魔物『触龍』である。頭部らしき所に、ローブを着た小さな手記が見えた。
 そう、手記はこの姿で『海の幸を』食べ、酒ではなく『海水を』飲み、『泳いで』動きにきたのである。とはいえ、生態系に影響を与える程に食べる気はない。
 そのまま海へ身投げした触龍に、ラムズはのんびりと声をかけた。
「周りの方に迷惑を掛けないようにして下さいねー?」
 ちょっとした事故レベルに盛大な水しぶきを立てて潜っていった触龍にそれが聞こえたのかどうなのか。
「……さて、少し暇になってしまいましたねぇ」
 見送りが済むと、付き添いで来ただけのラムズは浜辺を見回す。遊びに興じていた客が、目がギャグマンガ的表現で飛び出さんばかりに驚いていたが――
「もう歳ですし、1人で海ではしゃぐのも何か寂しいですし……釣竿でも借りて、海釣りでもしますか」
 ――記憶だけでなく、偶には時間を忘れるのも良いかもしれませんね。

              ◇◇◇◇◇◇

「わっ……」
 波のあおりを受け、レムテネルは少しばかり驚いた。触龍入水時に荒れた波は時と共に収まり、水面から見える触手の影はみるみるうちに遠ざかっていく。捕食場所を次々と移しているのだろう。
 今は休憩時間。先程まで炎天下で料理をしていただけに、海水の、微妙にぬるい冷たさが一際心地いい。のんびりと泳ぎながら、彼は賑わう海の家に目を遣った。
「いい気持ち……、今度は遊びに来たいですね」

「もふもふです……モフタンもふもふ……」
 もふもふもふもふもふもふもふもふ。
 赤羽 美央(あかばね・みお)は、ペガサスのアンブラに乗って海上を飛んでいた。彼女のお腹には、パラミタキバタンのガーマル・モフタンがいる。
(モフタンは心の友です。来てくれると思ってました)
 水着姿の素肌に、モフタンのお腹がやわらかく触れている。日差しは暑いけれど、 空を飛んでいるからそう暑さは感じずに心地よい。それに、モフタンの温かさはまた別だ。
「今日はモフタンとデートです。えっへん」
 もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ……
「海です。どうですか? モフタン。自分で飛びながら見るのとは違いますか?」
「ウミ、ウミ、タノシイ、タノシイ」
 美央の上で、モフタンはバランスを取るように羽を上下させる。たまにバランスを取る必要もあるようだ。
 といっても、基本的にはのんびりしていて、半ば座るように足を折ってお腹を膨らませている。もふもふしたいならするがよい、という心境らしい。
 だが、さしものモフタンも美央の考えは想像しきれていなかった。
 美央は――
(ところで、モフタンも海鳥みたいに泳ぐことができるのでしょうか? 鳥だから、きっと泳げますよね)
 とか思っていて。
 ゆるゆる気分のモフタンを、後ろから狙っていた。
 そーーーーっ〜〜〜
 しかし、そこでモフタンは気付いた。がばっ、と捕まえにかかった美央の両手を間一髪飛んで逃げる。
「むーー、失敗しました……」
「べべべっ!!」
 一応ではあるが抗議の意を示すためにモフタンは怒る。美央にはこれまでにも何度もがしっとされていたが、今のには若干違う空気を感じたのだ。動物の第六感というやつだろうか。
 アンブラに乗ったまま、美央は頭上を飛ぶモフタンを見上げる。
「怒ってしまいましたか……モフタンと一緒に海の中にダイブしようと思ったのですが。魚とか取れますし、海中もきっと、きれいですよ」
 それを聞くと、モフタンは再び美央のお腹に着地した。ばっさばっさとその場で羽ばたき、言う。
「モフタン、オヨゲナイ、オヨゲナイ。サカナ、スキ」
「泳げない? そうなんですか……」
 美央は少し残念そうにしてから、むーーーー、と考えてそれから、言った。
「でも、魚は好きなんですね。それじゃあ、私がお魚をとってきます。いっぱい取れたら、焼いて一緒に食べましょう」
 そうして、美央はアンブラから海にダイブした。海中では相変わらず触龍が捕食を楽しんでいたがそれはともかく。
(海、きれいです……。でも、お魚はすごい勢いで食べられていますから、少し遠くで探した方がいいですかね?)