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リアクション
第16章 珍ジュースの正体は
『海開きだってさ。アリサも行ってみようぜ』
今年も忙しそうで、いつ来れるか知れない。今のうちに楽しんでおこう。
都合が悪かったら仕方無いと思っていたが、ちょうど予定が空いていたようでアリサ・ダリン(ありさ・だりん)は誘いに乗ってくれた。
「どれくらい振りだろうな、海なんて」
そして今、宙野 たまき(そらの・たまき)はアリサと一緒に海に来ていた。
「私も砂浜に面した海に来るのは久しぶりだ。随分と盛況なようだな」
お互いに天御柱学院の公式水着姿で、浜を歩く。たまきは海でくつろげるグッズをいろいろと持ってきていて少々荷物が多かったが、そんな彼と彼女が2人で並んで歩く姿はどこか初々しく、見る者に微笑ましさを与えるようだった。
空いた場所を見つけ、たまきはビーチパラソルを立て始める。
「そうだ、アリサは何か飲み物を買ってきてくれないか?」
「……わかった。行ってこよう。何でも良いのだな?」
「ああ、何でも」
ただ立っているだけではつまらないし、とアリサは海の家に向かった。
その途中。
海の家に行く手前で、アリサは何やら人の集まる一角を見つけた。何があるのかと覗いてみると、子供用プールに水と氷が張られ、中に5種類の色をした350ミリペットボトルが入っている。ペットボトルにはラベルが無く、中身の正体は判らなかった。
気のせいか、周囲の客が似たようなボトルを持ってグロッキーになっている気がするが――
「いらっしゃい」
アリサに気付き、売り手である毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は彼女に目を向ける。
「これは何を売っているのだ?」
「それは、買ってからのお楽しみというやつだよ。先に言っておくが、返品と苦情は受け付けないからな」
にやりと笑うが、何とも怪しい。偶には真っ当に商売してみたい、と大佐はどこからかビニールプールを拝借してこうして飲み物を売っているわけだが――
「まあ各色、外れはせいぜい15%位だ。ゲーム感覚で買うのもいいんじゃないかね」
――あまり真っ当な商売でもないようだ。
「ふむ、それなら……」
グロッキーになっている客は運が悪かっただけということか。
アリサは、炭酸入りの黒いボトルと、普通の透明のボトルを購入した。念のため、海の家で100%普通なジュースも1本買う。
大佐は言っていなかったが――透明のボトルのハズレ確率は50%である。
「たまき、買ってきたぞ」
アリサが戻ると、たまきはビーチパラソルの他に簡易テーブルを用意していた。ビーチベッドも2つ並んでいる。アリサは大佐とのやりとりを簡単に説明して黒い方のペットボトルを渡す。
「中身は判らんが、15%なら多分大丈夫だろう」
「あ、うん。ありがとう」
ボトルはよく冷えている。暑い環境では一際美味しそうだ。たまきはキャップを開け、黒い炭酸飲料を飲んでみた。普通のコーラ……いや違う。これは違う。微妙に醤油の匂いが……。飲めないことはないが2本目はいいです、という味だ。
「醤油……?」
アリサはどうだったのかと見ると、彼女は何かとんでもないものを当てたのか何か苦そうな顔になっている。
「に、苦……苦いだけの水のようだな。返品苦情不可……なるほど。そなたのは醤油が入っているのか?」
「ああ、そこまでひどい味じゃなかったぜ。決して美味くはないけど」
「少々興味がある。飲んでみてもいいか?」
そう言って、アリサはたまきの手から醤油味のソーダを受け取り、口をつける。
「む……、確かに何とも微妙な……だが、面白いな」
しかし全部は飲まず、彼女は買ってきた普通のジュースで口直しをする。そして、それをたまきにも勧めた。
「どうだ? やはり、オレンジジュースは美味いぞ」
◇◇◇◇◇◇
たまきとアリサがオレンジジュースで口直しをしてビーチベッドでのんびりし始めた頃。
ファーシーはリアから木刀のフロンティアを借りて振りかぶっていた。西瓜という野菜に向けて。まあつまり、割る為に。
「わたしもスイカ割りやりたいなあ……」
昼食後に本人がそう言い始めたのが契機でそれは始まった。フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)をはじめ、まだスイカ割をやっていないテーブルを囲んでいた皆の声を聞いてあっちにふらふら、こっちにふらふらと木刀掲げたまま歩いている。
これまでに何度か描写してきたウォーターメロン割りであったが、中々に盛り上がっていた。だが、そこにアクアの姿は無い。彼女は――
『え? アクアさん、やらないの?』
『私はやりましたから。先に着替えてきます』
という会話の後、一足先に私服に着替えに行っていた。そして、Suica割りは今、佳境を迎えている。
「えっと……え、ここ!? ここなの?」
突然、皆がそこだそこだと騒ぎ出し、ファーシーは何も見えないままに立ち止まった。
「思いっきり行けよー? そうじゃないと、お前の力じゃ当たっても割れねーぞー?」
「え……? そ、それ、どういう意味よ!」
無闇にきょろきょろしているうちにフリードリヒのそんな声が聞こえてきて、ファーシーは何だかムキになって開き直り、一気に木刀を振り下ろす。
ぽけ。
何か、手ごたえがあった。