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夜空に咲け、想いの花

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夜空に咲け、想いの花
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リアクション

3/ 地に咲く花火

 木本 和輝(きもと・ともき)が、櫓の上で熱弁を振るっている。
 彼の告白──いや、主張は、恋愛以外の『愛』について。……といえばなんだか高尚で、聞こえもいいのだけれど。
『いやぁ。愛ってのは、いいもんだ。……すごく、いいモンだと思う。だからちょっと、俺の話を聞いてほしい。世間から疎まれがちな『愛』のかたちについて、聞いてほしいんだ』
 実体はもっと切実で、生々しくて。生臭い部類の論である。
 ……曰く。
『そもそも、おかしいだろ? だって、愛ってのは恋愛だけじゃなくてそれこそ、いろんなのがあるんだよ。二次元への愛とか、フィギュアへの愛とか、鉄道模型への愛とか…これらの愛も、さっきまでの人たちと同じ熱い思いなんだから。これらだって、愛のはずだ』
 ──ということである。
 四季 椛(しき・もみじ)はそのように語るパートナーの様子を見ながら、苦笑していた。
 けっして、間近ではない。たぶん和輝は目ざといから、顔見知りの椛なんかが櫓のすぐ下で笑っていたら見つかるし、笑うなそこ、と怒られる。
 だから少し離れたここ、祭りの中心からは少し外れた芝生の中庭から、パートナーのことを椛は、見守っているわけだ。
「あはは……。皆さん、戸惑ってますよ、和輝さん……」
『もちろん、俺もそういった熱い想いを持っている。俺が好きなのは、外形年齢が中高生くらいの女の子だ! 未発達でも、発達後でもない発達途中という貴重な時期にいる彼女達は、どうしようもなく可愛いだろう? 可愛いんだよ! すごく、ものすごく! それなのに、一部の人は、彼女達を可愛いというだけで、人をロリコン扱いしやがる……! 犬や猫を可愛いと思うように彼女たちを可愛いと思って何が悪い! そうだろ、みんなっ!』
 同意を求めて、和輝が拳を突き上げる。インテリ風に言えば、マイノリティの愛について語っている、といったところなのだろうけれど……。
「リアクションに困ってますって、みんな」
 肩を竦めて、椛は溜め息ひとつ。そして見つめていた櫓の上から、sッ周囲に視線を移す。和輝の主張はもう少し続くとして。彼についていったもうひとりのパートナー、水引 立夏(みずひき・りっか)の出番も、もう少しあとだろう。
 派手に打ち上がる夜空の花火とは対照的に、けれど同じくらい無数に彼女の周囲には、光の花がそこここに咲き誇っている。
「ほんと、普通の線香花火と変わらないんですね」
 ある者たちはカップルでぱちぱちと音をさせる花火を握り。またある者たちは、幾人かで固まって、身を寄せ合いか細くもたしかに音と光とを放つ想いの火を、囲んでいる。

「ここ、いいですか?」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)へと訊ねた眼鏡の少年、皆川 陽(みなかわ・よう)はイカ焼きを片手に、おそらくもらえるだけもらってきたのだろう、もう一方の手には大量の線香花火の束を握り締めていた。
 どうぞ、と雄軒は頷く。
 彼らの手の中にもまだ数本ずつ、線香花火があった。
 雄軒は恋人である女性……シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)の肩を抱くようにして、彼女を傍に寄せる。
「ほーら。マッシュ、あんたも場所空ける」
 魄喰 迫(はくはみの・はく)が彼らに続き、隣の少年に促す。
「ちょっと待ってよぉ。ミスティ姐さんが尻尾掴んでるから、力抜けてるんだってば」
「放したらどうせすぐどっか行くでしょ。んで、だれかれかまわず石化させるのは目に見えてるんだから。ほら、きりきり動く」
 口を尖らせる、一見どうみても少年の三十代。マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)……隣から彼のことをずりずりと押す、ミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)
 いっぱいあるからよかったらどうぞー。陽が屈みこみながら、雄軒たちとの間に握っていた線香花火の束を置く。
「へえ。思ったよりすぐに火がつくものなんだなぁ」
 その隣に、同じように座る陽のパートナー。
 テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)の手の中で既にぱちぱちと、線香花火は音を立て始めている。
「面白いねぇ」
「ほんとに」
 快哉をあげる二人。その様子を横目で見ながらマッシュは、もうすぐ消え入りそうな線香花火がひとつ、自分たちの囲む中にあることに気付く。
「シャノンさん、消えかけてる」
「え? ……あ、ほんとう。次だな」
 音が、光が小さく萎んでいく。
 しかし彼女が次の線香花火に手を伸ばすまでもなく、目の前に新しいものが差し出される。
「──雄軒」
「せっかく、そちらの二人がどうぞって言ってくれたんだしね。使わないと」
「……ありがとう」
 陽たちに会釈をする雄軒、そしてシャノン。
 花火を受け取ったシャノンの手を、そのまま雄軒の掌が包み込む。
 ほどなく、二人分の想いを受けたその先端に、火が灯る。
 一人分で灯ったそれよりも心なしか明るいように見えるのは、気のせいだろうか?
 いいなぁ。陽がぽつり、呟いた。
「──あと、あっちもすごいなぁ」
 櫓の上では、まだ演説が続いている。

「──あと、あっちもすごいなぁ」
 言われてますよ、和輝。とある一団から聞こえてきたその声にもう一度、椛は苦笑を噛み殺さざるを得なかった。
 椛の視線の先、遠くに見える櫓には両手を挙げて満足げに退いた和輝への、疎ら気味で遠慮がちな拍手が周囲から降り注いでいる。
「……っと。いよいよ立夏さんですか」
 ここからでは、その表情までは見えない。しかし和輝と入れ替わりに櫓へと立った少女はきっと、緊張の面持ちのはずだ。
『今日は。感謝を──ありがとうを伝えたい人が二人います。だからあたしは今、ここに立っています』
 感謝、か。立夏らしいな、と椛は思う。
『まず、最初に……お兄ちゃんへ。ずっと見守っていてくれた、そして帰ってきてくれた、冬樹お兄ちゃんへの、ありがとう』
 なるほど──背中に当たった、街路樹の幹へと体重を預けて、椛は納得する。彼女の兄・冬樹を蘇らせたのは他ならぬ、ネクロマンサーの椛であったのだから。
 互いを大切に想っていなければ、復活なぞ望まない。
「よかったですね、冬樹さん」
 照れているのだろうか、その名の青年が宿る腕の中のぬいぐるみは、無言を保っていた。
 まあ、いいよね。兄と妹、これからいくらでも時間はあるのだから。第三者がいるときくらい、沈黙したままでも。笑い、椛は顔をあげる。
『それと──もうひとりは、そんなお兄ちゃんを蘇らせてくれた人。椛お姉ちゃん……椛姉に、感謝を伝えたいです」
 ──へ?
「わ、私……です、か?」
 そんな穏やかな表情が崩されたのは、壇上の彼女が自分の名前を呼んだから。
 聞き間違いではない。はっきりと立夏は、ありがとうを伝えるべき相手として椛の名を口にした。
『椛姉がいてくれたから。椛姉が冬樹お兄ちゃんの願いをかなえてくれたから。だから今、あたしはお兄ちゃんと一緒に暮らせています。それがあたしには今、ものすごく幸せで、ものすごく嬉しいことで』
 そこで一度、立夏は言葉を切る。
 顔をそっと──瞳を拭う、きっとそこに浮かんだ涙をはらったのであろう仕草が遠目に、椛にも見えた。
 彼女から感謝されている張本人が自分である。なんとなく実感が沸いてきて、ちょっとじんとした。
『だから、二人には感謝してもしきれないくらい、ありがとうがいっぱい。そんな気持ちで、今ここで、二人に伝えたいです』
 櫓のまわりも。椛も固唾を呑んでいた。
 大きく、立夏が深呼吸をした。
『──「大好きだ」!……──って。ほんとうにほんとうに、二人とも、大好きだよ! お兄ちゃん! 椛姉!』
 歓声と拍手が、間違いなく笑顔だったろう彼女の言葉を覆う波のように、櫓めがけて押し寄せていった。
「立夏……」
 これじゃあ。冬樹さんのこと、笑えないな。
「まったくだ」
「……ええ、ほんとに」
 腕に抱いたぬいぐるみの呟きに、いつの間に心を読まれたんだろうと苦笑しながら、椛もまたそっと、自身の眦に浮かんだあたたかい涙をはらったのだった。

 身近な人への感謝、か。
 兄と恩人への想いを口にする声は、祭りから──それこそ、椛のいた場所からすらさえも離れたこの場所にも十分に、届いていた。
「……戻るか。帰ってきていなかったら、ゴルガイスが心配する」
 少しだけ、覗いてみようと思ってグラキエスは体調不良を押し、花火大会会場となったこの夜の蒼空学園へと出てきてみたのだが。
 やはりまだ、本調子でない。人様に迷惑や心配をかける前に戻るのが、賢明だろう。
 ──しかし。
「こんなにもあちこちに線香花火の花が咲いているとはな」
 祭りのメインステージははるか先のはずなのに。緩やかな階段や、ベンチや。花壇の縁や、芝生へとあちらこちら、浴衣姿の手元に光を花開かせている者たちの姿が見える。
 ……悪くない。帰ってきたら、率直な感想をゴルガイスに伝えよう。
 彼への日頃の、感謝とともに。

「……なぁに?」
 神崎 優(かんざき・ゆう)とそのパートナーたちも線香花火を花開かせる、そんな一団だった。
 身近な人への、感謝。……想い。その発現としての声を耳にしたとき、思わず優は自分にとってかけがえのない女性、同じ花壇に腰を下ろし花火を見つめているパートナー、妻である神崎 零(かんざき・れい)のことを見つめていた。
 そして零が、優の視線に気付いた。こちらをきょとんと、彼女は見返し首を傾げる。
「どうかした?」
「──いや、その」
 ほんの僅か、発言を逡巡する。自分が言おうとしていることはあまりにも、直接的すぎやしないだろうか。
 まあ、いいか。今夜はもう大勢、ストレートに自分の気持ちを叩きつけて言ったあとなんだから。
 櫓の上でなくたって、言っちゃいけないルールなんてない。
「きれいだなって。浴衣じゃなく、ほら、零が」
 やっぱり、実際に口にしてみるとそれは些か、直球過ぎた。
 案の定というか、一瞬零は目を驚いたように見開いて、それからぱちくりと瞬かせて。
「……ありがとう。嬉しい」
 笑っていた。視線を花火へと戻しながら──微笑んでいた。
 言ったこちらは気付けば真っ赤になっているというのに、あちらは余裕たっぷりだ。
「優。ひとつ訊いてもいい?」
「……うん?」
 もしも、と彼女の言葉は紡がれる。
 線香花火を見つめたまま。それはきっと、率直に零にとっても思いついて、訊いてみたくなったこと。
「もしも今、櫓の上にいたとしたら、どんなことを告白する?」
 言い切る瞬間にだけ、零の上目遣いがこちらを見た。
「どんなこと……そうだなぁ」
 ちょっと、考える。
 もし自分が校舎の向こうに聳えているあの櫓の上に立って、なにかを言う立場にあったとしたら。
 優は一体、なんといっていただろう?
「私はね、優」
 こちらの答えを待たず、再び零は口を開く。
「あなたと結婚ができたこと。優と結婚してとっても幸せです! ……って言うと思う」
 そこで、零の視線は上を向いた。
 ずっとずっと先。遠くに聞こえる喧騒の中心、想いを吐き出すその櫓へと、彼女は自身の言葉の行き先を向けていたのだった。
「……それは、その。恥ずかしいって」
「ほんとに、こういうの苦手なんだから」
 くすりと、彼女は優の返事に笑った。
「わかってて結婚したんだろ?」
「もちろんよ。──私の、旦那様。この世界でたったひとり、あなただけ」
「恥ずかしいってば」
 優ばかりが赤くなる。なんだか少し、こっちばっかり不公平だな。どうしたものか──……話題を変えようと、足元にしゃがみこんだ二人へと優は視線を移す。
「今の優たちのやりとり、櫓の上で見たかったなぁ」
 話題を変える。優としては、そのつもりだった。けれど線香花火に興じる少年……神代 聖夜(かみしろ・せいや)はいたずらっぽく、からかうようにそんなことを言ってにやり、笑う表情をこちらに返してきた。
「う」
 少しばかり、鼻白んだ。そしてとっさ、言い返す優であり。
「そう言う聖夜、お前だって。さっきから刹那と花火やってるのに黙ってばっかだろ。なんか言ってやったらどうなんだ」
「──? 私、ですか?」
 そして不意に話を振られて、聖夜の向かい側でやはりしゃがんだまま顔を上げる、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)
 私がどうかしましたか? とでも言いたげにしげしげと交互、三人の顔を見比べていく。
「ほら」
「……う」
「あ、私も聞きたいかも」
「れ、零まで?」
「?」
 やがて、刹那の目線は聖夜の顔に固定される。まっすぐ見つめる瞳と、見つめられる少年という構図ができあがる。
「聖夜? そなた……」
「ああ、いやほら! 浴衣!似合ってるなって!」
「え……」
 刹那の身を包んでいるのは、桜色の浴衣。たしかに優も彼の言うように零の見立てたそれは刹那の顔立ちによく似合っていると思う。
 それから。今日のうちの女性陣はよく笑うな、とも次の瞬間には思った。
「……ありがとう」
 聖夜の言葉に、心から嬉しそうに刹那がそう応じ、笑顔を見せたから。
「あ。聖夜の花火、消えそうです」
「やべっ」
「次のやつ、出すか」
 皆が笑える夜。なにも今日この夜だけが特別、そうというわけではない。
 しかしそれでも、笑える。笑いあえることは素晴らしいな、と優は素直に感じていた。
 願わくば、こんな時間がいつまでも続けばいい。
 思い、願い。彼もまた、笑っていた。