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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

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新年祝祭舞踏会~それより私と踊りませんか?

リアクション

 2

「あ、あの……母上、やっぱり帰りませんか?」
 と、懇願するような声を上げる。
 真田 大助(さなだ・たいすけ)が母であるところの柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)によって、ホール外れの更衣室前に引き連れられて来た。
「郷に入っては郷に従え、と。昔から言っただろう?」
「この格好ですら死ぬほど恥ずかしかったというのに……!」
「大丈夫だ死にはしない。耳と尻尾はいいと思うんだが……ドレスコードというヤツがあるかもしれん。着替えなきゃダメだろう」
「む、無理――無理です! やっぱり帰りますー!」
 言うなり、大助が駆け出した。
「あ、こら、逃げるな! 誰か、その子を捕まえて――そして男の娘にしてやって!」
「容赦ない! 誰か助けて!」
「――任せろ!」
 氷藍に追いたてられた大助の前方にメイド服の少女――実のところは男の娘だが――が表われた。
 大助がぱっと顔を明るくしたのもつかの間、メイド少年ことヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)が――大助の身体を取り押さえた。
「任せろって、そっちですかー!?」
 悲鳴を上げる大助を、駄目押しとばかりにセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)が押さえつける。
「諦め時を見誤らん方が身の為だぞ……」
 鎧を纏った巨躯が――大助からしたら女性にしか見えなかったその人が、低い、「漢らしい」声で呟いた。響きに同情の念が滲んでいた。
「仕事だからな、コレが。一応警備の仕事だろ」
 ヴァイスが笑いながら言う。
「はっはっはー! 良かったな、大助! 大丈夫だ、俺も手伝う」
「何も大丈夫じゃないですよ!?」
 とん、と。うなだれた肩に手を置かれた。
 更衣室から出て来たばかりの神崎 優(かんざき・ゆう)神代 聖夜(かみしろ・せいや)が、気の毒そうに大助の顔を窺っていた。
「まぁ……なんだ。なるようになると思うぜ」
 優が言う。
 彼自身メイクをするのなんて今日が初めてだったし、今までにスカートを穿いたことももちろん無かった。
 それでも。
 アリかな――と、鏡を見て思ってしまった。
 落ち付いた髪色のウィッグで顔の輪郭を隠してしまえば、かえってはっきりとした顔立ちが映えるようだった。
 服にしたって、こんなに派手なドレスなんて女性だからと言って日常的に着たりはしない。
 スカートの裾が床に触れるのを気にしながら、仮装大会か何かだ、と思いこんでしまえばひとまずは諦めがついた。
 それに――これなら見た目で自分だとバレることもないだろう、そう思った。
 目元がくすぐったくなって思わず目を擦り掛けるのを、
「駄目だ、優。アイメイクが崩れるぞ」
 聖夜が制する。
「そのメイクのせいでくすぐったいんだが」
「すぐに慣れるだろう」
 半ば諦めたような苦笑いで聖夜が答える。
 彼はと言えば、長髪はそのままに、シックな色合いにフリルを存分にあしらったドレスに身をまとっていた。
 パニエでスカートにボリュームが出ているお陰で脚は隠れるし、腰元が細まってみえる。体系が変わったような気すらする。
 彼も嫌がってはいたが――優同様に諦めはついてしまっていた。
「慣れる、ねぇ……別に慣れたくはないな……」
 優が呟いてから、
「お互い大変だな」
 大助に言うと、聖夜と二人で歩いて行ってしまった。
「ほれ、決心できたろ?」
「何、痛い事は無い」
 念を押すようにヴァイスとセリカが言う。
「確かに、あの二人を見て少しは諦めが付きましたが……く、無念……」
「よーし、それじゃ行こうぜー!」
 ヴァイスとセリカに連行される大助に先立って、氷藍がうきうきとしながら更衣室に向かって歩き出した。

「え、嘘……」
 神崎 零(かんざき・れい)が、思わず呟いた。
「本当に優なの?」
「嘘なんて吐くわけないだろ……」
 喜んでもいいような言われ方だったけれど、気苦労を思うと素直に喜べなかった。
「わざわざ言う通りに着替えて来たって言うのにそんな言い方はないぜ」
「そ、そうだよね、ごめん! 声聞いたら分かった! いやー、すごい変わり様だったから、ははは……」
 それじゃ、と零が続ける。
「そっちが聖夜……?」
 自分の声が外見に不釣り合いな気がしてしまって、聖夜は口を閉ざしたままで頷いた。
「これは想定の範囲外でしたね」
 陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が目を丸くする。
「いや、俺もだ。笑われるでもなければ褒められるでもないような……そんな微妙な感じになるかと思っていた」
「う、うん。確かにドキドキしながら待ってたけど、今はなんか違う意味のドキドキが」
 言って、零が優の格好を改めて眺める。
 二人のドレスが自分のよりも高価に見えて、思わず嫉妬しそうになる。
 肩幅を誤魔化す為のショートスリーブにも違和感が無く、骨格自体が変わってしまったかのような錯覚がした。
 ドレスの腰元、グリッター生地のベルトが全体を煌びやかに見せる一方、胸元に繊細なレースが上品にあしらわれている。
 華やかでありながら嫌味が無い……こうなってくると、褒めるにしても言葉に窮する。
 零の視線から逃れるように、優が刹那の方を向いた。
「刹那も着替えたんだな」
「はい。普段、和服ばかりでしたからね」
 そう言ってくるりと回る。
 アメリカンスリーブの襟元にアクセントとして小ぶりのコサージュが添えられていた。
 全体的に落ち着いていながらも、大輪の巻花のスカートが象るシルエットにはキュートでポップな印象がある。
「ひらひらのドレスが着れて嬉しいです」
 言って、にっこりと微笑んだ。
「なんだか私もドレスアップして欲しかったかも……」
「何言ってるんだよ……こんな格好にさせたのは零達が原因だぞ?」
 優が苦笑しながら言う。
「ほら、舞踏会に来たんだから、踊るんだろ」
「う、うん。そうだった。そっちが目的だからね」
 優に並んで歩きながら、どうにか写真か何かに残せないかと――そんな事を思案する零だった。

 松本 恵(まつもと・めぐむ)は魔法少女だ。
 しかし魔法少女とは言っても、少女というわけではない。
 給仕の仕事をしていた彼は、ふいに結衣奈・フェアリエルに呼び止められた。
「もっと可愛くなりませんか?」
「……へ?」
 恵の足が止まる。
「それに、給仕さんだからといって、『男の子』の格好をしていては駄目なのですよ」
「で、でも、ほら、入る時に何も言われなかったよ……?」
 結衣奈に上目遣いで迫られ、思わず困惑してしまう。
 入る時に何も言われなかったのは本当なのだ。だから、極力着替えたりはしたくなかった。
 嫌では無いがやりたくはない、というのが恵にとっての女装だった。
「うぅ……」
「そ、そんな悲しそうな目で見ないで……!」
「きっと、とっても似合うドレスがあるよ……? 絶対可愛いのに……」
「分かったよ! 分かったから、泣きそうな顔しないでよぉ」
 慌ててしゃがむと、結衣奈の顔を同じ高さで覗き込んだ。
「それじゃ、ついて来てくれますか?」
「う、うん……ついてくよ」
 何か嫌な予感はしていた。
 それが見事に的中してしまって――恵の口からは乾いた笑いが漏れた。
 お祭り騒ぎだから、こうなることも少しは予想していたけれど……と思う反面、これまで注意されなかったのはそれでそれで凄かったのではないかと思う。
 そう思わなくては、ちょっとだけやり切れなかった。
 恵が結衣奈に連れられて更衣室にやってくると――そこは彼が思った以上に賑やかな場所だった。
 似たように連れてこられた人がいるのだろう。恵は直感的にそう思った。
「母上……せめてもっと丈のあるドレスを……」
 そしてそこには恵の直感どおりの被害者である真田 大助がいた。
「いや、ここは譲れない。その付け耳と尻尾を生かすならミディ丈だ!」
「ん、あー。俺は洋装は詳しくないからなー。しかしソレくらいの露出なら文句を言うほどじゃないと思うぞ、ははは」
 ヴァイスが力強く断言するのに氷藍が同調する。
 かく言う氷藍も成り行きでドレスを借り受けて、着替えた後に大助の変身を見守っていた。 
「かわいいは、正義――なんですよ」
 もはや抵抗する元気も無くした大助の頭に、イナ・インバースがボンネットを付ける。
「大振りのボンネットで小動物的可愛らしさの演出です」
「お、良いな。髪の毛も二つ結びにしちまおう」
 イナとヴァイスに飾り立てられる大助は、確かに小動物的な様子だった。
 ぼんやり眺めていた恵も、他人事ながら大助には紅色のミディ丈のドレスでぴったりだと思う。
「キミにはこんなドレスとかどうかな――」
 恵が声の方を向く。
 ネージュ・フロゥが、折りたたんだドレスを取り出して、恵に宛がった。
「シンプルなAラインドレスが似合うと思うのよね。メイクをちょちょいとやって、髪の毛をアップにしたらバッチリだと思うの」
 言いながら、ネージュがてきぱきと手を動かす。
「――恵ちゃん、ねじゅお姉ちゃんに任せておけば心配ないよ」
「心配はしてないよ……ちょっとだけ楽しくなってきたしね」
 傍らに寄り添ってきた結衣奈に言う。
 こうしてあれこれとやってもらうのも、偶にはいいかな、と思った。
 恵がふと隣を見ると、結衣奈の背後にはネージュにおめかしをしてもらったらしい兎耳の獣人族の子が鏡と睨めっこをしていた。