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リアクション
第二幕:森に住む少女
森の木々が避けるように退いている、ひらけた場所がある。
そこにはいくつもの花々が咲き乱れていた。周囲が木々の枝や葉によって日光が遮られ薄暗く見えるのに対し、この場所だけは太陽の恵みを直に受けていた。
その中を元気に動き回る小さな影がある。
「アニス〜。こっちにもあるですよぉ〜♪」
小人みたいな手のひらサイズの姿。ふよふよと宙を漂っているのはルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)だ。のんびりとした口調が彼女の本質を教えてくれている。
「ルナってば元気すぎるよ……」
草木から顔を出して返事をしたのはアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。続いて佐野 和輝(さの・かずき)も姿を現した。
頭や肩に葉っぱがくっついているのを見るに、まともな道を歩いていなかったことが分かる。だがその顔に疲れは感じられない。
「いい場所に出たな。ここなら薬草も見つけやすいだろう」
「あっちは暗くて見つけにくかったもんね」
アニスが言うとおり、森の中での薬草探しは少しばかり骨が折れた。
少なくともここなら間違って毒草を拾うこともないだろう。
「誰かいる?」
アニスの視線の先、周囲の草花に埋もれるように倒れている人の姿があった。
胸のあたりが規則正しく上下に動いている。寝ているのだろうか。動く気配はない。
その人物に興味を示したのだろう。ルナが話しかけた。
「ここで何してるですかぁ〜?」
「んぁ?」
上半身を起こし、目の前を浮遊しているルナと視線を合わせる。
「おわっ!? なんだおまえ!」
「私ですかぁ。ルナですよぉ〜♪」
「ボクよりちっこい奴は初めて見た!!」
「それほどでもぉ〜」
二人のやり取りを見ていた佐野がつぶやく。
「それ褒め言葉じゃないだろ……」
佐野が倒れていた人物に視線を送る。
小柄な少女がそこにいた。
「なんでお前みたいなのが一人でこんなところにいるんだ?」
危険な動物が少ないとはいえ、こんな森の奥に子供が一人でいるのは違和感がある。
佐野は少女を警戒していた。しかしどちらかといえば少女のほうが佐野を警戒しているように見えた。
「おまえこそなんだ!」
強気な口調。しかし後ずさりしている姿から逃げ腰なのが目に見えていた。
傍から見れば子供をいじめている大人の図であろうか。
「和輝はちょっと下がってて。ここはアニスにお任せだよ」
「そうだな。俺が苦手みたいだし……どことなくアニスに似ている気もするな。任せた」
アニスは少女に近づくと話しかけた。
「アニスはアニスだよ。後ろのは和輝。あなたは誰?」
「ボクはルーノ」
「ルーノさんですかぁ〜。よろしくぅ〜♪」
ルーノと名乗った少女はアニスとルナを気に入ったのか、先ほどまでの警戒していたそぶりは見る影もない。今では和気あいあいと歓談していた。背格好や精神年齢が近いアニスたちのおかげだろう。ルーノは佐野にも慣れたようで、今では親しげに話しかけてくるほどであった。
「かずき! お前も来るか?」
「いきなりなんだ?」
「あにす達をボクの家に招待した。かずきも来るか?」
「お茶会だそうですよぉ〜♪」
ルナが補足するように口をはさんだ。
すでに行くつもりなのだろう。いつにも増してご機嫌である。
「まあいいか。近いのか?」
「うん。こっちだよ!」
ルーノを先頭に佐野たちは森の中を進んでいく。
ルーノの家に向かう途中、発砲音が聞こえた気がした。
「どうしたの和輝?」
足を止めた佐野にアニスが話しかける。
「いや、なんでもない。それよりルーノを見失うなよ」
「もっちろん!」
前を歩くご機嫌な三人組を眺めながら佐野は歩き続けた。
■
「面倒事は嫌いなんだけどねぇ」
呟き、周囲を警戒しながら森を進むのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。
ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)も同じように辺りに注意を払いながら彼の隣を歩いていた。
「危険な動物がいるかと思ったがそうでもないな」
ソーマの言葉通り、数十分は森をさまよい続けているが獰猛な生き物には遭遇していない。逆にこちらに気付いて逃げ出す動物ばかりだった。
「そ、そうですね。このまま何も出てこないといいです」
リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が言った。
彼女は転ばないように足元に注意しながら清泉たちの後を追っている。
次いでセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)、最後にナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が追う。
「これならわざわざ背後を警戒する必要もねえかもな」
ナディムが空、と言っても木々で覆われていて見えないが、を仰ぎ見て口にした。
「そんなこと言いつつもしっかり注意を払っているあたり真面目よね」
「姫さんらを守るのは俺の……まあ仕事みたいなもんだからな。手は抜かねえさ」
「ナディムちゃんがいるから何があっても安心ね」
そろそろかな、と清泉がリースたちに話しかける。
「このあたりの子に聞いてみてくれるかな?」
「わ、わかりました。頑張ってみます」
「は〜い。ちょっと待っててね」
彼女たちは周囲の木々に手を当て目を瞑る。
どれくらい時間が経ったであろうか。彼女たちはほぼ同じタイミングで瞼を開くと、木々から得た情報を皆に伝えた。
「ま、まずはわ、私から……」
「落ち着いて。急がなくていいからね」
清泉に苦笑され、恥ずかしがりつつもリースは続けた。
「か、菓子袋を背負った人が少し前にここを通ったみたいです」
「魔女か?」
ナディムの疑問にリースは首を横に振った。
「ふ、二人組だったそうなので先に来ていた人だと思います」
「まさかお菓子で魔女を誘き出そうとした奴がいたんじゃあるまいな?」
「さすがにそれはないだろ」
「そうだな。さすがに安直すぎるか」
はは、とソーマとナディムが笑い合う。
「次は私ね。魔女さんは可愛い女の子らしいの。あっちに住んでいるそうよ」
セリーナの言葉に皆が視線を交差させた。
「大当たりだねぇ」
「まさかと思ったが意外となんとかなるもんだな」
「じゃあさっさと行こうぜ」
彼らが木々から話を聞きながら進んでいくと木造の簡素な家が見えてきた。
ドアをノックするが反応はない。
「とりあえず入りましょうか」
清泉が先導するように家の中へと入っていく。
中には様々な葉の入れられた瓶が所狭しと置かれていた。それだけを見ればまさに魔女の家といったところだろう。しかし瓶の中身はすべて茶葉のようであった。
「お、思ったより普通ですね」
リースの言うとおり、瓶が散らかっている以外はまともな様子の部屋であった。
「留守みたいだな。主が帰ってくるまで待たせてもらおうか」
ソーマは言うと近くの椅子に腰かけた。
彼の視線の先、棚の上に写真立てが置いてあるのに気づく。
「あら」
「おお……」
セリーナとナディムが感嘆の声をもらした。
そこに飾られていた写真には仲睦まじく寄り添う二人の少女の姿があった。
「これは思ったよりも簡単に事が片付きそうだね」
清泉の感想はそのまま皆の感想でもあった。
しばらくして外から話し声が聞こえてきた。
どうやら家の主が帰宅したようであった。
すぐに片が付くであろうという彼らの想像は、あまり時間をかけずに間違いだったと知ることになる。素直になることの難しさを彼らはこれから体験することになるのであった。