First Previous |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
Next Last
リアクション
=====act5.遊びこそ勉強=====
「こんなに大きく育ててくれたあなたに感謝♪」
遠野 歌菜(とおの・かな)がリズミカルな歌を歌いながら、収穫を行う。
隣で玉ねぎを引っこ抜くポミエラも、歌菜に続いて歌いだす。
「愛情詰めて 感謝を詰めて お調理しま〜す♪」
頭を左右に動かしながらリズムを取る。
歌菜とポミエラはお互いに目で合図を送る。
呼吸が一つになった。
「「ここまで美味しく育ってくれた君に感謝♪
愛情込めて 感謝を込めて 美味しく頂きま〜す♪」」
歌声が≪ルブタ・ジベ村≫に響き渡った。
…………歌い終わったポミエラは、大きく深呼吸して肺に空気を送り込んだ。
「すいません。歌菜さんのように上手に歌えませんでしたの」
ポミエラは、歌っている間に歌詞や音程を間違い、歌菜にフォローしてもらった。
その時は、恥ずかしい気持ちにもなった。
だけど、歌い終わってみると、すっきりした気持ちでいっぱいになっていた。
歌菜が微笑む。
「そうかな? 結構いい感じだったんじゃないか」
「そ、そうですか……?」
ポミエラはモジモジしながら、頬を赤く染めていた。
「そうだ。入学したら、音楽室を貸し切って一緒にミニライブを開こうよ♪」
「いいですわね♪」
笑いあう歌菜とポミエラは、小指を出して指切りをしていた。
歌菜が最後の≪スプリングカラー・オニオン≫に手をかけた。
「さぁ、これでさいっ、……ご?」
しかし、引っ張ってもなかなか抜けない。
歌菜は緑色の葉をしっかり握り直すと、足の裏に力を入れて一気に引っ張った。
「てぃ! ――うわっ」
「危ない!」
倒れそうになった歌菜を、月崎 羽純(つきざき・はすみ)が土との間に入って支えた。
「気を付けないと危ないぞ」
「……あ、ありがとう羽純くん」
肩に触れた羽純の手から、ほんのりと体温が伝わってくる。
おでこが接触しそうな距離にある羽純の顔。
思わず端正な顔立ちに見惚れてしまった歌菜は、顔を真っ赤にして慌てて離れた。
「じゃ、じゃあこれアイビスさん達に渡してくるね」
「わかった」
最後の≪スプリングカラー・オニオン≫を手に、逃げるように走っていく、歌菜。
その背中を見送りながら、羽純はクスリと笑っていた。
「ああ、そうだ、ポミエラ。
二人が作業している間に、玉ねぎに【サイコメトリ】をかけたんだ」
「本当ですか!?」
「ほら、写真にしておいたから、レポートの資料にでも使ってくれ」
「ありがとうございます!」
ポミエラは、羽純から【ソートグラフィー】で映し出された写真を受け取った。
期待しつつ、渡された写真を見る。
そこには畑仕事をする≪ルブタ・ジベ村≫の村人達が映しだされていた。
村人達はみんな楽しそうで、収穫された≪スプリングカラー・オニオン≫が大切に育てられてきたのがヒシヒシと伝わってきた。
それはまるで我が子のように、自分達の愛情を持って丹精に……。
見ていたらそんな想像をさせられるほど、暖かくなるような写真だった。
「そういうわけで、お前が入学出来たら学食で一回奢りな?」
「え? 無償ではないのですか!?」
「当たり前だ。用紙代だってタダじゃないんだぞ。
別にメニューの端から端までというわけじゃないんだし、いいだろ?」
「うぅ……まぁ、手伝ってくださっているのですから――」
「あぁ、でも飲み物とサラダ、あとデザートも忘れないでくれよ。
もちろん一番値段が張るやつでな」
「やっぱり嫌ですわ!!」
ポミエラが写真をつき返そうとする。
「クーリングオフ、クーリングオフですわ!」
「申し訳ありません。ご視聴になった商品は返却をお断りしております」
「ガーン!! 悪徳商法ですわ!!」
両手をあげて写真に触れようとしない羽純。
ポミエラは服を引っ張り断固抗議していた。
そうこうしているうちに、歌菜が帰ってきた。
「あれ、その写真は何?」
「おかえり。
これは玉ねぎを【サイコメトリ】したやつだよ」
「そうなの!? 羽純くん、優しいね!」
「ちがっ――んんっ?」
否定しようとしたポミエラの口を塞いで、羽純は感動している歌菜から隠した。
羽純は首だけ振り返り、乾いた笑いを浮かべた。
「ははは、当然の事をしただけだよ、歌菜」
「んんぅ!!」
「ポミエラちゃんどうしたの?」
「なんでもないさ。さぁ、あっちにお菓子が用意してあるみたいだ。行こうぜ!」
「んぅぅぅぅぅ――!!」
羽純はジタバタ暴れるポミエラを持ちあげて、屋敷へ向かって歩き出す。
歌菜は首を傾げていた。
――≪スプリングカラー・オニオン≫の収穫はどうにか終了した。
一部の生徒は手料理を振る舞うために、イルミンスール魔法学校へ向かい。
残りの生徒は作業の疲れを癒しつつ、後から合流することにした。
「鬼龍さん、シドさん、そろそろ行きますよ」
残り≪スプリングカラー・オニオン≫を積んで、イルミンスール魔法学校へ先に向かうことになっていた源 鉄心(みなもと・てっしん)は、荷車の横からクロイス・シド(くろいす・しど)達に呼びかけた。
すると、ケイ・フリグ(けい・ふりぐ)と話をしていたクロイスがガッツポーズを取った。
「よっし、メイドの時間だ!」
「違うよ、シド! 料理を作るんだってば!」
「ん、そうだったか? じゃあ、俺は毒見担当で……」
「毒なんていれないよ! というか、シドも手伝ってよねっ!
でも、手伝ってくれないならシドのには……毒を」
「手伝わせていただきます!」
クロイスは慌てて土下座していた。
鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)はその脇を通り過ぎようとして足を止めた。
「シドさん、いつまで土下座している気ですか? 置いて行きますよ」
「お、おう」
クロイスは立ち上がると、動き出した荷車を追いかけていった。
「さてと、俺達も仕事をするか?」
荷車が村を出て行くのを見送った翠門 静玖(みかな・しずひさ)は、収穫が終了したにも関わらず何やら張り切っていた。
朱桜 雨泉(すおう・めい)は不思議そうに尋ねる。
「何を始めるつもりですか、お兄様?」
「そりゃあ、もちろん……」
静玖がどこからともなく竹ぼうきとゴミ袋を取り出した。
「掃除だろう」
瞳を輝かせる静玖を前に、雨泉はポカンとしていた。
「何事も終わった後が肝心だ。ちゃんと片づけはしないとだめだろう?
落ち葉を拾って、畑は次に備えて綺麗にして……そうだ。せっかく時間が余っているわけだし、ついでに男爵の屋敷でも……」
「お兄様、ほどほどにお願いしますわ」
雨泉は諦めを込めた溜息を吐くと、笑顔で忠告していた。
「ところでアンネリーゼさん達は何をなさっていたのですの?」
収穫作業で疲れたポミエラは、アンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)と一緒に、畑の土でお山を作っていた。
「お兄様はお天気のことについて調べていますの
わたくしは土のせーしつ調査をしていましたわ」
頬に土をつけながら楽しそうに話すアンネリーゼ。
「こう、握ったり……離したりして……後、道具を使ったり……」
アンネリーゼは土を両手で握ったりしてみせた。
周囲には篩(ふるい)など、調査に使ったと思われる道具が残っている。
「それでどうでしたの?」
ポミエラが出来上がったお山に、素手でトンネルを作り始めた。
「湿っていて、お山を作るに最適でしたわ」
「なるほど……」
畑の焦げ茶色の土は水分を多く含んでいて、遊ぶのには最適だった。
アンネリーゼは、崩れないようにお山をペタペタ叩きながら、反対からトンネルを掘る。
「あ、トンネル完成ですわ!」
「やりましたわ!」
トンネルに手を通してお互いの手を握る少女達。
覗きこむと相手の目が見えて、思わず笑い出した。
最後に、摘んできた花で可愛らしく飾りつけをすると、カラフルな共同作品が完成した。
ポミエラとアンネリーゼが並んで腰を下ろした。
「次は何をしましょうか……」
ポミエラは、傾きだしたお天道様を見つめながら、ぼんやりと呟いた。
すると、天候や気候の調査を行っていた笹野 朔夜(ささの・さくや)が、ポミエラ達の所へ歩いてきた。
「休憩中のようですね」
「お兄様、お帰りなさいですの!」
「ただいまです、アンネリーゼさん」
眩しいアンネリーゼの笑顔に出迎えられて、朔夜はふっと笑顔を浮かべていた。
「調査はどうでしたの、お兄様?」
「ある程度できあがりましたよ。
後でポミエラさんにお渡ししますね」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
そよ風が流れ、微かな花の香りが朔夜達の間を通り抜けて行った。
「ところでアンネリーゼさん。山は完成したんですか?」
「もちろんですわ!
ポミエラと一緒にトンネルまで作りましたの!」
「それはよかったですね」
アンネリーゼは立ち上がると、ポミエラと一緒に作った花の山を朔夜に紹介した。
まるで自分のことのように、朔夜は喜んでくれていた。
すると朔夜の視線がアンネリーゼの服へと移る。
「結構、汚れましたね。
後で着替えを用意いたしませんと……建物に入る時はしっかり手を洗ってくださいね」
「わかっていますの。
でも、もう少しポミエラと遊んでからにしますわ」
「だったら、私も混ぜてもらえかしら?」
朔夜達が話していると、後ろで手を組みながら雪住 六花(ゆきすみ・ろっか)が近づいてきた。
ポミエラが笑顔を浮かべて返答する。
「もちろん! 歓迎いたしますわっ!」
「ありがとう。
じゃあ、何をしようか?」
「かくれんぼをしたいですわ!」
「いいですわね!」
ポミエラの提案に、アンネリーゼはとても乗り気だった。
六花が楽しそうに笑う。
「じゃあ、そうしましょう。
鬼は誰がやります?」
「逃げますわ!」
「わたくしもポミエラと一緒にですわ!」
「じゃあ、私も♪」
ポミエラが勢いよく手を振り上げて宣言し、続いてアンネリーゼと六花も逃げる方に回った。
「あれ、じゃあ誰が鬼をやるんですか?」
「残ったのはお兄様ですわ」
「俺ですか?
……わかりました。喜んでやらしていただきます」
朔夜は一瞬迷ったが、すぐに笑顔で会釈をしていた。
「では、しっかり隠れてくださいね。
い〜ち……」
すぐ傍の大木に近づくと、朔夜は顔を隠して数字を数え始めた。
逃げる側の三人は脱兎のごとく駆け出した。
そして、ポミエラとアンネリーゼは、同じ草むらに身を屈めて隠れる。
「こうしていると懐かしいですわね」
「そうですわね」
ポミエラは最初にアンネリーゼと出会った時のことを思い出していた。
あの時も自宅の庭でかくれんぼをして一緒に隠れ、学校のことを沢山教えてもらった。ポミエラが初めて学校に行きたいと思った瞬間だった。
「学校楽しみですわ……」
「わたくしもポミエラに学校で会えるのを楽しみにしていますわ」
ポミエラとアンネリーゼが笑いあう。
沢山の人達に励まされ、共に作業をして、ポミエラは試験に必ず合格すると確信していた。
すると、突如近くの茂みが揺れ出し、二人は肩を震わせた。
「なんだかとても楽しそうですね」
茂みの間から現れたのは、六花だった。
ポミエラとアンネリーゼは心臓が縮むかと思った。
「面白そうだから来ちゃいました」
三人は地面にうつ伏せになって身体を隠した。
そして、かくれんぼのことを忘れて、雑談を始めた。
学校のこと。私生活のこと。
相手の色々なことを知るうちに、親しくなっていく。
女の子三人は、緑の草木に仕切られた空間で終始笑顔を浮かべていた。
「六花さんは本が好きなんですの?」
「うん。、旅行と読書が私の趣味なの。
結構色んなのを読むよ」
「じゃあ、その手に持った本も面白いのですか?」
「う〜ん、そうね。私としては面白い本だと思うわ」
「聞きたい、聞きたいですわ!」
「わたくしも聞きたいですわ」
ポミエラとアンネリーゼが期待の眼差しで六花を見つめる。
六花はどうしようかと、顎に指を当てて悩んでいた。
「……じゃあ少しだけね」
「やった!」
ポミエラはほふく前進の要領で身体の位置をずらすと、アンネリーゼと肩を寄せて六花の方へと身体の向きを変えた。
六花へポミエラとアンネリーゼの視線が向けられる。
そして、六花は手に持った本を開くと、深呼吸して脳内にイメージを作った。
「むかしむかし、ある所に可愛いお姫様と、恐ろしいドラゴンがいました……」
春の日差しのように暖かい声が、周囲の空気を震わせた。
それから数分後。
茂みをかけきわけ、朔夜が六花達を見つけた。
「皆さん。やっと見つけましたよ。それじゃあ……」
「朔夜さん」
六花が口元に人差し指を当てて、静かにするように伝えていた。
彼女の足元には、ポミエラとアンネリーゼがスヤスヤ寝息を立てている。
「お話を聞かせている間に、寝ちゃいました。
きっと疲れていたんですね」
「そうですか。
どうもすいません」
朔夜はアンネリーゼの傍にしゃがみ込むと、金色の髪をそっと撫でた。
アンネリーゼは少しだけ身じろぎをして、嬉しそうに笑っていた。
「どんな楽しい夢をみているのでしょうかね」
「さぁ、何でしょう」
自然と、朔夜と六花の表情にも笑顔が伝染していた。
「こういうのを『微笑ましい』と言うのでしょうね」
ポミエラの寝言が聞えてくる。
夢の中では、ドラゴンと勇敢に戦っているようだった。
「ところで、六花さん。読んでくださった本というのは、その手に持っている物でしょうか?
子供には難しそうな本に見えるのですが……」
六花が手に持っていた本は、数百ページはある分厚い物だった。
厚紙の表紙には聞いたこともない名前の単語。開けば難しい用語と図説。ある程度の知識がないと理解ができない内容の本。
いわゆる学術書に分類されるような本だった。
先ほど、六花はこの本に開いてポミエラ達に話を聞かせていたのだ。
「あ、でも大丈夫ですよ。この本の内容について話したわけではないですから。
話した内容は、全部私の想像。作り話なので」
六花は小さく舌を出していた。
「さて、村人から話を聞きに行こうか」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)と共に、≪ルブタ・ジベ村≫の村人から話を聞きに行くことにした。
「すいません。少しお話を伺っていいかな?」
エースは≪スプリングカラー・オニオン≫を育てるのに携わった村人を尋ねた。
温度管理や肥料の比率など、生産者側の話を聞く。
「そうだよね。野菜はその土地にあっていないと育たないから……」
エース自身も園芸知識があったため、話が盛り上がる。
話を聞きつつ、他の場所での野菜の育て方を参考に話した。
エースの知識量に、感心する村人達。
すると、そこへ玉ねぎ男爵がやってきた。
「うむ。君、なかなか詳しいようだね」
「え、ええ。園芸は趣味というよりは、俺の一部みたいなものだから」
エースは玉ねぎ男爵の姿に驚いた。
なぜなら、村に到着した時に男爵の頭は、綺麗な玉ねぎの形をしていたのに、今はなんだかほっそりしている。
急激に痩せるのはこの村の人の特徴なんだろうと、エースは思うことにした。
「そうか! そうか!
君みたいな若者が畑仕事に興味を持ってくれて本当に嬉しいよ!」
玉ねぎ男爵がエースの肩を叩いた。
間近で見る男爵の顔は、言いようのない威圧感があり、思わず引き攣った笑みになってしまう。
「そうだ。君は黄金の玉ねぎを知っているかね?」
「聞いたことはあるね」
「ふむふむ。では、君にも一つあげよう」
「本当!?」
「ああ。では……
…………
…………
…………
…………ん?」
エースは期待して待っていたが、男爵は自分の頭を何度も触るだけで、いっこうに黄金の玉ねぎを持ってこようとはしなかった。
「どうかした?」
「う〜む。申し訳ない。
先ほどやたら元気なお嬢さんに頼まれ、いくつか差し上げたのだが……どうやら、今日はそれで打ち止めのようだったようだ」
男爵の言葉に、エースはガクリと肩を落としていた。
First Previous |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
Next Last