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「どうやら、お出でなすったようだ。準備しろ」
 葦原の城郭からスナイパースコープを覗くジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、ロチェッタ・クッタバットの姿を捉えていた。
「オーケー、ジェイコブ。いつでも構いませんわ。八神ってひとからの合図があったら、すぐに教えて」
「ああ。……まあ、パラ実の連中にしては上出来だな。だが既に、限界は見えている」
「そう……」
「あの野郎だが、お前はどう思う」
「ロチェッタがココまで這い上がってこれるとしたら……その時は思い切って、協力してあげちゃいますわ」
「なんだ、あんなニワトリ野郎の肩を持つのか。いったいアイツの、どこが良いんだ」
「相手の気を引くためだと言っても、あなたと同じ、一直線なところかしら。愛は格好つけじゃないのよ。心持ちが大切なんだから」
「そんなモノはあいまいだな。俺は白と黒を、ハッキリさせておきたいんでね。キツいデコピンをお見舞いして片を付ける」
 ジェイコブが標的を射程に捉えるのも、時間の問題であるようだ。

▼△▼△▼△▼


「止ってください、ロチェッタさん。これ以上はとても危険ですよお」
 クッタバットを制するのは八神 誠一(やがみ・せいいち)だった。
「そこを退けえっ」
 打ち払う鉄線を巧みに回避しながら、誠一は利き手を高らかに掲げて指をスナップした。
 するとロチェッタの後方で地面が大きく吹き飛んだ。そこからもうもうと沸き立つ真っ白な泡に、その場の誰もが引きつけられる。
「それは“発泡爆弾”と呼ばれる狩猟で獲物の動きを封じるためのワナです。あなたを威嚇のため、意図的に起爆してみました。ここから先には、こういうのがたくさん埋まってるんです」
「子供だましか」
「そうだと思うなら、止めませんよお。といいますか、女を口説くのにいちいちこんな騒ぎを巻き起こしちゃあ可哀想ですねえ。無粋じゃないですか、ホント」
「俺にはこの方法しかないんだよ」
 誠一の振りかざす強食の牙を、ロチェッタは鉄線ではじき返した。そこへ間髪を入れず、誠一に黒い影が襲いかかった。
「うっさいわ。欲しいモノを手に入れて何が悪いのよっ、バーカっ。ハァイ、ロチェッタ。何か面白そうなコトやってるじゃない?」
 乱れた横髪をさあっと掻き上げた彼女は、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)
「いってーな、不意打ちとは卑怯じゃないですかアナタ」
「あんですって? 別にドコもケガしてないじゃないのよ。それに私のコトはキャプテンって呼びなさい。てゆーか、パラ実ナメんなっ!」
「そういう問題じゃないですよお」
「この世はね、強い者が乗っ取るの。ほらクッタバット、手ぇ貸してあげるから、さっさと始末つけなって。グラハムも援護して」
「ああーもちろん、任しときなって。バシイィッと、援護してやんよ。オラオラ、道を開けやがれ! 惚れた女へ会いに行くのを邪魔するっちゃあ、無粋ってモンだぜ!」
 青玉の剣で飛来する攻撃を打ち払いながら、グラハム・エイブラムス(ぐらはむ・えいぶらむす)はロチェッタらを手招きして導いていく。
 しかし、すべての攻撃を交わすことは不可能だった。
 ロチェッタの歩みが止り、その場で棒立ちとなる。
「ちょっと、なにボーッとしてるの」
 彼を振り返ったセシルは戦慄した。彼の額に見る見る痣が広がり、がっくりと膝を折ってしまった。
 断続的に銃創が地面に穿たれていく。
「狙われてんじゃねーか。やべーぞ、俺たちまで威嚇されてんぞ」
 葦原の城郭から、ジェイコブが模擬弾で狙い澄ましたのである。続けざまに雷鳴が轟き、グラハムは戦慄する。ジェイコブのパートナーであるフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が、うち漏らした標的を片付けようとしているのだ。
「やっべ。いかにも賊っぽい展開になってきやがったぜ」
 あたりでは発泡地雷の花が次々と咲き乱れ、粘着性のある泡に絡め取られた賊が次々と手打ちにされていった。
 頭を振るって意識をつなぎ止めたロチェッタの端から、大振りの大剣が差し入れられた。
「あなたがロチェッタ?」
「そうだ」
 魔剣ディルヴィングの刃が、夕闇の中で鈍く輝いた。それをロチェッタは素手で掴みあげると、ゆっくりと立ち上がってルカルカ・ルー(るかるか・るー)を睥睨する。
「このまま葦原の城下へ入ったら、ハイナは喜んだりしないよ。だいいち、無関係な人たちがケガしちゃたら、大変じゃないっ」
「ならばハイナを連れてくるんだな。俺は彼女を迎えに来たんだ」
「彼女にその気はないんでしょう? ……ふーん、彼女に恋人ができたって噂が広がってたからどんな男かと思ったけど」
 魔剣を納めたルカルカは、ロチェッタをキッと見返した。
「介錯する価値もないみたい。遅くなる前に、チョコレート食べて帰ろうっとっ」
「くそおおおっ……どいつもこいつもナメやがってぇえええっ!」
「ハイナは強いけど、この世が力でどうにかなるなんて、ビスケットの欠片ほどにも思ってないと思うよ。彼女が力に従うひとだったら、あなたの傍にはハイナがいるかも知れないんだから」
 去り際に振り返ったルカルカは冷たく言い放った。
「パラ実の俺がどうやって葦原に入学できるっていうんだよっ。俺には腕ずくでモノにするしか方法がないんだっ! 退けと言われて退くわけにはいかないんだあっ」
 鉄線を握り直してどうにか一歩を踏み出したロチェッタだが、足下は既におぼつかなくなっていた。
「その気持ちに偽りはないようだな。その意気込みを買おうではないか」
 ロチェッタの肩を叩いて鼓舞した龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)は、こちらを振り返ったルカルカへ抜刀する。
「えっと、どういうつもり?」
「ちょっとした時間稼ぎというものだ、大人しく付き合ってもらうぜ」
「なんで、なんで、なんでぇ!? どーして、しかも1対2って反則じゃないっ!? ……って、あら可愛い」
「ふたりだけではございません。銀狼もあなたを追いかけますから」
 廉の背後に控えていた少女はルディア・ローライキャネル(るでぃあ・ろーらいきゃねる)。幻槍モノケロスを手に取ると、脇に控えたシルバーウルフが低い唸り声を立てた。
「んなっ……ルカルカって、何か悪いコトした?」
「後生だ、大人しく身を退いてくれ」
「いやああっ、無理っ、ルディアを手にかけるなんて無茶すぎるわよー」
 魔剣を持てあましたルカルカは、廉たちに追われて葦原の方とは別の方へと姿を消した。
「ロチェッタ殿っ、ここはもう一気に突っ切ろう」
 ハイナとの間を取り持つと言っていたアキラと朱鷺が現われるも、鉄線をふるってそれを制した。
「えーい、どいつもこいつも五月蠅ぇええええっ!! 俺はハイナが好きなんだああっ!! それが本心だああ。それ以外に理由があって、たまるかあああっ!!」
 武器を肩に下げたロチェッタは、葦原明倫館を目指してひたすらに走った。
「ハイナぁ! ハイナ・ウィルソンっ!! ロチェッタ・クッタバットが、迎えに来てやったぞぉおおおおおおおおおおっ!!! 俺様は、此処だあっ、此処にいるぞぉおおおおおっ!!」
 パラ実ではなく葦原に入学できれば幸せだった、などという幻想にはとても浸ることができない男であった。
 向かいくる攻撃に身をひるがえし、葦原の城下を囲う城壁が目前に迫っていた。だが、そこでロチェッタは、真っ白な発砲地雷にその身を包まれてしまった。身動きの取れなくなった彼に襲いかかったのは、立て続けに撃ち込まれたスナイパーライフルの模擬弾であった。
 朦朧とする意識の中で、ロチェッタは人影を認めた。
 彼の意識をすっぱりと断ち切ったのは「男を上げて出直してきなんし」という女性の言葉だった。

 果たしてそれは、本物のハイナ・ウィルソンだったのか。





 アッシュ・グロックに加勢した雄志の活躍によって、ロチェッタ・クッタバットの野望は、水際で阻止された。
 葦原城下への侵入もひとりとして許さなかったため、ハイナ・ウィルソンの安全は確保されたのである。
 ロチェッタの身柄は拘束されて葦原へと引き渡されて何らかの裁きが下るものと思われたが、社会奉仕の義務を課せられたのみで放免となった。
 それはひとつに死人が出なかったこと、城下に被害が及ばずに済んだこと等が幸いしたのではないかと噂されている。
 恋に一途だった不器用な男は、葦原島の西の端を目指して力強く歩んでいた。
 決起集会で盛り上がったあのバラック街には、ロチェッタ・クッタバットを慕う仲間たちが待っているからである。

(おわり)

担当マスターより

▼担当マスター

剣 祐名

▼マスターコメント

 こんにちは、剣 祐名です。
 初めてのシナリオだったのですが、いかがだったでしょうか。
 みなさんからお送りいただいたアクションをなるべく活かすように心がけましたが、物語の展開に合わせて調整をさせていただいた個所も御座います。
 ご意見やご要望がございましたら、ぜひ投書いただけますと幸いです。

 次回はより面白くなるように頑張ります。
 それでは、またお会い致しましょう。