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【原色の海】はじめての魔法。

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【原色の海】はじめての魔法。

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第5章 人形劇の時間です

 ──休憩、とは言っても。デッキで思い切り海風に当たる訳にはいかないだろう。正確には当たらせるのは、だが。
 人形劇が始まるという理由で暗幕が引かれた後、ホールの観光客は何となくその場に留まる雰囲気になっていたが、息抜きのために外に行く者もいる。

「お顔の色がすぐれないようですが……どうされましたか?」
 カフェの一角に、臨時の診察所がつくられていた。
 白衣を羽織り診察をしているのは、ニルヴァーナ創世学園の医学部教諭九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だった。
 心理学専門ではないけれど、不安な気持ちから船で体調を崩す人もいると聞く。
 彼女は乗り物酔いをしていそうな観光客を呼び止める。大人には暖かい紅茶、子供にはホットチョコレートをキッチンに注文して渡してあげると、簡単に問診をしていく。
「そうですか……大丈夫ですよ、軽い乗り物酔いです。こちらに酔い止めをお出ししておきます」
 ローズは酔い止めの薬を紙袋に入れて手渡すと、
「今は風が強く波も荒めですから、暖かい室内でゆっくりされた方がいいですよ」
「はい」
 立ち上がって頭を下げる男性に、穏やかに彼女は言う。
「私の薬とその飲み物には魔法をかけてあるんですよ」
 パラミタにおいて魔法はありふれている。観光客はそんなものだろうと思って(特に彼女は契約者であったから)再びぺこりと頭を下げて去っていった。
(ほっと、安心できる魔法。なんですけどね。医者の言葉もそうでしょう)
 笑顔で見送って、次を椅子に座って待っている人を呼びながら、彼女は考えていた。
(……具合が悪いと感じている人ならば、医者や看護士の忠告を聞かない人はそうそういないでしょう)
 こちらにはデッキで風に当たりたい、などと言い出されては困る事情があった。
 勿論ローズは医者なのだから、困っている人を助けるのが本分であって、相反しないかぎりは、助けるつもりでいる。
「済みません、さっきこの子転んじゃって……」
「ちょっと見せてくれるかな?」
 優しい声と態度を心掛けつつ、転んでひざをすりむいた男の子に、妖精の傷薬をちょんちょんっと付けていった。

「お菓子食べて、遊んで、お話聞いて、……残っているのはおトイレとお昼寝かな?」
 マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)が指折り数えていく。
「その二つはホールから出る必要がありますから、注意が必要ですわね」
 マリカの教育係テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)が、リネン室から布団や枕、タオルケットを次々に運び出し、マリカにぼすっと渡した。
「それでこちらはどこに置く予定ですの?」
「お昼寝、ホールでもできるんじゃないかな? 眠り出したそばから布団の中に放り込んじゃおう」
「それでも見張りは必要ですわよ。お布団に入ったら目が冴える子もいるかもしれませんわ。子供ってあちこち探検したいものですもの」
 二人は一抱えもあるリネンを持ってホールへの道を辿っていく。
「周到だね?」
「ええ、マリカ様のお世話でたっぷりと経験を積ませていただきましたわ」
 マリカはテレサにうんざりした顔をしたが、いいよ。と見張りを引き受けた。どうせその場にいるつもりなのだ。
「それでテレサはどうするの? おトイレついでに出歩かれるってこともあるよね。それは困るよ」
「女の子のおトイレにはわたくしが付き合いましょう。船上ではしゃぎすぎたら海に落ちかねませんしね。
 こう言えば大丈夫ですわ。『子供だけで歩き回らないでください。もし海に落ちてしまったら、魚の餌になってしまいますわよ』」
「それって……比喩になってないよ」
 マリカが再び微妙な顔をした。
「そうですけれど、溺死しても同じことですから」
 テレサの正直者っぷりにマリカは息を吐きつつ、
「男子の方はその辺のヌイ族の人に頼んでみるよ」
 と言って、なるべくカッコ良くて男の子受けしそうなぬいぐるみを呼び止めて、男の子のトイレへの付き添いを頼んだ。
 その後二人は寝具をホールの隅っこに運び込むと、衝立を立ててもらい、マリカが眠そうな子供たちをぽいぽいと軽々、柔道の要領で布団に放り込んでいった。
「はいはい、いい子はねんねの時間だよ〜」

 テレサが道が判らない、と言う女の子にトイレに付き添っていた時、カフェの方で何やら面白いことをやっているのに気付いた。
 カフェの四角いテーブル同士をくっつけて広くした場所に、銀色のボールが並べられている。中央では子供たちに囲まれている女生徒が、手首まで真っ白にしてボウルの中の何かをこねている。
「こうして、こねこねこね……こねこねこねこね」
 清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は白い粉をこねて、一塊の弾力のある生地にまとめていく。
「耳たぶの固さにしはるんがポイントや」
 エリスは見本を見せているつもりなのだが、それを見て自分のボウルを熱心にこねている子がいるかと思えば、きゃーとかわーとか言って、粉を両手でばらまいている子も。
 エリスは慌てて止めに入るが、手のねばねばが子供のほっぺたにくっついて、騒ぎが大きくなってしまった。
「あきまへんよ、そないなことしちゃあ……」
 そう言っている側から、他の子がエリスのボウルを覗き込んで聞いてくる。
「これでいいの? おねーちゃん?」
「そう、上手いなぁ。出来あがったら、そちらんお菓子も食べて欲しいどす。パラミタでは和菓子なんか珍しいでっしゃろねぇ……」
 エリスが示した方では、邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)がお菓子の包みを重そうに運んできたところだった。
 壹與比売は重たい和菓子の入った風呂敷包みを解くと、二段のお重をぱかっと開けて並べた。
 中には重たいもの──見た目が可愛らしい細工系の砂糖、求肥の和菓子、水分の多いどっしりとした和菓子が入っている。なるほど、子供には作るのが難しいものばかりだ。
「はいはい、それじゃあ一人分ずつ茹でていきまっしゃろ。ほな待ってておくれやす」
 煮え立ったお湯の中にぽとんぽとん、と落とされていく白いおだんごの塊が、つるっと滑らかな白玉になっていく。
「あっつあつでぷりっぷり白玉ぜんざいの、できあがりどす。これはあの子の分……」
 できあがった白玉。
 これに、壹與比売が用意したスープ用の保温容器から取り出したぜんざい、砂糖きな粉、それに黄色や緑、赤のカラフルなフルーツソースが入った細長い瓶をとんとんと立てて、スプーンを差していく。
「好きな色をかけておあがりやす」
 全て茹でてしまうと、エリスもまた自分を分をゆでてから、小豆をかけて、出来あがった白玉ぜんざいを口にして。
「んん? ……このぜんざい」
「あ、甘さ、ひ、控えめでご、ございます」
 嘘じゃないけど。嘘じゃないけれど。甘すぎるような味の濃い食べ物が大の苦手な彼女がしたら……。
 酷く動揺している壹與比売に、エリスはちょっと厳しい視線を送る。
「……控え目おすか?
 控え目、ちうのはちょっと控え目すぎる言い方じゃありまへんか? 殆どはいっていないように思えるんどすが。ほんのり塩気があって、ご飯のおかずのような……」
 エリスの視線に彼女は狼狽えてどもりながら、
「そ、そそそ、そうでございます。幼少の頃から甘過ぎる物を食べていては虫歯になってしまうのでございますよ」
 と言ってさっと背を向けて。
 子供たちは白玉を両親に見せに行って、そしてエリスの命令で、壹與比売は和菓子をカップルやご両親に配りに行くことにした。

 同じくカフェのキッチンでは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が奮闘していた。
(子供は目を離すと何をするか分からないからね。暗幕を開かれるだけでも今は危険だし、百合園生として、優雅に阻止しなくちゃね)
 そう決意してキッチンの前で腕組みをして、長いこと材料とにらめっこしていたが、
「お菓子は自信ないけど……そうだ、飴細工なら溶かして成形するだけだし、きっとボクにも出来るはず!」
 思い立って、水飴がたっぷり入ったパックを取り出した。そして、
(カラフルな色使いと形も気を引くだろうしね。熱いのは慣れてるから、何とか頑張れると思うんだ)
 ──と、思っていたのだが。
「あ、あれ?」
 材料は、水飴だけ。それを棒にくるくる巻きつけて塊を作る。
 道具は、バーナーと鋏だけ。バーナーで炙って溶かしたら、鋏ではさんで、手で捻って、鋏でぱちんと切って、手で整えて……。
「あれれ? おかしいなー」
 指先の熱に耐えながら飴をこねくり回していたレキの目の前で、飴は想像とは別の形を取り始める。
「もうすぐ劇が始まるのじゃが、そろそろ出来たかのう?」
 パートナーのミア・マハ(みあ・まは)が顔を出した時、
「うん、いいよー」
 答える声には普段の弾むような元気が若干ないような。
 ミアが不審に思って側まで来ると、立てられた棒の先の飴は、意図の知れないチョイスになっていた。
「こ、これは何じゃ……?」
「薔薇。……ら、ラフレシアに見えるよね。こっちは、ペンギン……の、つもりだったんだけど」
 どう見ても溶けたパンダ。
「目の付け所は兎も角、美的センスと不器用さが難点じゃったな」
「多少おかしくても、地球にはこんなのがあるんだよー」
 レキはミアに誤魔化すと、(要は気が引ければいいんだから。形はどうあれ味に問題ないもん)と自分に言い聞かせた。
 ミアはそんなレキの目の前から飴を引き取ると、
「ではここは頼んだぞ。ちょうど魔法の話をしておるし、見るからに魔女風の格好をしているわらわがお菓子を配るというのも、趣があって良いじゃろう?」
「ミア、手伝ってくれないのー?」
「べ、別に料理が出来ないわけではないのじゃぞ。それに子供目線で回っておれば、気付けるものもあるじゃろう。親の目を盗んでこっそりホールから抜け出して遊ぼうとする者とかな」
「……まぁそうだけど」
 何か言いたそうなレキを残してホールに戻ったミアは、物珍しげに群ってくる子供たちに一本ずつ、飴を渡していく。
「これこれ、お菓子をやるからじっとしておるのじゃ。遊びに行くのは上映が終わってからでも出来るからの」

 手に手に不恰好な飴を持って舐めながら、和菓子を食べながら、大人も子供も人形劇の始まりを待った。
 それはまるで昔々の日本、自転車でやってくる紙芝居屋さんを見ている子供たちと同じような光景にも見えた。
 ユルルがこの時間に人形劇をしてくれと頼んだのは、カーテンが閉められるからであり、──この間、遠く戦闘が起こっていることを彼らは知らない。
 幽霊船に大砲がないことが確認されたため、ヴァイシャリー海軍の商船の護衛艦は、騒ぎを大きくしないために大砲は使わずに小火器による遠距離攻撃と接舷戦闘を行っていた。
 ユルルは手に持つマイクの音量を大きくして、先程上演予定の契約者から渡された演目を読み上げた。
「演目は……」
 えっ!? と、ユルルは目を疑った。手の中の紙に書かれたタイトルに、自分の名前があったのだから。
 とはいってもそこは司会。声に出してはならない。カバチョ一族の家訓その5、『声は着ぐるみの顔よりも雄弁に語る。動揺するくらいなら黙っておく』。
「演目は……『ユルルと秘密の扉』です!」
 幕が上がると、世 羅儀(せい・らぎ)によるアコースティックギターやハーモニカの、即興の伴奏が流れた。彼は叶 白竜(よう・ぱいろん)のパートナーであるが、今日は天音の手伝いをしていた。
「ふふ、なんだかいつもと違うのも面白いね。なんて言ってたらブルーズが拗ねちゃうかな?」
 舞台の袖で笑ったのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だった。人形劇(と、このタイトル)を考えたのも彼だ。
 ヌイ族が予定していた人形劇の演目は既に決まってはいたけれど、面白そうだからという理由で契約者の上演と相成った。
 その分、外の警備などにヌイ族を割けるからとドン・カバチョは言っていたが。
 好奇心旺盛な天音にとっては直接幽霊船を見に行くというのも心惹かれるものがあったが、とりあえずは船を無事に港に帰すことを優先したという訳だ。
 ちなみにこの台本、オリジナルという訳ではない。パラミタにある絵本の主人公をユルルに変更したものだった。
「でもなんでこの台本なんですか?」
 不思議そうに、スタッフの猫ゆる族に小声で聞かれる。
「これはね、カモメのユルルが様々な冒険を経て、ついには、本当の自分を見つけるお話。ラストのおちは、『秘密の扉』の先に何があったのか、それぞれの想像に任せる筋立て、なんだよ」
 天音はまだ「自分の姿」が決まっていないユルルを意識してこうしたのだろう。
「じゃ、僕はこっち、君はあっちからだね」
 天音はマイクを握ると、『火喰い鳥のボーボー』の声を当てるため、口を開いた。

 一つめの人形劇が終わると、5分間の休憩をはさんで、すぐに次の劇が始まった。
 考えさせられる絵本とは打って変わって、こちらは完全オリジナルで、リズミカルな曲が流れる。
「『魔法少女☆まどまど ざ・むーびー』です!」
 ユルルのアナウンスに、二人の契約者は人形劇の舞台の下で視線で交すと、両手に填めた人形をぱっと登場させた。
 それは二体の、魔法少女の人形だった。ヌイ族から借りた女の子の人形をに描画のフラワシを駆使して加工したものだった。
「ボク魔法少女☆まどまど。今日のご飯はなーにかなー? あっ、大好きなハンバーグ!」
 緑のショートウェーブの髪に、ビーズの赤い瞳。黒いゴスロリ風衣装の女の子を操っているのは、人形そっくりな桐生 円(きりゅう・まどか)だった。
「もぐもぐもぐ、むしゃむしゃむしゃ。おいしーなー。まだ食べたいなぁ……あ、ニンジンとブロッコリー。いーらない!」
 ぽいっとニンジンとブロッコリーを模したフェルトを投げ出す。
「野菜をたべよー健康にとてもいいよ。おとーさんもおかーさんもそう言うけれど、でも美味しくないよ、野菜食べたくない。
 みんな! そう思うよね!」
 まどか人形が心を込めて観客に呼びかけると、もう一人女の子の人形が歌いながら姿を現した。青いロングウェーブの髪に金の瞳の女の子だ。こちらはワンピースに所々銀の鎧が付いた衣装だった。
「硬くてにがーいお野菜も、お料理したらあら不思議! お料理魔法少女☆ろざりんど参上です!」
 彼女を操っているのは、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)
「お野菜を捨てるなんて駄目ですよ! 野菜はちょっと苦かったりするけど、食べると元気になれるのですよ!」
「健康!? 食べたら気持ち悪くなるのに、健康にいいというのか、こやつめ」
 ぺしぺしぺし。
 なぜかろざりんどをぺしぺし叩くまどまど。ろざりんどは、ぽいぽい野菜を投げるまどまどの手を両手でひしっと掴む。
「何だと、邪魔をするのか魔法少女ろざりんど!」
「魔法少女最強の魔法、ランスでころにーおとし!」
 ろざりんどはリボンを巻いただけの槍にしか見えない魔法ステッキをくるくる振ると、まどまどの頭上からピーマンが降ってきた。
「円さん、いえ、まどまど。野菜もきちんと料理すると美味しくて、食べると大きく元気になれるのですよ。たとえばピーマン……」
 台本では野菜を沢山食べて元気な子になろうと啓蒙ストーリーになっている。
「私はこの世からピーマンが消えるなら、何でもするわ。そう世界が滅んでもいい。でも野菜食べない結果が、この小ささかも? ぼく今18だよ、大変ナイスバディになれない」
 どうしようと悩むまどまどに、
「大丈夫! たとえばこのまどまどが大嫌いなピーマンだって、ピーマンの肉詰めなら! 相乗効果で栄養がたくさん体の中に入るんです。はい、私の料理はおいしーのー」
 くるりんと回ってピーマンの肉詰め的な人形を取り出した。
「えっ、ロザリンの料理? 怖い、きっと美味しくないよ」
「あと、ピーマンも緑は苦いけど、赤や黄色のピーマンなら甘くて食べやすいんですよー」
「もぐもぐもぐ。……やっぱり野菜は必要なのだ、ぐらまーな美女、美男子になるためには。
 それに疲れを取って風邪予防の効果があるんだって。元気でお外で遊ぼうね!」
「みなさんもお野菜食べましょうねー」

 ぱちぱちぱちぱち。劇が終わると、拍手の中カーテンが開かれ、ホールにさっと光が差し込んだ。
 人の目が窓の外に向かないように、ユルルが早速マイクのスイッチを入れる。
「ではまた引き続いては、契約者さんたちのお話ですよー。今度はどんなお話でしょう? 楽しみですね」