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【原色の海】はじめての魔法。

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【原色の海】はじめての魔法。

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第7章 あなたが、わたしの魔法


 「魔法」と言われ……彼女にとっては、これだな、と心に思い当るものがあった。
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、少し照れながらも口を開いた。
「はじめての魔法、そうですね。……魔法使いの使う魔法とは違いますが、誰かを好きになる、愛すること、実は恋の魔法にかけられたからなんて考えると素敵だと思いませんか」
「確かに、そう表現しますね。先ほども恋の魔法という言葉が出ましたよね」
 ユルルが頷く。
「人を好きになる切っ掛けはいろいろあると思いますが、この人を好きになる、なろうと自分の意志で恋愛する事はないとは言いません」
 シャーロットは、彼女はカップルや、夫婦の顔をゆっくりと眺め渡していく。
「でも好きな人がいる人は考えてみて下さい。あなたが好きになった切っ掛けは? なぜそう思うようになったのでしょう?
 それはきっと相手の人から恋の魔法をかけられたからなんて思うのですよ」
 彼女の脳裏には、彼女が恋をする相手の姿かたちがはっきりと浮かんでいた。
(だって私は出会ってからずっと愛する人に恋の魔法をかけられ続けているのだから)
「ロマンチックな、女の子らしい発想ですね。いつか私も……」
 ユルルは夢を見るような? 顔で上を見上げたが、はっと司会のつとめに気付いて首をふるふると振った。そんな様子に、
「恋の魔法、素敵なんです」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)もにこにこしている。
「魔法にかけられたのもはじめての魔法なんですね。ボクにとってのはじめての魔法も、かけられたのかなぁ……」
「え? あなたも契約者なの?」
 観光客の中から一人、十歳くらいの女の子がびっくりしたように聞いてくる。小学生に見えるヴァーナーだから、てっきり観光客だと思われていたようだ。
 ヴァーナーはそうですよ、と頷いた。
「ボクはもともとパラミタと違うところにとこにいたんです。ある日、パラミタにあるステキな事を色々聞いたです」
「でも一人で来るなんて大変じゃないの? お家はどうしたの?」
「お家にはやさしい家族がいて、学校には大好きな友達がたくさんいて、とっても充実していたのに、ボクはとってもパラミタが気になるようになりました。
 しばらくたっても忘れることが出来なくて、公園で考えていたらいつの間にか夜になってたです」
 行ってみたいけど、行っちゃいけないんじゃないか。このままでも十分楽しいのに。何で気になるんだろう?
 お母さんやお父さんはなんて言うだろう? 心配するんじゃないかな? 連絡とかすぐできるんだろうか……。
「そんな時、すっと暗闇から女の子が目の前に現れました。
 そしてボクをパラミタにさそったです。女の子の瞳をみていたら色んな悩みや気持ちがすっきりして、ボクはパラミタにいくことを決めたです」
 それが、初めてのパートナーだった。
「勇気なのか気持ちなのかをくれたその女の子のお誘いがボクのはじめてあった魔法なんです〜」
 ヴァーナーは隣に座っている女性を見ると、
「はい、次はおねえちゃんのばんですよ♪ 何かお話があるんですよね?」

 桜月 舞香(さくらづき・まいか)は、パートナーの桜月 綾乃(さくらづき・あやの)と顔を見合わせた。
 パートナーと言っても、舞香にとっては義理の妹。そして実の姉妹のような間柄だった。
「二人にとっての、はじめての魔法ってほとんど一緒なのよね。だからね、綾乃と初めて会って契約した夜のお話をするわ。あんまりロマンチックなお話じゃないんだけど、そこは了解してね」
 舞香は躊躇なく答える。それは二人で別のことを思いついたりしていない、という確信があってのことだった。
「契約する前のあたしは、物心ついた頃から孤児で、特殊部隊に拾われてずっと闇の汚い世界で生きていたわ」
「私は家の勧めもあって、契約のパートナーを探しに来ていたんですけれど、当て所もなく彷徨ってる内に怖そうな人たちに絡まれてしまって。そこにたまたま通りかかったまいちゃんが助けてくれたんですよ」
 舞香は続ける綾乃が言った、助けてくれた、というところで苦笑いした。
「でもその時、ドジ踏んで相手にナイフで刺されちゃって……」
 さらっと言ったが、良く考えてみれば大変なことだ。観客からきゃっと声が上がる。
「大丈夫だったの?」
 生きているのだから大丈夫ではあるのだけれど。おずおずと、女性が訊く。
 綾乃が質問に答えるように、彼女に頷いて言葉を引き継いだ。
「命がけで自分を助けてくれた女の子。契約するならこの人しかいない、って思いました。
 それになにより、自分のために大けがをした彼女を助けたい……その一心で、私はまいちゃんに私と契約してって必死にお願いしたんです」
 舞香はくすっと笑う。
「こっちは出血多量で意識朦朧としてて、この子は一体何を言ってるの? って感じだったんだけど……。
 でも、この子はあたしの身を案じて泣いてくれている。こんな汚れたあたしなんかのために、泣いてくれる人がいたなんて……。
 この子だけは守ってあげたい。そう思ったから、あたしは綾乃の願いを受け入れたの」
 知ってるわよね? 契約したら力が強くなるって、と、舞香は確認してから続けた。
「そうして契約した綾乃の懸命なヒールの魔法で、あたしは一命を取り留めたわ。あの日綾乃があたしを助けてくれたヒールの魔法が、あたしが初めて見た魔法」
 首を振る。強く。
「いえ、それよりも。闇の世界で一生を終えるはずだったあたしを、光溢れる世界に導いてくれた契約の絆こそが、あたしを救ってくれた奇跡の魔法だったわ」

(はじめての魔法、……はじめての魔法ね……そうね)
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は先程からしばらく考えていた。皆が語るはじめての魔法の話を聞いて、考えていた……自身にとってのそれは何だったのか、と。
(私は魔法を使えるわけじゃないけど、初めて出会った魔法、という観点なら、それは今の相方のことかしら)
 パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)をちらりと見る。少女趣味の服に身を包んだ、せいぜい中学生くらいにしか見えない、魔女。
 ゆかりが彼女と出会ったのは2019年、まだ東京で国立大学の法学部の3回生だった二十歳の時。
(この頃の自分は袋小路。父と同じように官僚になるべきか、別の道を歩むべきか……将来の見通しをつけられず、非常に苦しんでいた。
 そんな矢先パラミタから東京にやってきて迷子になったマリーの世話を焼く羽目になって……好き勝手絶頂に振舞う彼女の姿を羨ましく思っていたわ。
 そんな自分の心を見透かすように「じゃ、カーリーも好き勝手に生きた方がいいよ!」……それが「初めての魔法」かもしれない)
 過去の回想から意識を引き戻したゆかりは、マリーに、他の人の話を邪魔しないように、小声で聞いてみた。
「ねえ、マリーは初めての魔法のこと、覚えてる?」
「カーリー、それはね……ふふっ」
 マリエッタはどうなのだろうと、ゆかりは考えていたのだが……。マリエッタは楽しそうに小さく笑った。
「自分は魔女の家系に生まれたから、魔法を身につけるのは当然のような環境だったわね。初めて魔法を使えたのは4歳の時。水の表面を凍らせただけだった。でも、そのことで世界が大きく開けた、あの感覚だけは今でも覚えているわ」
 だけどそれは本当のはじめてじゃなかったのね、とマリエッタも小声で続ける。
「本当のはじめては?」
「それはね……」
 マリエッタは自分の人生を思い返す。魔法を使った時感じた万能感……それを得たいがために必死になって魔法の修業に明け暮れ……そこそこ使える様になると増長して周囲をバカにし、14歳になると始末に負えないガキになっていた。
 変化が訪れたのは初めて地球……東京へ下りた時だった。彼女はそこで迷子になった。魔法など何の役にも立たず、初めて自分の愚かさを思い知らされた。……でも、そこで助けてもらった人の存在が、彼女と出会えた事が本当の意味の「初めての魔法」だった。
「それはね……カーリーも言わないんじゃ、負けみたいだし……また、今度気が向いたら」
 マリエッタはそう笑って返した。

「じゃあ次はボクの番だね!」
 鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が元気よく手を挙げたので、アナスタシアは意外そうに首を傾げた。
「ヨルさんもお話してくださるんですの?」
 彼女は、失礼だけど魔法使いっていうタイプではない──と言って剣や重火器を振り回すようにも見えないのだが──と、副会長に思っていたのだ。
 勿論さっきまで話されていたような、直接的でない魔法かもしれない。しかしそれにしては元気が良すぎるような。
「アナスタシアに哲学的な挑戦をされたよ。受けなくちゃね!」
 ヨルは張り切って話し始める。
「ボクの初めての魔法は、パートナーに出会ったことかな。たぶんその時から魔法にかかりっぱなしなんだと思うよ」
 ヨルは強く頷く。
「パラミタの百合園に入ったのも、いろんなところでパラミタの人や他校の人に会ったのも、最初の魔法が引き起こしたものだと思ってる。
 楽しいことも怖いこともあったけど、パートナーも友達も頼もしい人ばっかりだしね。
 こうしてこの船でみんなと会ったのも、魔法の力じゃないかな。みんなの魔法も聞かせてよ」

「皆さん良いお話ですね……」
 橘 舞(たちばな・まい)は旨の前で指を組む。彼女は車座の隅っこの方で、皆の話を聞いて密かに感動していた。
「ええ、私もお話しますね。私にとっての魔法も……私のパートナー、ブリジットと出会えたこと、です」
 舞は横に座るブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)を見やる。彼女はどこか不機嫌そうに腕組みをしていた。
「生まれた世界も歩んできた道もまったく違う者同士が街中で運命的な出会いを果たす。魔法みたいですよね」
 ますますブリジットは不機嫌そうな顔になる。といって本心から嫌そうではない──と舞は判断した。長い付き合いだ。ブリジットは否定するだろうが、舞は彼女のことをツンデレだと信じている。
「ブリジットと出会えてなかったら、私は今どうしているのでしょう? まだお屋敷の自分の部屋に一人で閉じこもっているかしれません。いまこうして皆さんとお話することもなかったです。
 ですから、私にとって、あの出会いこそが、最初で、そして何よりも素晴らしい奇跡の魔法なんです」
 舞の瞳が自然と潤んでいた。それを恥ずかしそうに微笑むと、
「なんだか、思い出したら、ちょっと涙が出て来てしまいました。お茶の準備でも手伝ってきますね」
 席を立とうとする舞に、ブリジットが不機嫌な表情のまま、
「舞……確かにいい話だけど、あれが」
 あれ──と視線でアナスタシアを示す。
「言ってるのは、そういうロマンチックな類の話じゃないと思うわよ。エリュシオン人って魔法バカだし。メトオストーム! とかポイズンタング! とか、そっち系よ、きっと」
「……。……。ポインズタング(毒舌)って……」
 絶句する舞を放っておいて、
「これだから、魔法バカのエリュシオン人は困るわ」
 はぁ、と彼女は息を吐き。
「まぁ、いいわ。初めての魔法ねぇ。私の場合は、炎かしら。アレ便利なのよね。
 攻撃にも使えるけど、ちょっと火が欲しい時にも使えるし。今でも、カエルの姿焼きを作るのに、たまに使うわ。まぁ、ちょっと火力調整が難しいのが難点だけど」
 ──カ、カエルの姿焼き。
 空気が固まったような気がしたが、ブリジットは意に介さない。
「それは、そうと……、言い出した張本人は、さぞかし感動的な素晴らしい話を聞かせてくれるのよね?」
 挑戦的な目を向けられて、カエルの姿焼きに呆然としていたアナスタシアが二度も魔法バカ呼ばわりされたことを思い出した。
 話しを振られて観光客の視線がアナスタシアに集中すると、ヨルも同調するように、
「そうそう、かっこいい魔法を知りたかったら、あのお姉ちゃんに聞くといいよ。偉そうだけど、実は照れ屋でやさしくてかわいいとこあるんだ。いろんなこと知ってるし、きっと楽しいよ」
 それでアナスタシアは左手を腰に当てると、目じりを吊り上げ抗議を主張するように胸元に手を当てた。
「なっ……! 偉そうってどういうことですの? 私は実際に貴族ですし! 生徒会長ですし! あと照れ屋なんかじゃないですし優しいのではなくて……きゃっ!?」
 アナスタシアは小さな悲鳴を上げた。二人に抗議しているうちに、子供たちが立ち上がって、「ねーねー、なにか魔法見せてー」と囲まれていたのだ。
「うっ……仕方ありませんわね、では私がはじめて使えるようになった魔法の話をしますわね」
 狼狽えるアナスタシアはこほんと咳払いをすると、話し始める。
「ご存じでない方にご説明いたしますと、私はエリュシオン帝国の出身ですの。ですから幼少時から周囲には魔法がありふれていましたわ。実家での教育にも魔法の家庭教師がいましたし……でもはじめての魔法を使えるようになったのは、もっと前ですわね。
 ええ。ヤグディン家は貴族ですの。ですからお屋敷を想像していただいて、それを一回り二回り大きくしていただければ間違いありませんわね」
 敷地から門までは数キロあり、厳寒はホール、一つ一つの部屋は広く、それを繋ぐ廊下も長かった。
 夜になれば明かりは各種魔法や魔法を用いたランタンなども利用していたけれど、煌々と明かりをつける習慣はない。
「しつけのためと夜は一人寝室で眠らされていましたの。明かりが消されて不便でしたわね。深夜ともなれば殆ど暗闇でしたわ。朝までじっと一人で待っているのも退屈ですし、そこで光の魔法を勉強しましたのよ」
 と、人前では言ったものの、言葉には嘘というか、省略がなされていた。
 要するに人前では言わなかったけれど要するに、夜ベッドから降りる必要のある行為──トイレに行くのが、怖かったのだろう。実はお化けが苦手なのもその体験のせいだ。
「……では、本場の魔法をご披露いたしましょう」
 アナスタシアは指を立てて魔法を披露した。指先から色とりどりの光が舞い散ったかと思うと、軌跡の後に小さな虹が生まれていく……。

 皆でその虹を目で指先で追っている中、時計を確認していたユルルの下に、ドン・カバチョからの伝言が届いた。