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リアクション
●ザナドゥ:メイシュロット近郊
空中都市メイシュロット、その南部も東部も臨める高台の上。枯れかけの細草が疎らに生えているだけの地にて、魔族の王魔神 パイモン(まじん・ぱいもん)と封魔壺から目覚めたばかりの悪魔ベリアルは対峙していた。
ベリアルが漆黒に染まった鉤爪を顕現させたとき、物陰に隠れていた悪魔兵たちがパイモンを取り囲む。
「お守りを連れてるなんて。本当に期待を裏切らない子、ねぇっ!!」
奇声にも似たそれと共にベリアルは勢いよく飛び出した。
腕の長さほどもあるベリアルの巨大な鉤爪、それを受けるのは当然にパイモンの近衛兵たちだと思われたが、聞こえてきたのは鉤爪と『ハルバード』の衝突音ではなく、パイモンの邪蛇の双剣が受けた音だった。
「あら、せっかく守ってもらえるのに。良いのかしら?」
「彼らにあなたの相手をさせるのは、さすがに荷が重いでしょうからね」
「まぁ。部下の仕事を取り上げると嫌われるわよ」
「それはそれは。ご忠告どうも!!」
力比べは互角。しかしパイモンの剣がベリアルの指間、鉤爪の根本にあるのに対し、鉤爪の切っ先はパイモンの眼球に揺れ迫っている。僅かであれ、押し込まれれば突き抉られる。
次撃を繰り出せば逃げられる、それを分かっているからこそ、ベリアルは力押しに徹しているのだ。一瞬の勝負になるが、敢えて押し切られる形で顔だけを避けるより他に無い。パイモンがそう思った時だった―――
二人の頭上に現れた巨大な光。程なく落下してきたそれは、二人を丸々焼いてしまう程に大きく、また激しく燃え上がっていた。
光の正体は『天の炎』、放ったグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の思惑通り、ベリアルとパイモンは同時に退いて火柱を避けた。
「二人とも、剣を納めて」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の狙撃が二人をさらに後方へ退かせた。
殺すことが目的でないため、狙ったのは二人の武器。武器で受けている間は反撃はない、そうなれば後は―――
「動くな」
パートナーである樹月 刀真(きづき・とうま)がベリアルに剣を突きつけて動きを止める。
「話がある、大人しく聞け」
「後にしてくれないかしら、パイモンちゃんが待ってるの」
「話を聞いて! 大事な事なんだ!」
強く言ったのは桐生 円(きりゅう・まどか)、刀真や月夜の行動は全て「この時」を作り出すためのもの。
「正直に言おう、僕らの中に国を用意できる人間なんていない。キミがパイモン君を捕らえた所で誰も約束を守れないんだ」
「約束を……守れない……?」
「そうだ、今は少しでも戦力が欲しい、そこにキミが現れた。パイモン君にも劣らない力を持つキミは正にうってつけだったというわけさ」
もちろんこれが全てではない、しかし状況的にそう取られてもおかしくはない。そしてそれはパイモンが言う人間像、傲慢で冷酷で狡猾な人間像の証明にも繋がってしまう。
そんなのは気に食わない。阻止するためには、嘘をついたまま彼女にパイモンと戦わせるわけにはいかない。
「確かに、カナンの情勢が安定するまでには暫くかかるでしょうし、領地もすぐには探せないでしょう」
水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)も同意した。ザナドゥと地上を繋ぐ橋を作る事は可能かもしれない、しかし国を作るとなればどうしても現地民との利権が絡んでくる。そうした交渉を、自国さえ安定していないカナンはもちろん、イルミンスールの平定に尽力するであろうシャンバラ政府が行えるかは疑問である。もちろん、この戦いに勝利する事が最低条件となるわけだが。
ベリアルは鉤爪の付いた両掌を広げて見せて、
「作れるか作れないかは、そちらの問題でしょう? あの子を止めてこの戦いを終わらせる、協力した見返りに国を頂く。私はそう約束しただけ」
「だからその約束は元々守れない約束なんだって!」
「同じことですわ」
「!!!」
視線を向けられた円も、睡蓮も身構えた。明らかなる敵意。語気とは裏腹にベリアルの細まった瞳からは殺気が溢れていた。
鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が睡蓮を自分の背後に下がらせるのを見てか、ベリアルは再びに笑みを浮かべた。
「作れるか作れないかは、そちらの問題。あのとき約束をしなければ私は9つの壷を全て解封してあなたたちを殺していた。命を救われた者として、また敵頭を潰すのに尽力した者との約束を反故にするほど恥ずべき種族ではないはずでしょう? あなたたち人間は」
「それは……」
約束が交わされた状況について言われれば、その場に居なかった睡蓮は全くの第三者という事になる。約定の中身については理不尽極まり無いとは感じていたが、そうした状況であったなら、つまり半ば脅された状態であったなら仕方がないと言えなくも―――
「きゃっ」
不意に九頭切丸が後肩で睡蓮を押し抑えた。直後に弾ける衝突音。九頭切丸が『マシーナリーソード』で『ハルバード』を打ち払った音だった。
気付けばパイモンを守り囲んでいた近衛兵たちがベリアルにも、また契約者たちにも襲いかかってきていた。
「敵を見誤るな!」
銃撃で応戦しながらに斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)が叫ぶ。
「パイモンを倒さなければ、この戦いは終わらない! この機を逃す気か?!」
「邦彦」
「あぁ! まずはコイツ等だ」
邦彦と共にネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)も飛び出した。
邦彦の銃撃に足止めを食っている近衛兵めがけて滑空し、『ヴァルキリーの脚刀』で首を刈る。彼女の派手な立ち回りに、他の近衛兵の目は自然と彼女へと集まる、そうなれば彼女の狙い通り。
「……さすがだな」
戦闘に入ることでいつもの冷静さを取り戻した邦彦がネルを誉めた。近衛兵とはいえ所詮は悪魔兵、武装はしていようとも皮膚部を狙えば銃弾は通る。奴らの注意がネルに向いているなら狙い所は幾らでもある。
邦彦の銃撃に注意がゆけばネルが軽やかに『天の刃』を振るう。自由気ままなようで、実は銃撃の隙間を埋めるように舞っている。
互いを守りつつ攻める、そんなバランスの良い戦術を、このような実戦の中においても二人は呼吸するかのように行えていた。
対してこちらの戦場は、
「ふふ、その程度ですか?」
「くっ……」
魔王パイモンと打ち合うグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、どうにも思ったように戦えないでいた。
(素早いとは聞いていたが、ここまでとは……)
『ヴァジュラ』での斬撃はことごとく打ち払われる、しかも奴に斬りかかっているのはグラキエスだけではない、水上 光(みなかみ・ひかる)も同時に『グレートソード』で斬りつけているというのに……。
「くっ……うぅっ」
ひとたびパイモンが攻めに転じれば二人は双剣をただ受けるだけになってしまう。それだけにパイモンの一撃、一振りは重かった。
「くそ……出し惜しんでる場合じゃないか……」
弾かれた拍子に離れて距離を取ると、グラキエスは両目に力を込めていった。
「グラキエス様?!!」
声をかけようとして止めようとして……パートナーのエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)はそれを止めた。
グラキエスは狂った魔力を宿す者、彼は今まさにその魔力を解き放とうとしている。その魔力が心身を蝕もうとも、制御できない魔力だと知っていても、目の前の魔族を討ち滅ぼすために、解き放つ時は今なのだと。
ならば自分は見届けよう。エルデネストは覚悟を決めて自身に『超人的肉体』を発動した。最後までこの戦場で立っているために。
「いく、ぞ」
狂気を宿した目をして。グラキエスはパイモンめがけて『ブリザード』を放った。
光、そしてパイモンが避け退いたのを見て、グラキエスは『ネロアンジェロ(強化光翼)』の推進で一気にパイモンとの距離を詰める。
「ふっ!!」
『ブリザード』に『天の炎』。精神の摩耗など考えることなく、狂気の赴くままに術を放っていった。
「くそっ……ボクだって」
打っても突いても光の剣はパイモンには届かなかった。しかし、こんな事で諦めるわけにはいかない。
光は『グレートソード』から『光条兵器』である大型の両手剣に持ち代えてから、
「力を借りるよ、アバリシア」
「我を纏うか。それも良かろう」
紫銀の魔鎧であるアバリシア・アロガンシア(あばりしあ・あろがんしあ)が静かに光の身体に装着してゆく。
「強く願え、己が願いを。己が真に欲するは何か、それを胸に刻み込むのじゃ」
欲するのは力、誰かを守ることのできる力、今は、目の前の敵を倒すことで多くの命を守ることができる、だから―――
「うおぉおおおおー!!!」
雄叫びをあげて、光は大剣を薙いてパイモンに向かって行った。
グラキエスも光も己の限界を超えた力を持って魔王に挑んでいる。そしてオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)もまた、『紅の魔眼』を発動して戦場に飛び込んでいった。
これまでただ静観していたわけではない。パートナーの師王 アスカ(しおう・あすか)と共にパイモンの戦い方を目に焼き付けていたのだ。勝つために、少しでも確率を上げるために。
そうして見つけた勝機。オルベールは三つ巴の戦場の中へ飛び込んでいった。
魔王パイモンはグラキエスの『ブリザード』は正面から空を斬り裂いて防ぎ、光の大剣との力勝負は辛うじて勝ったようで弾いてみせた。
一見すると余裕を持って二人の攻撃を捌いているように見えるが、肝は双剣の使い方にある。
一方の剣で攻撃を捌きながらも、もう一方の剣は常に身体の近くに置いている。攻め込まれている時ほどそれは顕著で、そこに素早い身のこなしが加わるから厄介なのだが、二段構えを崩さないのだと分かれば、打つ手はある。
光が薙る大剣の影、パイモンの剣に受けられた次の瞬間、オルベールは大剣の影から姿を現し、そして魔王のもう一方の剣に『奈落の鉄鎖』を唱えた。
「むっ」
パイモンの動きが一瞬に止まる、その一瞬で十分だった。
「ハァアアアアア!!!!」
魔王の頭上に師王 アスカ(しおう・あすか)が迫る。
落下の際に乗る重力と『強化光翼』の推進力を加えた速度でパイモンめがけて突進した。
狙うは武器破壊、動きの止まった今ならば双剣の一つを破壊できる。
「ぶち壊しなさい、アスカ」
「ハァアアアアア!!!!」
全体重を乗せた『ヴァジュラ』の一撃がパイモンに迫る。武器破壊は必至、そう思えたが―――
「!!!」
アスカの『ヴァジュラ』を受け止めたのは光の大剣を受けていた剣、しかもその剣は電撃を纏っていた。
『迅雷斬』、パイモンはとっさに動かない方の剣刃にもう一方の剣身を擦り抜いて、そのまま『迅雷斬』に繋げていた。
強引だが秀逸。今度はアスカの昇斬との力比べとなったが、じきに『奈落の鉄鎖』の呪縛が解けるのを感じ、アスカは自ら弾いて後方に飛び退いた。
「まだまだよぉ」
一度防がれたからといって諦めるアスカではない。次こそは必ず、そう思い、彼女が強く地を蹴った、その時だった―――
地面を揺らす強い衝撃、そして空には巨大な影が突如現れていた。