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魔法スライム駆除作戦

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魔法スライム駆除作戦

リアクション

 
 大浴場の悲劇
 
 このブロックにある大浴場は、ちょっとしたクアハウスだった。西洋の習慣が基本のため、水着着用となっており、男女混浴となっている。浴室は大風呂を中心に、サウナや、電気風呂、泡風呂、打たせ湯、ハーブ湯、足湯等が完備されている。
「さあ、まずはスライムの進入路から調べるよ」
 女子の脱衣所で、藤林 エリス(ふじばやし・えりす)は超ハイレグのビキニに着替えながら言った。水着のデザインのせいもあるが、もともと大きな胸と、綺麗な脚が実に強調されている。
 エリスは、まだここは脱衣所だからと安心していたが、それは甘かった。
 浴室からじわりと脱衣所に侵入してきたスライムが、天井からエリスの胸の谷間めがけて落ちてこようとした。
「エリスちゃん、天井!」
 アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)が、間一髪、火術でスライムを倒してエリスを救った。
「ありがとう、アスカ。それにしても、着替えまで狙ってくるとは、つくづく嫌らしい奴だわ。じゃ、今度はあたしが見張っているから、アスカは安心して着替えていいよ」
「うん」
 周囲をキョロキョロ見回すエリスに守られて、アスカは彼女と同じ白の水着に着替えた。
 まったく同じデザインの水着だが、身長が高い分、アスカの方が足がすらりと長く見える。胸の大きさの方は、甲乙つけがたいくらいに二人とも大きい。一番大きな違いといえば、金髪ツインテールのエリスよりも、赤いロングヘアーのアスカの方が、白い水着に髪がよく映えるというということだろうか。おしりの部分の水着の食い込みを指先でクイッと広げなおして、アスカが準備を整えた。
 そんな二人の様子を近くで見ていた十六夜 泡(いざよい・うたかた)は、嫌な予感がして浴室をのぞき込んだ。
 いる。
 今大風呂に浸かっている二人はまだ気づいていないようだけれど、浴室のあちこちに赤と青のプニプニした生き物が蠢いている。
「ああ、また今年もこの季節がやってきたのね」
 十六夜は溜め息を一つ着くと、水着の上に念のためバスタオルを一枚巻いた。
 浴室に入る前に、使えそうな設備、サウナ室とか電気風呂とかの位置を頭に叩き込んでおく。何事も、備えあれば憂い無しだ。
「これは使えそうね」
 脱衣所にあるコントロールパネルを開くと、十六夜はサウナと電気風呂の出力を最大にまで上げた。
 そのころ、男子の脱衣所では、海パンに着替えた織機 誠(おりはた・まこと)が、脱衣所においてあったスプレー類とジッポーライターを用意していた。これを簡易火炎放射器として、スライムと戦う武器にしようというのだ。
 脱衣所で、戦う準備を始めている者たちとは対照的に、湯船では九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )マネット・エェル( ・ )がのんびりとお風呂を楽しんでいた。
 かわいいフリルのついた、スカートつきの白いワンピース水着を着た九弓は、ウェーブのかかったロングブロンドが美しい普通の女の子だが、パートナーのマネットは、身長が一三センチしかない、小さな小さな剣の花嫁だった。白いワンピース水着を着て、適度に湯を入れたケロリンの黄色い桶の中で静かにお湯に浸かっている。
 脱衣所での一戦は別として、浴室はまだ平和だった。だが、それも嵐の前の静けさだ。
「行くわよ」
 エリスの言葉に、アスカと十六夜がうなずいた。
 浴室の扉を開けると、まず十六夜が中に飛び込んだ。
「先手必勝!」
 銀色に輝くポニーテールが美しく弧を描き、十六夜は両手を腰だめに構えて力を集中させた。
「はっ!」
 十六夜はまず右手の拳を繰り出すと、ドラゴンアーツから生まれる衝撃波でサウナ室のドアを吹き飛ばした。これで、サウナ室へのスライムの出し入れが自由になる。
 衝撃波に刺激を受けたスライムたちは、一斉に活性化して動きだした。
「せいっ」
 襲いかかってきたスライムを、流れるような足捌きでサウナとの軸線上に誘導すると、十六夜は指を広げた左手をゆっくりとした力を込めて突き出した。放出された力が、スライムを粉砕することなく、つつみ込むようにして後ろに押し飛ばす。綺麗な放物線を描いたスライムは、狙い違わずサウナ室の中へと投げ込まれた。
 一気に高温に晒されて、スライムがのたうったうちに動かなくなって乾いていく。
「いけるわよ!」
 十六夜の言葉に、エリスとアスカが浴室に飛び込んできた。気配を察して、誠も浴室に入っていった。
「魔法スライム!?」
 状況を把握して、九弓はマネットの入った風呂桶をかかえた。大風呂の湯のあちこちに、ぽっかりとスライムたちが浮かびあがってくる。全身から湯水の雫を引きながら、九弓は湯船から脱出した。
「きっと、スライムたちは下水から侵入してきたのよ」
 そう叫ぶと、エリスが洗い場にある排水口をのぞき込んだ。だが、どうにもスライムがいるような気配がない。
「違うのかなあ……」
 振り返ったエリスの前に、なぜかいつの間にか箒に乗っている明日香の姿があった。
「なんで箒なんか乗っかってるのよ」
 エリスが訊ねると、アスカがちょんちょんとすぐ横を指さした。
「ひー」
 エリスが悲鳴をあげる。湯船から這い出たスライムたちが、エリスのすぐ足許にまで迫っていた。
「逃げるよー」
 アスカが箒を上昇させる。エリスはあわててそれにつかまった。そのまま空中に逃げられるかと思われたとき、エリスの手から力が抜けていった。見れば、いつの間にかに、青いスライムがはりついている。
「アスカ……」
「エリスちゃんったらあ。こうなったらしかたないわね。ごめん、盾になってね」
 エリスの手から完全に力が抜けて、アスカに見送られながらスライムの上に落ちていった。
「うおおおぉぉぉ」
 スライムの群れに全身をもみほぐされるエリスを見て、誠が歓喜の雄叫びをあげた。白い水着が、スライムまみれになって半分透けてしまっている。
「私は、これを待っていたあぁぁぁ」
 叫びつつ、誠が持ってきていたデジタルカメラの連写モードを発動させた。可能な限り、撮して撮して撮しまくる。
 そのカメラのフラッシュで、スライムたちの群れがいらぬ刺激を与えられた。一気に活性化したスライムたちが、一斉に浴室にいた者たちに襲いかかってきたのだ。浴室がほとんどスライムに埋め尽くされるという地獄がそこに現れた。
「いったい何匹いるのよ」
 十六夜が悲鳴をあげた。さすがに、同時に五匹ほどの攻撃を受けては、そうそう簡単に避けることはできない。
「私、この戦いが終わったら、ゆっくりとお風呂に浸かるんだ……あはぅ」
 辞世の句を残して、十六夜が倒れた。
「なんの。この程度の攻撃、私の煩悩の前には、無駄! 無効! 無理! 無視! 無力!」
 誠は、今度は十六夜の姿を激写した。スライムたちが激しく偽足をのばして誠を攻撃してくるが、信じられないステップでそれをすべて躱す。
 スライムに襲われても、変な格好になったり、水着が透けたりしないようにと、念には念を入れて、十六夜はバスタオルを水着の上から身体に巻いていた。ところが、それをあざ笑うように、スライムたちは、水着とバスタオルの間に入り込んで、くねくねと動き回った。そのたびに、バスタオルが不自然な形に盛り上がる。
「おおおお、スライム、GJ」
 誠が、憑かれたようにシャッターを切った。
「てい」
 ぽちゃん。
「はっ……。ああああぁぁぁぁ!!」
 アスカの手刀が、チョンと誠のデジタルカメラを叩いた。あっけなく彼の手から滑り落ちたカメラは、スライムのせいですべりやすくなっている床の上をすべっていき、そのまま下水口の中に姿を消した。
「なんの、私の脳内カメラは不滅です!」
 めげずに、誠は叫んだ。
「もう、あの人たちは何をやっているのよ」
 マネットを連れて逃げ回りながら、九弓は呆れて物が言えなかった。
 逃げ回りながらも、スライムたちがどこからやってきているのか、まだ数が増えるのかを冷静に観察していく。
 下水口は、どう見てもスライムが出てきたところとは思えなかった。この大浴場の排水量から考えて、こんなに大量のスライムが排水をさかのぼって入ってくるわけがない。もしそうなら、排水が止まるか逆流して、簡単に兆候が読み取れたはずだ。
 だとすれば、上水道が怪しいが、カランのある水栓は出入りが難しいだろう。
「ますたぁ、天井注意してください」
 肩に乗って髪の毛に必死にしがみついたマネットの忠告に、九弓はタンと床を蹴った。けっしてすべったりしないように、足の指を使いこなして、重心を巧みにコントロールする。
 逃げ回りながら、九弓の視線が大風呂中央の水龍の像に止まる。お湯の噴き出し口なのだが、ときどき赤い物や青い物が混じっているような気がする。進入路はここらしいが、分かったからといって今は何をする余裕もない。
「ますたぁ、右!」
「くっ」
 マネットが叫ぶ。さすがに避けられない。九弓はほとんどゼロ距離攻撃の火術でスライムを蒸発させた。
 アスカも火球でスライムたちを一時的に追い払い、その隙にエリスを箒の上に引き上げた。
 誠も、さすがに十六夜を助けようとしてはいるが、スライムたちを突破できずにいた。ここが使うときと、スプレー缶とライターで火炎放射をスライムに浴びせる。
「あちっ……あちちちちちちっ」
 スライムを一匹倒しはしたものの、あっという間にノズルの部分が加熱して、スプレーを持っていられなくなった誠は思わずそれを投げ捨てた。
 なんとかして脱衣所に逃げたいが、間で無数のスライムが暴れ回っていて、とても無理な状況だ。
「前と後ろからきますぅ」
「まだ!」
 九弓は前から来るスライムを火球で消し飛ばすと、猛ダッシュで後ろから来たスライムから逃げた。
 あまりに多くのスライムがいるので、もう逃げ回るしかない。何かやりたくても、この状況では無理な話だった。
 まだ箒に乗っているアスカは有利かと思われたが、天井から垂れ落ちてきたスライムを避けるために、空中でバランスを崩した。気を失っているエリスを左手と左足を絡めてなんとか支え、右手と右足先だけで空中の箒にぶら下がる形になる。
「落ちるものかあ!」
 アスカが四肢に力を込めた。なんとか箒によじ登ろうとする。大股開きになったなんとも恥ずかしい格好だが、真下に広がるスライムの海に落ちるよりはよっぽどましだ。
「うおお!」
 真っ正面の特等席でアスカの痴態を見た誠が叫んだ。その視界が赤く染まっていく。本人は鼻血でも噴いたのかと思ったが、案の定、それは真っ赤なスライムだった。ぼーっと見とれてしまったため、あっけなく襲われてしまったのだ。
「不覚……」
 誠がスライムの海に沈んでいく。
 それを横目で見ながら、アスカはなんとか箒の上に復帰することができた。エリスの身体も、必死に箒の上に引っぱりあげる。
 風紀委員も、分断されて身動きがとれない状態だ。
 全滅は時間の問題と思われたとき、やっと援軍が現れた。