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魔術書探しと謎の影

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魔術書探しと謎の影

リアクション

 
 刀真のように本を探しながら地図を作る者は何人かいたが、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は地図を作ることこそを主目的としていた。
「大図書館、か。私にはあまり縁がないところだけど、あなたは興味津々みたいね、キュー」
「ああ、これがヒトの英知の集いし場所か。実に興味深い」
「でも、どうせなら静かな時に来たほうがいいでしょう。そこで、今回は地図作りっていうのはどうかしら?」
「確かに、これでは見て回るだけで時間を無駄にしてしまうかも知れないな。地図作成、心得た」
「ただ、私たちイルミンスールの生徒じゃないから、堂々とやるのはちょっと気がひけるわね。他にもどんな人が来ているか分からないし、悪さをしている人がいないか見回りを兼ねてやることにしましょう。それならきっと嫌がられないわよね」
「そうだな」
「それじゃキュー、本棚の上をお願いするわ。その方が見通しもいいし、姿勢を低くしていれば見つかりにくくて便利でしょ? 」
「本棚の上を這えというのか?」
「そうよ。早くして」
 リカインに急かされ、キューはしぶしぶ本棚の上に登る。
「ぷぷ、ヤモリみたい」
 ドラゴニュートのキューが腹ばいになった姿は、ヤモリとそっくりだった。リカインは思わず吹き出す。
「我をヤモリ呼ばわりするとは……!」
「はは、ごめんごめん。それじゃ始めましょ。頑張ってね」
 二人は手分けをして順調に地図を作成していく。図書館はあまりに広すぎて、今回は比較的入り口に近い部分しか地図を作れそうにないが、当面はそれで十分だろう。
 リカインが地図を作っているのを見て、近くを通った愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)が彼女に話しかける。
「ねえ、あなたもしかして地図を作っている人? よかったら写させてくれないかしら」
「ええ、構わないわよ」
 リカインは地図を差し出す。
「ありがとう。ああそうそう、謎の影探索チームの人に聞いたんだけど、ここは今回の作戦のためにルート変更がしてあって、本来はこうなってるんだって。それからこの辺に罠が仕掛けてあるらしいよ」
 ミサは手際よく地図に手を加えてゆく。
「あら、そうなの。それはこちらにとっても有益な情報だわ」
 実は、方向感覚の鈍いミサの手によって地図はでたらめに描きかえられてしまったのだが、彼女たちにそれを知るすべはない。
「よし、写し終わりっと。どうもね。そうだ、電話番号交換しない? いつかお礼をさせてもらうわ」
 リカインと電話番号を交換すると、ミサは自分の探している本について話し始める。
「俺、民族的な音楽に興味があってさ、古い楽譜とか森に住んでいた人たちにまつわる本を探してるのよ。ほら、森にはヴァルキリー一族が住んでいるし、他にも何らかの民族が住んでいたかも知れない。そういった本を探せたら、そこにその民族の歌も載ってるかもしれないから」
「そういった本が置いてあるコーナーなら、さっき見かけたぞ」
 本棚の上からキューが話しかける。
「わ、びっくりした! そんなところにもいたんだ。それはそうと、本はどこにあったの?」
 キューはミサの地図にマークをつけてやる。
「ありがとう。早速行ってみるね。それじゃ!」
 ミサは二人に手を振ると、急いで走り去ってゆく。
「面白い子だったな」
「ええ」
 しかしリカインはすぐにまたミサと話すことになる。姿を消してまもなく、彼女から着信があったのだ。
「もしもし」
「あ、リカ? なんか生徒たちが騒いでるんだけど、どうも『詳説魔術体系』が見つかったらしいよ。興味あるかと思って一応連絡してみたの。場所はさっき話してたところと印をつけてもらったところの中間くらい。うん、それだけ。じゃあ俺は興味ないし、本探しに戻るから。サラダバー」
 そう言ってミサは電話を切る。
「キュー、行ってみましょう」
「うむ」

 ミサが言っていた場所は、人だかりができているのですぐに分かった。
「どれどれ!?」
「先超されちゃったか」
「おかしいなあ、俺もその辺探したんだけど……」
 騒ぎ立てる生徒たちの中心にいるのは永久とみつよ。二人とも信じられないといった顔をしてで座り込んでいる。
「あれ? もしかして私見つけちゃいました?」
「す、すごいよ永久! お手柄だよ!」
「いやあ、やる気のない私が見つけてしまうとは。なんか申し訳ない気分……でも得てしてこういうものよね」
「ねえ片野さん、校長のところに持って行く前に、その本の中見せてよ」
「そうね。すぐに持って行く必要もないわよね。ようし」
 生徒の一人に言われてゆっくりと本を開いた永久は、次の瞬間目を疑った。
「グリーンカレーの……作り方?」
「え、何それ」
「はあ? カレー?」
 生徒たちは拍子抜けする。
「おい、こっちにもあったぞ『詳説魔術体系』」
「こっちにもだ。でも内容がおかしい」
「よく見るとちょっと外見が違わないか?」
「偽物ってこと? 誰よこんな悪戯するの」
 皆が騒然とする中、リカインは冷静に周囲を見回していたので、日堂 真宵(にちどう・まよい)アーサー・レイス(あーさー・れいす)が遠巻きに状況を見守っていることに気がついた。
 真宵は必死に笑いをこらえているように見える。
「あいつ……!」
 リカインが飛び出す。
「お、おい待て」
 キューの声にもリカインは耳を傾けない。
「先手必勝よ」
「それで今までどれだけの問題を起こしてきたと……やれやれ、言っても無駄だな」
 リカインは武器の器を取り出して真宵に詰め寄る。
「犯人はあなたね!」
「あら、何を言っているの。どんな証拠があってそんな言いがかりを……」
 真宵はしらを切ろうとしたが、生徒たちの注目を一身に浴びていることに気がつくと我慢できなくなる。何を思ったか本棚の上に登り、高らかにこう叫んだ。
「そう、わたくしこそがその大量の偽物をばらまいた張っ本っ人っ! 校長に恨みはない。むしろあの自由奔放ぶりは気持ちがいいくらいだわ。でも、これは悪の魔法使いへの下積みとして必要なことなの。それを邪魔しようとは……あなたのようなヒーロー気取りの者を見ると、はらわたが煮えくりかえりそうになるのよ!」
 アーサーも続く。
「そうです! 皆さん、もっとカレーの素晴らしさを知るべきなのです!」
「問答無用!」
 リカインが二人に飛びかかる。キューも後に続き、大立ち回りが繰り広げられた。
「よらないで、この! この!」
「ち、ちちちち、ち、ちちを吸わせて下さーい! カレー味の血ィー!」
 真宵は悪の魔法使いを目指しているというわりに蹴りばかり繰り出し、アーサーは意味不明なことを言いながらかけずり回る。真宵たちが武闘派のリカインとキューにかなうはずもなく、二人はあっという間に捕らえられてしまう。
「さあ大人しくしなさい。私はここの生徒ではないので、処分はエリザベート先生に決めてもらいましょう」
「ふん、きょ、今日のところはこの位で勘弁してあげるわ!」
「カレーさえ食べていればこんなことには……」
 二人は図書館の隅に放り出される。
「元はと言えばあなたが悪いのよ、アーサー! 最初は普通に『詳説魔術体系』を探そうとしていたのに、あなたが変な誘惑をするから」
「そんな、あなただってノリノリだったじゃないですか」
 二人の言い争う声がむなしく図書館に響き渡った。

「全く、真宵のやつ簡単に捕まっちまって。情けねえなあ。さて俺は今のうちに……」
 離れたところから一部始終を見守っていた南 鮪(みなみ・まぐろ)が言う。真宵には仲間がいたのだ。鮪は魔術書偽造を企てたが、詳説魔術体系がどんなものかさっぱり分からず、下手をすれば魔術書の字も読めない。そこで真宵に協力させたというわけだ。
「ヒャッハァ〜、世の中に広がる魔法以外の神秘と広大さを教えてやるぜェ〜」
 鮪はエロ本にそのままサインペンで『詳説魔術体系』と書いたり、現地で見つけためぼしい魔術書のカバーや真宵に作らせたカバーをかぶせて図書館に紛れ込ませる。ちなみに、女性向けも忘れず用意していた。他には『素晴らしいモヒカン』、『波羅蜜多実業心得』なども紛れ込ませてある。
「これだけあれば一冊くらいエリザベートに届くはずだァ〜! あのお子様に優しく教育だぜぇ〜!」
 鮪は作業を終えると、図書館内を盗んだバイクで走り出す。
「ヒャッハァー! 最近図書館にバイクで走り回る怪しい影が出没するらしいなァ。そいつは俺のことだァ〜!」
 しかし、あまりにも露骨な彼を謎の影の正体だと思う者は誰もいなかった。鮪が波羅蜜多の生徒だと分かると、生徒たちは彼から目をそらす。退治されてもいいから自分も怪しい影になって盛り上げたかった鮪は、少し寂しそうな顔をした。

「なんだか騒がしいねえ。面倒ごとには関わりたくないや」
「そうでございますね」
 {SFM0003587# 清泉 北都}とクナイ・アヤシ(くない・あやし)は一連の騒動に巻き込まれることなく図書館を満喫していた。
「これだけ大きい図書館ははじめてだよ。折角だからこの機会に、薔薇学では読めない本を読んでおこう」
 北都は興味のある本を片端から手に取り、他の生徒の邪魔にならないよう隅で壁に寄りかかりつつ読んでいく。彼は知識欲旺盛な生徒で、この世界にまつわる伝説や言い伝えに特に興味があった。
「ナカラについて書いてある本があるといいんだけど……噂だと思っていたものが現実に出てきたわけだし、今後のことも考えると知っておいて損はないだろうからね。この世界にはまだ分からない事が沢山あるよ」
 そう言いながら本を物色する北都は、やがて少し高い位置にある本に目をとめた。
「クナイ、暇そうにしてるね。あれ取って」
 やや小柄な彼は、そう指示して高いところにある本をクナイに取ってもらう。
「かしこまりました、北都様」
(素直に「届かないから取って」と言えばいいものを……)
 クナイは北都が読み終わった本を元の位置に戻すこともしている。また彼は、『禁猟区』のスキルを発動し、怪しい本がないか常に警戒していた。
 そんなクナイの『禁猟区』に、本日はじめての反応が認められる。
「ん、これは」
 クナイが反応を示す本を手に取ると、それは鮪が紛れ込ませたいやらしい本だった。
「……なるほど、確かにある意味邪な気を発しているかもしれませんね。しかしなぜこんなところに? まあ見なかったことにしましょう。気付かないふりをするのも優しさですからね」
 クナイはそっと本を棚に戻す。
「どうかしたの? クナイ」
「いえ、なんでもございません」
 クナイは何事もなかったかのように北都の世話を続けた。