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リアクション
第3章 ティータイムと謎の影
「タマのやつ、『みのるんは、好き勝手に火を使うので今回はお留守番ですわ』だって? 冗談じゃないぜ!」
新田 実(にった・みのる)は珠樹に置き去りにされて腹を立てていた。
「まあいい、本の妖怪だろうが謎の影だろうが炙り出してやる」
実は他の生徒にみつからないようにマントをかぶり、とりあえず珠樹の友達であるこころの後をつけている。すると、不意に声が聞こえた。
「あら、こころん。何か有益な情報は手に入って?」
「全然だめだよー。もうおなかすいたー」
「げ、タマだ。まずいな、とりあえずどこかに隠れて……お、あっちのほうは電気がついてないぞ」
実が逃げ込んだのは陽一とフリーレが待機するエリアだった。
陽一は謎の影が人目をはばかることを考慮して、複数の会話や物音から離れた位置の音と姿を重点的に検索。音から一般生徒の位置を把握し、彼らから離れて動くようフリーレに指示する。
一方フリーレは振動音が常に鳴り響く状態にした携帯電話を携行し、通路を匍匐姿勢で徘徊する。影の警戒心を逆手に取り、行動を制御する作戦だ。
二人の作戦は完成度の高いものであったが、吸血鬼である実は暗がりでも目が利く。相手より先にフリーレの姿を見つけ、その場を去ろうとした。しかしそのとき、床に散布されたピスタチオの殻を踏身潰す。思わず出そうになる声を、実は必死で飲み込んだ。
普通の人間なら、床に撒かれた殻を見たり踏み潰したりすれば、かなりの確率で何か言葉が出る。これを聞いて陽一は本命が来たと確信する。急いで実の場所をフリーレに伝える。
「了解。至急向かう」
実が立ち止まっている間にフリーレが素早く接近し、彼の耳に携帯電話の振動音が届く。
「目標は露骨に私から遠ざかっていく。本命と見て間違いないであろう」
「分かった。俺は捕縛に向かう。援護を頼む」
「気をつけるのだぞ」
陽一は本棚の上を移動して実に接近し、死角である上から網を打つ、しかし実はこれをすんでのところでかわした。
「ちいっ、フリーレ!」
間髪入れずにフリーレが実に飛びかかるが、いくら暗視ゴーグルをつけているとはいっても、暗がりで吸血を相手にするのは分が悪い。彼を捕らえるには至らなかった。
逃げ出した実が明るみに出ると、後を追った陽一とフリーレは大声で叫んだ。
「「不審者が出たぞ!!」」
これを聞いて真っ先に反応したのは、もちろん謎の影探査チームのメンバーだ。作戦開始から一向に謎の影が現れず退屈しかけていたところだが、一気に目が覚める。
「待ってましたよ!」
樹が実に向かって勢いよく駆け出す。体育が得意な彼女は、脚力には自信があった。
「こちらは任せてください」
エリスは反対側から実に接近する。挟み撃ちにする作戦だ。
「やれやれ、捕獲班は図書館内でやる気ですのね。迷惑ですこと。書架にぶつかりでもしたら本が散らばるでしょうに」
その様子を見ていたティタニエルがつぶやく。
「しかしこれもヴィルジール様の命。仕方ありません、助力いたしましょう」
ティタニエルも腰を上げた。
「水橋さん、そっちに行きましたよ!」
「はい、そこを塞いでおいてください」
「え、あのミーは何もやましいことは……」
複雑きわまりない図書館の中で、樹とエリスは実を徐々に弥十郎と響がルート変更したゾーンへと追い詰めてゆく。シミュレーションを重ねた成果が出ているようだ。
「もう少しで例の場所です」
「ええ、あとはあの通路に追い込むだけですね」
なんとか逃げおおせていた実だが、とうとう袋小路に追い詰められる。左には樹、右にはエリスが立っている。
「まさか私に勝てるとは思っていませんよね?」
樹が構えをとる。彼女の実家は武術道場を営んでいるのだ。
「あなたには迷惑しているんです」
エリスは実をきっと見据えた。
「だから誤解……」
今の二人は何を言っても聞く耳をもちそうにない。実が藁にもすがる思いで振り向くと、そこにはいつの間にかティタニエルの姿があった。彼女は常に実の後方を移動し、退路を断っていたのだ。
「……こっちは通行止めですわ」
ティタニエルは剣で実を威嚇する。前に逃げるしかなくなった実は、とうとう行き止まりにぶち当たった。
「ミューレリアさん、今です!」
樹の合図でミューレリアが罠を発動する。さすがに今回は実も避けようがなかった。
「よっしゃ、捕縛成功だぜ! さあ顔を拝ませてもらおうか」
隠れていたミューレリアが現れ、実のマントを引きはがす。次の瞬間、野次馬の一人であるこころが声を上げる。
「え、みのるん……?」
その隣では、珠樹が顔を真っ赤にしていた。
「……こんなところで何をやっていますの……?」
「申し訳ございません」
珠樹が事情を説明し、ミューレリアたちに頭を下げる。こころも一緒になって謝った。実は、お気に入り吸血コウモリキャラ「伝説のバットちゃん」を貼られたメイスで珠樹にお仕置きされ、のびている。
「なんだ、せっかく捕まえたと思ったのに偽物かよ」
ミューレリアはがっくりとうなだれる。
「ということは、本物はまだ捕まっていないということですよね。この様子では今日お目にかかるのは無理そうかしら」
樹が言う。
「私たち勘違いをしていたんですね……」
エリスは申し訳なさそうに実を見つめていた。
「ねえ、お茶にしようよ!」
沈んだ空気の中、元気な声でそう言ったのは歌菜だった。
「こういうときはゆっくりティータイムに限るよ。みんなも疲れてるでしょう。紅茶にサンドイッチ、手作りクッキーもあるよ! クッキーは見た目こそ素朴で雑だけど……味は悪くないはず!」
「いいねえ。そうしようよ。実は僕も紅茶をもってきてるんだ。ごちそうするよ」
北都はそう言って机を並べ、一息つくためのスペースを作っていく。それをみて他の生徒たちも一人、また一人と手伝い始めた。
「お掃除お掃除〜……ふぅ〜〜。任務完了でございます」
並べ終わった机をメイドのミキがきれいにし、巨大テーブルの完成である。
「皆で食べて休憩して、その後またがんばろー!」
席に着いた生徒たちに歌菜が飲み物と食べ物を配っていく。せめてものお詫びに、と珠樹ももってきたおやつとサンドイッチを分けた。それでも人数が人数なので一人あたりの分量は少なかったが、疲れがピークに達していた生徒たちの間に和やかな空気をただよわせるには十分だった。
「はあ、疲れたわ」
「十六夜さんはどうやって本を探していたの?」
「この図書館では実力に見合った本しか読めないと聞いて、私は本を探すのに魔力が関わっていると考えたの。だから魔力を集中して『詳説魔術体系』の情報を思い描きながらほとんど直感で探したわ。これが疲れるのよね……熱っ」
猫舌の泡は口をつけた紅茶を慌てて離す。
その隣では、とっちめられ隅っこに放り出されていた真宵とアーサーがちゃっかりお茶会に参加していた。
「あら、この紅茶なかなか深い味わいをしているじゃないの。こっちのクッキーも悪くないわ。アーサー、むくれた顔をしていないで、あなたも食べてごらんなさいよ」
「冗談じゃないですよ! 甘いものなんて食べる人の気が知れません。特にモンブランやらティラミスやら落雁などというものは、この世から消え去るべきなんだ。カレーこそが王者の食べ物なのです!」
歌菜は数人の女子生徒に囲まれてティータイムを楽しんでいる。
「遠野さん用意がいいのね。この紅茶もクッキーもすごくおいしいわ」
「本当、今度料理教えてよ!」
「ありがとう。私でよければいつでも教えるわよ。今日は絶対に本を見つけるんだって覚悟を決めたから、きちんと用意をしてきたの。でも、探しても探してもみつからないわね。勿論諦めるつもりはないけど」
「遠野さんて粘り強いのね。私なんて本当に『詳説魔術体系』があるのか疑問に思ってきちゃったわ」
「私も。司書さんたちがしっかりしてくれていれば、こんなことにはならないのに。って、その司書さんたちの中で一番偉い人がいないんだっけ? なんか魔女だっていう噂だけど」
それを聞いて歌菜が言う。
「そう、その人のことも気になるのよね。もしその人に会えれば、本のありかを聞くこともできるし。そうだな……この際呼んでみようか」
「え?」
歌菜は一呼吸置くと、
「司書さんもお夜食どうですかー!?」
と大声で叫んだ。
生徒たちの視線が一斉に歌菜に集まり、辺りが静まりかえる。その後、どっと笑いが起こった。
「やだあ、そんなので来るわけないじゃない」
「あはは、そうよね」
お茶会は大成功と言えそうだった。
「あら、あちらではお茶会をしていますのね。シャロ、私たちもティータイムにしませんこと? サンドイッチと紅茶をもってきているのでしょう?」
「はい、シルフェ様。でもお口に合うかどうか……」
「ふふ、シャロが作ったものならおいしいにきまっていますわ」
二人は人気が少なくて死角になり、広いスペースがあるところに向かう。しかし、近くにリリとパートナーのユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)がいることには気がついていなかった。
「『詳説魔術体系』を見つけ出し、尊敬すべきエリザベート様に認めてもらうのはリリなのだよ」
リリは水晶のペンデュラムに気休め程度の効果がある失せ物探しのまじないをかけ、ダウジングで図書館内の探索をしている。ユリはその後をついて歩いていた。
「ううむ、あちらの方から何か妙な気配を感じる……気がする」
「あっちですね。ワタシ見てきます!」
世話好きなユリはそう言って駆け出すが、彼女は生来のドジッ娘。お約束のようにすっ転び――
本棚に激突した。
「ねえシャロ、あーんして」
シルフェノワールが悪戯な笑みを浮かべる。
「え!? シルフェ様、そんなことぉ……」
「お・ね・が・い」
シャーロットはしばらく下をむいてもじもじとしていたが、シルフェノワールに見つめられ続け、観念する。
「で、では失礼しますぅ。シルフェ様、あーん」
「あーん」
シャーロットがシルフェノワールの口にサンドイッチを運び、シルフェノワールがそれをかじる。彼女の唇がシャーロットの指に触れかかった。
「うん、おいしいですわ。さあ、今度はわらわがあーんして差し上げます」
「そんな、はずかしいですぅ……」
「遠慮しないの」
シャーロットが目をつむって口を開き、そこにシルフェノワールの手が伸びていく。そのときだった。
激しい音を立てて二人の背後にある本棚が倒れる、その向こうから顔を出したのはユリだった。
シャーロットとシルフェノワールは、あまりの衝撃にあーんの体勢のまま固まる。
「あいたたた……は、え? あ……ご、ごめんなさい!」
ユリは足を滑らせ、脚立にぶつかり、慌ててその場を去ってゆく。
「びっくりしました。女の人同士であんな……」
「そういう世界もあるのだろうよ。世の中は広い」
リリは落ち着き払ってそう言った。
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