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第4章・いつもと違う戦場


 その頃、カフェテリア『宿り樹に果実』では、さながら弾雨の如く注文が乱れ飛んでいた。
「いらっしゃぁい♪ こちらへどうぞ〜♪」
 昔着ていたパラ実の制服を膝丈より短めのウェイトレス風にアレンジし、腰に大きな赤いリボンを結んだヴェルチェが、新しい客を席へと案内する。
 厨房では、白いワンピースの上にフリル付きのエプロンという姿の千百合が下ごしらえに励み、日奈々は白地に波柄の浴衣にエプロンをつけ焼きや炒め物と味付けを担当している。シルヴァは彼女達に指示を与え、日奈々が時折、味付けをアレンジしようとするのに目を光らせながら、見事な手際で料理を仕上げていった。出来上がった料理は、ウェイターの制服に着替えたルースが、他の給仕のお姉さん達と共に運んでいく。
 ミリアの指示を得られないためにかかる時間を、頭数とチームワークで補うが、それでも休む暇もなく忙しい。確かに、これではキィちゃんとコミュニケーションをとる時間が少なくなるのも無理はない。
「会計お願いしまーす!」
 どこからか聞こえたその声に、ヴェルチェがいち早く反応する。
「はぁい♪ あたしに任せて♪」
 ヴェルチェはカウンターに向かいながら、可愛い女の子のグループと楽しそうに話すルースの足をヒールで踏みつける。
「っ!?」
 痛みに顔を強張らせるルースの耳に、ヴェルチェが素早く囁いた。
「おイタはダメよ、ダーリン♪」
 ルースはコホンと咳払いをして、テーブルの女の子達の注文を聞くことに専念した。
 彼はヴェルチェを心から愛していたが、どうしてもナンパをやめられなかった。でもその事でヴェルチェがやきもちを焼いてくれるのをちょっぴり喜んでもいた。

「きゃぁっ!」
 厨房では、床の水に足をとられた千百合が足を滑らせ、持っていたボールのジャガイモが宙を舞い、彼女の上にボコボコと落ちてきた。
「いったぁ〜い!」
 千百合の言葉に日奈々が慌てて駆け寄る。
「千百合ちゃん、大丈夫ですかぁ?」
「う、うん、大丈夫」
 日奈々はぺたぺたと触って、千百合に怪我がないか確認していった。
 事故で目が見えなくなってからも、気配を読むのに長けている日奈々は、足りない所を他の感覚で補いながら生活しているため、あまり不自由は感じてなかった。それでも、大切な人の無事をひと目で確認出来ない事にもどかしさが募る。無事だとわかっていても、感覚だけではない確信が欲しい。
「日奈々、頬にソースがついてるよ?」
 日奈々の不安を感じてか、千百合がからかうように言う。
「えっ!?」
 日奈々が、身をひいてしまう前に、千百合はソースをぺろりと舌先で舐めとった。
「はい、とれたよ!」
「……ぁ…ありがとう…ですぅ……」
 何をされたか理解した日奈々の顔は真っ赤に染まり、礼を言う声は今にも掻き消えそうな程、小さくなっていった。

 お昼休みがピークを迎えると、イルミンスールの生徒達は勿論、他校生や近隣の住民もやってきて、カフェの忙しさはそれまでを上回る勢いとなった。
 作っても作っても作っても注文は次々に入る。
「千百合ちゃん、ニンジンまだですかぁ?」
「待って〜! 下ごしらえが間に合わな〜いっ!」
 そんな修羅場に、助っ人が現れた。
「キィさん捜索に協力した方々の慰労会の準備に参りました、高潮と申しますが」
「ミリアさんはいらっしゃいますかしら」
 高潮 津波(たかしお・つなみ)とパートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が、食材の入った袋を抱えたまま、厨房を覗き込む。
「何の話?」千百合がきょとんと小首を傾げた。
「この後の慰労会で出す料理を、こちらで作らせていただくことになってるんです」
 厨房の3人の目が、獲物を見つけたようにキラリと光った。
「料理出来るの? 出来るんだ? じゃあ手伝ってくれるよねっ!」
千百合が津波とナトレアの腕を引っ張り厨房へ引きずり込む。
「あ、あのっ?」
「いきなり、なんですの?」
 戸惑う津波とナトレアに、日奈々がエプロンを差し出した。
「お願いしますぅ〜、手が足りないんですぅ」
 日奈々の懇願と、千百合のお願い視線、何よりこうしている間にも入ってくる注文書の山に、津波は観念した。
「わかりました。お手伝いします」
「津波が手伝うと決めたのでしたら、わたくしも従いますわ」
 津波とナトレアの言葉に日奈々と千百合は狂喜し、すぐに作業を割り振ってくる。
「あっ、でも、ナトレアに油やなんかがつくような事は絶対させないと約束して下さい!」
 津波はパートナーの外見の大ファンだった。これだけは譲れない。もちろんそれは快諾された。
 2人の援軍を得たおかげで、殺伐としていた厨房に、なんとか乗り切れるかもしれないという希望が広がった。

 青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)は、どこからともなく聞きつけた「ミリアの風呂場にお宝が眠っている」という噂を信じ、潜入しようと企んでいた。
「ここか」
 店の喧騒にまぎれ、ミリアの家の庭先に忍び込んだ幸兔は、風呂場の窓へ辿り着く。
「結構広いんやな」
 これだけ広ければ、やはりお宝はあるに違いないと窓枠に手を掛けると、幸兔の肩にも手が掛けられた。
「なんや?」
 振り向くと、警官が2名、憮然たる面持ちで立っている。
「君、ここで何をしているんだ?」
「あ……ど、ど〜も〜! キメラでぇ〜す♪」
 あらかじめ、ライオンのきぐるみの頭部分をかぶり、パンツにパラミタ羊の毛を貼り付け、そのお尻の部分に穴をあけてヘビのおもちゃを出すという変装をしていた幸兔にぬかりはなかった。
 警官は、そんな幸兔の腕を両側からがしりと掴む。
「とりあえず、署で話を聞かせてもらおうか」
「いやっ、違うんですて! オラは怪しいもんとちゃいますて! ここに、お宝が眠ってる聞いたんですわ!」
「なるほど。窃盗目的の家宅侵入か」
 幸兔は、容赦なく警官にひきずられていく。
「あ、あ〜〜っ!! あそこにナイスバディな全裸のキメラがっ!!」
「えっ!?」
 警官達は、いきなり大声を上げる幸兔につられ、彼の指さす方向を確認する。
 当然、その隙を狙っていた幸兔は警官をふりほどき、全速力で逃走した。
「まてこらっ!!」
「かんにんしたってぇや〜、かわいいキメラちゃんが庭で遊んでただけですや〜ん!」
 その後、あまりの警官達のしつこさに、情報攪乱のスキルまで使って逃げ切った幸兔だったが、あやうく前科者になるところだった。