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◇第七章 一年に一度の夏祭りの夜に ◇

 ――盆踊りも終わり、島村 幸は燃え尽きていた。すると、そこにパートナーのガートナ・トライストルがやってくる。
「ごめんね、お祭りいけなくて……」
 幸もパートナが二人でお祭り行きたかったのを知っていたらしい。そして、ガートナに頭を下げると、ガートナは線香花火を取り出して、片膝を突きながら差し出してきたのだ。
「幸、お疲れ様。この後の時間は私にくれませんかな?」
「ふっふふ……それもいいかもしれませんね。行きましょうか?」
 幸はガートナの腕を掴むと一緒に歩いていく。

 その様子を眺めていた一乗谷 燕は少し寂しくなってしまった。せっかくお祭りなのにパートナーに会えない自分のだ。
「あぁ、お土産でも買って、帰ったらんとな……」
 すると、やぐらの下に橘 恭司が立っているではないか?
「なんや、恭司さんやないかい?」
「よお、お前も一人か?」
「恭司さんと一緒にせんでほしいどすなぁ〜」
「まぁまぁ、蒼空学園の生徒同士、一緒に帰ろうぜ。どうせ暇なんだろ? 奢るからよ」
「まぁま、とりあえず……覚悟しぃやぁ……?」
 何だかんだ言いながら、燕は嬉しかったらしい。そして、二人で今日あった事を話しながら帰るのだ。

 ――このカップルは一瞬即発の事態に陥っていた。
「光の卑怯者!」
「何が卑怯者よ!! 私はただ「トレジャーセンス」で、大当たりのくじを疾風に引いてもらっただけでしょう!」
「それが卑怯だって言ってるんだ!! 俺はそんな卑怯な事をして大当たりが当たっても嬉しくなんかないからな!!」
 出だしがよかった犬神 疾風と陽神 光の険悪ぶりにレティナ・エンペリウスも月守 遥もオロオロとしていた。しかし、帰り道にポツンと存在した久世 沙幸(くぜ・さゆき)が彼らを変化させるとは誰がこの時感じただろうか?
「いらっしゃい、恋のキューピットのお店にようこそっ!! カップルさん!!」
 沙幸はコケティッシュな顔を浮かべて、疾風たちを招く。
「疾風、呼んでるわよ!」
「俺達はカップルじゃないだろ!?」
「あたり前でしょ!? 私とあんたがカップルなんて、身の毛もよだつわ!!」
「まぁまぁ、お二人さん、こちらに来て座って!! お祭りはもう終わっちゃったから、今日はサービスしてあげる」
 沙幸は半ば強引に疾風らを座らせるた。疾風と光は顔を見合わせないようにして、同じテーブルに座っている。そして、沙幸は屋台の中から、大きな苺パフェを持ってきたのだ。それはとても甘い香りを放っており、光たちはそのパフェに釘付けになる。
「食っていいの?」
 疾風は言った。すると、沙幸は両手の上に顎を乗せながら言ったのだ。
「いいわよ。でも、それはカップル専用の食べ物だから、同じスプーンを使って食べてね!」
「そ、そんなの、間接キスじゃない!?」
 光は立ち上がった。すると、疾風は一人でパフェを食べ始める。
「光が食わないのなら俺が貰う!!」
「あぁ〜、ずるいずるい! よこしなさいよ!!」
 結局、二人は何だかんだ言いながら、同じスプーンでパフェを食べ始めた。
「ごめんなさいね、何だか……」
 レティナは沙幸に頭を下げる。しかし、沙幸はニコニコとして答えたのだ。
「喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ。お似合いだよ、あの二人」
 その表情は明らかに満足げだった。
「何で嬉しそうなの?」
 遥はそんな沙幸に声をかける。
「だって、一組だけでもカップルが成立すれば私の勝ちだもん」
「えっ?」
「クスッ、何でもないわ。こっちの事だから」
 そう言って、微笑む沙幸はまるで『恋のキューピット』のように優しげだったという。

 残念ながら、花火は終わってしまっていた――
 結局、カルナス・レインフォードはアデーレ・バルフェットとキス出来なかったらしい。カルナスは何故か、彼女には手を出せないのだ。良いムード、美味しい食べ物、夜の帳、いくつもの条件は整っている。それなのに……
「ねぇねぇ、カルナス。最後の花火、大きかったねぇ!」
「アデーレ、眼鏡にトウモロコシが付いてるし、浴衣のすそが乱れてるぞ?」
「嘘、嘘!? どこどこ!?」
 超天然――カルナスが出会ってきた女達とは何かが違う。しかし、この機会を逃す彼でもなかった。
「アデーレ!!」
「んっ?」
「キス、させてくれ!!!」
「!!!?」
 変化球を自在に操るカルナスの勝負の球は直球だった。キャッチャーはド真ん中にミットを構えているに違いない。三振かホームランかどちらかはボールに聞いてくれ。カルナスは下を向いていた。アデーレは本当に驚いていたように見える。……静寂、暗い夜道がさらに静寂で包まれてしまう。
「したいの?」
 アデーレは言った。カルナスは大きく頷く。心臓の音が大きくなり、血圧は上昇していた。すると、何かが……何かが頬っぺたに触れたのだ。カルナスは顔を上にあげるとアデーレを見た。そこには顔を真っ赤にした彼女が立っている。
「今日は……ここまで、続きは次のお祭りでね……」
「あっ、待てよ」
 そして、彼女は駆け出した。カルナスも後を追うように走っていく。

 神埼エリーザは一人で屋台の片付けをしていた。残念ながら、売り上げはそれほど伸びなかったようだ。すると、そこにエリーザのパートナーである剣の花嫁マシュー・ファウザーがやってくる。
「何をしにきたのよ。私はアンタとなんか話す事はないんだからね」
 エリーザはもちろん怒っていた。しかし、マシューは勝手に手伝いを開始する。怒っていたが屋台の片付けは一人では重労働だ。彼女は無言で洗い物をする。マシューはいつものように明るく、話しながら彼女の手伝い続けた。
「楽しんできたの?」
「えぇ、もちろん☆」
「……よかったわね。そのまま、楽しみ続ければよかったのに……」
「そうはいきませんよ。鬼嫁になる事もあるから花嫁は笑顔になれるんですからね☆」
「…………ばっかみたい。あんたみたいなバカにヤキモチ焼いた私がバカだったわ」
 借りてきたようなクサイ台詞にエリーザは怒る気持ちすらなかった。実は彼女もマシューの事が気になり、チラチラと見ていたのだ。マシューが浮気しないかどうかを……
「ですね。じゃあ、バカ同士で売り上げアップの秘訣を考えましょう。実はいいアイディアを見つけたんです」
「嘘、本当に?」
 エリーザとマシューは楽しそうに会話をしていく。

 ――結局、あの人はこなかった。最初から最後まで、高潮 津波は寂しそうにその場に立っていた。
「しょうがないよ、もう帰ろうよ……」
「今日は楽しめなくてごめんね」
「まあいいよ。何かあったんだろうし」
 パートナーのナトレア・アトレアは津波の身を案じるように側に立つと歩き出した。仕方がない――哀しいけど仕方がない――相手にも事情があり、こちらにも事情がある。その二つが重なった時、偶然と言う名の奇跡が起こるのだ。出会いと言うのはそう言うモノなのである。神様はそれほど公平ではありえない。
「お嬢さん。このあとデートに行きませんか?」
「あ、あなたは?」
 すると、目の前に【シャンバラの獅子】ルース・メルヴィンが現れた。彼はタバコを口に咥えながら、津波を手招きしている。ナトレアは絶句した。この男は津波たちの目の前でナンパを繰り返し、撃沈し続けていた男なのだ。しかも、津波やナトレアにもすでに声をかけて断られている。もちろん、津波たちは無視して横を通り過ぎようとした。しかし、彼はまたしても目の前に立ちふさがる。
「お嬢さん。無視しないでデートに行きません?」
「ちょっと、あなた時と場合を考えなさいよ!」
 ナトレアはルースを叱った。だが、ルースは津波の進行方向を邪魔する。すると、さすがの津波も声を荒立てて不快感を露わにしたようだ。
「いい加減にしてください! あなたは何回、断られれば気が済むんですか!!?」
「……何回かな? オレはオレが納得するまで気が済むことはないね」
「えっ?」
「だって、何回負けても、最後に勝てば一緒だろ?」
 ルースは澄んだ瞳で真っ直ぐに津波を見つめた。
「言い方を変えようか? オレはどんなに嫌な事があっても最後に笑っていたいんだ。今日はお祭りだぜ?」
「津波……」
「………………」
「そんなにブスッーとした顔をしてたら、ツァンダの神様に失礼だろ? もう一回言うぞ。お嬢さん。このあとデートに行きませんか?」
「………………」
 津波は何も答えなかった。しかし、シズシズと前に歩き出す。ルースもゆっくりと歩き出した。静まった中央通りを抜けて、その先に向かうと無数の光が浮かび上がっている。

「るーくん、やっと来たか? 二次会は始まってるぞ!!」
 そこには藍澤 黎やたくさんの生徒達が残っていた。鈴倉 虚雲と紅 射月は罰ゲームのポッキーゲームをしており、シャンテ・セレナードとリアン・エテルニーテ、天 黒龍と紫煙 葛葉が愛の告白合戦を行っていた。
「こ、これは……?」
 津波は呆然とする中、椿 薫が近づいてきて、焼きそばを差し出した。
「ルース殿から聞いたでござる。何もせずに校門で立ってただけではお腹が空いているでござろう?」
 御凪 真人もこの状況はたまらないようだ。
「ふむ。ほっとけませんね、この状況は」
 そして、ルースは津波に声をかける。
「何があったのかしらないけど、今日はお祭りの夜だ。最後は笑顔で終わろうぜ」
「…………」
 いきなり、笑うのは無理かもしれない。でも、彼女は数分後、今日、初めての笑ったのだ――