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都市伝説「メアリの家~追憶の契り」

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都市伝説「メアリの家~追憶の契り」

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第2章 医者のジェルドと修理屋マーカー 

「ずいぶん今まで私が見てきた病院と違いますね」
「俺が見てきた病院とも違うな」
 ヴィナのパートナーで剣の花嫁のティア・ルスカ(てぃあ・るすか)が建物を見上げて呟き、ヴィナも見上げながら同意する。
 目の前の建物は緑の蔦と葉に覆われ、僅かに覗く壁には黒い亀裂が入っている。
「本当にここで良いのでしょうか?」
 ソルジャーのフィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)は心配そうに、横にいるパートナーでヴァルキリーのセラ・スアレス(せら・すあれす)に訊く。セラは無表情のまま答える。
「確かに青楽亭の主人が描いてくれた地図ではここだわ。わざわざ私たちに嘘を教えるメリットなんてないし、この病院の医師はあまり建物の外観を気にするタイプではないだけじゃないかしら」
「そ、そうだよねっ! 私はきっと建物の中は綺麗なんだって思うもん!」
 ローグの久世沙幸(くぜ・さゆき)は精一杯の笑顔で言う。フィルも少し引き攣った笑顔で頷く。
「久世さんの言う通りです! 人も建物も見掛けで判断してはいけません。きっと中は明るく健康的な……」
ギギギィィッィ
 ティアが黒い木製の扉を開くと、錆びた悲鳴のような音がなる。扉の向こうには窓一つない薄暗い待合室があった。赤いソファは所々破けている。
「……全然健康的じゃないですね」
「……そうだね……綺麗でもないし」
 フィルと久世は暗い顔で肩を落とした。
 五人がやって来たのは病院である。最初は青楽亭の主人に図書館の場所を訊いたのだが、光零には図書館が存在せず、代わりに長く街に住む人物として、ジェルドという名の医者を紹介された。
 事前に青楽亭の主人に連絡を取ってもらった五人は、病院の中に入るとすぐに診察室から白衣の男が出てくる。歳の頃は三十前後の整った青白い顔をしていた。腰まである金髪は後ろで束ねている。
「君たちが青楽亭の主人が言っていた学生さんたちか。私はジェルド。長年、ここで医者を生業としている」
 そう言って笑った口から牙がのぞく。五人の視線が口元に集まったのを感じ、苦笑いを浮かべる。
「見ての通り、私は吸血鬼だ。私が長く住んでいるから、メアリのことを訊きに来たんだろう?」
「はい。吸血鬼のジェルドさんでしたら、生前のメアリさんのことをご存じではありませんか?」
 フィルの問いかけに、ジェルドは残念そうに言う。
「いや、残念ながら噂になっている程度の情報しかないな。彼女は生きている時も寡黙で、他の街の人間と交流を持とうとしなかった。ジョンという名の黒い大きな犬を飼っていたが、いつの間にか死んだらしいな。晩年は足腰が弱り、家政婦に全て任せていたようだ。亡くなった時も身寄りがなくて、街の人間で埋葬してあげた。それぐらいだ。何も参考にならないだろう?」
「いえ、犬の名前がわかっただけでもよかったです」
 フィルが言うと、ヴィナが畳みかけるように訊く。
「森のアンデッド盗賊団については何か知らないか? 実は俺たちの仲間がアンデッド盗賊団を討伐しに行っているだ。できれば、少しでも情報を教えてやりたいんだが」
 ジェルドは何かを思い出すように眼を伏せて考え込んでいたが、ふと目を上げて言う。
「森の盗賊団は昔は小規模で、それこそ2・3人で一人旅の旅人を脅して金品だけを奪っていた。殺さなかったのは、おそらく本格的に討伐隊が来るのを恐れていたからだろう。その頃から私も街から出ることがなくなり噂でしか知らないが、盗賊団をまとめる強力なウィザードがあらわれたらしい。ウィザードは三つの盗賊団にまとめ、一人旅の者だけでなく、数人の隊を組む商人たちさえ襲い殺すようになった。とうとう討伐隊が出され一掃されたらしいが、何故か盗賊団はアンデッドモンスターとなって森に巣食うようになったらしい」
「ウィザード……」
 ヴィナは考え込む。久世も討伐に向かった仲間を心配して呟く。
「魔法を使えるアンデッドモンスターなんて、すっごい危険だよね。気をつけないと」

 メアリの家の隣、『修理屋マーカー』と掲げられたガレージの奥の部屋で、黒喜館の店主はコーヒーを飲んでいた。マーカーは出張修理に出かけ、ガレージは静けさを保っている。
 そこへ、騒々しい者たちがやってきた。
「すみませーん! 誰かいませんか!」
 黒喜館の店主はガレージの中が見える小窓から、そっと顔を覗かせた。そこにはウィザードの城定英希(じょうじょう・えいき)とパートナーでドラゴニュートのジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)、ソルジャーの比島真紀(ひしま・まき)とパートナーでドラゴニュートのサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)がいた。
 城定はずかずかガレージの中に入ってくる。後ろからジゼルが付いてくるが、何故か両手に一本ずつフランクフルトを持っている。右手に持った物はすでに食べ終わる寸前で、左手に持った一本はまだ一口も食べられていない。ジゼルは右手のフランクフルトを一口で食べ終わると、左手に持ったフランクフルトを食べようとしたが、
「ああー! ジゼル! 俺の分だよ! そっちは!」
 城定はジゼルからフランクフルトを奪い、急いで口に入れてしまう。
「英希、良いではないか。一口ぐらい」
 ジゼルは怨みがましい視線を城定に送るが、城定はあっという間に食べ終わる。
「ふぁめふぁよ。ふぁた、ふぁえばいいひゃろ(ダメだよ。また、買えばいいだろ)」
 城定はモグモグと食べながら喋っているが、ジゼルには何を言っているのかわかるらしく、不機嫌そうに口を噤んだ。
「ごほん!」
 比島は気まずそうに空咳をする。
「しかし、自分としては郷土研究家がいないのは仕方無いとしても、古い資料が一切残っていないというのは予想外であります」
 パートナーのサイモンも横で頷く。
「そうだね。俺も何か記録ぐらいは残していると思ったんだけどさ。それにしても、勝手に入ってまずいんじゃないか?」 
 サイモンの指摘通り、城定とジゼルはガレージの中にある道具などを勝手にいじりだしている。比島は主がいつ戻ってくるのかと、入口を見張っている。
「大丈夫、大丈夫」
 城定は気楽な口調で言うが、
「あっ、誰か来ます」
 比島が小声で伝える。城定とジゼルは慌てて手に持っていた道具を元の場所に戻す。
 比島とサイモンは少し警戒した様子で、じっとやってくる者を見つめる。
 ガレージにやって来たのは、小柄なおじいさんだった。汚れたツナギを着け、多数の皺が刻まれた顔は気難しそうで、城定たちを睨みつけていた。
「なんでぇ、おめえらは」
 右手に持った大きなスパナで肩を叩きながら、ドスの効いた声で訊いてくる。
 城定は急いで愛想良く答える。
「勝手に入ってしまってすみません。マーカーさんですか? 俺、今度校内新聞で、ぜひメアリの家のことを載せたいと思いまして」「校内新聞? メアリの家のことを?」
 ガレージの中の雰囲気が険悪になるが、城定は気づかない。他の者たちは空気の変化を感じ取り、それぞれ秘かに戦闘準備に入る。 城定はさらに饒舌に話す。
「それで、ぜひメアリの家について何か知っていることがあればお話を……」
「やかましい! メアリの家は見世物小屋じゃねえんだよ! とっとと出て行け!」
 マーカーは小柄な体は想像のつかない怒鳴り声を上げ、スパナを片手に大股で詰め寄ってくる。
 マーカーの怒気に、ジゼルは咄嗟に城定とマーカーの間に入る。比島とサイモンも臨戦態勢に入る。
 奥の部屋から様子を伺っていた黒喜館の店主は、さすがに学生との直接のトラブルは面倒だと思い、仕方無く姿を現すことにした。
「マーカー、やめといた方がいい」
 ガレージの奥から黒喜館の店主が出てくる。マーカー以外に黒喜館の店主だと知る者はなく、城定たちは突然登場した男に戸惑った顔をする。
「なんでぇ……まだいたのか」
 マーカーは小さく舌打ちして、スパナを近くの部品の山に放り捨てた。
 黒喜館の店主はにこやかに城定たちに声を掛ける。
「君たちはイブが雇った学生達だね?」
 四人が頷くのを見て、黒喜館の店主も頷いて言う。
「メアリのことなら、マーカーと私は大したことは教えてあげられないよ」
「些細な事でも教えて頂ければ、助かるであります」
 比島は礼儀正しく店主に頭を下げる。店主は苦笑いをしながら話しだす。
「……メアリには婚約者がいたんだよ。婚約者は今までの仕事などを全て捨て、メアリと一緒に光零の街で新しい人生を始めるつもりだったらしい。しかし、それにはお金が必要だ。だから、彼はメアリだけを先に新居へ引っ越しさせた。お金を稼いだら、必ず行くから待っていてくれ……と。彼女は彼の最後の言葉を信じて、ずっと待ち続けたよ。彼が彼女のボティーガードとして渡した黒い犬と一緒にね。それから、十年経って二十年経って……黒い犬が老衰で亡くなって、本当に一人ぼっちになっても待ち続けた。
 とうとう彼女が息を引き取って……それでも、まだ待ち続けている。死んだ今でもね」
 ガレージに重い空気が流れる。マーカーはタバコに火をつけながら呟く。
「メアリは悪霊なんかじゃねえ。純な女なんだよ。悪いのは男の方だ」
 比島は躊躇いながら尋ねる。
「もしかしたら、男のほうが何か不慮の出来事で命を落としているということは……」
「だったら、幽霊になってでも女に土下座しに行ってやるべきだろ。それが、夫婦の契りを交わした女に対する男の誠意ってやつだろーが」
 マーカーは煙草の煙とともに吐き捨てるように言った。