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第5章 行く手を阻むもの


 洞窟では、たくさんの人間の気配に興奮したのか、大蛇が岩の陰から次々と姿を現してきた。
 どんどん増える大量の大蛇を前に、洞窟組が気を引き締める。
「もうそろそろぉ、タイムリミットが迫って来てますのでぇ、愛美さんを見つけないといけません。なのでぇ、始めましょう〜!」
 様子を伺う蒼空生に先んじて、メイベルが手頃な大きさの大蛇に雷術を落とす。
 電撃の光と音が、鎌首をもたげていた大蛇に直撃すると、大蛇は硬直した動きを見せ、ばたりと地面に伏せて動かなくなった。周りの大蛇が離れていく。
「よし! この調子で行くよっ!」
 パートナーのセシリアもメイベルと同じく、雷術を1匹の大蛇に落とす。
 入口近くにいた大蛇が2人に近づいてくるのを、もう1人のパートナー、フィリッパがランスでその頭を打ち砕く。
「思い邪なる者に災いあれ。この2人に毒牙をかけることは、わたくしが許しませんわ」

 3人を見て、同じ百合園生の真希も負けてはいられないと、入口付近で戦うメイベル達の近くでディフェンスシフトを発動させる。これで彼女達の防御力も上がるはずだ。
「ありがとうございますぅ」
「同じ百合園だもん、助けあわなくちゃ!」
 メイベル達の感謝を笑顔で受けて、真希はパートナーのユズを背に庇い、洞窟の中に背を向け、森に向かってランスを構えた。
 新たな大蛇が入ってくるのを阻止しようというのだ。
「真希様、左の茂みの下です」
 背後から指示を出すユズの言葉どおり、茂みからスルスルとこちらへ向かってくる大蛇を、真希がランスで貫く。
「皆の安全のためにも、ここは通さないんだからっ!」

 先陣を切る百合園生に刺激され、蒼空生も動き出した。
「ボ、ボクだってやるときはやるんだぞ!」
 水上 光が、経験の少なさを生来の負けん気で補い、カルスノウトをぎゅっと握り締め、手近にいた大蛇に向かっていく。

「縄張りを荒らしたのはこちら。出来れば殺生は避けたいところだが……」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)が、足元の小石をいくつか拾いながら言う。パートナーのティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)は巽の行動を察し、彼にパワーブレスをかける。
「我らは囮となって、この者共の戦力を削ごう。ティア、用意はいいか?」
 ティアが、肩から下げていた大きなクーラーボックスを開けてシーツを取り出すと、あたりに強烈な煙草の臭いが広がった。
 大蛇が煙草の匂いを嫌うと聞いた2人は、煙草の煮汁に漬けて乾かしたシーツを持って来ていた。
「うぅ、鼻が曲がりそうだよ……」
 ティアは口で息をしながら、そのシーツを頭からかぶった。シーツの内側には、蛇に体温で感知されないよう、保冷剤を入れるポケットを作ってあった。そのおかげでシーツはひんやりとした冷気で包まれている。
 ティアはクーラーボックスの中からもう1枚、巽の分を出して腕に抱えた。
「準備できたよ! ちゃんとついていくから大丈夫!」
 ティアの言葉に、巽は近くにいる中から、より大きな大蛇を選び、小石をぶつけて、挑発する。
 小石は3匹の大蛇にあたり、うまい具合に巽に目をつけたようだ。
「どこまで、洞窟から引き離せるかわからないが、出来るだけ多く遠くに誘い出すぞ!」
 意外と速い大蛇のスピード合わせ、巽はティアとともに洞窟の外へと走り出した。

 巽が3匹をまとめて引き受けてくれたおかげで、岩場にぽっかりとスペースができた。
 そのスペースをさらに広げようと、菅野 葉月(すがの・はづき)が雷術を使う。葉月に続き、パートナーの魔女、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)も奥へと雷術を落とした。
「ここを突破口にして、奥への道を作りましょう!」
「その話、乗った!」
 葉月の提案に、翔子がアーミーショットガンを構え、スプレーショットでさらに道を広げる。
 翔子の攻撃から逃れた大蛇をショウの小弓が射止め、その後ろからパートナーのヴァルキリー、ガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)がハンドガンで援護する。
 2人の前に立つ剣の花嫁、葉月 アクア(はづき・あくあ)が、岩場の影からショウに牙を剥いた大蛇を、ラウンドシールドではじき、エペでとどめを刺した。
 道が出来始めると、大蛇達はシュルシュルと不気味な音を立ててとぐろを巻き、侵入者に臨戦態勢を取り始める。
「こういう時こそ新しい術を試すべきだよな」
 イルミンスール生の芳樹が光術を放つと、光が大蛇を貫く。ダメージは与えられたものの、倒すまでには至らない。同じ大蛇にパートナーのウィザード、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が雷術を放ちとどめを刺す。
「やっぱり雷術の方が効きはいいか」
「洞窟の奥は暗いんでしょう? あとで灯りとして使いましょう」
「そうだな」
 アメリアのフォローに芳樹は頷き、彼女を護る為、気を取り直してカルスノウトを構えた。

「『月影』の夜に散れ!」
 御風 黎次(みかぜ・れいじ)が、『月影』と銘を与えた愛用のカルスノウトで大蛇の頭を一刀両断する。
 その隣では、パートナーの英霊、ルクス・アルトライン(るくす・あるとらいん)が、仕留めた大蛇からランスを引き抜きながら、ぶつぶつと文句を言っていた。
「やはり、本来の武器でないと調子が出んのぅ……」
「そう言わないで下さい。いずれ、手に入れますから」
 それまでは、この手の中の武器と戦い抜くしかないのだ。

 だいぶ開けてきた道を、村雨 焔(むらさめ・ほむら)が洞窟の奥へと一歩踏み出す。
 その手には『漆喰』と銘を付けた、切れ味鋭い薄刃の刀型の光条兵器が握られていた。
「焔!」
 パートナーの剣の花嫁、アリシア・ノース(ありしあ・のーす)と、機晶姫のルナ・エンシェント(るな・えんしぇんと)も焔に寄り添った。
「愛美を捜す。援護を頼むぞ」
 そんな焔に音もなく忍び寄る大蛇に、ルクスのランスが突き刺さる。
 大蛇は、そのランスを巻き込むようにして動きを止めた。
「心ある者は道を往くがよい! 助けを待つ者を救い、薬草を手に入れるのじゃ!」
 ルクスの檄に応え、愛美を捜す者、フラットカブトを目指す者、そしてそれらを守護する者が道を踏み出した。

「よし、行くぜ!」
 レイディスもまた、一緒に来てくれた仲間、教導団生のルカルカとそのパートナーの剣の花嫁、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、同じくドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に、セシリアとファフレータ、そして自分のパートナー、英霊のフィーネ・ヴァンスレー(ふぃーね・う゛ぁんすれー)と共に大蛇と対峙する。
(皆は、死んでも俺が守る!)
 気負うレイディスの肩をフィーネが軽く叩く。
「まだ入口だ。今からそれじゃ保たないさね。キミの想いは、あたしが半分持ってやるさ。後ろは任せな。さあ、久しぶりの実戦だ!」

 大蛇を撃退し、乗り越えて洞窟を進むと、天井は徐々に高く、道は狭くなっていく。
 10メートルほど行ったところで壁に辿りつき、そこからは2メートルの幅もない右への曲がり道を通らなくては先に進めなくなっている。
「どっちだ!」
「いや、右にしか道はないだろうさ」
 方向音痴のレイディスにフィーネが道を教えると、そのまま突っ込もうとするレイディスをルカルカが止めた。
「安全確認するから、ちょっと待って!」
 仲間の中で、唯一、服にニコチン液をかけて蛇避け対策をしていたルカルカは、持っていたマグライトを逆手で持ち首に沿わせて、入口の光が届かない闇に向けた。小さい光の輪を動かし、近くに愛美の姿がないか確認すると、ライトが照らしだす先にいた大蛇に火術を使う。
 のたうち回りながら燃える大蛇の周りで、シュルシュルと音がして蛇達が去っていく気配がした。
 思った通り、蛇は火が嫌いらしい。
「もうちょっと灯りになるものがあればいいんだけどな」
 自分のと、セシリアとファルチェが付けているヘッドライトをあわせても、この闇の中、愛美を捜して動き回るのは心もとない。
「試してみようか?」
 アメリアと共に壁までたどり着いた芳樹が、ルカルカに下がってもらい、先ほどの光術を、今度は大蛇に向けてではなく、頭上の岩肌に向け、最大の明るさで灯す。
 それでも、キャンプ用のカンテラ程度の明るさしか得られなかったが、暗闇よりはずいぶんとましになった。
 ほの灯りに照らされたその場所は、空気が冷たく重く淀み、入口の大蛇よりも明らかに大きい蛇達がとぐろを巻いてこちらを見ていた。
「愛美、いるかー!!」
 レイディスの声が洞窟の奥にこだまするが、返事はない。
「……これでは、むしろ、いない方がいいな」
「ダリル!」
 ルカルカがダリルの発言を咎める。
「いるとしたら、今頃、このどれかの腹の中だろう」
 冷静な発言は、時に士気にかかわる。
 愛美を呼ぶ声を聞きつけ、焔がパートナー達と共にやってきた。
「愛美はいたか?」
 灯り替わりの光条兵器を洞窟の奥の闇に翳しながら、焔が尋ねる。
「いや、」
 レイディスが首を振ると、焔はルナを振り向いた。
「愛美のいる確率は?」
「現在までに得られた大蛇の生息数及び生体データを照らし合わせると、彼女の戦闘能力では、この奥まで辿り着く可能性は5%を切ります」
 その場にいた者達は、互いに顔を見合わせた。
「それじゃ、愛美はどこへ……?」
 焔の呟きが、いやに耳に響いた。