シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

あなたをたすけたい

リアクション公開中!

あなたをたすけたい

リアクション


第3章 蒼空学園大学部


 その頃、蒼空学園の敷地内にある大学部では、マリエルから愛美の運命の人の名前を聞き出したうちの一人、島村 幸のパートナーである剣の花嫁、ガートナ・トライストル(がーとな・とらいすとる)が、手製のメガホンで彼の人の名を大声で叫びながら走りまわっていた。
「鍬形殿〜! 鍬形 美也真(くわがた・みやま)殿はおられませんかーっ!!」
 ガートナを遠巻きにしている大学生達は、その様子を面白そうに眺めている。

「鍬形殿ぉおおおおっ!」
 さらに大声で叫ぶガートナを、ひとりの青年がさえぎる。
「ちょっと、あんた! なに人の名前、連呼してんだよ! 恥ずかしいだろうがっ!」
「おお! 鍬形殿でございますか。お捜ししておりましたぞ!」
「何か用か?……ってか、あんた、誰?」
「我らは愛美殿の学友」
 その名を聞いて、美也真は不吉な予感を感じた。この場所が校舎の影になっているのも不安要因のひとつだ。つい逃げ道を探して振り返ると、視線を遮るようにして顔の横を勢いよく過ぎた手が、美也真の背後の壁に叩きつけられた。
「……俺達さ、あんたにちょっと、話があんだよね」
 手の主のトライブが凄味を利かせた笑顔を美也真に向ける。
「顔、貸してくれるよな?」
 その後ろから、美也真と是非とも話をしたいという面々が、彼を囲むように現れた。
 ひとりひとりは体格も普通で、特に強面というわけでもないが、集団になると迫力は増すものだ。

 多勢に無勢と、美也真は観念して両手を挙げた。
「わかったよ。付き合ってやるから、手短にな」
 しぶしぶ聞いてやるという態度の美也真に、アリシアが前に出る。
「ちょっと、あなた!」
 文句を続けようとするアリシアを、パートナーの幽也が慌てて後ろに引きさがらせる。
「っちょっ、幽也! 離しなさいっ!」
「まあまあ、説得は俺に任せて下さい。アリシア様が出ると色々ややこしいことになりますから」
「なんですって!」
「……あのさぁ、俺、忙しいんだけど?」
 美也真のからかうような声にいきりたつ男達を制して、まずは渋井 誠治(しぶい・せいじ)が話し始めた。
「小谷 愛美のことは、もちろん知ってるよな?」
「あ、ああ」
「それじゃ、『フラットカブト』を採ってくれば、つき合ってもいいと言ったのは、本当なのか?」
「彼女から聞いたのか?」
「どうなんだ?」
 美也真はバツが悪そうに、視線を逸らした。
「ああ、言ったよ。おかげで、ようやく彼女は俺のところに来なくなった」
「そりゃ少し違うな。来なくなったんじゃなくて、来られなくなったんだよ」
「……どういう意味だ?」
「彼女はその言葉を真に受けて『フラットカブト』を採りに行ったんだよ。それで、昨日から行方不明だ」
 誠治の言葉に一瞬言葉を失った美也真は、ありえないと笑い飛ばした。
「冗談だろ。いくらパートナー持ちとはいえ、あの子、プリーストじゃないか。この近くでフラットカブトが採れるところなんて、大蛇の巣になってるような洞窟しかないんだぜ? そんなの普通の女子高生には行けっこないさ」
「………」
 美也真の言葉に、笑うものは誰一人としていなかった。むしろ、よけい表情が険しくなっている。
「う、嘘だろ…っ、なんだってそんな無茶を!」
 トライブがこらえきれず、美也真の左頬に拳を叩きこむ。
「……うっ!」
 そのまま壁に叩きつけられ、痛みに顔を顰める美也真の襟首を、トライブが更に掴み上げた。
「あんたのせいだろうがっ!」
「俺のせいだっていうのかよ!」
 トライブに反論する美也真を見ていた如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)の表情が曇る。
「……本当に、分かってないのか? お前は気持ちに応えられない事を遠回しに伝えた気でいたかもしれないが、あの子はお前に喜んでもらいたくて、そんな馬鹿な真似をしたんだぞ! お前が戯れに言った言葉のせいで、今や生死もわからない状態だ。自分が彼女にどれだけ残酷なことをしたと思ってるんだ!」
「あんたは軽い気持ちで言ったつもりでも、それに一喜一憂して無茶をやらかしちまう奴も居るんだよ!」
「冗談じゃない!」
 佑也とトライブに責められ、美也真は力まかせにトライブの手を払いのけた。
「行ったのはあの子の意思だろ! 俺はただ、あの子が来なくなればいいと思っただけで、強要したわけでもないし、だいたい、本当に…採りに行くなんて……」
「この…っ!」
 かっとしたトライブが再び拳を振り上げるより早く、誠治の拳が美也真の右頬に打ち込まれた。
「さっきから聞いてりゃ、小谷が来なくなればいいと思ったとか、自分の都合とか、言い訳ばっかりじゃねぇか! 自分が恋愛中だからって、他の女は傷つけていいとでも思ってんのかっ!」
「れ、れれれれれんあいちゅうって、な、なんで、どこで、それをっ!?」
 美也真の動揺を、誠治が鼻で笑う。
「企業秘密は明かせねぇな」
 実は、皆より一足先に大学部を訪れ、美也真の情報を集めていたのは内緒だ。

 今までのやりとりを見ていた瀬島 壮太(せじま・そうた)がため息をついた。
「だからさぁ、ようするに俺らが言いたいのは、小谷に対して回りくどい言葉遊びとかしてんじゃねぇ!…って事なワケよ。だいたい、思い込んだら一直線って小谷みたいな奴が、どういう行動に出るかなんて分かりそうなもんだろ。
 つきまとわれてウザかったんだろうけど、付き合う気がないなら最初からそう言えってんだ!」
 壮太の言葉に、美也真は口をつぐんだが、表情を見れば、納得していないことは一目瞭然だ。
「っわかんねぇ奴だな。だから! 例えばよ、あんたに好きな女がいたとして、その女に同じ事言われたら、あんた、あっさり諦めるのか? 何とかしてフラットカブトを見つけて、付き合ってもらおうって考えんじゃねえの?」
「……それは、まぁ、」
「今、他の連中が小谷を捜しに行ってるからさ、帰ってきたら、きっちり顔見て謝って、そんで付き合う気がカケラもないってんなら、……きっぱり断ってやってくれよ」
「オレもそう思う」
 誠治も壮太と同じ気持ちだった。
「………」
「あ、あの……」
 考え込む美也真に、壮太の後ろからそっと顔を覗かせたパートナーの守護天使、ミミ・マリー(みみ・まりー)が遠慮がちに声を掛ける。
「あのね、壮太も…前は平気で嘘をついたり、僕のこと騙したりしてたんだ。でも、それっていけないことだって分かったんだよ。それで、反省して、もうあんまりしなくなったの」
「お、おい、いきなり何の話だよ?」
 ミミに過去の悪行をバラされ、壮太が動揺する。
「うんとね、だからね、あの……少しでも、悪かったと思うなら、小谷さんにきちんと会ってあげてください。お願いします」
 壮太の影に隠れたまま、ミミがぺこりと頭を下げた。
「あの、俺も、いくら好きな人が居るからと言って、その断り方には問題があると思います」
 アリシアにせっつかれ、幽也が穏やかに話し始める。
「確かに、愛美さんの恋は一直線で、貴方の迷惑を省みない行為だったかもしれません。俺は、貴方に責任があるとまでは言い切れません。でも、だからと言って、その断り方では、あまりに誠意に欠けているように感じます。
 もしも、愛美さんが、本当にフラットカブトを持ち帰った場合、貴方はどうするおつもりなんですか?」
「……そんなの、考えてなかったよ」
 幽也の問いに、美也真が初めて後悔の様子を見せた。
「愛美さんは、その行為に多少行き過ぎはあったにせよ真剣にあなたに恋をしていました。だから、あなたももう一度、真剣にその気持ちに対してきちんと向き合って下さい」
「……わかったよ。でも、どうすればいい?」
 美也真の言葉に、思案顔の佑也が口を開く。
「そうだな。好きな相手がいるにも関わらず、付き合ってもいいとか気を持たせるような優柔不断な態度が問題なんだから、まず、ケジメはきっちりつけるべきだと思うんだ」
「ケジメ? いいね、その言葉。気に入ったぜ!」
 佑也の言葉に、ドライブが言う。
「そりゃよかった。……で、そのケジメの付け方だけど、一応、他の連中が救出に向かっているけどさ、やっぱり、原因が何もしない道理は無いよな。
俺は、彼女を助けるのがお前の役目であり、責任であり、ケジメなんじゃないかって思ってる。勿論、その後、ちゃんと自分の気持ちを小谷に伝える所までな」
「あ、それ、俺も言おうと思ってたー」
 甲斐 英虎(かい・ひでとら)が、嬉しそうに佑也に賛同する。
 2人の提案に、美也真の腰がいくぶん引けるのを見て、英虎が美也真に話し掛けた。
「あのさ、彼女にもしもの事があったら……多分、はっきり断らなかった事より、すごく後悔すると思うんだよね。だからさ、一緒に行こ?」
「いや、でも…そういうのは……」
 迷う美也真に、英虎は説得を続ける。
「例え好きな相手じゃなくてもさ、いつも見えてた顔が急に見えなくなるのって、寂しいものだと思うんだけどなー…」
 失う事の怖さを知っている英虎は、遠い何かに想いを馳せ、哀しそうに微笑む。しかし、
「……いや、それはない」
 愛美がフラットカブトについて調べる為に姿を見せなかったこの2、3日の事を思い出し、美也真はきっぱりと言った。
「あ、そう……」
 愛美に想われるのは、それはそれでエネルギーが必要なのだろう。
「どうして探しに行くのがそんなに嫌なのでございます?」
 英虎にべったりとくっついていたパートナーの剣の花嫁、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)が疑問を口にした。
「君らは、あの大蛇の毒の危険性に実感がないから……」
 大蛇の毒を目の当たりにした時に何を見たのか、美也真の顔が青ざめた。
「いつまでもぐだぐだと、……いい加減にして欲しいものですね」
 沈黙していた刀真が、重々しく口を開いた。
「俺にとっては君の事情なんかどうでもいいんですよ。君の言葉を信じて動いた愛美が危険な状態になっている。彼女に二度と同じ事をさせない為に、原因の君が動けと言うのが分かりませんか?」
 なんだか今にもカルスノウトで美也真を切りつけそうな雰囲気だ。
 そんな刀真を見て、クスクスと、玉藻が嗤う。
「月夜には見せられん表情だな」

「洞窟に行くのも結構な事だと思いますが、もっと有効的な方法をとりませんか?」
 一触即発の場に、幸が新しい提案をする。
「愛美さんが昨日から帰っていないという事は、おそらく帰って来られない状況、つまり、蛇の毒に侵されていると思われます。そして現在、別働隊がすでに彼女の救出と、解毒薬の材料の採取に出発しています。
 一方、薬を作ろうというマリエルさんの方には、作成法の載っている本と素人の手伝いが何人かいるだけです。
 一番肝心なものが、果たして専門家のいない状況で正しく作成できるでしょうか。しかも失敗している時間はありません。そして、私達の目の前には、その材料となる物を研究している人がいます」
「そうか! こいつに薬の作成を手伝わせようってのか」
 誠治に言葉に幸が頷いた。
「鍬形さん、あなたが、自分の言葉で愛美さんが行動を起こす可能性の予測を怠り、軽はずみな発言を口にした責任は決して否定できないものです。あなたが研究を志す者ならなおのこと。だから、今度こそ、あなたにできる最善を行いませんか?」
「わかった。それなら専門分野だから、俺でも役に立てそうだ。手伝わせてもらうよ。……そして、彼女に謝って、今度はきちんと自分の気持ちを話すよ」
 美也真のその言葉こそが、皆の聞きたい言葉だった。

「そうと決まれば、時間が惜しい。マリエル殿の元へ急ぎますぞぉーっ!!」
 ガートナが、美也真を肩に担ぐ。
「うわぁっ、待ってくれ! まずは研究室に行って事情を説明しないと!」
 美也真の言葉に、トライブのパートナーのベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)がにっこりとほほ笑む。
「それなら心配いらんぞ。わらわとトライブがしっかりと話をつけてくるからのぅ」
「宜しく頼みますぞ、ベルナデット殿!」
 なぜか美也真の代わりにガートナが返事をする。
「それでは、参りますぞ! うぉおおおおおっ!!」
 ガートナが美也真とともに猛ダッシュで駆けて行き、その後を皆が追っていくのを、ベルナデットは、ほくそ笑んで見送った。


 佑也の隣を走りながら、パートナーの剣の花嫁、アルマ・アレフ(あるま・あれふ)が嬉しそうに佑也に声を掛ける。
「さっきの佑也、カッコ良かったよ!……いつもあれぐらいアグレッシブだったら、女の子達が放っておかないと思うんだけどな」
「……アルマ、また知らない女の子に変な事吹き込むなよ」
 なんとか佑也をモテ男に育て上げたいアルマは、接点のある女の子達に片っ端から佑也の事をアピールしているのだが、まだその成果は現れない。
「大丈夫! 変な事なんか吹き込まないって!」(…そう、変な事なんかはね♪)
 アルマはいつだって刺激的な事が大好きなのだ。