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リアクション
対決の火花と恋の火花
広場では、赤ずきんの格好をしたトゥルペと大きなカボチャを被ったレオンハルトがビラ配りをしていた。
「お菓子屋さんはいかがですかー? 恋より甘いお菓子があるでありますよー。カップルさん向きのもあるであります〜」
「隣には教導団主催スタンプラリーの受付がある、祭を楽しみたい其処の少年少女、良ければ挑戦しては如何かね?」
パラミタの秩序を司る教導団員として祭でトラブルが起きない様にきちんと見回る必要がある。そう思ったレオンハルトはそれを兼ねて盛り上げ役に一役買えればとこうして呼びかけを行っているのだが、小さなトゥルペと一緒となると人混みではぐれてしまわないかと心配だった。
「トゥルペも頑張っているな、歩き疲れてはないか?」
「はい! チラシを補充して、もっと頑張るでありますよ〜」
配っていたチラシも順調に捌け、同じように店側も繁盛しているだろうかと2人はここからでは見えない店の方を見る。入り口近くにあるが、参加者は広場に集まって話し込む人もいれば行き来しながらお店を巡る人もいて、手に持つスタンプラリーのシートやお菓子の袋で各々楽しんでいる様子が見て取れる。
(トゥルペ、いいこと考えちゃった♪)
ふふふ、と意味深な笑いを堪えつつお店に戻ると予想以上にお店は大盛況で、準備が終わったらのんびりしようと思っていたフェリックスでさえ駆り出されている始末だ。これはエレーナも追加のお菓子作りに忙しいことだろう。
忙しなく応対しているイリーナをレオンハルトは目を細めながら見つめ、その隙にトゥルペはお店の奥へと入っていく。補充なら数分もかからないだろうと、自分の店の盛況ぶりをちらりと盗み見ようとしたとき、店から出てきたのはイリーナだった。
「……これはこれは。今から白雪姫のところにでも?」
黒い魔女の衣装でカゴを持てば、つい連想してしまう童話。けれどもイリーナは努めて冷静に振る舞った。
「トゥルペが、歩き疲れたって……私はエレーナを手伝えないし、フェリックスは人の波が落ち着いたらのんびりしたいらしい」
(歩き疲れた、ね)
全く、と溜め息を吐いて先に進もうとするが、レオンハルトが振り返れば朝とよく似た光景が店の中にあって微苦笑を浮かべるしかない。自分たちの責務を放って遊ぶことは許されないが、持ち場を変えるくらいなら問題はないだろう。
「嫌ならば俺が1人で向かおう。イリーナは店を手伝ってやるといい」
驚いたように目を見開いて振り返る顔に、どうすると意地悪に微笑んで手を差し出す。その手にカゴを乗せるのも、手をとって広場へ向かうのも好きにしろと言わんばかりのその態度に、イリーナは少し躊躇ってカゴをしっかりと持ち直した。
「……バカ」
小さく呟いて雑踏の中へと消えようとするイリーナを大きな歩幅で詰めより一定の距離を保つ。終わりが近づくまで一緒に見てまわることは出来ないかもしれないけれど、予想外だった共有出来る時間。そのささやかな幸せを2人で楽しむのだった。
そんな2人の代わりにデートを楽しむカップルもいる。風森 巽(かぜもり・たつみ)と愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)は、方や友達以上恋人未満だと信じ込み片思いの熱を送り、方や少し気になる程度のお友達と温度差がバッチリな2人。さらにバッチリなのは、2人の仮装だ。
「いきなり愛沢に驚かされるとは思わなかったですよ」
「ごめんね、俺の仮装じゃ見ても気付いて貰えないと思って……」
仲良く連れ立って歩くのも異様な光景。薔薇の妖精と称する着ぐるみと、古い布を被ったゴーストの仮装。茎の途中で顔を出す穴をあけ、頭の一つ上ぐらいに薔薇の花がある巽はバランスを取りながら歩いているが、転けたらひとたまりもないだろう。手の部分がツルっぽくなっているおかげで妖精から遠退き、その姿はビオランテを彷彿とさせる。対するミサはシンプルなゴーストの仮装だが、目や口元をくり抜いた穴以上に気になるのは額に肉の文字。何故今日集まったゴーストの仮装は、こうも懐かしい風貌をしているのだろうか。
「スタンプラリーのカードも受け取ったし、どこか可愛い食べ物を扱っているお店にでも……」
執事で培ったエスコートの能力を今こそ活かすときだ! とシミュレートしてきたデートコースを提案する。女の子は甘い物や可愛らしい物が好きなんじゃないかと思ったのも理由の1つだが、自分の好みでもある。
「いいね! ……あ、でも待って。あれも挑戦しようよ!」
元気いっぱいに指さすのは、北条 御影(ほうじょう・みかげ)とマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)が販売するあくまん。店構えこそシンプルで御影も黒いスーツに羽根という簡単な悪魔の衣装で販売しているが、品物は竹炭パウダー入りの真っ黒な皮に、ハロウィンを連想する5色の具を包んだ一口サイズのプチ中華まん。クマの顔型をして可愛く販売されているが、中身のわからないソレはある意味恐怖の、そして幸せな時間を闇に落とすかもしれない奇抜な商品だ。
「な、なかなか斬新なアイディアの中華まんですね」
ミサの手前、醜態を晒したくないと思っている巽は、もし具材が自分の嫌いな物だったり耐えきれない味だったらどうしようかと不安要素ばかりが頭を駆け巡る。しかし、デートに着ぐるみを選ぶ時点でその心配はないと思うのは周囲の人間だけだろうか。
「ああ、お客サン! 助けてくれるアルかー?」
よよよ、と泣きすがるようにマルクスが2人の前に倒れ込む。ゆる族の彼はいつもの茶色い熊ではなく、白黒のパンダ柄。方々からつっこまれながらも着替えたのではなく染めたのだと主張し、山羊角に蝙蝠の羽、先が槍型の長い尻尾をしてパートナーよりも仮装に気合いが入っている。
「どうかしたんですか?」
「聞くも涙、語るも涙の話ヨー。家ではか弱い2匹の子パンダが、お腹をすかして我の帰りを待ってるアルに、売り上げが……」
そう悲観するほど賑わっていないとは思わないが、どうやら材料費などの出費部分が大きくプラス分の回収にまで至ってないらしい。情の厚い巽が、その話しを聞いて躊躇うことはなかった。
「そんな大変な事情が……幸い愛沢も興味持っていたみたいだし、お土産分も合わせて多めに――」
「いつまで茶番を続ける気だ! 薔薇の学舎が負けたらどうする!」
「あと1歩……惜しいアルなー」
御影の怒声で渋々お店へと戻るマルクスに驚いていると、2人は御影に手招きされる。
「俺のパートナーが迷惑かけたな、嘘だから気にする必要ないぞ。お詫びにサービスしてやるよ」
「じゃあ4つ! ハズレは1つだよね?」
何が当たるかとワクワクしているミサにつられて巽も4つ注文した。サービスで温かい烏龍茶もつけてもらい、可愛らしいハロウィンのカップに話を弾ませながら2人は休憩出来るスペースを探すことにした。
「ったく……商売になると見境ないな」
「何言うネ! 売り上げ、勝利のタメにも大事アルヨー」
確かにそうだが、勝つために卑怯な手段など使いたくはない。真面目な御影は、正々堂々勝利を掴むためにマルクスが不正行為をしないか監視を強くしようと心に誓う。そこへ、少し離れた教導団のブースからエレーナがやってきた。
「申し訳ありません、用意していた飲み物が無くなってしまって、作り直すのに時間がかかるので少し分けては頂けないでしょうか」
「ライバルに頼みに来るとはいい度胸ネ。ひふみの……いくらで売るアルか」
くくく、とそろばんを弾くマルクスを引っ張り、御影はエレーナの前にポットを無言で差し出した。
「あの、えっと……お代は――?」
「持って行け。ベストの状態で勝てないと、寝覚めが悪いからな」
文句を言うマルクスを無視して進められる会話。共に頑張りましょうとエレーナはお菓子の袋を置いて自分のブースへと戻っていった。その中身はジャック・オ・ランタンのクッキーに、白いお化けのマシュマロと可愛らしい物で、マルクスに取られる前にスーツのポケットへとしまう。
(しかし、敵に塩まで送って真面目に祭りに貢献するなんて……何やってるんだかな)
勝負が絡むとついつい熱くなりがちだが、今日はハロウィンパーティだ。面倒くさがりやな性格のくせに一生懸命取り組んでいることを自分でも疑問に思うが、心の底ではそれを楽しんでいるのかもしれない。けれども、薔薇の学舎を勝利へ導くためだと自分でも気付いていないのか、最後までお店を盛り上げるのだった。
そして、広場でターゲットを探していた夜麻たちの前にようやくお菓子をくれそうな人がやってきた。そう、先ほどあくまんを買った巽とミサの2人だ。
ほのぼのしていて悪戯のしがいもありそうだし、手にはまだ温かい食べ物、年齢も……まぁそんなにも変わらないかもしれないが、明らかに年下と思うほど離れてもいなさそうだしお菓子を巻き上げても良いだろうと、ヤマと仕掛けるタイミングを伺っていた。
いや、ハロウィンはお菓子を貰えるイベントであって決して巻き上げるイベントではないのだが、仮装して悪戯しないのは単なる見た目の面白い人だと思い、素直に参加するつもりはないようだ。
「トリトリ。お菓子ちょうだい」
広場の空いているテーブルを見つけ、2人が座ろうとしているところに夜麻が声をかけた。ゾンビの仮装に少し驚いてあげつつ、巽は用意していたお菓子を取りだそうとゴソゴソ動いているが、どう見てもツルをうねらせて獲物を狙う巨大人喰い草だ。
「あ、そうだ! 折角だから、これあげるよ」
はい、と手にしていた紙袋からあくまんを1つ取り出し、そのまま夜麻の口へと放り込んであげる。何味なのか感想を聞きたいミサはワクワクしたまま夜麻を見つめているが、その隣では衝撃を受けて変なポーズで固まる巽が羨ましそうな目でミサを見つめている。
(愛沢に食べさせてもらえるなんて、愛沢にあーんって、愛沢に……っ!)
「あれ、風森はお菓子用意してなかったの?」
ハロウィンだというのにお菓子を忘れたと衝撃を受けているんだと思ったミサは、風森の分ねともう1つ夜麻の口へ放り込もうとする。しかし、2度も美味しい目に合わせてなるものかと、動きにくい服装で頑張って2人の間に入り込み、巽は見事ミサの手からあくまんを食べさせてもらえたのだが、勢い余って倒れ込んでしまった。
「ち、ちょっと! 風森っ!?」
「……なんかもう、色々ごちそうさま。貴様はもう用済みだ。やれ、ヤマダ」
テーブルの後へと回り込んでいたヤマが突如現れ、2人にアサルトカービンを突き出す。
――パーンッ
クラッカーの小気味よい音と共に驚いたミサはそのまま倒れこんでしまい、その隙に夜麻たちは逃げ出していく。
「トリックアンドトリート、だよ!」
「……やられた。風森、大丈……夫?」
すぐに起き上がってみると、ミサの下には緑色の大きな丸太。いや、巽が起き上がろうと顔を下にして奮闘している所へミサが倒れてきたようだ。
「風森、風森!? ごめん、どこか痛むか!?」
(口の中の刺激より、背中の刺激が強いなんて……予想外でした)
あくまんのハズレ、激辛キムチを引き当てたおかげで口の中がヒリヒリしていたこともすっかり忘れてしまうほど、背中に全神経が集中していたんじゃないかという嬉しい事故。今日の衣装では目立たなくて油断していたが、ミサの大きな胸を背中に感じて平静を装えるほど女慣れなどしていない巽は精神的な問題で立ち上がるのに時間がかかった。何せ巽の今日の目標は手を繋ぐことだったのだから。
やはり平穏には終わってくれないのがハロウィンなのだろうか。小さな火花が連鎖して、大きな物にならなければ良いのだが……個性的な面々を前に、それは望めなかった。
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