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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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第六章 午後三時の幸福

「そこのキュートな子猫ちゃん」
 声をかけられて、振り向いた実行委員の少女は、いつの間にか自分が講堂の壁際に追い詰められているということに気がついていた。
「あの……」
「んー、本当にキュートだ」
 逃げ出そうにも、半ば覆い被さってきている影が、うまい具合にそれを許さない。
「えーと……」
「ああ、そうか。俺としたことが失礼。まずは自己紹介から始めないとな。俺はソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)。さぁ、子猫ちゃんの名前を聞かせてくれ。次はスリーサイズってとこかな……なーに、時間はたっぷりあるんだ、じっくり、お互いのことを理解し合おうぜ」
「こんなところにいた! ほら、ソーマ、他校の生徒さんに迷惑かけないの」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)はそう言うなり、ぐいぐいとソーマの頭を押さえつけ、唖然としている女子生徒に「ごめんなさい」と謝ると、そのままずるずるとソーマの手を引きずった。
「おい、北都っ、離せ!」
「ちょっと手がいるんだ。こっち手伝ってよ」
「なんだよ、面倒そうな話はゴメンだぜ? それより、 俺は猫っぽい女子生徒というのをだなぁ!」
「ソーマにかかったら好みの子はみんな『子猫ちゃん』じゃないか」
「むっ」
 一瞬黙り込むソーマ。
「でもなぁ、北都だって、その女子生徒を気にしてただろうが!」
「まぁ気にはなるけどねぇ」
 北都は、宙を見つめて少しだけ考え込んだ。
「でも、今はこっちが先。頑張ってる実行委員のみんなに疲れを癒してもらわないとね」
 講堂の真ん中には、ピシッとクロスの掛けられたテーブルが出現し、辺りには豊かな紅茶の香りが漂いだしていた。


「んん? これは何やら危険な香りがするですねぇ〜」
 甘いお菓子の匂いに誘われて講堂までやって来たエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は今、目の前に差し出された品物に、訝しげな視線を注いでいた。その後ろでは、一緒にやってきたアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が興味深そうな顔を覗かせている。
「それはなんなのかしらぁ〜?」
「……え、えと……『チョコおにぎり』っ! ……えと、です」
 瑞月 メイ(みずき・めい)がエリザベートの顔と、手にした『チョコおにぎり』とやらを交互に見ながら答えた。
「おにぎりの中にチョコが入っているのですかぁ〜?」
「……えと、はい。……んと、新製品、です」
「……おにぎりの具にまで芸術を爆発させるのは、感心しませんねぇ〜」

「でも助かったわ。便利なのね、『ティータイム』って」
 如月 さくら(きさらぎ・さくら)が、感心したように呟いた。
「でも、とてもとても僕だけじゃ間に合わなかったよ。食べ物はほとんど、二人のおかげだしね」
 北都の言葉に、如月 さくら(きさらぎ・さくら)はあたりをぐるりと見渡した。
 展覧会準備は一段落ついて今は休憩中。
 北都、さくら、黒霧 悠(くろぎり・ゆう)達が準備したテーブルの周りには黒山の人だかりが出来、テーブルの上に並んだものを次々に消している。
「まぁ……優雅さとは、ほど遠いわね」
 さくらは、家庭科室で準備してきたお菓子やサンドウィッチを追加。大量に作ったつもりだったが、どうにも心許ないかもしれない。
「まぁ仕方ねーさ、実際のところ、飾り付けなんて完全な肉体労働だからな。菓子も軽食も甘い紅茶も、そりゃ効くってもんだぜ」
 言いながら、悠は調達してきたお菓子のパッケージを次々に開封していく。
「にしても……俺の懐にも大分効く感じなんだが……ちっとは遠慮してくれねーか」
 肩を落とす悠。
 その時、人の山をスススっと器用に抜けて、小さな影が現れた。
「あ、エリザベート先生。先生もおひとついかがですか」
 さくらが、手にしていた焼き菓子を一切れ、エリザベートに差し出した。
「……これは大丈夫みたいですねぇ〜」
「はい?」
 顔中に疑問符を浮かべるさくらを余所に、エリザベートは焼き菓子をパクリと一口。もぐもぐごくんと飲み込んだ。
「ふんふん。なかなか美味ですぅ〜」
 少し幸せそうな顔になるエリザベート。
「もう一切れ召し上がりますか?」
「ん〜、その前に〜」
 エリザベートは北都、さくら、悠、と三人の顔を順番にじっと眺めて、
「あなたですねぇ!」
 ビシッと言い放ってから、悠の口に『チョコおにぎり』をねじ込んだ。
「ぐわっ! なんだこりゃ!?」
 口の中に広がる違和感に思わず叫び声を上げ、それからのたうち回る悠。
「パートナーの責任は、きちんとパートナーがとるといいですぅ〜」
 気が済んだ様子のエリザベートは、さくらが差し出した焼き菓子に手を伸ばした。
 その時、
「エリザベート校長、こちらもいかがでしょう?」
 サッとばかりに皿を差し出す影。
「む、これは、カボチャのパイですかぁ〜? 気が利きますねぇ〜」

「アーデルハイトたん、紅茶どうだあ?」
 こちらは湯気の上がるティーカップ。
「ふむ。説教してやりたい点もあるが……心がけは殊勝じゃな」

 エリザベート、アーデルハイト、二人の脇にぴたりと寄り添ったのは十六夜 泡(いざよい・うたかた)ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)だった。
『それで……』
 皿の上のパイ、カップの中の紅茶。
 それぞれが綺麗に消えたタイミングで、泡とウィルネストは口を開いた。

『「彼女と猫の四季」ならなーなー、「春夏秋冬」なんで「四季」なのに、四枚ありそうなものなのに、なんで三家絵の数が三枚なんだ?なんですか!?』

 ……。

「お、お先にどうぞ」
「おまえが先でいーぞー」

 ……。

『「四季」なの「四枚目が何処かに」に、三枚ってあるって事かーですか??』

 再び気まずそうに顔を見合わせる二人。

「知らぬ」

 あまりに素っ気ないアーデルハイトの返事。一応通じたらしい。

「どうにもただの展覧会にしては騒々しいと思っておったのじゃが……『彼女と猫の四季』が絡んでおったのか。エリザベート、生徒達を空京に行かせおったな?」
 アーデルハイトは、笑みを含んだ視線をエリザベートに向けた。
 狙い通りに話が始まって、泡とウィルネストは目配せを交わし合う。
「興味があるではないですかぁ〜」
 エリザベートに悪びれた様子はない。
「で、四枚目はあるんですか?」
「どこにあるんだ?」
 勢い込んで尋ねる泡とウィルネスト。
「だから知らぬぞ。あの絵は一回も市場に出たことなどないはずじゃからな。所有者の三家とて後生大事にしまい込んでいるという話じゃ。自分のところ以外のものなど見たことないのではないか? 三枚か四枚か五枚か、知っているのは絵を描いたという無名の絵描きだけじゃろうよ」
 泡とウィルネストはわずかに肩を落とした。
 さすがに校長達なら事情を知っているだろうと思っていたのだが、当てが外れたらしい。
「まぁ、それだけ人の目に触れない絵だからこそ、こんなおかしな噂にまみれておるのじゃろうな」