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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

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第八章 長い夜の始まり 

「何とか無事に終わりそうな感じですね」
 秋の陽が落ちるのは早い。
 とっぷりと暮れたイルミンスール魔法学校キャンパス。
 暖かな明かりに包まれた講堂の入り口でハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)はひとつ、伸びをした。
「やっと、というところか。しかし見た限り、かなり貴重そうな絵もあったな」
 不審人物の警備。
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は鋭い視線を崩さない。
「生徒のみなさんの絵も、なかなか目を引くものがありましたよ」
 ハンスは少し嬉しそうな表情になって答えた。
「まあよっぽど先見の明のある好事家の泥棒でも出てこなければ、そちらが狙われるということはないだろうが……」
「展覧会当日の警備ですか?」
「うん、手伝った方が良いかもしれんな。どうもこの学校の人たちは、揃って人が良い……む、ハンス。来たぞ、今日最後の仕事だ」 
 いよいよ、見事に借り受けられた『彼女と猫の四季』が、白布に包まれ、搬入を開始する。
「一枚……」
 こちらを運ぶのは一番の大人数。
 どの顔も泥にまみれ、派手な戦闘の様子を物語っている。
「二枚……」
 こちらを運ぶ一団はパズルを解いた爽快感と、してやったりの満足感に包まれていた。和気あいあいと絵を運び込んでいく。
「三枚……」
 一際奇妙なシチュエーションにでもさらされたのか、こちらの一団は精神的疲労と、その反動のようなハイテンションに包まれていた。
「四枚……」
 クレアはここで目線を落とさねばならなかった。この一枚だけ運ばれている位置が妙に低い。
 そして、全ての絵の搬入が終わった。
「ん? ちょっと待て、四枚?」
「あれ?」
 違和感を覚えたクレアの前に二人の人影が現れた。
 美術館周りを終えてイルミンスールにたどり着いた瑠菜とリチェルの二人組。
「今、最後の絵を運んでたのって、この子じゃない?」
 ガサガサ。
 嫌な予感がよぎるクレアの前で、瑠菜が質の悪い紙を広げだす。
 美術館で配られていた手配書らしい。

『カンバス・ウォーカー』
 四枚目を運んでいたのと同じ少女の写真。
 その大きな瞳と、ばっちり目があった。

「あはは、楽しいねマサムネの兄貴、肩車」
「おまえオレの上に乗っかるのが目的かよっ! ほら、面白がってないでさっさとその絵を止めちまいなっ!」
 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)を肩車し、展示品設置の仕上げにかかっているのは独眼猫 マサムネ(どくがんねこ・まさむね)
「うん。そうだねっ! でも兄貴、楽しいね」
 ズィーベンはそう言って金槌を振るう。
「まぁ準備ってのは大体一番楽しいもんだからな。あ、おい、よそ見するなっ! 気をつけねぇと手を打つぞっ!」
 下にいながら気が気ではないらしい。なんだかんだと言っては面倒見の良いマサムネ。
「ズィーベンさん、それ、もう少し左です。会場の中央に向けるようにしてください。マサムネさん、ダッシュで足場変えてあげてください」
「りょーかいだよナナ〜」
「お、おいお前、またいきなり面倒なことをっ!」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)の指示に、二つの反応が返る。
「仕方ないのです、それではほとんど絵が見えません。マサムネさんならすぐに直していただけると思っていたのですが……不可能ですか?」
「そ、そんなこと言ってねぇ! おいズィーベン、直せ、今直せ。あと絵が三度曲がってやがるからそれも直せ」
 テキパキと、この上ない手際の良さで作業を始めたマサムネを見て、ナナは中央に向き直った。
「さて、と……」
「では大型絵画『イルカの島』は講堂右上部……だな」
 ナナの横に立って確認をしたのは姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)
 手にしているバインダーの中には会場見取り図。展示品の名前と展示品番号、位置などの情報がびっしりと書き込まれている。
「はい、大丈夫です。これで、ほとんど終わりですか?」
「ん……ちょっと待ってくれ」
 挟んである書類を高速でめくりながら目を通していく星次郎。その間三〇秒。
「そうだな」
「星次郎さんのそのメモには、講堂の出入り口の情報も全部書かれていますね?」
「侵入経路も一応洗っておいた」
「助かります。では後で実行委員さんに貸してあげてください」
「うん。もとよりそのつもりだ。なんせ『彼女と猫の四季』のいわくは相変わらず曖昧なまま。他の展示品にもかなり貴重なものが混ざっているのも分かってしまったからな。展覧会当日も、気を抜けそうに無い。一度警備計画を練るべきだろうな」
 星次郎はそう言って肩をすくめてみせた。
「結局、校長に『彼女と猫の四季』のことを吹き込んだという女子生徒には会えなかったしな……不安は尽きないな」
「そうですね。でも、ちゃんと楽しんでくださいね。あ、いよいよ『彼女と猫の四季』の搬入ですよ」
「そして、あれが設置されれば全て終了だ」

「ではみなさん、設営終了ですっ! 後は会場のお掃除といきましょう!」
 十数分後。
 白布のかかった『彼女と猫の四季』を設置し終えた一同に向かって、ナナが声を張りあえげた。

「それでは面白くありませんねぇ〜」

 エリザベートの声で、ナナはギクリと身を固くした。
 その横で設置位置をメモする星次郎も若干緊張した面持ちで佇んでいる。
「で、でも校長。何が起こるか分かりませんし……」
 ナナの目の前では、設置の終わった『彼女と猫の四季』が四枚。
 グルリと内向きに並べられている。
「当日何か起こることの方が問題ですよぅ〜?」
 エリザベートが明らかに楽しんでいるのは見え見えだが、言っていることは正論なので、ナナは詰まる。
「結果の分かっている魔法の試行からは何も生まれません〜。失敗を怖れてはいけませんよぉ〜? それに……みんな見たいのではないのですかぁ〜?」
 遠慮がちに、小さな歓声が上がった。
「では〜っ!」
 若干名、止めようとした生徒もいたが、それよりも圧倒的に早く、エリザベートの手が白布を引きはがした。
 現れたのは『彼女と猫の四季』「夏」。
『おおおおおおお!』
いわくつきの絵画を目の当たりにしたとあって、大きなどよめきが満ちた。
「続いて〜」
 今度は「秋」が現れる。
『おおお……』
 確実に、声のトーンは小さくなっていた。
 さらに続いて「冬」の布がはがされたが、もはや声は起こらない。

「なんだか面白味のない絵ですねぇ〜」
 腕を組み、絵画を眺めていたエリザベートが、誰もが胸の中にしまい込んでいたことを、あっさりと口に出した。
「ということは……こっちの布をはがしたら、何か起こるですねぇ〜?」
 エリザベートの手が、四枚目にかかった。

 その瞬間――

 バッ。

 明かりが、落ちた。
 
 講堂内は完全な暗闇が満ちて、
「誰か明かりをっ!」
「足踏むなっ!」
「ちょっと! 変なところ触らないでっ!」
「痛っ! おいっなんだこれっ!」
 集まっていた大人数は、あっという間に混乱に包まれた。

 その中にポッっと小さな明かりが点った。
 「大丈夫ですかみなさん? どうも照明の調子が悪いようで……すぐに直しますから」
 ランプを持った人影が一人、すすすすと中央まで進み出る。
 黄色く優しい明かりに、一同にホッとした空気が広がっていく。
 しかし――

『ばかやろうっ! そいつが「カンバス・ウォーカー」だっ!』

 駆け込んできたトライブとミサの大音声が、講堂の闇を切り裂いた。
 再び暗転。
 次にランプが点ったとき、人影は講堂の天井付近に設けられた窓から、半分外に身を乗り出していた。
 小さな体を覆う漆黒の衣服は、彼女を闇にとかし、大きな瞳だけが金色に輝いている。
「あっはっは、優秀な皆さんが揃っていたみたいだね。三枚集まるなんて思ってもみなかった!」
 三枚の絵はきっちりと抱え込み、カンバス・ウォーカーは夜の風に、印象的なクセっ毛を泳がせた。
「ご協力に感謝しますっ!」
 茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。
「お褒めにあずかり光栄だけど、それはあなたを捕まえた後にしてもらうよっ、猫少女!」
 トライブ達に続いて講堂に駆け込んだ、九弓が叫ぶ。
 カンバス・ウォーカーの大きな瞳が光ったような気がした。
「へえ。中々鋭い人もいるんだ。でも残念。捕まる訳には、行かないんだよねっ!」
 それだけ言い放つと、しなやかな身のこなしで窓枠から跳躍。カンバス・ウォーカーは深い闇に消えた。
 後には唖然とした一同だけが残された。

「さっさと追うですぅ〜!」
 悔しさに彩られたエリザベートの声。

 それとともに講堂には明かりが復帰していく。

 そして起こった複数の悲鳴が、さらに長い夜の始まりを告げるのだった。

担当マスターより

▼担当マスター

椎名 磁石

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの椎名磁石です。
 今回は「展覧会の絵『彼女と猫の四季』第1回」に参加していただきましてありがとうございました!
 おかしな絵画に、奇妙な試験、そして怪盗の影、と謎ばかりポンポンばらまいてしまったので、どんなアクションが返ってくるかなあと正直不安だったのですが、ふたを開けてみたら嬉しくなるようなアクションだらけで、心配する必要など皆無でした。リアクションが楽しんでいただける内容に仕上がっていましたら幸いです。
 それでは。
 今度は近いうちに第2回で、いよいよ『彼女と猫の四季』の謎を解き明かしてもらえればと思います。ぜひ懲りずにお付き合いください!