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攻城戦・あの棒を倒せ!

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攻城戦・あの棒を倒せ!

リアクション

 陣地は相手側から見えないようにシートやネットで覆われているが、相手の偵察に行くことはルール上認められている。相手の陣地の構造がわかれば優位に立てるが、偵察に行って発見されるとその時点で戦線離脱となるので、リスクも高い。逆に陣地構築の担当者たちからすれば、陣地の様子を見に来られるのは嫌だし、偵察者を発見すれば敵の戦力を削ぐことにつながるので、当然、陣地の構築中、特に夜間には歩哨が立つ。
 「……気になるですぅ……」
 光学迷彩で姿を隠して天幕の外で哨戒をしていた黄軍の皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は、いらいらと呟いた。
 月明かりの中、二つの巨大な天幕が照明に照らし出されている。中ではまだ、陣地の構築作業をしている生徒たちが居て、天幕の側にいると作業の音や話し声が聞こえる。500メートル向こうには紅軍の陣地が、同じように照明に照らし出されているわけだが、そのちょうど中間点より紅軍の陣地寄りに、誰かが居る気配がするのだ。伽羅と同じように光学迷彩で姿を隠しているが、月の光に照らされて影ははっきりくっきりと見えるので、『誰かがそこに居る』ことは確かだ。
 だが、その『誰か』は、当日の競技のスタートラインとなる両軍陣地の真ん中の線より向こう側でうろうろするだけで、決してこちらに近付いて来ようとはしない。もしかしたら、伽羅のように哨戒しているだけなのかも知れないが、時々こちらに近寄って来そうな様子も見せる。
 「うう……来るなら来る、来ないなら来ないではっきりして欲しいですぅ」
 伽羅は顔をしかめた。ただ演習場をうろうろしているだけでは、偵察とは言えず、見かけても戦線離脱を主張することは出来ない。
 「伽羅殿、交代するでござる」
 シートの隙間から出て来たパートナーのゆる族うんちょう タン(うんちょう・たん)が声をかけた。
 「お願いするですぅ。さっきからそこに誰か居るので、目を離さないようにして欲しいですぅ」
 「……ああ、あの影法師でござるな」
 伽羅の言葉にタンはうなずく。伽羅は天幕の中に入ると、作業中の仲間たちに向かって声を張り上げた。
 「夜食の調達に行って来るですぅ! みんな、何が食べたいか申告するですぅ。……ただし、代金はそれぞれ自己負担でお願いするですぅ」
 それを聞いた生徒たちから、やれ暖かいコーヒーがだの、ほかほかのおにぎりがだのという声がかかる。

 「……うーん、どうかな? 効いてるかな?」
 伽羅がタンと交代する様子を見て、二人が気にしていた人影……大岡 永谷(おおおか・とと)のパートナーである、ゆる族熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は首を傾げて呟いた。
 「まあ、心理的にプレッシャーかけたり寝不足にさせるだけでもいいんだもんね。がんばろっと」
 タンがこちらを見ているのを意識して、時々黄軍の天幕に近付く様子を見せながら、福は夜遅くまでその場所で頑張り続けた。

 「異常なし、か……」
 一方、紅軍側は歩兵科のレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)が、パートナーのシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)と夜間哨戒の任についていた。
 レオンハルトは当初、丘の斜面に氷術を使って霜を発生させ、天幕の中に入って来た偵察を感知したいと考えていたが、バリケードを作っている生徒たちから「そんなことをされると作業がしにくくなる」と苦情が出たため、もっぱら天幕の外周の警備に当たっている。もっとも、氷術で作った氷でも普通の氷と同じように溶けるので、斜面全体を一晩中凍らせるとしたら、レベルの高い氷術使いが何人も必要になったことだろう。
 「シートの音で侵入者が判るかと思っていたが、これだけの高さに張ってあると、結構風でばたばた言うものだな」
 「シートは鉄骨に固定されていて、出入り口以外の場所はシートを切らないと侵入できませんし、出入り口は鳴子がつけてありますものね。ここまで神経質になることもなかったのかも……」
 風の音や夜間作業の音などが聞こえて来る状況なので、シルヴァはいちいち物音に神経を尖らすのはとっくの昔に止めてしまっている。
 「まあ、万一のことを考えて警戒しておくにこしたことはないだろう」
 レオンハルトとシルヴァは哨戒を続けたが、偵察は難しいと判断したのだろうか、当日まで、黄軍の者が天幕に近寄ることはなかった。