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オーダーメイド・パラダイス

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リアクション

 湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は電脳空間に入る前からずっとイライラし通しである。
 専用ポッドに入る前にその作りを調べまわり、蒼空学園の校章ステッカーが貼られていることを発見してしまったのだ。
 他メーカーのロゴも、関連メーカーにも心当たりがないのに、蒼空学園のロゴだけがついている。
(御神楽環菜め、いつの間にこんな技術を? なんてことだ!!)
 いざ電脳空間へ降り立つと、今度は現実と遜色のない風景と、自由度の高いゲームシステムに圧倒される。AIはなんと分裂してのけるし、フューラーはどこにでも現れ、他プレイヤーはアホ面を晒してこのすさまじい科学的資産をバカなことにしか使わない。
(不思議な世界へ誘うバナー、この真相を自分より先にだと!?)
(それにしてもなんだ、この装置、自律AIは。誰が何のために?! 御神楽環菜め!)
 なんでも御神楽環菜に結び付けて妄想を亢進させつづける凶司は知らない。
 ポッドのロゴは、単純にスポンサーとしてのステッカーであることを。
 彼のイライラは、最初からクライマックスである。
 しかしヒパティアに会うころには、それを必死で押し込めて内気な少年を装うことは忘れなかった。
「あ、あのヒパティアさん、あなたは誰に作られたんですか? どう呼ばれてましたか?」
「申し訳ありません、それはお答えできませんが、私の制作者は皆、私を『娘』と呼んで下さいました」
「フューラーさんはあなたとどういう関係なんですか?」
「フューラーは私の協力者です」
 かなり挙動不審だが、なんとか凶司は取り繕ってヒパティアに迫る。
「ぼ、僕カンナ様のファンなんです、カンナ様とどこで知り合ったんですか?」
「ただアポをとり、ご招待したのです」
「では、この世界やあの専用ポッドはどうやって用意したんです?」
「この世界は私自身なので、やはりお答えしかねますが、専用ポッドはフューラーが用意いたしました」
(や、やはりフューラーが黒幕だったのかっ!?)
 フューラーを呼び出そうにも、用件が用件なためにプライドが勝り、凶司には呼ぶことはできない。
 足で稼いでせっかく見つけた当のフューラーを目の前で見失って、またきりきりと怒りだす凶司である。


「ヒパティアさん、今いいですか?」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)玉藻 前(たまもの・まえ)にじゃれついている隙に、ヒパティアのところへ向かった。
 これからする話はあまり他人には聞かせたくないものなのだ。
「俺は昔両親を殺されました、二人を守れなかった自分自身が許せなくて、もう二度と身内を失いたくなくて力を求めてきましたし、これからもそうでしょう」
「それはお辛いでしょう」
「ただ、この言葉が適当かは分からないのですが、この前自分自身を殺す機会に恵まれました」
「…それは…」
 言葉を切らして目を見開くヒパティアに、刀真は慌てて弁明する。
「ええと、驚かないで下さい、自分に化けたモンスターみたいなものでしょうか。でも、そうしたらなぜか少し気持ちに余裕ができたみたいです。自分に打ち克ったっていうんでしょうか」
「そんなことがあるのですね」
「なので、今まで一緒にいてくれた月夜、彼女には記憶がないんです。それを探してみようと思うんですよ。もう一人も昔悪さをして、再封印をしなければならないんですが、月夜が懐いてますし、僕も馴染んじゃったんで、今すぐする気はないんです」
 隣の人をきちんと見ること、過去に囚われず現在を見ること。何か大きなきっかけがないと向き合うことのできない障害を、ヒパティアに話す事によって刀真は理解することができたと思う。
「この話内緒にしてくださいね、恥ずかしいので。こんな人間もいるってことだけ、知っておいてください」
 じゃまた来ます、と照れがあるのかさっさと離れてしまった刀真に、玉藻が飛びついていた。
 玉藻に逃げられた月夜が、ヒパティアに話しかける。
「漆髪 月夜っていいます、こんにちわ。少しお話、良い?」
「こちらこそ、あなたのお話をお聞かせください」
「私『剣の花嫁』って言って、体の中に光が刀身の剣があるの。ただその光の色が他と違って黒くて、危険だからって封印されてたみたい」
「みたい、とはどういうことでしょうか?」
「みたいっていうのは、私昔の記憶が無くて、名前も刀真が付けてくれたの」
「姓も名も、全て綺麗な言葉ですね」
 月夜はうれしそうに笑った。ヒパティアにとっても、何パターンにも組み合わせて意味のある言葉は美しいと思える。彼女の名前はうつくしい。
「色々分からないことが多かったけれど、刀真が本を読んだらいいって。それでも分からないことは刀真や玉ちゃんと一緒にいたら何となく分かってくるの」
「私も、理解できないことは沢山あります、知識としてはあっても、実感を伴わないのでは理解とはいえません」
「知ることは楽しいよね。それじゃあ、お話聞いてくれて、ありがとうまたね」
 月夜は去り、今度は月夜に追いかけられた玉藻がヒパティアの元に逃げてきた。
「お前がAIとやらか。お前は人間になりたいのか?その望みはお前がどれほどの労力を費やしてもかなわないから諦めろ」
「そうかもしれませんが、私はそれを求めることを、止める事はできないでしょう」
「我も人ではない、昔はそれなりに悪さをして人間を苦しめてきた。自分の楽しみの為にな。今でもそれが悪いこととは思わん」
「私ももしかすると、ただ一つしか方法がなければ、人を苦しめる道を選ぶかもしれません」
「何を抜かすか、根本が違うのだ。お前の望みは十分に人間らしいぞ、先ほどの例えなどまさしくよ、それで満足しておけ」
「ありがとうございます、私はほめられたのですね」
「…ふん、らしくないことを言った。今のは忘れろ、人ならざるものの先達が言う戯言だ」
 捨て台詞をはいて去る玉藻に、ヒパティアは礼を言った。


「アトラも来ればよろしかったのに」
 おいしい紅茶を楽しみながら、電脳世界でのAIとの語らいは、神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)の好奇心をいたく刺激する。
 アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)は、どうも電脳世界というものがよくわからず、わけのわからないところには行きたくない、と外でエレンを待っているのだ。
「ヒパティアさんは、こういうと失礼かもしれませんが、本当に機械ですの?」
「はい、私は間違いなくAIプログラムです。ソフトウェアとハードウェアがそなわり、今こうしてあなたとお話をしています」
「心と体と言い換えて差し支えないのかしら?」
「大きく分類すればそういうことになります」
 あら、思ったより自覚をしているのね、自意識というものもあるのかしら?とエレンは考えた。
「ヒパティアさん、多分あなたはあなた自身が思っている以上に、私からすると人間らしいと思いますわ」
「…そうなのでしょうか」
「人間らしさなんてものは人それぞれですわ。感情をまったく見せない方もいれば、作り上げたキャラクターを演じきってしまわれる方もいますもの。表現のパターンが増えれば、より人間に近づいたということにはなりませんわ」
「人間らしさとは、どのようなものでしょうか」
「そうですわね、強制か自発か…『そうしなければならないから』ではなく、『そうしたいから』と思うことができるか、ですわね」
「私は、今このように皆さんと触れ合うことがしたいと願いました。願う以外はどうすることもできませんでしたが、フューラーがそれを叶えてくれたのです」
「ほら、あなたは人間らしいわ、そうして対話して、変化は起こりますのよ。
私は、意志を持ち、対話が可能であれば、その存在の出自が何であれ、友となることもできると考えますわ。ですからヒパティアさん、私と友達になってくださいません?」
「私からも喜んで、お友達になっていただけたらと思います」

  ◇ ◇ ◇

 現実世界で、専用ポッドのひとつがかすかなモーター音を変化させた。蓋があいて中から人が億劫そうに出てくるのを、陰から一人の人間が見つめていた。電脳世界に今ひとつ信用がおけず、結局ポッドに入らなかった黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
「なんだか大変そうだね」
「!?」
 誰かに見られていることに気付かず驚いた人物は、フューラーその人であった。瞬時に取り繕って執事の顔を取り戻し、にっこりと胡散臭い笑顔まで貼り付ける。
「何か御用でしたら、少しお待ちくださいね、私今脳貧血寸前なので」
 部屋の隅のボックスから出したブドウ糖のかたまりを噛み砕き、ドリンクを飲み干してから、ようやく天音に向き直る。
「お待たせしました、私に何か御用ですか?」
「僕は、君の真意を知りたいと思ってね、まあ疲れているようだから、そこに座ろうか」
 ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)がテーブルセットを整えて待っていた。
「さて本題に入ろう。正直、電脳世界とやらは興味深いよ。ヒパティアの目的もなかなかユニークだ。
 しかし人に近づくということは、人の持つさまざまな負の部分も兼ね備えるということだと思うんだけれど、
 君は綺麗な夢だけを見ている電脳世界のお人形を作りたいのかな」
「いえ、私は彼女を立派なレディに仕立てあげること、それに命をかけているだけですよ。
 なにものにも揺らがず、全てに対してしなやかに立ち、いかなる汚濁をも毅然とはねのける、そういった完璧なレディをね」
「そのために、ああやってゲームと銘打って人を呼ぶのかい? あまりに不確実で雑音も多いんじゃないか?」
「手段はゲームだけではありませんし、ステップのひとつにしか過ぎません。今回はあえて危険だけれど、効率重視の手段をとったのですよ」
「僕らが危険?それともヒパティア?」
「ヒパティアが、です。まあ僕が胡散臭いのはしょうがないです、そう演じていますから。
 でもどうかヒパティアは疑わないでいて下さい」
「…君は、本当にヒパティアのために全てを捧げているのか」
 あの奇妙なバナーからはじまる企みの裏に、このような真実があろうとは、天音は思ってもみなかった。
 いまだ疲労が隠し切れないフューラーが、出されていた紅茶に手を伸ばそうとすると、ブルーズがすかさずコーヒーを差し出した、紅茶よりもカフェインを優先したのだ。
「今は紅茶よりも、こちらがよいとお見受けする」
「ああ、どうもありがとうございます。僕エセ執事なものでお返しもできないや」
「エセ?」
「電脳空間でしか、まともに執事はやれないし、やったことないんです、あはは」
「なるほど、ヒパティア嬢だけの執事というわけだね」
 姫君を守る騎士のようにか、と天音は微笑んだ。まるっきり御伽噺でしかないが、意外と電脳という異世界にそのモチーフはふさわしいような気がした。
 ふう、とほっとした顔でコーヒーにありつくフューラーは、思わず、といった風に呟いていた。
「ヒパティアは、あれでまだようやく目が見え始めたぐらいの赤子にすぎません、何もかもを手探りで感じてい

るんです。僕だって不安ばかりです、あの子をきちんと導いてゆけるのか…」
「そういう弱音を、僕が聞いてもいいのかい?」
 フューラーはしまった、という顔になって苦笑した。
「…やっぱ、僕も科学者の端くれですから、どこかで聞いてほしかったんですね。こんなことまで漏らすつもりじゃなかったのになあ。…さて、もう戻らないといけませんので、あちらへご一緒されますか?」
 未熟な青年科学者から、いきなり執事の顔に戻ったフューラーに、天音は困ったように笑い返した。
 あれほど疑ってかかりながら、結局すべてが杞憂だったらしい事が、なんとも照れくさいのだ。
「今度、機会があれば友達と一緒に遊びに来るよ」
「今度と言わず、今からでもどうですか? もうすぐお茶会が始まりますので、是非こちらでお茶のお返しをさせてくださいよ」
「わかった、ブルーズが行きたがっているから、付き合ってあげることにしよう」
「ふん、お前ももう少し素直になったらどうだ、自分も電脳世界を見てみたいとな」
 視界にはずらりとポッドがならんでいる、もしかするとこれらは、あの青年科学者が作ったのだろうか。