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リアクション
第1章 泉へと繋がる森のなかで
冷たい風が吹き抜ける、冬の昼下がり。
さくさくと音を鳴らしながら、生徒達は森を進んでいく。
「ほんと、何なんだろうねぇ?」
あのあといろいろな可能性を考えたのだが、結局これと言った答えは見付からなかった。
小谷 愛美(こたに・まなみ)は、腕を組んで空を見上げる。
「危険なものじゃないといいけどねぇ」
愛美に応えるのは、マリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)。
歌声の主がモンスターではないかという疑いを、未だに持っていた。
「おそらく、歌っていた者の正体は何故か泉にいるセイレーンとかじゃないかな?」
2人の間に、エル・ウィンド(える・うぃんど)が割って入る。
相手がモンスターではないかというマリエルの言葉と、パラ実生が集まってきているという事実から、導き出された理由は。
「セイレーンは海に帰りたがっていてパラ実達を集め自分を海に帰してもらおうとしているのではなかろうか……歌が暴走してパラ実達もおかしい状態になってると」
人差し指を立てると、苦笑しながら説明を始めるエル。
なるほど確かに、可能性としてはありそうな話だ。
「エルくんの言うことも一理あるなぁ。『歌える』って言っても……パラミタじゃ、声の主が人間とは決して限らないからねぇ。ね、伯楽先生」
うんうんと頷いて佐々良 縁(ささら・よすが)が、エルの意見に同意を示す。
得体の知れぬ歌声の主に、緑の好奇心は増すばかり。
「その通りですね。マリエルさんが危惧されるように人以外のものかもしれませんので、学園の図書館にて歌うことのできる生き物について調べてきました」
緑のパートナーである孫 陽(そん・よう)が、胸元から小さな手帳を取り出した。
そこには、ハルピュイアやセイレーンのことがこと細かに記されている。
「主もみないで歌声を消えたことを心配するというのもなんだか変な話ですが、気にはなるので縁と調べてみようかと思います」
手帳を各人へと回しながら、愛美とマリエル、それにエルへと挨拶をする陽。
握手を交わして、にっこりと笑ってみせた。
「村人に『歌声が聞こえ始めたころ変わったことがないか』って訊いてきたんだけど、特に何もなかったみたいなんだよねぇ」
緑は下調べの結果を報告するが、相手を特定する参考にはなりそうにない。
影響がないことへ安堵するとともに、歌を聴きたいという気持ちも芽生えてきた。
「どちらにしてもパラ実との戦闘は避けられなさそうだし戦うしかないか……そう言えばマリエルちゃん、空京においしいスイーツの店があるんだよ!」
眉をひそめるエルだが、次の瞬間には笑顔に変わる。
ささっとマリエルの傍へと移動し、話を振ってみた。
愛美よりもマリエルの方が好みだと、心中で確信するエル。
依頼成功ののちに友達となるべく、マリエルを護り通すことを誓った。
「まったく、エルくんったら。それにしても私は、パラ実生見つけてもあんまりトラブル起こしたくないかなぁ」
緑は、頭の後ろでめんどくさそうに腕を組む。
【スプレーショット】で鉛玉をプレゼントするくらいの戦略を決めつつも、基本的には様子見に徹しようと腹を固めた。
そこへ。
「お初にお目にかかります。パラ実D級四天王、ガートルード・ハーレックと申します」
どこからともなく、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が現れた。
愛美とマリエルをじっと見つめ、穏やかな微笑みをたたえている。
「私は、他校生によるパラ実生の過剰殺傷を心配しています。正義の味方気取りの他校生は、パラ実生を虫けらのように過剰殺傷して自己陶酔に浸るのが常識化しています」
胸の辺りを掴むと次の瞬間、悲痛な表情を浮かべていた。
仲間達を護りたい一心で、この場所を訪れたハーレック。
悪いことをすれば罰せられることくらい、当然にも理解している。
しかしながら同じパラ実生のハーレックにとって、現状は『やりすぎている』と感じていた。
「他校生は、無自覚に同じ人間であるパラ実生を過剰な暴力で蹂躙しとるじゃろう。同じ世界で生きとる人間だと思っとらんのじゃなかろうか? ハーレックは、そんな過剰な殺傷行為から仲間を守りたいだけなのじゃ」
ハーレックの隣で、パートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が熱弁を振るう。
シルヴェスターの脳裏には、過去に瀕死や重傷状態へと追いやられた仲間達の姿が浮かんでいた。
「『パラ実生を追い払って歌を聞かせろ』という依頼内容は村民の一方的な理由です。村の周りは自由な土地、歌も村民の所有物ではありません。空いた土地を縄張りにしたパラ実生が何を行おうが自由です……パラ実と戦争する気なら応戦します。平和的話し合いなら協力します」
威勢良く言い放つと、ハーレックは愛美を見つめる。
「わかったわ、まずは話し合いから始めましょう。私達だって、貴方達を傷付けたくはないもの」
その言葉と姿勢に胸を打たれた愛美は、しかと首を縦に振った。
もともと他の生徒達も、戦闘にはあまり積極的でないのだ。
わざわざ対立関係にならずとも、ともに行動できるならその方が絶対良いに決まっている。
握手を交わし、ハーレックと愛美は協力を約束した。
「歌声の人の行方が心配です。一刻も早く泉に赴き、安否を確認する必要があります」
歌声の主を捜すため、とにかくも泉へと駆ける樹月 刀真(きづき・とうま)。
セイレーンではないだろうかと、薄々感じていた。
「オレも一緒に、歌声の主と、歌声の消えた原因を調査しよう。協力し合った方が色々と調べられると思うし」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)も、刀真と行動をともにしている。
1人より2人の方が、調査効率も上がると考えたのだ。
「どんな存在が歌っているのか。何のために歌っているのか。それが判れば歌声の消えた原因の一端がつかめるかも知れないぜ?」
指折り、エースが疑問を挙げていく。
刀真も、到着した泉を眺めながら言った。
「歌ですか……村人にここまでさせる歌ってどんなものなんでしょうね?」
素性の判らぬ歌声の主を救うために、学園へと依頼を出すにいたった村人達。
それだけ、歌が心に響いたということなのだろう。
「……俺は、村民の願いを叶えてあげたい」
「そうだな。善悪の判断はつかないが、先入観は持たない様にするよ。無条件に好意的にも見ないけど、攻撃されない限りは悪意あるものだとも考えない」
刀真の決心に、エースも頷いてみせる。
相手が誰に対しても無害であることを祈りつつ、2人は泉へと急ぐのだった。
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