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第2章 巫女さんは大忙し

 参拝客が初詣を満喫している間、巫女の奉仕に来た学生は忙しく立ち働いていた。早朝からひっきりなしに初詣客が訪れる為、休憩もままならないほどの繁忙だ。
 リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)にとって、これが人生初めてのアルバイト。勇気を出して申し込んだのはいいのだけれど……用意してもらった巫女装束は何故かリースには大きすぎ、手を下ろせばすっぽりと袖に埋まってしまうし、行灯袴は持ち上げて歩かないと裾を地面に引きずってしまう。
「その装束……明らかに大きすぎですね……」
 動きにくそうにしているリースを見かね、共に巫女として働くアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が声を掛けた。クールに見えるアシャンテだけれど、その実面倒見は良い。
「ええ。誰かと入れ違ってしまったみたいです……。明日にはちょうど良い大きさの装束を調達してくれるそうですけれど」
 新年の神社は大忙し。助勤の学生の装束にまでなかなか手が回らないようだ。何とかならないかとアシャンテがリースの袖をつまんでみていると、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)がその背をつついた。
「アーちゃん、おみくじおみくじ! ちゃんと挨拶もするんだよっ」
「あ……ようお参りくださいました……」
 おみくじを引きに来たセルシアに、アシャンティは神籤箱を差し出した。後ろからは、繭螺があれこれとなく立ち振る舞いを注意してくる。このバイト自体、繭螺が大乗り気で見つけてきたものだけに、はりきって手伝っているのだろう。
 笑顔は作れないものの、アシャンティの接客は丁寧だ。端正な顔立ちと大人びた外見も手伝って、巫女装束もしっくりと似合っている。
「わたしは2番ー。ルーは?」
「6番だったよ」
「はい、こちらです」
 フランボワーズとセルシアの引いた番号のおみくじを、リースが小引き出しから取り出して渡した。
「小吉。水難の相って書いてあるー、はわわー」
「……私のは大上吉か。派手な名前だけどランクは上から何番目?」
 焦っているフランボワーズの頭をぽんぽんと叩いてやりながら、セルシアは興味なさげに、でもじっくりと神籤に書いてある細かな文字を熟読した。
 セルシアたちがおみくじを持って離れて行くのと入れ替わりに、
「あーしゃ、まゆまゆ、がんばってる?」
 走り寄るフェルセティア・フィントハーツ(ふぇるせてぃあ・ふぃんとはーつ)の後から、エレーナ・レイクレディ(えれーな・れいくれでぃ)が、おっとりと付いてくる。
「主様も繭ちゃんも、巫女服がやはりお似合いですわね」
 フェルセティアとエレーナは、2人の巫女姿を目に収めがてらの初詣。働くアシャンティと繭螺を横目に、のんびりと新年を楽しむ心づもりだ。
「……冷やかしはお断りです……」
 巫女姿を見られた照れもあって殊更冷たく言うアシャンティだったが、
「おみくじ引きに来たんだよっ。それから綿菓子とたこ焼きととうもろこし〜」
「頼まれたお守りも忘れていませんわ。けれどその前に今年の運試しをと思いましたの」
 と2人は悪びれない。
「アーちゃん、挨拶を忘れてるよ」
 繭螺に指摘され、アシャンティは仏頂面のまま……それでもこれも仕事だからと、
「ようお参りくださいました」
 と挨拶したのだった。


 その中でどりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)はうまく時間をやりくりしては、他の巫女の姿を高画質デジタルビデオカメラに収めていた。本職巫女に見つかると叱責を受けるので、あくまでもこっそりと。
「あぁっ、こんなかわいい巫女さんいっぱいに囲まれて、あたしシアワセですわ〜。麗しい後ろ姿、美しい横顔、流れる長い髪、それから緋袴の横に入っているあのスリットが〜」
 巫女だらけの仕事場は、かわいい女の子好きのどりーむにはたまらない環境だ。
「ふぇいとちゃんもかわいい〜。正面向いて〜後ろ向いて〜、もうがまんできない抱きしめちゃう」
 パートナーのふぇいと・てすたろっさ(ふぇいと・てすたろっさ)の巫女姿にも大興奮。
「そんな……どり〜むちゃん……恥ずかしいです」
 抱きつかれたふぇいとは口ではそう止めるものの、どりーむに可愛いと言ってもらえたことが嬉しくてたまらない。これで、他の巫女を撮影なんてしないでいてくれたら、もっと幸せ気分になれるのに。
「あのー、御守りをくださいなっ」
「あ、ごめんなさい。ようお参りくださいましたっ」
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の声に気づいて、どりーむは慌てて仕事に戻った。今のどりーむの担当場所は授与所。御守りや破魔矢等を販売するのが主だ。
 のぞみは、声はかけたものの、色とりどりの御守りをじっと眺めて躊躇した。せっかくだから、来られなかった友達たちに御守りを、と思ったのだけれど……御守りの中に入っているのは神霊を宿した御神璽。神道とは違う宗派の友達に御守りなんか渡していいものだろうか……。
 恋愛成就を願うもの、家内安全を願うもの、健康、合格、安産……さまざまな御守りの上に、のぞみは何度も視線を巡らせた。
 ちょっと引っかからないでもないけれど……宗教的なものとしてではなくてラッキーアイテムみたいな扱いでなら。
「……いいよね」
 誰かの幸せを願う気持ちには変わりはないし、とのぞみは御守りを手に取った。あまり大仰なものは避けて、気分が晴れやかになりそうなピンクの袋に干支の飾りがついた、可愛いものを何体か選ぶ。地球では2020年の干支は子なのだけれど、シャンバラでは10年その巡りがずれていて今年の干支は寅。愛嬌のある寅の顔は、のぞみの迷いを振り払ってくれた。
 大体、この空京神社自体、神道とシャンバラ女王信仰が混ざっているのだから、神様も心広く見逃してくれる……よね。
 どうか友達が幸せでありますように。元気でにこにこしていてくれますように。
 そんな風に願う気持ちに、宗教の違いなんてきっとない。
 小さな袋に入れてもらった御守りを大切にしまうと、のぞみははぐれてしまったパートナーたちの姿を探して、境内をきょろきょろと見渡した。

「お、重いよ〜」
「私が少しそちらも持ちましょうか?」
 補充を頼まれ、葵とエレンディラは御守りの入った大箱を運んでいた。
「ううん、平気だもん。仕事をするって何か楽しいね」
 普段は髪の手入れまでエレンディラに任せっきりの葵だから、働くということ自体が物珍しくてたまらない。
 その分、やることなすこと危なっかしいのだが、それはエレンディラが自分の仕事をしながらも細かくフォローしている。葵にやりたいことをやらせてあげること。それがエレンディラの望みだ。
「葵ちゃん、いい笑顔ですね」
 慣れなくて失敗することもあるけれど、葵の笑顔は変わらない。そんな処もエレンディラは好ましく思う。
「葵ちゃんの微笑みは、お客さんを幸せな気持ちにしていると思いますよ。少なくとも私は何時も幸せな気持ちになれますから」
 そう言ってからエレンディラは真っ赤になった。頬を押さえたくとも箱を抱えていて手が使えない。仕方なく、ややうつむき加減で葵の後をついて行く。
 授与所に着くと、葵は
「御守り、持ってきたよ〜」
 と声をかけ、箱を下ろそうとした。それを慌ててエレンディラが止める。
「下に置いてはだめですよ。縁起物の福が落ちてしまいますから」
 守らねばならない決まり事の多い巫女仕事。葵が慣れるまでにはまだ相当かかりそうだった。


 巫女の仕事は授与所のように室内で行われるものばかりではない。境内を掃き清めたり、参拝客の案内をしたりするのも大切な仕事だ。
 凍てつく季節に巫女装束は寒いけれど、神代 明日香(かみしろ・あすか)は笑みを絶やさずに、境内のそこここで仕事にいそしむ。神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)も一緒に仕事をしているのだけれど、こちらは時折衣装の胸元に手をやったり、緋袴を直したりしている。
「やっぱりサイズが合いませんか?」
 その仕草に気づいた明日香に聞かれ、夕菜はええと肯いた。
「誰かと入れ違ってしまったのでしょうか。わたくしには少々小さすぎますわ」
 胸元がきっちりと合わさらない為、動く時には神経を使う。緋袴も短く、下の白衣の裾が見えてしまいそうなほどだ。
 動作は小さく。そう心がけていても掃除をしていれば、つい動いてしまう。はっとまた胸元を治そうとした夕菜の肩に、酔っぱらいの腕が載せられた。
「へぇ、美人な巫女さんだなあ。学生みたいだけどバイト? オレと一緒に初詣しようぜー」
「いいえ。奉務中ですので」
 夕菜は困ったように微笑むと、肩に回された腕をどけようとした。けれど、酔っぱらいはそうはさせじと、一層力をこめてくる。
「なーなー。巫女さんなんだから、オレのお世話もしてくれよぉ」
 お屠蘇を相当飲んだのか、すっかり出来上がってしまっている。よろよろと千鳥足の男をどう振り切ろうかと、夕菜が困惑していると。
「飲み過ぎは身体に毒ですよぉ」
 明日香が断固とした態度で男の腕を夕菜から外させ、そしてにっこりと笑顔を向けた。
「よい悪夢(ゆめ)を♪」
 その言葉と共に、不埒な男性客にその身を蝕む妄執をかけた。
 男の脳裏に浮かぶ幻覚は、筋骨隆々とした巫女装束の男性が、むきむきの腕で男にまとわりついてくるというもの。綺麗な巫女さんに絡もうとしたはずが、反対に自分が攻め寄られ、男は叫び声を挙げて腕を振り回した。
 幻覚に翻弄され、ぐったりとして目覚めた男に、明日香は小首を傾げて尋ねる。
「いい悪夢みれましたか?」
 明日香の可愛らしい微笑みに、すっかり酔いが冷めたらしい男はたじたじとなって逃げ出した。
 その後ろ姿を見送りながら夕菜は、明日香さん……、と呼びかけた。
「はい、何ですか?」
 微笑みを浮かべたまま明日香が聞くと、夕菜は決意したように言う。
「やはりこの巫女服はよろしくないですわ。ここのアルバイト代が出たら、丈の合うものを買いましょう」
「夕菜ちゃんが口説かれたのは、巫女服だけの所為ではないと思いますけど……そうですねぇ。今年最初のお買い物は巫女服にしましょう」
 巫女のバイトで巫女装束を買う。
 ちょっと不思議なバイト料の使い道、なのだった――。


 一方、使い道をしっかり決めた上でアルバイトに勤しむ学生もいた。
「そろそろ、あの元宿屋もリフォーム的なことがしたいわよね」
 それにはお金が必要だからと、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)はパートナーたちを誘い、新年早々から巫女バイト。
 参拝客で混み合う境内を巡回していると……どこからか子供の泣き声が聞こえてきた。
「あっちから聞こえるわ。行くわよ!」
 シィリアン・イングロール(しぃりあん・いんぐろーる)が指さした方向へと、参拝客の波に溺れそうになりながら向かう。4人の身長は100から130センチちょっとまで、という高さだから、参拝客の中に入るとすっぽりと隠れてしまう。
 本殿への流れを横切り終えて、唯乃が辺りを見回せば。
「あれ、エルはどこかしら?」
 一緒にいたはずのエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)の姿が見えない。ややあって、人波の随分先から、やっと参道を横切って来たエラノールと合流し、また泣き声が聞こえる方角へと急ぐ。
 声の発生源は、余所行きらしい服を着た小さな男の子だった。参道の端っこで大声を挙げて泣いている。
「どうしたの? お母さんとはぐれちゃったのかしらー?」
 唯乃が聞いても、男の子はわあわあと泣き続ける。
「唯乃、私にお任せ下さい。迷い不安に満たされた子供を救うには、ただ優しく抱きしめてあげればいいのですよ」
 フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)が進み出ると、男の子を両腕で抱きしめた。
「そう、こうやって包み込むよう……に?」
 方法はあっているはず。だけど、何か想像していたのとは違う雰囲気にフィアは首を傾げた。これでは包み込むというよりは……。
「フィアより迷子の方が……大きいわねー」
 唯乃は吹き出しそうになるのを堪えた。
 それでも、抱きしめられる温かさは子供を安心させるのだろう。子供の大泣きは、いつしかしゃくりあげになり、やがてごしごしと自分の拳で涙を拭き取った。
「迷子になってしまったんですの?」
 エラノールが尋ねると、男の子はこっくりと肯いた。
「分かったわ。あたしが迷子案内をしてあげる。要するに、迷子にこのお祭りを案内して回ればいいのよね? さあ、行くわよ!」
 シィリアンは男の子の手を取ると、ずんずんと歩き出した。
「シリィってば、違うわよ。ちょっと待って!」
 慌てて唯乃がシィリアンを捕まえ、エラノールが男の子の手を握って、迷子案内所の方へと誘導する。
「向こうでお母さんを待ちましょうね。もう少し人が多くない処に行ったら、魔法を見せてあげましょう」
「うん」
 巫女衣装を着ていなければ姉弟にでも見えそうな一行は、人波に気をつけながらゆっくりと案内所へと歩き出した。


 人出が多い場所では子供の手を放してはいけない……そう分かってはいても、ついわずかな時間油断して、あるいは清めた手を拭こうとハンカチを取り出しているうち、知り合いに挨拶しているうちに、子供を見失ってしまう……なんてことはある。
 そんなケースは結構多いということが、正月の巫女奉仕をしているとよく分かる。
「あら……?」
 掃除をしていた神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は、泣いている女の子に気づくと箒を置いて近づいた。
「どうしたの? ママとはぐれちゃったの……?」
 中腰になって話しかけていると、追いかけてきたミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)が有栖に尋ねる。
「どうなさいました? お嬢様」
「うん、ミルフィ……この子、お母さんとはぐれちゃったみたいです……」
 有栖は指先で、涙で頬に貼り付いている女の子の髪を戻してやった。随分泣いていたのだろうか。頬は涙でべたべたで、目も真っ赤になっている。
「まあ……それは大変ですわね。この人出ですから無理もないでしょうけれど……どうしましょうか。迷子の案内所に預けに行きます……?」
 子供がいないことに気づけば、親は迷子案内所に探しに来てくれるだろう。連れて行こうとすると、女の子は有栖の袂の端をぎゅっと握りしめた。不安でたまらないのが表れているその様子に、またこの子を案内所で待たせておかなければならないことが可哀想に思えてくる。
「ミルフィ……私、この子と一緒にお母さんを捜してみます……!」
 ただ待つだけよりも子供の気も紛れるだろうし、しばらく捜して見つからなそうなら、その時に案内所に連れて行けばいい。
「お嬢様……よろしいんですの?」
「ええ。これもきっと、ミルフィが言った『乙女としての社会勉強』なのだと思います」
 巫女のバイトを紹介する時にミルフィが言った言葉を有栖は繰り返した。泣いている子供を笑顔にするのも、乙女としての修業の1つに違いない。
 女の子を真ん中にして手を繋ぎ、有栖とミルフィは周囲を見渡しながら本殿の方へ歩いた。参拝客は多くて、この中から親を見つけることは難しそうだ。
 けれど、有栖の目は人波に逆らうように移動する男性と女性の姿を捉えた。どちらも必死の顔つきで、忙しく左右に首を巡らせている。
「あの方が……って、見えないですね」
 有栖は子供を高く抱き上げた。すると、
「パパ! ママ!」
 女の子が叫び、両親はほっとした表情でこちらにやってきた。すみませんと頭を下げる親の手に、もう放さないであげて下さいねと、有栖は女の子の手を託した。
「巫女さん、ありがとう」
 女の子は嬉しそうに手を振ると、両親と共に本殿へと進んでいった。


 目の回るような繁忙の中の、ひとときの休憩時間。
「おみくじを引きませんか?」
 リースは一緒に休憩に入った巫女を誘って、おみくじを引いた。良い結果のおみくじを、どうか今年は平穏でありますようにとの願いをこめて、木に結び。さあ、と引き返そうとした時に、装束を木に引っかけてしまった。
「あ、あら……」
 焦って取ろうとして袴の紐を引いてしまい。端によって結び直そうとしてつんのめり。リースは緋袴の後ろをずるりと落とした状態でうつぶしてしまった。袴が脱げてもその下は足袋の位置まである白衣。生足を見せてしまうことはないのは幸いだけれど、この恰好は恥ずかしすぎる。ましてや、
「ベストショットー!」
 どりーむに、チャンスとばかりにデジタルビデオカメラで撮影されているとなれば尚更。
「リースちゃんの可愛い処、しっかり撮れたわよ〜」
「うぅ〜どり〜むちゃ〜ん。他の子ばっかり〜〜」
「ふぇいとちゃん、やかないの〜。ちょっとちょっと、こっち……」
 焼き餅で涙目になっているふぇいとを意味ありげに手招きすると、どりーむは人目につかない木陰へと消えていった。
 残されたリースは緋袴を結び直しつつ、今年こそは二度とこんなことがないようにしゃんと背筋を伸ばしていようと、固く誓ったのだった。