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第3章 英霊の社

 空京神社に祀られている祭神は天照大神だ。
 その理由は、空京神社のある位置が地球から見て空中にある、すなわち、太陽に近いから、という案外シンプルな処から来ているらしい。
 空京神社の敷地には、天照大神を祀った本殿を中心に、関連する神々、あるいは英霊を祀った摂末社が存在している。
 そこにもう1つ、正月の期間限定で英霊社を設置させてもらえないか、と宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は空京神社の宮司に申し出てみた。
「そちらの英霊様方には、天照大神ゆかりの方はいらっしゃいますか?」
 宮司は身を乗り出してきたが、ゆかりの英霊がいないことを知ると、そうですか、とやや考える様子を見せた。
 やはり無理なのか、と祥子が思い始めた頃やっと宮司は答えた。
「それほど広い場所はお貸しできませんが、それでよろしければ。ここ空京でも英霊信仰が盛んになりつつあることですし、このようなお話をいただいたのも何かの縁なのでしょう。ただし、迷惑行為と思われる行動がありましたら、その際には速やかに退去願うことになりますので、よろしく御管理のほどお願い申し上げます」

 そして空京神社の一角に、急ごしらえの社が建てられた。宮司の言ったように確かに広くはなかったが、本殿とは近く、これなら集客も十分見込めるだろう。
 少しでもそれらしく見えるようにと、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が社の中に畳を敷き、周辺にはノボリを立てた。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)持参の賽銭箱を置けば、なかなか見栄えのする社が出来上がった。
 掲げられた社名は『英霊社』。
 祭神となるのは、湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)夏侯 淵(かこう・えん)ヴラド・ツェペシュ(ぶらど・つぇぺしゅ)オウガ・クローディス(おうが・くろーでぃす)というそうそうたる顔ぶれだ。
「此方も英霊として民の願いを叶えたいというに、ボルトは此方を置いて行こうとしておったのじゃ。こんな楽しそうなことに参加せずして、どうするのじゃ!」
 ルーマニア独立の英雄、かの有名な串刺し公……だか今は11歳の少女となっているヴラドは、恋愛成就の効験担当。
『ヴラドの必殺恋愛成就〜気になるあの子を釘付けに!〜』
 そんな謳い文句の開運グッズも準備した。
 釘付けの釘は、数種類のカラー釘の他、リアル釘カラー流血付きを。愛を貫く杭型ストラップも、カラー杭の他にリアル杭カラー酸化血糊付きを用意し、様々なニーズに応えられるようになっているという優れもの。
「うちのヴラドがご迷惑をお掛けするかも知れませんが、本日はなにとぞよろしくお願いします」
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が一緒する英霊に挨拶すると、ヴラドも、同年代に見える淵には軽く、ランスロットとオウガは年上に対する礼儀をもって丁寧に挨拶をした。
「よろしく頼むぜ」
 そう挨拶を返した淵は三国志時代の鎧を再現したものを、ルカルカの手を借りて身につけていた。その御利益は、魏国で猛将、弓神の2つ名をほしいままにした経歴から『勝負運』。単純にして明快な故に効果抜群だとこれにした。準備した開運グッズは、小さな矢のフィギュアが付いた二色ボールペン。矢の部分をよく見ると、4本の矢を纏めた中心を1本の矢が貫く形という凝った細工になっている。これは淵が4本当たった矢の更に中心を射抜いた故事から取ったものだ。
「は、はぁ……よろしくお願いします。しかし、まさか本当にやることになるとは……」
 オウガは頭を掻いた。人に崇められるような存在では、と言うオウガの背を、すっかりやる気のラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がばしんと叩く。
「何言ってんだよ。英霊は信仰させてなんぼだろ!」
 主のハイテンションぶりにオウガは抵抗の無駄を悟り、仕方がないですね、と社の中に入っていった。
「まさか神様のアルバイトをすることになるとは思いませんでしたが」
 ランスロットの視線を受けて、祥子は楡木の葉を象ったストラップを入れた袋を持ち上げてみせる。ランスロットが敵の罠に嵌り武器を奪われて尚、楡の木の枝を振るって敵を打ち倒したという逸話からのグッズだ。
「武芸全般への加護と恋愛成就。ぴったりでしょう?」
「武芸はともかくとして、恋愛成就というのはあてつけですか?」
「人妻を虜にしてしまうほどの恋愛成就。ありすぎるほどの効果よ」
 社前に作られた販売所には、各種英霊グッズの他に、空京神社の破魔矢や絵馬も並べられている。場所を借りたが故の義理立てだ。破魔矢や絵馬の売り上げはすべて神社に奉納することになっているが、キャラクターグッズの売り上げは自分たちのもの。売れさえすれば、結構な収入になるだろう。
 祥子は空京神社から借りた巫女装束。ルカルカとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はレンタルショップで借りてきた巫女服と宮司服。ラルクは羽織袴で正装し、カルキノスは獅子舞の装束を身につけ、初詣の開始を今や遅しと待ちかまえた。

 2020年元旦。初詣が開始されると、多くの参拝客が本殿を訪れる。
 だが、なかなか英霊社に人はやって来なかった。初詣で他の摂末社にもお参りをしようという人は、日本の神社でさえ多くない。大抵の人は本殿でお参りをし、破魔矢やおみくじを買うと、屋台を覗くか帰る……という流れになる。
 空京神社側も、境内に英霊社の位置を示す案内板は設置してくれたが、人の多さが災いして目を留める参拝客は少ない。本殿近くで呼び込み、あるいは英霊社を知らしめる看板を工夫でもすれば結果は違ったかも知れないが、あまり大々的なことをするのも本殿に対して気が引ける。
 英霊社のメンバーが手持ち無沙汰の人待ち顔で佇んでいると……。
「ほれ、客を連れて来たぞ」
 ラルクが年配のシャンバラ人の一行をぞろぞろと引き連れてやってきた。
「いやあ、大きな荷物を持ったじいさんたちがうろうろしてたもんだから、ここは俺の筋肉の出番だろうと思ってな」
 ラルクは代わりに荷物を運んでやり、混んだ境内を歩くのがおぼつかない足弱な老人はおぶって本殿まで連れて行った。そして、是非礼をという老人たちを、ならばかわりにオウガを拝んでいってくれと、英霊社に誘導してきたのだ。
「厄はそこの社にいるオウガに背負わせて、気分さっぱり厄除けしていってくれ。拝めば御利益で酒も強くなるかも知れねえぜ」
「ほおそれはそれは、何から何までご親切に」
 老人たちはラルクに頭を下げると、オウガの前に列を作った。
 オウガは人の多さに戸惑いながらも、拝んでくれる人々の厄が自分に移るようにと念じた。昔は相当酷い事もしてきたけれど……だからこそその罪滅ぼしを兼ねて人々の厄を自分の内に引き受けようと、真剣に祈った。
 老人たちが参拝を終え、破魔矢を手に帰っていくのをラルクは送り、そしてまた助けが必要そうな人を捜す。そして神社の外の道で立ち往生していたシャンバラの馬車に乗っていた女性一行やら、喧嘩に巻き込まれていた学生やら、筋肉で助けた者を英霊社へと導いた。

 人が来れば社も活気づく。
 地球の偉人に疎いシャンバラ人には、祥子が英霊の過去を説明した。自分が拝む者がどんな存在かが分かれば、ありがたみも増すというもの。
「このランスロット卿は、武勇も騎士としてのふるまいも円卓の騎士の中で並ぶ者がなく、最強の騎士と呼ばれたの。そしてその道ならぬ恋もまた伝説の1つとなっているわ」
「まあ……」
 目を輝かせて手をあわせる女性が望むのは、武勇の方ではないだろうと、ランスロットはその女性の恋が成就するようにと祈った。
 その横では樽原 明(たるはら・あきら)が全自動お祓い機ででもあるかのように、御幣をばっさばっさと音を立てて振り続けている。樽型のボディに、フチなしメガネをかけて無精ひげを生やした渋い中年イタリア人男性のお面をつけ、御幣を持つのは樽の脇から出ているワイヤーアームだ。
「新年早々絡まれてしまったのですか……そんな貴方はぜひ勇猛果敢な夏侯淵にお参りして、強き心と身体を求めるのが良いでしょう」
 喧嘩に負けてやってきた学生に向けて、ルカルカは巫女鈴を胸の前で持ち、託宣のように告げた。受験が心配だという女学生にも、
「今年は受験なのですね。ではそれに打ち勝つ力を夏侯淵に願うと良いでしょう」
 と勧める。
 その気になって祈祷を望む者は、宮司役のダリルが社へと導く。特に女性には気を払い、晴れ着を汚さぬようにと手を取ってエスコート。
「こちらへ」
 ほんのわずか表情を緩めると、エスコートされている女学生の頬が赤らんだ。
「ダリルっ、ホストクラブじゃないよぉ」
 途端にルカルカに注意され、笑顔で接客しろと言ったのにとダリルは惑う。けれどそれを表には出さぬよう、事前に学習しておいた通りの手順で、祓え串などを使って神妙に祈念した。
 淵は魔力を行使する時のように念を集中し、参拝者の額に手を触れた。
「困難に打ち勝つ心を。実力を発揮する力を。福を呼び込む運気を」
 祈祷が終った客は販売所へと案内し、そこでそれぞれのキャラクターにあわせて作ったグッズを勧める。
「此方に参拝した記念に、こちらのグッズも買い求めるが良い。釘は相手の髪の毛を包んだ紙を打ち付けて、ストラップは相手に持たせて使うのじゃ! 効験あらたかであるぞよ!」
 参拝客は、ある者は熱心に、またある者は面白グッズとして、英霊社の販売物を購入していった。
「ありがとうございます。あなたに幸福が訪れますように」
 心からこのグッズが福を呼ぶと信じて手渡すルカルカの笑みは、にっこりと天使の笑顔。
「ふぅ、暑いな」
 正月気分を盛り上げる為に獅子舞をやっていたカルキノスは、CDプレイヤーを止めると息を吐いて獅子舞の頭を取った。獅子頭の下から竜頭が出現し、獅子舞を見ていた客が驚いた声を挙げる。
「お疲れ様、辰年にはもう少しハデにやろうね」
 ルカルカはカルキノスの汗を拭って労った。

 社前では、セオボルトが空京神社からもらっていた樽酒や甘酒を振る舞う。
「お子さまには甘酒、そして大人にはこの樽酒を……」
 はっ、と樽を割ろうとする手を、待って、と祥子が止めた。
「何を割ろうとしてるのよ」
「おお、これは間違えてしまったようですな」
 はははと笑ってセオボルトが明の頭上で木槌を振った、
「えぇぇぇぇいめええぇぇん!」
 不意に明が叫んで飛んだ。セオボルトはぎょっとしたが、明が向かったのは参拝客の懐を狙う不届き者の元。明がボディプレスでスリを潰すのを眺めた後、セオボルトは今度こそ酒樽に木槌を振り下ろした。

 参拝客が途切れると、セオボルトは英霊社の面々にも甘酒や樽酒を配った。
「日本式の正月というのは賑やかなものだな」
 おおらかなのか節操が無いのか、宗教のごった煮になっていても気にする者が少なそうだと、ランスロットは苦笑しつつ杯を口に運んだ。
 ダリルが破魔矢と健康祈願の御守りを買うのを、カルキノスが不思議そうに尋ねた。
「それはどうするのだ?」
「エレーナへのお土産にな」
 答えたダリルの顔を、カルキノスは何を考えているのか食い入るように見た。散々眺めた後、
「へぇ、なるほどね……」
 と深く肯く。
「何がなるほどなんだ?」
 ダリルの声に重なって、ルカルカの明るい声がする。
「皆さんもこちらに来て、淵たちからの祈祷をどうぞ。全ての存在に福を授けるのが、私たちの務めなのです。ダリル、ルカにもご祈祷お願いしますね」
「ああ、今行く」
 英霊も……地球人もパラミタの人々も誰彼にかわりなく。
 この新年が幸せなものでありますように――。