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「思い出スキー」

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「思い出スキー」

リアクション

 そのころ、明子は探しもの、九條 静佳(くじょう・しずか)をやっと見つけていた。静佳は民宿の片隅でぶるぶる震えていた。
「ずいぶん探したわよ」
 明子は静佳の手を取る。
「さ、寒い所は苦手だ…」
「ここは室内だもの、寒くはないわ」
「…」
「さ、寒い所は苦手だ…!さ、寒い所は苦手だ…!」
 静佳は寒いところで戦没した英霊のため、寒冷地にトラウマがあるのだ。
「大丈夫、暖かなものでも食べましょう」


 食堂では、様々な料理が並べられている。バイキング方式で食べられるようだ。トン汁やご飯、卵焼きなどのほかに、ラーメンやカレーも出来ている。
 子ども達が戻ってきた。まだスキーを楽しんでいる大人もいる。

 賑やかな食事が始まる。暖かな部屋で美味しい料理を食べて、うたた寝をする子どももいる。

 大鋸たち人力リフト隊は、かき込むように一瞬で料理を食べると、そのまま部屋に帰って大の字で寝てしまった。
 なので、本日のリフトは休業である。



4・午後


 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、愛馬アルデバランと共に少し一行より遅れて到着した。始めはアルデバランを置いて出かけようとした尋人だが、髪をむしるなどアルデバランが激しく留守番を拒否したために連れてゆくこととなった。
 事前の問い合わせで、民宿の厩舎を借りる手筈は整っている。

 暖かな食事を終えて少し眠りかけていた子ども達は、雪山をかけてくる尋人と白馬を見てヌクッと起き上がる。
 白馬は、バナナボート型の大きな布の抱き枕のようなものを引きずっていて、馬が駆けるたびに、そのボートが上下に飛び跳ねる。
 パートナーの獣人呀 雷號(が・らいごう)は、雷號の姿で白馬の隣に控えている。
 飛んできた子ども達をボートに乗せる尋人、平地をゆっくり歩き回る。それだけでも布ボードはバウンドし、子ども達は楽しそうだ。
 ここでも、【孤児院写真班】ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)がカメラ片手に活躍している。
「臨場感ありますねー!」
 布ボートに近寄っていくカリン、
「えっ!」
 カリンの身体が宙に浮かぶ。
「嘘ッ!」
 いつのまにか、カリンは布ボートの端に?まっている。
「大丈夫!」
 尋人が愛馬を降りてきた。
「ええ、わたしは大丈夫なんですが、カメラが…」
 見事に大破していた。
 
 愛馬アルデバランは、雪山まで駆けてきたために疲れがある。いつの間にか、布ボートを引く役目は尋人になっている。
「尋人、頑張れ!雪の中を歩くことはいいトレーニングになるぞ」
 雷號は、背中に子どもを乗せている。午前中のリフト隊がジュリエットを含めすべてダウンしてしまったため、現在のリフトは、雷號のみだ。
 こちらも尋人同様、フル稼働している。


 孤児院でいつも子どもと遊んでいる泉 椿(いずみ・つばき)は民宿横の平地で、弐識 太郎(にしき・たろう)と雪を丸めている。鈴子とエナロがやってきた。二人とも椿になついている。
「何してるの?」
 椿と太郎が顔を向ける。
「雪だるま」
 太郎がボソッと呟く。
「無口だけどいい奴だから」
 椿のフォローに子ども達が笑う。
「大丈夫、孤児院に悪い人なんてこないもん」
 鈴子はすっかり孤児院の生活に慣れたようだ。にっこり笑う鈴子の髪を椿が軽くなぜる。
「一緒に作るか?」
 頷く子どもたち。
「よし、まずはあたしらが作るから良く見てろよ」
 太郎が真剣な表情で手のひらに小さな小さな雪の玉を作る。
「この大きさが雪だるま?」
「違うよ」
 太郎は、ゆっくりと小さな球体を雪面の上で転がす。少しずつ大きくなる雪だるま。
 その様子を【孤児院写真班】の橘 恭司(たちばな・きょうじ)がカメラに収めている。
「すごい!」
 エナロが叫んだ。
 小さかった玉はいまやエナロより大きくなろうとしている。
 太郎は求道者のように黙々と玉を転がしている。大小二つの玉が出来上がって、ここからが椿の出番だ。
 用意しておいた、絵の具や木の枝や草などの材料を板の上に広げる。
 赤と緑の絵の具で雪だるまをピエロメイクにぬってゆく。
「これだーれだ?」
 いつのまにか子ども達が増えている。
「記念写真撮りませんか?」
 恭司の申し出で、子ども達と椿、太郎がピエロメイクの雪ダルマと一緒に写真に納まった。
「今度はあたしがシャッターを押すぜ」
 椿は、無理やり恭司を子ども達の間に押し込む。
「よーし、撮るぞぉー、」
 撮影の後は、再び雪だるま作りだ。
 太郎は、子ども達が行きだるまを作る材料となる、小枝や厨房からもらってきた野菜くずを並べている。
「重くて無理だ」
 エナロは太郎を真似て大きな雪玉を作ったが二つを重ねられず苦戦している。
「手伝ってもいいか」
 太郎は聞いてから、二つの雪だるまを重ねた。
 大きさも様々、表情も様々な雪だるまが沢山出来ている。
「持って帰りてーな。孤児院に」
 無理と分かっていたが、ボソッと椿が呟いた。

「一緒に作ってもいいですか」
 少し遅れてきたのは、浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)永夜 雛菊(えいや・ひなぎく)だ。恭司が二人にカメラを向ける。
「何を作るの?」
 エナロが見に来る。
「雪ウサギです」
 はかなげな外見とは不似合いなちょっと悪戯っ子の翡翠の赤い瞳がエアロをとらえる。
「一緒に作りますか、作り方は簡単なんです」
 翡翠は、エナロの前で作ってみせる。
「雪を固めて楕円に近い半球を作り、そこに赤い実で両目を、常緑樹の葉で耳を作ればあっさり完成です。小さく作れば部屋にも飾れますよ、すぐに溶けてしまいますが」
「持って帰りたいな」
「氷の箱に入れれば、持ち帰ることも出来るかもしれません」
 ピエロメイクの雪だるまを見ていた子ども達も、雪うさぎ作りを始めた。
「動物なら、何でも作れますよ、クマ、ウマ、イルカ、ネコ、イヌ、チュパチュカブラ、、いっそ、動物園でも作りますか」
 パートナーの雛菊は、子ども達の輪から一人離れて、こつこつ雪うさぎを作っている。
 簡単に作れるので、1,2,3,4,5,6、・・・。雛菊の前には雪ウサギが並んでいる。
 様子を見に来た翡翠が地道にこつこつ雪うさぎを作り続ける雛菊に唖然としている。
「…何の変哲もない雪うさぎですね?」
「うん、そうだよ?」
「なぜ、そんなに沢山なんです?」
「うん、いや、作れるから」

 コーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)がやってきた。一緒に来た大洞 剛太郎は、ソフィア・クレメンと共に子ども達とスキーを楽しんでいる。運動の苦手なコーディリアは一人ロビーで外を眺めていた。
「楽しそうです。ご一緒してもいいですか?」
 コーディリアも雪うさぎの作り方を雛菊に教わる。
「沢山、作ったんですね、お風呂に置いたら素敵かも」
 雛菊とコーディリアは、雪うさぎを見ていろいろ話ている。

 だれかが、翡翠の服を引っ張る。エナロだ。
「これ、持って帰りたいんだ!
「どこに?」
「孤児院…」
「氷があれば…氷?」
 翡翠は何か思い出したらしい。



 水渡 雫(みなと・しずく)はお手製の竹スキーで雪山を楽しんでいる。パートナーのローランド・セーレーン(ろーらんど・せーれーん)ディー・ミナト(でぃー・みなと)は、スキーをするつもりはないらしく、ローランドは民宿に、ディーは雪山で雫の滑りを見ている。
 用意してきた彼らの竹スキーは、ココとリアが使っている。
「エッジがないのでターンの際は体重移動のみでこなします。重心しっかり移動して、曲がると思ったら早めに体勢復帰します。普通のスキーとは少し違いますから、コツがいりますよ」
 雫が子ども達に説明している。
 ディーは、雫の護衛にきたのだが、目で追ってしまうのは、子ども達だ。
 スキーが使いこなせず、だんだん、転ぶ遊びに変わってきている子ども達二人の姿は、無邪気で愛らしい。
「俺も同じ孤児だが…」
 自分の、悲惨な生活を思い出して、複雑な気分になっている。
「運命ってあるんだろうか」
 辺りを見回すディー。雫の姿が無い。
「お嬢!」
 慌てて探す。
「上から降りてくるって」
 子ども達が明るい声を出す。
 確かに山頂から滑り降りてくる雫の姿が見える。


 羽高 魅世瑠(はだか・みせる)たちが作ったスキーは、子ども達に人気だ。特に一緒に作ったアキラやハル、それにリアのやんちゃ男子の心を惹きつけたらしい。
 ラズに使い方を教わって、皆黙々と滑っている。先ほどまで一般的なスキーで練習していたこともあって、上達が早い。直ぐに滑れるようになっている。
「俺ら、明日もこれで遊ぶ!」
 リアは自分のスキーに大きく名前を書いている。
 アキラは、天城 一輝(あまぎ・いっき)を連れてきている。ミニスキーのお礼だ。
「俺のやるよ」
 一輝は、手作りスキーを履いて、その完成度に驚いている。


 ルイはメメント モリー(めめんと・もりー)と一緒にソリで遊んでいる。
 午前中、スキーを楽しんだ早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)は、木陰でココアを飲みながら、遊ぶメメントとルイを見ている。
「わ〜、こんなに雪が積もってるところを見るのは、久し振りだなぁ。あんまり雪が多いところだと、ボクやちっちゃい子は埋もれちゃうかも!?気を付けて遊ぶね」
 鳥っぽい形のメメントは、まあるい着ぐるみの身体をちょこちょこ動かして、ソリを運んでいる。
 前にルイを乗せて、のんびり斜面を滑るメメント。
 突然、前につんのめる。
「キャぁ!大丈夫、ルイちゃん」
 あゆみは慌てて、転がったソリに近づく。
「あゆみん!」
 メメントはソリから飛び出してその柔らかな身体でルイを受け止めると地面に落とす。しかし、メメントだけは動きがとまらない。足が短い上に身体が丸いのだ。
「あわわわわわぁ〜」
「大変!」
 ルイと歩が追いかける。
 雪だるまのようになったメメントを二人が見つめる。
 そっと雪を払うあゆみ。雪の中でメメントが笑っている。
「怖かったけど、楽しかった…」
 ルイもつられて笑い出した。

 九条 風天(くじょう・ふうてん)は、皆が出払った後に残っている子どもがいることに気が付いた。モイだ。
「釣りはどうですか、この先に凍った湖があるそうです」
 風天は既に釣り道具を手にしていている。
 頷くモイ。
 普段は薄着の坂崎 今宵(さかざき・こよい)も今日は防寒対策に余念が無い。
 先ほどまで人力リフトに駆り出されていた宮本 武蔵(みやもと・むさし)も眠い目をこすりながら一緒にやってきた。
「俺の歳を考えろッ…力仕事のできる歳じゃねぇ、すげぇじいさんだぞ」
 武蔵はブツブツ行っている。
 釣りの話を聞いて、エレンがタオルやカイロを持ってきた。モイが寒くないよう服装を点検し、万が一のために簡単な着替えを用意している。
「モイ、釣りを楽しんできてね」
 スキーが上達しなかったモイが落ち込んでいる様子をエレンは見ていた。



「美味しいお魚、待ってるわ!」
 エレンに見送られて、完全防寒の4人は湖を目指して歩いてゆく。
 宿を出た四人は、翡翠に呼び止められた。
「良かった、間に合いました」
 翡翠は、息を切らしている。駆けてきたのだ。
「湖行くんですよね、氷の塊、持って帰ってくれませんか。重くて申し訳ないけど」
 翡翠は事情を話す。
 風天は二つ返事で請け負った。
 民宿を出て地図の通りに歩く。突然、足元の感覚が変わった。
「もう、ここから湖のようですね。釣り場を決めましょう」
 風天と今宵は、中央と思われる方向に歩いてゆく。既に疲労困憊の武蔵は大荷物を持たされて足を引きずるようにして後を歩いていたが、モイの足が止まっていることに気付く。
「どうした、モイ」
「怖い…」
「なんだ、怖いのか。俺と一緒だな」
 武蔵はモイを背中に背負う。
「俺とお前の体重が掛かって、氷が割れるかもなぁ」
 武蔵が大口を開けて笑う。
「武蔵さん、そのようなことを申しては駄目です。モイさんが覚えております」
 今宵が武蔵をとがめる。
「何を」
「…オレ、太ってるから」
 モイが背中で呟く。
「変なことを気にしていますね、確かに孤児院の子どもは痩せていますが栄養状態が悪かったからです。モイさんは普通ですよ。変なことを気にしますね、子どもは丸いほうが可愛いのに」
 風天は、『高周波ブレード』で凍った湖面に穴を空ける。
 風避けのテントを作ると、4人で釣り糸を穴にたらす。
「誰が一番最初に連れるか、賭けるか」
 武蔵が言う。
「パラミタが引っくり返ってもセンセーには負けない事でしょう。ええ」
 風天が言い返す。
「邪気のない釣り糸を魚は好むといいます」
 今宵が笑った。
 一番最初に揺れた釣り糸は、モイの糸だ。
 手のひらほどの大きさの魚が掛かっている。
「この魚はなんでしょう?」
「まあ、パラミタの魚だ。名前は知らぬが食えるだろう。てんぷらにすると旨そうだ」
 次々と糸が揺れる。
「大漁です」
 持ってきた袋は、すぐに魚で一杯になってしまった。
「よし、モイ以外の子ども達も太らせてやるからな、安心しろ!」
 武蔵がモイの背中をポンと叩く。
 まるで、その音が合図になったように、風天の糸が激しく揺れる。
「大物です」
「大変、糸が切れてしまいます」
「モイ、俺の背中を引っ張れ」
 息を合わせて魚と格闘する。
 四人がかりで、引き上げた魚は、空けた穴を抉じ開けて外に飛び出してきた。
「刺身で食えそうだ、これは鮭か?」
 四人は、モイと同じぐらいある大魚を前に息をついた。