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リアクション
第3章 空の彼方に吹く風・中編
一方その頃、イルミンスール生同士の戦いが勃発しようとしていた。
土方伊織(ひじかた・いおり)とその相棒のサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)は、箒に二人乗りする少女たちと睨み合っていた。しかし、伊織とベディヴィエールは、二人が同学の生徒だと気が付かなかった。何せ、対峙する二人は手ぬぐいを頭に巻いてもんぺをはいた少女と、ざしきわらしと刺繍されたはんてんを着た女の子である。わかるか。
「空上の農夫、まさしくヨサーク空賊団の一味ですね。恨みはございませんが、一つ手合わせをして頂きましょう」
白銀の鎧に身を包むベディヴィエールは、ハルバードを返して構えを取った。
「はわわ、あの格好……、まったく実力が窺い知れません。一体どこの学校の生徒なんでしょうね」
本気で疑問に思う伊織に、もんぺは「同じ学校の子でも、容赦しないよー!」と言い放った。
イルミンに農学科はあったろうか、と伊織が考える間もなかった。もんぺは掲げた鋤(すき)に雷を生成させ、こちらに飛ばしてきたのだ。しかし、こちらも負けていられない。伊織も雷術を放ち相殺させる。
「やるねー、でも負けないよ!!」
そう言うと、もんぺは様々な角度から稲妻を撃ち出してきた。
伊織は、はわわと声を漏らす。鋭く切り込んでくる電撃を止めるのは実にはわわな作業である。左を見てはわわ、右を見てはわわ、上下から来る攻撃には二度はわわはわわと慌てふためく様は、本当にもうはわわであり……。
「はわわはわわうるさーいっ!」
突然、もんぺが切れた。もうはわわなんて言わせないと、直撃コースで電撃を放ってきた。
そこへベディヴィエールがはわわと……いや、彼女ははわわとか言わないんだった。ディフェンスシフトで防御を高めた彼女は、自らを盾に変え主である伊織を守る。全身をほとばしる稲妻にも耐え抜いてみせた。
「お下がりください。私はお嬢様の剣にして盾、使い手が盾より前に出るものではございません」
「はう。ありがとうございます、ベディヴィエールさん。でも、僕、お嬢様じゃ……」
そう言いかけた彼の目に、谷奥から飛来する着ぐるみが見えた。イルミンの購買部にいるアレにクリソツの熊である。これもまた天の与えた好機。伊織はベディヴィエールにヒールをかけ、電撃のダメージを回復させた。
「私は円卓の騎士ベディヴィエール! この槍をもって戦に勝利をもたらしてみせましょう!」
彼女は声を張り上げて注意を引く。上手く事が運べば着ぐるみが相手に直撃するはずだった。
しかし、いち早く飛来する得体の知れぬ物体に気付いた座敷童が、レールガンをこれでもかとぶっ放し、着ぐるみを蜂の巣にしてしまった。四肢が吹き飛び、首がちぎれ飛んだ。幸い中の人などいなかった。
「は……、はわわ、万事休すなのです……っ!」
座敷童がもんぺに何か施すと、彼女の表情に力がみなぎった。
繰り出された最大電力の稲妻を浴びて、伊織とベディヴィエールは乗り物から吹き飛ばされていった。
◇◇◇
「目標捕捉しました。六連ミサイルポッドの安全装置解除します」
稲妻に撃たれて散っていった仲間の仇を取るべく、後方から迫ってきたのはソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)とその相棒達だった。カチッと安全装置を解除すると、彼女は前方を飛行するもんぺに全弾発射したのだった。
標的にされたもんぺは意外にも落ち着いた様子だ。鋤をかざし稲妻で迎撃を始めた。だが、このミサイルの大群のほとんどは幻である。ソニアはメモリープロジェクターでミサイルの映像を投影し、本来よりも多く見せているのだ。撃ち漏らした本物のミサイルが付近で爆発し、もんぺたちは爆風にあおられてふらふら蛇行した。
「……来る。……ソニアは下がれ、ナタク、前衛に出るぞ」
空間に広がった爆煙の中、もんぺがキッとこちらを睨んだのを、ソニアの契約者グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)は見逃さなかった。ガードラインの体さばきで、ラウンドシールドを前面に突き出し、襲来した電撃を弾き返した。
そして、グレンともう一人の相棒李 ナタが前衛、ソニアを後衛に置く陣形を取った。
「グレン、あんまり無理しないでください。まだ肩の傷は治ってないんですから……」
「……ったく、世話かけやがって。前衛は俺が出るからよぉ、怪我人は大人しくすっこんでろよ」
そう言って、二人が心配するのも無理はない。
前回、グレンは十二星華によって肩に深手を負わされてしまったのだ。顔には決して出そうとしないが、装備の下に痛々しいほど包帯が巻かれている。傷は痛むが、フリューネのためここで引き下がるわけにはいかない。
「問題ない……。ソニア、ナタク……、トリニティ(三位一体)で敵を蹴散らすぞ……!」
二人は顔を見合わせる。知ってはいたが、止めても無駄なようだ。
ならば、負担をかけさせないよう戦闘を手早く終わらせたほうがいい。防御をグレンに一任し、ソニアはスナイパーライフルで狙撃する。もんぺが緊急回避したところを、今度はナタが一気に距離を詰めて攻撃する。
「負けたらフリューネに会わせる顔がねぇからな、こんな所で終わるわけにはいかねぇんだ!」
ナタは奈落の鉄鎖で捕らえると、農民娘達をこちらに強引に引き寄せる。
「こ、こんな時ルミーナの激レアフィギュアが突風で大量に飛んでくれば……!」
意味不明な事をもんぺが呟いたその時である。
谷間の奥で何かがキラリと光ったかと思うと、突風に乗って、大量のルミーナ激レアフィギュアが飛んできた。ルミーナファンであれば、涎ダラダラのアイテムなのであるが、残念な事にグレン達は別にファンじゃなかった。
「……なんだありゃ、まあいっか。封印解凍! これで終わりだ!!」
秘めた力を解放したナタは、チェインスマイトでもんぺの箒を叩き折る。呆気なく農民娘達は脱落していった。
◇◇◇
再び、八ッ橋優子とミレーヌ・ハーバートに焦点を当てよう。
エロ本も看板も通用しない四人組に、彼女たちは苦戦を強いられていた。一人っ子が氷術で発生させた吹雪の中を、インテリが同様にして創造した氷塊が飛んでくる。稲妻でやり合ってる横では、吹雪でやり合っていたわけである。
「こっ……、これは一旦引くしかないみたいね」
ミレーヌの言葉を皮切りに、一斉に後退を始めた。打開する策なくして戦える相手ではない。
それと入れ替わるようにして、数機の機影が躍り出る。
「ほらほら、かかってこーい! こっちだぞ、こっちだぞ!」
先陣を切ったのはビビ・タムル(びび・たむる)だ。
彼女は相手をかく乱させるため、飛空艇を激しく移動させながら、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。どこにも掴まらずにそんな事をしたらどうなるか、良い子の皆はご存知のことだと思うが、彼女は知らなかったようである。
「とーばーさーれーるー!」
お約束通りに彼方へと飛ばされていった。
何もしてないのに脱落していったビビを見つめ、一人っ子達は唖然としていた。ビビの目論見通り、一瞬だけ敵部隊(の心を)をかく乱させる事に成功したのだが、友軍もその様子を唖然と見ていたので、プラマイゼロであった。
「ここに連れて来たときから、すごく嫌な予感してたけど……、こうなるとはね……」
ビビの契約者の水上光(みなかみ・ひかる)は、複雑な表情を浮かべていた。
悲しむべきか呆れるべきか。迷う所であるが、飛んでいったものは仕方がない。配られたカードで勝負してこそ、男の中の男だ。光は気持ちを切り替え、先ほどから猛威をふるいまくっている四人組に対峙した。
しかし、吹き付けてくる吹雪は変わらず驚異。それに対抗するため、閃崎魅音(せんざき・みおん)が前に出た。
「そうはさせないよ! ボクだって、氷の魔法は得意なんだからねーっ!」
魅音は襲い来る吹雪を相殺するよう氷術を放つ。その威力は拮抗していたが、この谷間は一人っ子に味方した。前から吹き付ける突風は、一人っ子の吹雪の威力を高めた。踏ん張りの利かなくなった魅音は、空中に投げ出されてしまった。
脱落した魅音に変わって、今度は光が突撃を開始した。
「ぼ……、ボクだってやるときはやるんだぞ!」
決意を固めた光はカルスノウトを構え、絶滅しそうとインテリのコンビに挑んだ。一見すると、追いつめられて仕方なく攻撃に転じたようにも見えるが、そうではない。谷奥から飛んでくる大岩が勝機を見せてくれたのだ。
当然、その大岩は後方に注意を注いでいるアイパッチが回避を促す。
「……そうすると思ったよ。これでようやく隙が生まれたね」
光から目を離した絶滅しそうに一太刀浴びせた。
風の中を真っ赤な血が舞う。絶滅しそうは険しい顔で肩を押さえ、その途端、飛空艇の均衡が崩れた。
「ボクだってやれるんだ……、これでまた一歩、男の中の男に近づけたかな……?」
突風に飲み込まれた二人を見て、光は安堵の息を漏らす。そこに銃声が鳴り響き、船から勢いよく炎が吹き上がった。
「へっへへ……ただじゃくたばらねぇぜ! ガキ、てめーも道連れだ!」
風の中をくるくる回転しながら、絶滅しそうがこちらにトミーガンを向けていた。光は唇を噛み締め、覚悟を決めた。男はどんなときも動じず、全てをありのままに受け入れるものだ。その言葉を心の中で反芻する。
「……司くん! ボクはここまでだ、あとは頼んだよ!」
「……わかった。おまえの想いは俺がフリューネの元まで運んでやる」
自らの想いを司に託し、爆散する飛空艇からパラシュートを広げて飛び出した。
◇◇◇
白砂司(しらすな・つかさ)はハルバードを構えて、一人っ子を見据えた。
「残るはおまえ達だけだ。正面衝突なら、普段の修練のみがものを言う。決めさせてもらう……!」
突撃を仕掛ける彼に、一人っ子は氷術で吹雪を巻き起こした。もう何度となく見てきた攻撃だ。司は既に対策を思いついていた。身をかがめアイスプロテクトで耐性を得ると、一気に加速して強引に吹雪をこじ開ける。
「この距離まで着たら、何をしても無駄だ……!」
「ちょ、ちょっと近付かないで!」
戸惑う一人っ子であったが、敵の意見など聞くつもりはない。ハルバードを振り回し、二人を追い込んでいく。後退しながら必死で回避する彼女たちだったが、それは司の計画通りである。彼にとってはハルバードすら囮なのだ。
司の頭にぴょこりと狼の耳が生えた。先ほどの大岩ほどではないが、小石も風に乗って飛んでくる。それを超感覚で捕捉すると、ハルバードを振り回し打ち返していく。一人っ子の飛空艇はバシバシ石をぶつけられ、右へ左へ激しく揺れた。
「そして、ここで真打ち登場なのですよ。たっぷり仇討ちをさせてもらいますよ」
司の相棒のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が、不意に司の背後から飛び出した。
サクラコもまた超感覚で小石を察知し、拳打で前方に打ち込んでいく。
「もしここでマスター・ハギが飛んできたら……、彼が飛んできたらこのピンチだってどうにか凌げるのに!」
追いつめられた一人っ子は、わけのわからぬ事をブツブツと言い始めた。
だが、恐るべき事にこの谷はその願いを聞き入れたのだ、半分だけ。
「マスター・ハギだ! マスター・ハギが飛んでくる!」
風上からすごいスピードで飛んでくる人影に、一人っ子は騒ぎ始めた。司とサクラコも怪訝な顔でそれを見る。
それはパンツ一丁で猿ぐつわをされ、目隠し状態で両手足を拘束された人物だった。間違いなく変態であるが、これがマスターハギなる人物なのだろうか。一人っ子は彼がやって来た途端に意気消沈してるが、何故だろう。
考えてもしょうがないので、司たちはありったけの小石を叩き込み、マスターハギ(?)をボッコボコにした。
「そろそろ終わりにさせてもらう……!」
しょんぼりしてる一人っ子を尻目に、司はハルバードを飛空艇に突き刺した。ボンと小さく爆発すると、船は黒い煙を振りまきながら、ゆっくりと雲海へ没していく……かに見えた。二人を乗せた飛空艇が視界から消えた瞬間、サクラコの飛空艇が大きく傾いたのだ。必死でしがみついたサクラコは見た。船のへりに光る鞭のようなものが巻き付いているのを。
「な……、なんですか、これは光条兵器……?」
その光条兵器の持ち主アイパッチは、素早くサクラコの飛空艇に飛び移った。体勢を崩しながらもサクラコは、撃退するべく正拳を二度三度と打ち出す。だが、アイパッチはそれをかわし、肘鉄砲でサクラコを空へ吹き飛ばした。
司は空飛ぶ箒を急降下させ、サクラコに手を伸ばすも間に合わなかった。
「そう簡単にはやられないよ! じゃあねっ!」
飛空艇を奪ったアイパッチは一人っ子を引き上げ、第一部隊の奥に突っ込んでいった。一瞬、呆然とした司だったが、くるりと箒を旋回させた。パートナーの無念を晴らすため、彼は追撃に移行する。
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