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リアクション
第2章 空の彼方を染める白・後編
落下した葉月アクアを救出する仲間がいた。
動力全開で突っ込んできたのは、今井卓也(いまい・たくや)の操る飛空艇だ。もちちにまみれて何かドロドロした塊に変貌したアクアを、そのパートナーのフェリックス・ルーメイ(ふぇりっくす・るーめい)が颯爽と救い出した。
「大丈夫ですか、お嬢さん。あなたの忠実なる騎士、フェリックスが参りましたよ」
あうあうあーと声にならない呻きを漏らす彼女の手を優しく握りしめた。
「……なんで僕こんなところにいるんだろう」
ノリノリの相棒とは裏腹に、卓也は浮かない顔をしている。
フリューネと言う義賊を救うため谷を越えると、説明不足で息巻くフェリックスに押し切られ、今回の戦争に加わったものの、彼のやってる事といえば、ドロドロの雲にまみれた女子たち(男子除く!)を回収してるだけだ。
「なにを腑抜けた顔をしている! もっとやる気を出せ! 愚か者ッ!」
卓也の頭頂部に、ペシーンと平手打ちが入った。
「戦場に倒れた乙女に手を差し伸べるのは、男子の誉れであろうが!」
卓也は投げやりに相づちを打ちつつ、契約したの間違いだったかなぁ……と己の決断を顧みた。
「……どうせ無礼なことを考えているのだろう! そのぐらい見抜けないとでも思ったか、愚か者めッ!」
再びペシーンとはたかれ、恨めしそうな視線を向ける卓也。
フェリックスは「しばらく辛抱してくださいね」と言って、アクアを荷台に乗せた。アクアはまたあうあうあーと何事か言った。ありがとうございます、と言ったのだが、フェリックスはデートの誘いだとごく自然に解釈し、次の日曜日に観劇に行きましょうと言った。ちなみに荷台には、すでに救助された久世沙幸と藍玉美海が白い塊となって転がっていた。あれから脱出しようともがいた結果、余計に雲が絡まってこんな事になってしまったらしい。
「さあ、次はクリス嬢の救出に向かう! 動力確認、加速開始! もたもたするな!」
勝手な事をいうフェリックスにため息を吐き、卓也は船をふらふらと飛ばした。
飛空艇の操作練習をしていた彼だったが、さすがにこの人数を乗せてまともに動かすのは無茶というものだ。
ふと眼下を見たフェリックスは、卓也に止まるよう言った。
原宿でクレープを食べていそうな少女が、白濁液……じゃねーや、ドロドロになったもちち雲を掌に乗せ、それを指ですくうと桃色の舌を指に這わせた。別の生き物のように艶かしい動きで、指についた雲を舐めとっている。
視線に気が付くと、彼女は上目遣いでじいっと見つめてきた。
「……目標変更だ。あのお嬢さんの救出に向かう」
「ヨサーク側の子じゃないか。それに救出も何も、彼女は別に困ってなさそうだけど……」
「愚か者ッ! だからおまえは非モテ系男子なのだ! そこに花があるなら摘んで当然ではないか!」
どうしたものかと考える卓也に、いきなりもちち雲砲弾が直撃した。
「うわっ!」と悲鳴を上げ、彼はあっという間に落下していった。
その惨事を目の当たりにして、フェリックスは思う。これで文句を言う奴はいなくなった、と。
しかし、不埒な事を思ったのも束の間だった。今度は彼を狙ってもちち雲砲弾が飛んできたのだ。乱暴に操縦桿を蹴り上げバランスを取ると、飛来する物体を上手にかわしながら、投擲を行う吸血鬼の青年を睨みつけた。
「ふん、ヒヨッコの吸血鬼ではないか。齢二千年を越える俺に歯向かった事……、後悔させてやろう!」
その手から解放された雷術は、火花を散らして鞭のようにうねり、ヒヨッコの脇腹を貫く。
落下するヒヨッコを確認したフェリックスは、クレープの元に行こうと舵をきった。
その途端、睡魔に襲われた。どんどん重くなっていくまぶたが、自然な眠気でない事を示している。原因を突き止めるべく見回すと、子守唄を歌う大和撫子の姿を発見した。間違いない、彼女の声を聞いてると眠りに誘われる。
彼女はフェリックスに不吉な微笑を見せた。
「あらあら、居眠り運転は危ないですよ?」
何か言おうとしたフェリックスだったが、フラフラと操縦桿に倒れ込み、深い眠りに落ちていった。
荷台の怪奇ドロドロ少女ズがあうあうあーと、迫り来る危険を知らせるが、彼の耳には届かない。上空から降り注いだもちち雲に流され、救出した少女たち共々、フェリックスは雲海に消えていった。
だが、そんな状況にも関わらず、彼は夢の中で救助した女子たちと楽しく戯れていた。幸福な事だ。
◇◇◇
リリ・スノーウォーカーは雲の中を進んでいた。
フリューネ第三部隊とヨサーク戦闘部隊の戦闘が行われる真下を、光条兵器の『二ケの翼』を使って掘り進む。
四角く切り出された雲には、相棒のユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が小麦粉をまぶす。小麦粉に包まれ粘性が低下した雲を、今度はララ サーズデイが手際よく袋に詰めていく。もちろん、軍手は着用済みだ。この谷を抜ければヨサーク空賊団本陣、その時にもちち雲を派手にかましてやろうと、こうして回収に勤しんでいるのだった。
「後の戦局を左右する武器も手に入り、奇襲も行える。まさに一石二鳥なのだよ」
そう言ってリリが進む後ろでは、ユリがララの髪にバンダナを結んであげていた。
「ララ、このバンダナを着けるのです。綺麗な髪がおもちに絡んでしまうのですよ」
「ありがとう、ユリ。しかし、まさか雲の中でこんな作業する事になるとは、夢にも思わなかったよ」
とそこで、リリの作業の手が止まった。
妙な縦穴に到達したのだ。中を覗き込んでみると、上方の雲が月明かりを浴びて光ってるのが見えた。出口はすぐそこにある。掘る手間が大分はぶけたようだ。三人はフタとなってる雲を吹き飛ばし、そこから勢いよく飛び出した。
「……やっぱりねぇ、来ると思ったよ」
すぐそばに、B型っぽい少年が待ち受けていた。
たぶんあの縦穴は彼が掘ったものなのだろう、待ち伏せを成功させた彼は、丸めた雲を投げつけてきた。
しかし、雲ぐらいで動じるリリではない。その軌道を見切ると、呪文を詠唱し始めた。
「気高く尊く咲いて散る魂。光臨せよ、天上に咲く黄金の薔薇!」
リリはサンダーブラストを繰り出した。猛烈な勢いで迫る稲妻の前では、ただ投げられた雲など驚異ではない。呆気なく吹き飛ばされた雲は、B型のところに跳ね返った。彼は一瞬驚いたが、なんなくそれを回避する。すると、後方にいた十歳ぐらいのロリ魔女の口に直撃した。ロリ魔女はなんだかよくわからないが、とても喜んでるようだった。
「先を急ぐのでね。これで終わらせてもらうよ」
B型が呆気にとられてるその隙に、ララは付近にいたクレープとその相棒に突撃した。
彼女たちもそれに気付き応戦するのだが、ララの操作技術は二人の予想を上回っていた。華麗にかわしてみせると、二人まとめて壁面に押しつぶした。……と思っていたのだが、飛空艇を後退させたララは首を傾げた。まったく気が付かなかったが、咄嗟に割り込んできたのだろう、そこにはB型めり込んでいた。見事に雲に刻まれた人形がなんだか美しい。
「ララ、ぼんやりしていてはならぬのだ。上から何かやってくるのだよ」
リリの声にはっとした瞬間、ガツンと頭に鈍い衝撃が走り、彼女は空へ投げ出された。
「今、ワタシが助けるですから……!」
ユリは空飛ぶ箒をせかして、宙を舞うララの元へ急ぐのだが、彼女にも魔の手は襲いかかる。不意に視界が遮られたかと思うと、ドロドロの雲が顔面を覆い尽くしたのだ。そのまま操縦不能になり、彼女は谷底へ消えていった。
二人を撃墜した人物は、谷の上方を浮遊していた。とても厚着しているようだが、実はすごく痩せてそうな女の子、と言うなにやら複雑な設定の持ち主だ。とりあえず、名前が長過ぎるので、激やせと仮に呼ぶ。激やせの飛空艇には幾つもの竿が刺さっており、その尖端に固体や液状になった雲が絡まっていた。ララとユリは、これをぶつけられたのだ。
「二人をあんな目にあわせた事、後悔させてやるのだよ!」
リリが火術と氷術を両手に生成し始めると、激やせは180度船首を会頭し離脱を始めた。
「お、お土産見つけるまでは落ちれないのですー!」
何の事だかリリにはさっぱりだが、別に理解する必要もないな、と彼女は思った。
とその時、下方から放たれた炎が目前をかすめていった。何事かと身体を乗り出した瞬間、激やせの船から落ちたドロロもちちの竿が直撃した。ベトベトとまとわりつく雲に箒の操作を阻まれて、彼女はフラフラと谷間を滑空していった。
◇◇◇
雲の切れ間を慎重にくぐり抜け、瀬島壮太は敵後方に回り込んだ。
殺気看破で相手の位置に探りを入れて、操縦を担当する相棒のミミ・マリー(みみ・まりー)に指示を出す。ミミは静かに頷くと、胃を決して火術を放った。雲が溶けてなくなり、壮太の眼前にヨサーク側の生徒が現れた。
「よう、おまえら。これも成り行きだ、不意打ちしといてなんだが、悪く思うなよ」
機関銃の銃口を向けると、振り返り始めたヨサーク側の一団に弾丸の雨を浴びせた。照準は乗り手から外され、乗り物に向けられている。憎しみで戦っているわけではないから、相手を傷つける事はしたくないと、壮太は思ったのだ。
体勢を立て直そうとする生徒達の中で、唯一、童顔の少年だけがこちらに向かってきた。
「壮太、弾幕援護使って!」
注意深く観察していたミミは、彼の手元に異変が生じるのを察知した。
「へっ? あ、ああ……、了解だ!」
困惑しながらも、言われるままに銃弾で空間を埋め尽くす。
雨にように撃ち込まれる弾に、童顔の身体が硬直するのが見えた。すると、彼の閉じた掌から光が溢れた。あまりにも頼りない光だが、光術によるものだ。おそらく目くらましを企てていたのだろうが、怯まされて術が不発したようだ。
「おいおい、やるじゃねぇか。よく光術を使うのがわかったな」
「えへへ、夜の戦いになるから、絶対目くらましに使う人がいると思って、警戒してたんだ」
はにかむミミの頭を、壮太はガシガシと撫でた。
顔をしかめた童顔は、すぐさま氷術で雲を凍らせ防護壁を作る。この壁で身を守ろうと言う魂胆なのだろう。
しかし、壮太の想定の範囲内だ。すかさずクロスファイアを撃ち込んで、氷壁を完膚なきまでに破壊する。
「す……、すごいや、壮太。今のクロスファイア、完全に相手の動きを読んでたよ」
「凍った雲で防御するやつは絶対にいると思ったからな。まあ、こうも対策が上手くはまるとは思わなかったが」
作戦が成功して驚いている二人とは別の意味で、童顔は驚愕していた。
ことごとく技を潰されて彼はきっと動転したのだと思う。おもむろにみかんを取り出し、ぴゅぴゅっとその汁を飛ばしきた。これを動転と言わずとしてなんと言おう。そして、汁とか効くわけがない。
「食らえ! みかんの汁を食らえ!」
必死な彼のみかんを、壮太は普通に銃撃した。みかんはミンチになって弾けとんだ。
そろそろ決着である。トドメを刺そすため壮太が銃口を向けると、ハニーブラウンの髪の男が童顔の元へやってきた。壮太の顔に警戒の色が浮かぶよりも速く、ハニーブラウンは童顔の首根っこを引っ掴み、そそくさと退却していった。
なんにせよ撃退には成功した。壮太は、次のターゲットを探す。
「よし、この調子で全員蹴散らしてやるぜ! ミミ、旋回して他の連中を探しに……」
そう言って、振り返り息を飲んだ。
既に敵部隊は彼を取り囲んでいた。全部で9人、全員女。その上、彼女たちは白濁液にまみれていた。目の前に広がる素敵な光景に、思わず彼も呻いた。お、俺は年上好きなんだ。こんなことで惑わされてたまるか。そう言い聞かせても、同年代の女の子たちも魅力的である。ドギマギしていると、突然に女子は襲いかかり、彼を袋だたきにした。
女子とは言え、数人に囲まれて殴り飛ばされては、壮太も反撃のしようがない。
「く、くっそー、やっぱオレ、年上のがいいー!」
純粋な暴力の前に屈した二人は、白濁した海へと吸い込まれていった。
◇◇◇
ヨサーク戦闘部隊が谷を通過するのを見届けて、幻時想(げんじ・そう)は姿を現した。
雲の切れ間に隠れて、戦闘を傍観していた。第三部隊が壊滅する様を黙って見ているのは忍びなかったが、ここで撃墜されるわけにはいかなかった。想は対十二星華戦を念頭において行動しているのだから。
「ごめん、みんな。この仇は必ず取るからね……」
そう言うと、妖刀村雨丸を抜き払った。
付近のもちち雲を爆炎波で溶かし、持ち運びやすい大きさに切り分けていく。その後は、アルティマ・トゥーレで冷却し固めた。このもちち雲がきっと役に立つ。なにか確信めいたものを感じていた。
ある程度、必要な分のもちち雲が集まると、ふぅと一息吐いた。
「この戦いが終わったら、歩先輩に酒場で一杯お願いしようかな」
そんな事を言って、蜜楽酒家でアルバイトをしている七瀬歩の事を思い浮かべた。仲良しの先輩なので、今回の戦いの事を聞かせてあげたいな、と想は考えていた。しかし、こんな事を決戦の前に考えてしまうのは死亡フラグである。
「いやいや、そんなフラグは……、折ってみせたいっ!」
ふんと鼻を鳴らして、想は小型飛空艇の出力を上げ、谷間の奥へと向かうのだった。
第三部隊、全滅。ヨサーク空賊団戦闘部隊、もちち雲の谷を制圧。
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